第61話 グランドインパクト
鬼霊の棍棒が一閃。それを猫が盾で受け流す。
オレとエルナが後方で認識合わせをしたその一瞬も、猫と鬼霊の攻防は続いている。
猫は攻撃こそしていないものの、得体の知れない強敵である鬼霊の立て続けの攻撃を一人で受け続けていたのだ。
『ウガァァ!』
「負けないだっ!」
これは意地だ。
実際にはそんなことはないのだが、猫にはパーティ内で自分が一番劣っているという劣等感がある。そんな自分に任されたのがパーティの壁役。
壁役を任されたからには、敵の攻撃がどんなに激しかろうとも自分のところで食い止めなくてはという使命感が、意地となって現れている。
実際猫は、鬼霊の繰り出す棍棒の攻撃を巧みに大盾を使って捌いていた。
そもそも大盾は決して取り回しのいい盾ではない。鍛冶の猫にとってはなおさらだ。
歴史的には西洋の軍隊が密集隊形等を組み、重装歩兵などが敵陣に進撃する時などに全面に構えるあの盾だ。単体使用では剣闘士などでも使われたことがあるようだが、少なくとも軽妙に立ち回る為の盾ではない。
そんな大盾を構えながら、最小限の立ち回りで器用に敵の攻撃に合わせ、上手く使って器用に受け続けている。そのパフォーマンスはさながら重戦士のようだ。
棍棒に吹き飛ばされたエルナの姿を確認していた猫には、最低限エルナが復帰してくるまでは一人で鬼霊を引きつけておく覚悟がある。重い鬼霊の攻撃を猫は全力で踏ん張って耐えていたのだ。
何度、鬼霊の攻撃を受けたか分からない。
そしてこの攻防で猫は、自分からの攻撃を一切行っていない。ただ愚直に受け続けるのみである。
実際には『自分に敵の注意を引きつける』目的で、一度攻撃をしようと試みていたのだが、AGLを犠牲にしてVITを確保している猫にとっては、自分の攻撃速度では攻撃を繰り出すところまでも至らないとすぐに悟ったため、その後は防御に徹している。
すると猫の後方から風を切る音とともに弾矢が鬼霊を強襲した。そして気合いの入ったエルナの声が聞こえてくる。
その声を聞いた猫は、防御態勢を一切崩すことなくホッとした表情を浮かべた。
「いやああぁぁぁぁ!」
エルナは鬼霊の棍棒が猫の盾を打ち据えた瞬間を狙って飛び出すと、その横っ腹に思い切り刀で斬り付けた。
新調した打刀に『ブーストLV2』によるドーピング。そこへエルナがもともと持ち合わせている《剣撃》スキルが乗り、これまでのエルナとは段違いに強烈な斬撃が鬼霊に襲いかかる。
『ウガオォォ!』
うめき声を上げる鬼霊。しかし強化されたエルナの一撃は致命傷には至らない。繰り出した刀による斬撃は確かにダメージを与え、鬼霊の肉に食い込んだが、分厚い筋肉の鎧に阻まれたような感触をエルナは感じていた。
「堅い!!」
斬り払えないことを感じたエルナはすぐに刀を引いた。直後、刀のあった場所目掛けて鬼霊の棍棒が空を切った。
危ない。あのまま強引に斬り抜こうとしていたら、刀を折られていたかもしれない。若干肝を冷やすエルナ。
だが、余計なことを考えている暇はない。
すぐにエルナに向けて鬼霊の第二撃が襲いかかる。
有効な攻撃……となったかどうかは分からないが、エルナの一撃によって鬼霊の注意は猫からエルナにシフトする。そこへオレのクロスボウから放たれた弾矢が棍棒を持つ鬼霊の腕を射貫いた。
『ウガォ!』
棍棒は鬼霊の手から離れ、ドォという重量感のある音とともに地面に落ちる。
「いまだっ!」
「はあぁぁぁ!」
棍棒を落とした鬼霊が闇雲に腕を振り回した。たとえ棍棒がなかったとしてもあの太い腕の一撃は強烈にちがいない……が、エルナが狙うのは足元だ。リーチの短くなった鬼霊の攻撃をかいくぐったエルナは刀を横に構えると、その刀が強い光を放った。
「パワースラッシュッ!」
エルナは気合いのかけ声と共に光る刀で振り抜いた。エルナの攻撃が鬼霊に届いた瞬間、刀に宿っていた光が弾ける。
『ウガオォォ!!』
エルナの一撃で鬼霊の太い脚を斬り落と……すことはやはり出来なかったが、それでも鬼霊の体勢を完全に崩し、膝をつかせることに成功した。鬼霊についた傷口から何か青っぽい液体が吹き出している。
魔物の血液描写?なのか?芸が細かいな。
脚を斬り落とすことは出来なくとも《パワースラッシュ》は手応えがあったか、エルナは二撃三撃と攻撃を加えていく。
「危ないだっ!」
突然猫が叫んだ。
その声を聞いたエルナは攻撃体勢から強引に身体をよじらせる。そこへ鬼霊の強烈な棍棒の一閃。身体をひねったお陰でクリーンヒットすることだけは回避出来たが、エルナの身体はオレから見て右方向へ吹っ飛んでいった。鬼霊め、いつの間に棍棒を掴んだのか……。
『ウガッ!』
そして棍棒を手に再び立ち上がった鬼霊はエルナの方へゆっくりと歩き出した。追撃するつもりらしい。
「行かせん!」
オレはクロスボウに貫通弾矢を装填し、鬼霊の頭部に狙いを定めて発射した。愛用のクロスボウから射出された貫通弾矢は、今度こそ狙い通りに鬼霊の頭部に着弾して打ち抜いた。
鬼霊の歩みが止まり、その場で停止する。倒せた……わけはないよな?
ダメージは食らったものの、何が起こったのか分からずにいるのではないだろうか。
オレは貫通弾矢ではなく、『弾矢』を装填し、頭部目掛けて次々と射出した。
刺さる刺さる刺さる……
多生の誤差はあるが、オレの放った弾矢は次々に鬼霊の頭に突き立っていく。だが、鬼霊は硬直したまま動く気配を見せない。
効いてない……のだろうか?最初に放った貫通弾矢に関しては確実に効いているはずだ。でも通常弾矢に切り替えてから、鬼霊はダメージが入っているような素振りを一切見せていない。
「ファクト!」
先ほど棍棒で吹き飛ばされたエルナがオレの側に戻ってきた。うん、大丈夫そうで何よりだ。
「エルナ《魔物鑑定》でもう一度みてくれ。あいつにダメージは入ってるか?」
「見てみる!」
エルナは鬼霊の方を向いた。
「あ!凄い。3分の1以上削ってるよ!でも、ファクトの弾矢が当たってもあんまりゲージが減ってないから、それは効いてないのかも」
なるほど、理解した。
ここまでの有効打は、エルナの《パワースラッシュ》を含めた何回かの斬撃とオレの放った貫通弾矢だけだ。残念ながら通常弾矢は有効でないどころか、鬼霊の気を引くことすらも出来ていないということらしい。
貫通弾矢の在庫は……あと3つ。
使えるドーピングの回数も考慮して……ん。なんとかいけそうだ。
「よし、このまま倒しきろう。多分いけるはずだ」
「わかっただ」
「よおしっ!」
鬼霊は、もう硬直していない。こちらを忌々しげに睨みつけている……いや、棍棒を振りかぶった。何故そこで振りかぶる?オレ達はいま鬼霊の攻撃の届く範囲にはいないはず……いや、これは!
「ガドルッ!エルナッ!」
オレは二人に声を掛け、防御態勢をとった。ほぼ同時に鬼霊は棍棒を地面に思い切り叩きつける。
その直後、オレ達三人に凄まじい衝撃波が襲いかかってきた。
それだけで背後の木々まで吹き飛ばされたオレ達三人。
何とか死なずに耐えることが出来たようだが、少なくともオレは耐久値を半分以上持って行かれて瀕死だ。オレより耐久値のあるエルナとガドルもそれなりに大ダメージを食らってそうだ。
あの技は……ヤバい。連発されたら耐えられないどころか間違いなく全滅だ。
急いで『回復薬小』を使って応急措置を施したが、このダメージを受ける敵を前提に考えるなら、心許ない回復量だ。無いものねだりをしても仕方ないが、こんな攻撃を繰り出してくる敵なら、『回復薬中』とか『回復薬大』とかが欲しい。
エルナと猫も事前に配っておいた『回復薬小』を使用している。もともとの耐久値が高い分、二人の仲間達はとりあえず小で大丈夫だろう。問題はオレだ。
耐久値の問題はあるが、だからといってここで引くわけにはいかない。
オレは必殺技?を放ったばかりの鬼霊を睨みつけた。オレの視線に気づいたか気づいていないか……ヤツはニヤリと笑ったように見えた。




