第45話 第三の街
蜂のトドメの一撃を躱すべくランスロットは必死で身をよじった……だが、身体は思うように動かない。
終わった……と、ランスロットが覚悟を決めたその瞬間、ヒュッと鳴った風切り音とともに蜂はランスロットの視界から消えた。
何が起こったのかランスロットには全くわからない。毒が回っているせいか、首を回すことすらできないでいる。
ただそれでも……理由は分からないが、どうやら自分は助かったようだ。それだけは分かる。
何故なら蜂から聞こえ続けていたあの耳障りな羽音が、視界から消えた瞬間を最後に、一切聞こえなくなったからだ。
「……っと。思ったより酷い状態だな。意識はあるか?」
ランスロットの耳に低くて野太い、それでいて温かみのある声が聞こえてきた。ここでランスロットは悟る。ギリギリのところをこの声の主に助けられたのだと。
「ぁ……が……」
「あぁ、毒にやられてるのか。ひとまず生きていて何よりだ。で、キラービーの毒だから……」
感謝の言葉を伝えたい。男の声に応えたい。
そう思うランスロットだが、うまく言葉が紡げないでいるのが非常にもどかしかった。そして自分が生きていることで、ミアとティアナを復活させることもできそうだ。それが何より嬉しかった。
「よし、これを飲んでみろ……飲めるか?」
そこで初めてランスロットの視界に男の姿が入り込んできた。
デカい……種族はドワーフのようだが、サイズがおかしい。ランスロットの認識にあるドワーフの大きさではない。
確かミアもドワーフだったはずだが……いやそれは今はどうでもいい。余計なことを考えるのをやめ、ランスロットは口に流し込まれた解毒剤のようなものを必死に飲み込んだ。
……
この出来事の少し前のこと。
『盗賊』と思しきアサルトとがーらんどの密談を聞いてしまったオレは、アカシアの街に戻るべく森の中を歩いていた。
特に急いだりすることもなく、あくまで『普通に』である。
他に仲間がいても面倒であるし、万一盗賊の仲間に遭遇した時に不自然でないように……という意味合いも大きい。この場に潜んでる盗賊……らしきプレイヤーがあの二人だけだと誰が保証してくれるわけでもない。
幸いアカシアの街はアサルトやがーらんどが姿を消した方角とは異なる方角だ。
《あやかしの森》の奥から同じ方向へ移動した結果、鉢合わせになってもバツが悪い。直接あの場にいなかったとしても(いやまあいたわけだが)、向こうがどう出るか分からない以上どんな顔で会えばいいのかもわからない。オレのドワーフキャラが、ポーカーフェイスをしたとして、どれだけ期待できるだろうか?などと考えていた時だった。
『やっほー!ログインしたよー!』
エルナからフレンド通信が入った。
そうか。そろそろそんな時間か。とリアル時間のことを考えつつ、無難に「元気そうだな」と返しておく。
『いま、どこにいるの~?わたしはね!INした直後にミゲルたちに会ってね、なんかモルトの街に行くって話になってたから便乗しちゃうことにしたんだ』
『え?そうなのか?オレは《あやかしの森》に蜂蜜を集めに来ててだな、これからアカシアに戻るとこなんだが……』
『ありゃ……えっと、えっと。そうだ!《あやかしの森》からモルトの街方面に向かうことは、確か出来るんだよね?』
なるほど。エルナの言わんとすることは読めた。
『つまりもう、アカシアから出発しちゃってるってことだな?分かった。じゃあモルトの街で合流しようか。ちゃんとモルトで待ってろよ?』
『さっすがファクト!話が早い!!じゃあ、ちゃんとモルトで待ってるから、来てね~!』
通信が切れた。
相変わらず奔放な子だ。迷わずちゃんとモルトに着けるんだろうな?と若干心配だが、ミゲル達にしっかり着いていくならたどり着けるはずだ。……と信じている。
どちらにしても、オレの進路もアカシア方面からモルト方面に変更だ。
《あやかしの森》の構造上、一旦森の奥近くまで戻る必要がある……具体的にはあのアサルト達が密談していた付近までだ。
時々現れるゴブリンやコボルト、キラービーにホーンラビットたちを蹴散らしながら、オレは密談会場まで戻ってきた。
ここから二人の盗賊のうち、アサルトが向かった方面に移動する。
さすがにもう出くわすことはないだろうと思う。
もっとも偶然遭ったところで、これだけ時間が経っていれば密談を盗聴していたと疑われることもない。普通にしてればいい。
そんなことを考えながらモルト方面に向かっていたオレだったが、その道中で異常な魔物の叫び声が聞こえてきたのだった。
声の感じからするとゴブリンだろうか?
だがあんな叫び声を上げるゴブリンなんていたっけ?
モルトへの道から一旦はずれて、オレは声の主の元へ向かってみた。完全な好奇心である。
だが、オレが現場に到達する前にゴブリン達が一斉に集団で逃げていくのが見えた。どういうことだ?ますますオレの好奇心に灯がともる。
現場と思われる場所付近でオレは聞き慣れた羽音を耳にする。これは間違いなく蜂だ。
それなら……と、オレはクロスボウをセットする。
いつでも撃てるようクロスボウを構えたオレは、戦闘音のする場所の様子を伺う。そんなオレの目に飛び込んできたのは、大盾を構えて孤軍奮闘する一人の鬼人戦士の姿だった。
その動きは見事としか言い様がない。明らかに蜂より動きが鈍い……つまりはLVが低いと思われるのに、二匹の蜂を相手に互角に戦っていたのだ。名前表示はランスロット。
そのプレイスキルに思わず見とれてしまうオレ。いやいや見とれている場合じゃない。
互角に見えてもダメージは明らかに戦士に蓄積されている。長期戦になってしまえば戦士の分が悪いことは明らかだ。
そして戦局が動く。
ランスロットの放った細身の剣の一撃が、ついに蜂を捉えたのだ。思わずガッツポーズをするオレ。だが次のランスロットの行動を見たオレの表情は歪んだ。
(ダメだ!!それは悪手だ!)
ランスロットは攻撃を食らって飛べなくなった蜂へのトドメを優先してしまったのだ。あろうことかもう一匹の蜂に背を向けて。
次の瞬間、ランスロットの背中へ蜂のクリティカルヒットが決まり、ランスロットは倒れてしまう。茂みから覗いていたオレの位置からは……見えない!オレは反射的に茂みの中から飛び出した。
そして倒れたランスロットへダメ押しとばかりに蜂が襲いかかったその瞬間、オレのクロスボウから放たれた必殺の弾が蜂の急所を貫いたのだった。もともとそれなりにダメージが蓄積されていたか、オレのクロスボウの一撃で蜂を倒しきることが出来たようだ。
ふぅ……とため息をついたオレは、ランスロットの元に向かう。
そこで初めてランスロットの仲間と思われる二人のプレイヤーが、死亡状態で倒れているのに気づいた。目の前に倒れているランスロットは全滅を全力で回避すべく奮闘していた。という事実に……。
「……っと。思ったより酷い状態だな。意識はあるか?」
瀕死のランスロットに声をかけつつ、オレはさっさと救援に入らなかったことを後悔した。こんな状態で……こんな想いで必死で戦っているプレイヤーを危うく見殺しにしてしまうところだったのだ。本当に見とれている場合じゃなかったのだから。
「ぁ……が……」
ランスロットから声が漏れる。
毒にやられているせいか、声もまともに出ないようだ。そう言えばオレも毒にやられた時こんな感じだったかと思い出す。
「あぁ、毒にやられてるのか。ひとまず生きていて何よりだ。で、キラービーの毒だから……よし、これを飲んでみろ……飲めるか?」
オレは作ったばかりのお手製の毒消し薬をランスロットの口に注いだ。
「……ぁ……あ!ありがとうございますっ!助かりました!」
動けるようになったランスロットは、地面に頭をこすりつけるように土下座してしまった。
「あ、いや。無事で良かった。こんなに大変な状況だと気づいてたら、もっと早く助けるべきだった」
「え?見てらしたんですか?いつから?」
「あぁ、君が盾持って蜂と戦っている辺りからかな」
「……そうだったんですか。いえ、その辺りからでしたら結果は一緒です。助けてもらったことに変わりはありません。既に仲間は倒れてましたし……そうだ!すぐに助けなくては」
ランスロットは懐から何かアイテムを取り出して、倒れた仲間たちのもとに駆け寄ると仲間の一人に振りかけた。そしてさらにその場に落ちていたアイテムも使ってもう一人の仲間に振りかけた。
オレはそのアイテム名に驚く。
「蘇生液!……やはりそういったアイテムがあったか。どうやって手に入れた?」
オレの問いにランスロットは首をかしげる。
「え?普通に街で売ってましたけど?高いですが」
「……そんなん売ってたっけかなぁ?」
オレはモルトの街とアカシアの街の道具屋と調合士ギルドのラインナップを思い出してみる。だが、蘇生液なんてアイテムは見た覚えがない。
「売ってますよ?ほら、あの穴蔵の店で」
「穴蔵の店?」
ランスロットの会話にまるでついて行けてないオレ。どういうことだ?……これはもしかして。
「一つ聞いていいか?君は、どこの街から来たのかな?」
ランスロットは自分の持っていた蘇生液と、倒れていた仲間のアイテムと思しき地面に落ちていた蘇生液を使って二人を復活させたのを確認して、オレの方を振り向いた。ちなみにアイテムで復活したばかりの二人はまだぐったりしている。どうやら《瀕死》での復活を実現するアイテムのようだ。
「ん?ルーテリアの街ですけど?」
何を言ってるんだ?といった様子で答えるランスロット。
……キタッ!やはり知らない街。
彼らのLVから考えて三つ目の『始まりの街』に違いない。これはいろいろと教えてもらわなくては。
オレは手持ちの回復薬小をどっさりランスロットに渡した。




