第44話 壊滅……?
その瞬間。ランスロットには時間がゆっくり流れているように感じた。まるでスローモーションのようにランスロットの目に映っていた。
ランスロットが突き出した長槍は、ゴブリンリーダーが持つ大戦斧の横腹を貫くように打ち抜き、その勢いのあまりゴブリンリーダーは体勢を大きく崩してのけぞる。その様子を視界に捉えたランスロットは、反射的に敵の懐に飛び込むや否や長槍の柄で喉元へ強く突き入れたのだった。
不思議なことが起こっていた。直前まで自分のこめかみ辺りを狙っていた蜂による毒針の一撃は、何故か喰らっていない。それどころかゆっくり流れて感じる時間感覚のせいか、自分と目の前のゴブリンリーダーのことしか目に入らない。
ただ、今のランスロットに分かるのは、自分が目の前の強敵を倒さなければ、パーティは確実に全滅するという確信だけであった。
『ギャギャギャギャ!!』
ランスロットが感じていた時間の感覚はすぐに元に戻った。
目の前には自分の攻撃によって地面に倒れ伏したゴブリンリーダーの姿だ。喉元を抑えて呻きながらジタバタしている。
「すまんな」
ランスロットは柄ではなく、刃先の方をゴブリンリーダーに向けるとトドメを刺した。
その様子を見た群れのゴブリン達が一斉に逃げ出す。ランスロットは、まだそこにいるはずの最大の敵蜂の方を向いた。
……
蜂の毒針がまさにランスロットの頭を貫かんとしたその時、ミアの放った弓矢が蜂の腹に命中していた。
無我夢中で放った一撃だったが、運良く当たったのである。ミアの一撃をまともにくらった蜂は、狙っていた一撃をランスロットに打ち込むことが出来ず、そのまま狙いが逸れ、近くの木に突き刺さって動けなくなった。
森の木に深く毒針が食い込んだ蜂は、何とか針を抜き取ろうと暴れていたが、そのまま動かなくなった。
「あ……あたった」
ミアは自分の攻撃が成功したことに驚いていた。
いや、もちろん助けられる可能性を信じて放った一撃ではあったのだが、蜂の動きが俊敏なため、自分の腕で確実に命中させられる自信など全くなかったのだ。だが結果として、自分の一撃がランスロットを助けることが出来たという事実にホッとする。
「やったよ!ティアナ!あたしの一撃が……」
ミアは満面の笑みで背後にいるはずのティアナに声を掛けた。だが、ミアの目に映ったティアナの表情は恐怖に引きつっているように見える。
そう、ミアは自分の攻撃が成功したことに気を良くし、完全に油断してしまっていたのだ。
「どうした?ティア……」
「ミアッ!だめっッ!」
次の瞬間、首がぐりんと吹っ飛ばされるような衝撃を感じたミアはそのまま動かなくなった。ミアの耳に最後に聞こえたのはティアナの絶叫のような悲鳴だった。
糸が切れたように動かなくなったミアに、執拗に攻撃を加える蜂二匹。ミアにティアナのヒールは届かない。
ゴブリンの群れと共に飛来した蜂は三匹。
そのうち最初に襲いかかってきた一匹が、ランスロットへと襲いかかる。だが、その攻撃はミアの偶然の会心の一撃によって阻まれた。
その事実に怒った残りの蜂二匹が一斉にミアに襲いかかったのだ。
すぐにティアナはヒールでミアの回復を……いや、延命を試みる。だが、蜂の最初の一撃によってミアの生命力は完全に削り取られていたのだ。
(どうしたら……?逃げる?でも……逃げられるの??ランス……は、ゴブリンと戦闘中だし)
ティアナは考える。
時間の余裕などほとんど無い。すぐにあの蜂たちは自分に標的を変えてくるだろう。そして自分にはその攻撃を躱しきる力量はない。
ましてやミアですら一撃で沈んだ蜂の攻撃に、白魔法使いである自分が耐えられるとも思えなかった。
だが、だからといって自分に一体何が出来るというのだろうか?
もし蘇生魔法が使えたなら、ミアを蘇生させて戦線復帰させるのが第一手。しかし自分のLVではまだ蘇生魔法は扱えない。
ではアイテムではどうか?
蘇生させられるアイテムは、価格こそ高いが店で一応売っている。たしか瀕死の重傷状態へが限界だったか……。
たしか1つだけ購入したはずだとティアナはアイテムボックスを探る。
蘇生させた直後に自分のヒールをかけることが出来れば、ミアを確実に戦線復帰させることは出来るはず……。
そう考えたティアナはアイテムボックスから取り出したたった一つの蘇生液を手に、ミアの元へ走り出した。
だが、この行動にすぐに気づいた蜂二匹は、動かないミアから何かをしようとしているティアナへ標的を変更する。
蜂の一匹がティアナの頭を狙って毒針を繰り出してきた。しかし、不意打ちを喰らったミアとは違い、ティアナは最初から蜂の動きが見えている。 攻撃を完全に躱すことは出来ないが、致命傷を避けることだけなら今のティアナにも出来た。そして確実にミアの元へと近づく。
ティアナは蘇生液の栓を開けて、ミアの元へ駆け寄った。
……だが、彼女にとって不運だったのは、相手取った蜂が二匹だったことである。
蘇生液をミアに使おうとしたまさにその時、ティアナは視界から外れていた一匹の蜂による一撃を後頭部に喰らった。
そして、ティアナはミアに蘇生液を使うことなく、ミアの上に覆い被さるようにその場に倒れて動かなくなったのだった。
……
蜂の方を向いたランスロットの視界に飛び込んできたのは、折り重なって倒れたまま動かなくなっている仲間の姿だった。
その傍らにはにっくき蜂二匹。
「……ミア、ティアナ……クソッ!」
ランスロットは長槍をアイテムボックスにしまい、大盾と細身の剣を取り出して構えた。愛着もあり使い慣れた長槍ではあるが、的が小さく素早い蜂相手では分が悪いと考えての判断である。
仲間をやられたことに対しての怒りと、仲間を守り切れていない自分の不甲斐なさに歯噛みするランスロットであったが、その判断力まで衰えたわけではない。
守りを固めたランスロットと蜂二匹との死闘が始まった。
ランスロットは奮闘していた。
小回りの効く細身の剣に持ち替えたランスロットではあったが、蜂を捉えるまでには至らず、まだ有効な一撃を食らわすことは出来ていない。一方でランスロット自身も大盾を上手く使い、蜂による致命の一撃を食らわずにギリギリのところで耐えていた。
……力の差は歴然である。
ランスロットの攻撃は当たらないが、蜂の攻撃はランスロットに命中している。致命の一撃こそ食らってはいないが、細かく削られ続けているのだ。しかも回復役であるティアナは既に倒れている。
ジリ貧に追い込まれたランスロット。
全滅が必至なら、もう諦めてやられるか……と、何度も心が折れかける。
しかし、自分の側で倒れている二人の姿が目に映る度、ここで諦めるわけにはいかないと気持ちが奮い立つのだ。
二人とはパーティ登録をしているため、自分が力尽きない限り死亡退場しない。
もしここで蜂に勝てることが出来たなら……一抹の希望がランスロットの気力を繋いでいる。
ランスロットの目には倒れたティアナの手に蘇生液が握られているのが見えている。ティアナが個人的に一つ持っていたのだろうと思う。実はランスロットも一つだけ持っていた。するとパーティ復活の未来が見えてくる。この二つのアイテムを使うことが出来れば、ミアとティアナは復活出来るはずだからだ。
だが、残念なことに蜂の猛攻を防ぎながら蘇生液を使う余裕などない。
もちろん蜂の攻撃を受ける覚悟で蘇生液を使うことも出来る。が、それをしたところで勝てる未来があるのだろうか?と思ってしまう。
……そう、ないのだ。
唯一の可能性が見いだせるとしたら、それは自分でこの窮地を脱することである。
どれだけ時間が掛かろうとも、自分の細身の剣が敵……蜂を捉えることができたなら……それだけで勝機が見えてくる。
となると、この勝負を左右するのは、結局自分の力量次第ということだ。
ランスロットは一層気を引き締めると、大盾で蜂の攻撃を躱しつつ細身の剣で丁寧に蜂を狙ってひたすらに攻撃を続けた。
拮抗を破ったのはランスロットの渾身の一撃だった。
二匹の蜂を分断するように大盾でスペースを作ったランスロットの一撃が、ついに蜂を捉えたのである。
細身の剣の一閃で羽を切り落とされた一匹の蜂。ここでランスロットは一つ、致命的な選択ミスをした。
ここは動けなくなった蜂を無視し、残った一匹に集中すべきであったのだ。
だが、既に疲弊していたランスロットは蜂にトドメを刺すことを選んでしまう。ランスロットの細身の剣が地に落ちた蜂にトドメの一撃を加えたその瞬間、背中に鋭い一撃を食らったランスロットはその場に倒れてしまった。
(しまったっ!)
後悔するランスロット。
だが、そんな反省をする暇も無く、倒れた自分の目の前に蜂の毒針が迫っていた。
「クッ!動けっ!」
毒の一撃で満足に動かない四肢に全力を込め、ランスロットは身体をひねって全力で回避をした。




