第60話 鬼霊
鬼霊は、身の丈3メートルをゆうに超えるかと思えるほどの鬼の魔物だ。手に棍棒らしきものを持っているので、恐らくオレはアレで殴られたのだと思う。ぱっと見の印象では動きが鈍重そうに見えるが、本当にそうかは分からない。
それにしても……ここはルーテリアの街からやってくる場合の《あやかしの森》の入り口。つまり初期街からの入り口に当たる場所である筈だ。本来強敵に属する魔物が出るはずのない場所である。イレギュラーも甚だしい。
個人的に気になるのは、《虫の知らせ》が発動しなかったことだ。
オレに対して害意があるなら《虫の知らせ》が発動する筈なんだが……。
『ウガァァァァァ!』
鬼霊はうめき声にも似た雄叫びを上げた。
だが、その視線は……オレ達の方を見ていない!
いきり立った鬼霊は、手当たり次第に周りの木々を含めて手の届く範囲の障害物に攻撃をしている。
そうか。だからオレの《虫の知らせ》に反応しなかったのか。ヤツはオレを敵ではなく邪魔な障害物の一つとしてしか見ていなかったのだ。と同時に《虫の知らせ》の正確なスキル仕様も理解出来た。
《虫の知らせ》における『害意を持つ』とは、敵と認識することが前提条件にあるということである。
認識外のとばっちりのような攻撃には反応しないということだ。
その証拠?に鬼霊は警戒態勢を取っているオレ達3人に積極的に向かってきていない。
「ここにいる理由は分からないが、オーガーの積極的な攻撃対象にオレ達は入っていないようだ。脇をすり抜けることは出来そうか?」
オレを守るように立っている二人に声を掛ける。
「わからないだよ」
「難しいんじゃない?今はこっちを気にしてないけど、近づいたら標的になりそう。避けて通って先に攻撃されるくらいなら、こっちから先制攻撃しようよ?」
二人の意見にオレの想定を加える。
すり抜けによる戦闘回避が成功するかどうかは確かに分からない。でも、それを狙って鬼霊の先制攻撃を食らうくらいなら、こちらから仕掛けておきたいというエルナの意見には概ね同意だ。
「エルナ、《魔物鑑定》の結果をもう少し詳しく教えてくれるか?」
目の前の鬼霊が『戦って何とかなる相手』なのか、それとも『手を出してはいけない相手』なのかを知りたいオレは、エルナのスキルに頼ることにする。
「いいよ。んとね……名前は鬼霊。耐久値は……まだ減ってないから分からないよ。で、弱点は魔法攻撃だって。物理には強そう……あと行動特性だけど目が悪いから手当たり次第に目に付いたものから攻撃するって」
「OK。ありがとう」
充分な情報だ。やはり《虫の知らせ》が発動しなかったのはオレを敵だと思って攻撃したわけではなかったからだ。
そして目が悪いとのことなので、距離を取っている今の状態で襲われないのも納得がいく。ただ、弱点属性が『魔法』というのはややオレ達には不利な情報か。黒魔法使いのいるパーティだったら、鬼霊の認識範囲外から遠隔で魔法攻撃しているだけで勝てそうだ。
あとは……敵と認識された時に、どのくらい執拗に追い回してくるか?かな。考慮しておくべき点は。でもその情報は無さそうだしな。
「エルナ、ガドル。作戦を決めたぞ。魔法が弱点だというので本当は魔法攻撃をしたいとこだが、オレ達に魔法はない。だから、不利かもしれないがドーピングした圧倒的火力で押し切る。で、手応えがありそうならそのまま倒すし、難しそうならAGLの低いガドルから森の外へ逃げる。逃げる順番は、ガドルの次がエルナ、そしてオレだ」
「オラが最初なのはわかるだが、最後がエルナさんでなくてファクトさんなのはなんでだ?」
猫がオレの作戦に少し疑問を持ったようだが、コレにはちゃんと理由がある。
「確かにオレはエルナより圧倒的に打たれ弱いが、素早さが多少高い。あいつを見ている限り、ちゃんと認識してさえいれば鬼霊の攻撃は避けられると思う。問題は『逃げ』をうったときに追いかけられるリスクだ。素早く鬼霊の認識外まで逃げて振り切る必要がある。それに……」
オレはハンティングダガーを取り出した。
「もし1ポイントでも攻撃が通るなら、こいつの効果で運良く倒せるかもしれないしな。倒す事は諦めずに、かつ逃げる場合に安全に逃げるための作戦だ」
「わかっただ」
「おっけーよ!最初は練習通りの陣形でいいの?」
「ああ。それでいこう」
もともと二人にはあらかじめ『ブーストLV2』を5本ずつ渡してはあるが、オレは余分に2本を追加で渡した。
「逃げを打つときは、この余剰分に手が出るときだ。その時はオレが合図を出すからすぐに逃げ作戦にシフトしてくれ」
オレの言葉にエルナとガドルの二人はコクリと頷いた。
「じゃあ戦ってみようか!」
オレ達は未だに暴れている鬼霊と対峙した。
暴れる鬼霊を前にパーティ戦闘用陣形を取る。だが、まだ鬼霊にこちらを認識した様子はない。本当に気づいていないのか、気づいているが『気にするほどではない』と感じて無視しているのか……
オレはまずクロスボウに弾をセットして先制弾を放った。
『ガアァ!』
オレの狙いは鬼霊の目だ。
理由は一番堅くなさそうだったから……だが、珍しくその狙いは外れ、鬼霊の首元に突き立った。
「ナイス!」
エルナから声が掛かる。実に救われる気分だ。
スキル《必中》を持つオレ的には狙ったところから外れたこと自体が微妙だったのだが、OKだと承認された気分になるのは助かる。
ここで鬼霊はやっとオレ達を敵として認知したようだ。《虫の知らせ》もちゃんと反応してくれている。
すぐに次弾を装填して鬼霊に放ったが、それはやつの棍棒によって叩き落とされてしまった。
(……見えてんじゃん)
『目が悪い』という魔物情報を疑うわけではないが、こちらの遠隔攻撃を認識して回避出来るくらいには状況把握出来ているようだ。遠隔だからといって油断出来ないことがよく分かる。
この攻防をきっかけに鬼霊はオレ達に襲いかかってきた。それを見たオレ達は一斉に『ブーストLV2』をあおった。戦闘開始である。
鬼霊は棍棒を大きく振りかぶるとオレ達目掛けて上から叩き込んできた。予想より速い攻撃だ。
とはいってもみすみす当たるオレ達ではない。オレとエルナは若干後退して回避。一番敏捷に劣る猫は回避出来ないと判断したか、大盾を構えてそれを受け止めた。
ガィン!と金属製の衝撃音と共に火花が散る。周囲に風圧が感じられそうな一撃であったが、猫は潰されてはいない!
大盾の下でキッチリ衝撃に耐えきっていた。素晴らしい耐久値である。
「いけるだ!」
自信をもった猫から頼もしい声が聞こえる。
ていうか、鬼霊の棍棒って金属製だったのな……オレは勝手に堅い木だと思い込んでいた。よくアレを不意打ちで受けて無事だったな……あ、もちろんダメージは受けていたけどね。
攻撃の意思があったわけじゃないからかな。
「次は私よっ!」
猫のパフォーマンスを見てエルナに火が付いたようだ。腰からガドル製の打ち刀を抜き放つと、エルナは鬼霊に斬り掛かった。
『グア!』
だが、その攻撃は鬼霊の棍棒によって弾かれてしまい、反動でエルナは後方のオレのところまで吹き飛んできた。ダメージらしいダメージを受けたようには見えないが、過保護なオレは念のため彼女に『回復薬小』を使ってやる。
「思ってたよりずっと強いわ……」
「油断しないように」
「大丈夫、私は負けない!」
「よし!それでいい」
エルナの芯の強い目力を確認したオレは、背中をポンと軽く叩いて送り出した。
問答から得られる根拠は全くないが彼女があの目をしている限りは、安心していられるとオレは思う。
エルナは前線で鬼霊の猛攻を大盾で受け止め続けている猫の元に駆け戻っていく。
まだ戦いは始まったばかりだ。




