第34話 久しぶりの現実
ヴィラ・ラフィー……なんとかという高級マンション。名前はどうでもいいか。
イケメンのイズダテに見送られてプレイヤーズマンションの2001号室を後にしたオレは、暗い夜道を自宅に向かっている。
実に面倒くさいが、明日はまだ仕事がある。
いつもと変わらない在宅勤務ワークとはいえ、仕事である以上特に楽しくはない。むしろ別の問題を心配していた。
(早く……早く、イルグラードに戻りたい)
中毒症状が現れるには早すぎるが、大体新規のゲームを始めたときなんてそんなもんだ。
加えて、イルグラードの特性がオレの気をはやらせている。
そう、時間の流れ。
もし……もしだ。生理現象もあるので不可能だが、連続でINし続けられたらどれほど他のプレイヤーに差をつけられるだろうか?逆もある。廃プレイヤーにどれだけ差をつけられてしまうのか。別に離されることが怖いわけではないが、その時間分楽しみを失ってしまうと……そう思ってしまう。
オレは特に廃プレイヤーになりたいわけではないが、引き篭もりゆえ仕事以外の時間のほとんどをつぎ込むため、結果的に廃プレイになることが多い。
そしてその結果がプレイヤーの強さ、情報力に大きく差がでるゲームだと感じている。1時間ログアウトしたらゲーム内で1日分。1日ログアウトしたら極端な話24日……ゲーム内で一ヶ月近い日数が経過するのだ。リアルで過ごしている時間がもったいない気がしてくる。
そんなことを2001号室を出る前にイズダテに話した。すると、驚きの回答がイズダテから返ってきた。
ゲームをプレイし続ける限り、この部屋に住んでていい。と
すぐに裏がある話だと疑った。
だが、裏があろうとなかろうと、四六時中ゲームに没頭できる環境に全力で惹かれてしまったオレは、速攻で住むことに決めた。
ちなみにイズダテの説明によれば、住もうと住むまいとゲームプレイが続く以上、あの部屋はオレの貸し切り状態だということだ。通常の家と異なることがあるとすれば、イズダテが部屋に自由に出入り出来るし、実際にするということである。
イズダテ以外のゲーム管理スタッフが皆出入り自由だと言われると、流石にやめとこうと思ったがイズダテだけならまだいい。オレのプレイ中の無防備な姿をもう晒しているのだ。今更である。
とはいえ、完全な引っ越しは難しい。
荷物は仕事のPCとオレのPCおよびゲーム環境くらいしかないが、部屋を引き払うとなればそれなりに時間が掛かる。手続きもある。退去手続きなんぞ人と面倒くさい交流をしなくてはならない。それにだ!その間イルグラードにログインできないではないか!というのが一番のネックである。
ん?既に毒されすぎてやしないかだと?大丈夫、自覚済みだ。
オレは自宅につくとシャワーを浴びてさっさと床についた。
……
そして翌朝、ついに目覚ましと時計だけに左右される朝……以外の朝を迎えた。理由はイルグラードの為である。
朝起きてから在宅勤務が始まるまでの数時間は、全て居住空間移転のための荷造りに費やした。
もともとあまりモノのない部屋はますますスッキリする。
マンションに持ち込むのは、仕事をするための一式(これは今日の仕事が終わるまで荷造りは出来ないが)に、プライベート用のノートPCに財布、スマホに充電器。そして二、三日過ごせる分のジャージと下着だけだ。
あの部屋には嬉しいことに基本的な家具や電化製品が揃っていた。足りないモノがある部屋には思えない。
どうしても足りないモノがあれば後からウチまで取りに来ればいいし、出るのが面倒ならイズダテに頼んでしまえばいい。あの様子ならどうせオレの住居情報などは把握しているだろう。逆手にとって使ってやればいい。
そんなことを考えて必要なものを揃え終わったころ、仕事の時間になった。
オレはいつもより生き生きしていたのだろうか?
口うるさいことで、オレの中で有名な上司のヤツが「たまには出社して、仕事帰りに飲みにでも行かないか?」などと誘ってきた。普段ならそんなことをいう上司じゃない。よっぽど上司の機嫌が良かったか、オレの雰囲気が良かったかだろう。どちらにしても、誘ってくるこないは別として全力でお断りである。
オレにはイルグラードがあるからな!
イルグラードのために使える時間をなぜ『飲み会』などという時間に潰されなきゃならんのだ。そう言ってやりたいが……通じないだろうと思うのでやめておく。
定時……魅惑の時間の到来だ。
オレは時計がその時刻を刻むなり一方的に退社連絡を告げ、さっさと仕事用のPCをシャットダウンする。すでに荷造りの終わったリュックは背負っている。すぐに発つ準備は万全だ。
手元に用意済みの手提げに仕事用のPCとスマホを放り込むと大急ぎで自宅を出た。
まとめると荷物がそれなりになったので、重量的にオレの貧弱な身体では駆け足……は難しいが、なんとか早足であのマンションに向かう。
すぐにあの高級マンションが見えてくる。
自宅から普通に歩けば10分も掛からない距離ではあるが、5分程度でマンションの門までたどり着いた。
見れば見るほどオレには縁の無さそうな高級マンションである。夜は気づかなかったが門にはツタのような彫刻が一面にあしらわれており、洗練されたセレブ達の住居というイメージが前面に溢れている。
改めて眺めていると、大荷物を持って突っ立っているオレが不審者に見えたのだろうか?マンションから出ようとしたと思われるセレブ系の奥様が、オレを見て慌てて建物の中に戻っていくのが見えた。
イカン。こんなところに突っ立っていたら通報されてしまう。
オレは慌ててイズダテから受け取っていたマンションの鍵を使って中に入ると、エレベータで20階まで直行した。
妙な疑いをかけられるわけにはいかない。オレはただゲームをしに来ただけなのだから。
2001号室の鍵は閉まっていた。
鍵を開けて部屋に入るが、特に人の気配はしない。イズダテはどうやら不在のようだ。それならそれでいい。オレはリュックの中から大量に持ち込んだカロリーメイトを一つ頬張り、ペットボトルのお茶を飲む。
一息ついたところで、オレはお手洗いへ向かう。
同じ間違いは繰り返さない。
汚い話だが、もよおしてようがそうでなかろうが、今ここで一通り出してしまっておかないと途中でログアウトするハメになる。出来るだけ長くプレイ出来る時間が欲しい一心だ。
もう今は出ない!と言えるくらい大も小も済ませると、ドームケース……要するにプレイ端末のある部屋へと向かう。
そして、イズダテに昨日言われた通りにヘルメットとマスクをつけてケース内で横になる。……が、ゲームが始まらない。
オレは思い出した。
前回ログインする際にイズダテが何か装置を操作していたことを。
何とか記憶をたぐり寄せ、初回ログインの際にイズダテがいじっていた辺りを見ると [power on] と記載された赤いボタンがあるのを見つけた。
(これか……よし、押してやろう)
オレはスイッチを押した。
……
「おや?気配がありますね。鈴木様はもういらっしゃったのでしょうか?仕事があると聞いていたのに……」
泉舘は2001号室の部屋の鍵が開き、かつそのままになっているのに気づいたため部屋に戻ってきたのだ。
実はこのマンションには泉舘の担当するプレイヤー専用の部屋が何部屋か存在する。どの階にもプレイヤーは一人だけと決まっているので、20階にプレイヤーがいるのならそれは鈴木徹也に他ならない。
「そうでしたか……。お一人でログインされるときの注意点をお伝えしてませんでした。申し訳ないことをしました」
泉舘は、プレイルームドームケースの中から [power on] スイッチに手を伸ばしたまま固まっている鈴木の姿を見つけてしまったのだ。
すぐに計器の値を確認した泉舘はほっと胸をなで下ろした。
身体情報を見る限り、鈴木の状態は正常だ。ゲームログインも問題なく出来ているようだ。ただ、ケースの中で横になっていないというだけで……
泉舘は鈴木の身体をそっとドームの中で寝かせると、蓋を閉じた。
「これでしばらくはいいでしょう。……情報ではそろそろ18階のお客様が来場されそうですし」
ドームの中で横たわっている鈴木の姿を見ながら、泉舘は独り言のように呟く。
部屋の居間にあたるローテーブル付近に散らかされた鈴木の荷物を簡単に一所にまとめると、泉舘は部屋から外へと出て行った。




