第32話 アカシアにて
その後、ワイワイとエルナの周囲で雑談は続いた。
オレのところにも何人かやってきて話していくプレイヤーはいたが、エルナに比べたら圧倒的に少ない。でもこのくらいでオレは充分だ。
しばらくそんなことを続けながら広場にいたところ、エルナがパーティと思しき集団と共にオレの方にやってきた。
「なるほど、この人がファクトさん……あ、すみません。わたしは……いえわたしたちは、これまでエルナさんと一緒にパーティを組んでいたんですが……」
集団の中から進み出た一人の女性プレイヤー……まぁ見た目と中身が一致するかは分からないが、見た目が女性エルフのプレイヤーが集団を代表してオレの前に進み出て挨拶をしてきた。頭上の名前を見ると『スフィア』とある。うーん。多分女性名だとは思うが。装備品を見る限りは魔法使いだろう。
「ん。あぁオレがファクトだ。で、スフィアさん用件は?」
「えっと。エルナがあなたと固定パーティを組むから、私達のところから完全に脱退するというので、本当にそういう話になっているのかお話をしに……」
ああ……これは。オレは理解した。というか、エルナも極端過ぎやしないか?
多分、エルナが固定パーティにこだわっているのは、オレの肝入アイテムである『ブーストLV2』……つまりドーピング能力を広めずに自由に使うため。つまりオレのことを考えてくれた結果とも言える。
視界の先ではエルナがサムズアップをしてこっちに笑顔を向けている。いや使いどころを少し間違えてるとオレは思う。
「わたしはもうファクトのモノだからね!」
エルナの言葉に、オレを含めてエルナ以外の全員がビックリした顔になる。
いや、その言い方だと完全に誤解を招くから。
「あ、いやその。うん。状況は分かった。ちょっと誤解もあるようなのでオレから少し説明する。『固定』という言葉に囚われずに聞いてもらいたいが、『エルナとオレが今後パーティを組んでゲームを進める』は、基本的には認識通りだしそういう話をしている。でもお互い必ずINが重なるとも限らないだろう?約束してたとしても急用が出来ることもあるだろうし。で、そんな時まで固定にこだわる必要はない。と、オレは思う。だから、例えばオレがINしてない時はエルナはスフィア達とパーティを組んでもいいんじゃないかと、オレは思ってるが……エルナ」
「えーっ!でも、わたしファクトがいないとちゃんと街に帰ってこれない自信あるよ?」
うん。どや顔で主張することじゃないな。スフィアさんが完全に呆れ顔じゃないか。
「はぁ……わかったわ。エルナ。でもたまには私達ともパーティ組んでよね?ファクトさんも一緒でいいから」
「えぇっ?それはダメ。ファクトはわたしのモノ。時々わたしが一緒に組むのはオッケーにするけど」
うん。オレにはエルナの言いたいことは分かる。でも……伝わらないよなぁ。ていうか、エルナの言い方じゃ誤解を深めるだけだ。
「なんでダメなのよ。いいじゃない、ファクトさんも一緒で。ゲームなんだから私は楽しくわいわいやりたいのよ」
「うぅぅ……」
エルナが言葉に詰まっている。何をどう説明しようか悩んで言葉が出ずに詰まっている。ということは分かる。
『アイテム販売で財を築く作戦』をしばらくしないことに決めた今となっては、いわゆるドーピング能力は秘匿しておきたいとオレも思う。
『大丈夫だ。上手くやるから任せておけ。許可していい』
『そお?ほんとに?』
オレはエルナにフレンド回線で伝える。会話中にテレパシーを送ってるみたいで不思議な感覚だが、コレはコレで面白い。
「うぅぅ……分かった。ファクトも誘っていい。でもファクトはわたしのモノだから、忘れないでよ?」
「はいはいw……と、いうことなんだけど、改めてよろしくお願いします。ってことでいいですか?」
「あぁ、よろしく。ちなみに、誰がいるんだ?」
オレはスフィアと一緒にこちらに来た仲間にチラリと視線を送る。
人間の男と犬……じゃないか?狼?違いがよく分からないが、そんな感じの獣人が後ろで立っている。よく考えれば、ここまでのやり取りのなかで一言も声を発していない。寡黙な人たちなんだろうか?……むしろ気が合うかも知れない。
「紹介するわ。探索者の『リンクス』と黒魔法使いの『げいる』よ。そして私がパーティのリーダーをしている白魔法使いのスフィア。あと……今ここにはいないけど、さっきファクトさんとも話してたミゲルさんも仲間よ」
探索者として紹介された人間男のリンクスと、黒魔法使いとして紹介された狼獣人のげいるがぺこりと軽く会釈をした。
うん。これは二人とも寡黙な性格と断定して良さげだ。
これに饒舌な重戦士ミゲルとリーダーのスフィア。それから暴走方向音痴のエルナが組んでた訳だ。多分この三人が五月蠅くて、リンクスとげいるが寡黙。
なるほど。
戦力バランスもそうだが、メンバーのキャラ構成としてもなんとなくバランスが取れている気がする。エルナが暴走して飛び出さなければ……だが。確かにエルナに抜けられるとかなり痛いだろう。ともあれオレも一緒に参加することもあるのだから、仲間の一員だ。
ただ正式加入する気はない。オレ達には猫がいる。
オレにドーピング+射撃という技があったように、猫にも光る能力がきっとある。オレはそれを見てみたいと思っている。
最初にオレへチャンスをくれた猫を、ないがしろにするつもりは毛頭無い。
ある程度話が落ち着いたところで、それじゃあ……とスフィア達とその場は別れ、エルナとオレはアカシアの街の住宅街エリアに向かった。
正確にはオレが案内してもらっているというところだが。なんせアカシアの街のMAPをオレは持っていないのだ。とりあえず普通に街の構造を覚えるしかない。
「わたしはそろそろ今日は落ちようかと思うんだ。けっこう一気にプレイしたし、そろそろ寝ないとダメだと思うから……」
「そうか。じゃあ次の予定を決めておこう。いつ頃INする予定?」
「んとね……。明日はまだ金曜だよね?学校があるから終わってからじゃないとIN出来ない。部活もあるし」
「そか、やっぱり学生さんだったか。じゃあリアルで明日の夜……かな?何時くらいにする?」
「そうよ!JKよJK!ファクトさんは?……あ、じゃなくて時間か。えっと明日は多分8時くらいになると思う」
うは……自分でバラしてきた。ていうかアピール?うーん。よく分からんがまあ天然ってことで片付けておこう。それがいい。
「ん?JKってことは、親は大丈夫なのか?プレイ場所に移動するのって夜中の外出になるだろ?」
「大丈夫大丈夫!うち全寮制だし、外出自由……ん。多分、外出自由だし」
本当は自由じゃないが抜け出してきてんのかな?なんとなくそんな気がする。にしても、フリーダムな娘だなぁと改めて思う。
「そうか、まあ大丈夫ならいい」
「で!ファクトさんは?わたしは聞いてるんだけど?」
ん?なんか聞かれたっけ?……あぁ、学校がどうとかか。
「オレは独り身の社会人だ。多分、明日は定時で抜けられるからエルナが来る頃にはとっくにINしてそうだな。入ったら声かけてくれ」
「わかった!ふーん?独り身?社会人?いいのかな~?わたしみたいなJKと一緒にいたらドキドキする?」
エルナがオレの顔を覗き込むように振り向いた。ちょっと待て。これはどう返すのが正解なんだ?!
バツイチであることはとりあえず伏せとこう。
が、基本的に今のオレはひきこもりの社会人だし、過去の学生時代を振り返ってもこうしたイベントは経験がない!……イベントって言っちゃってるところがそもそもダメなのか。いやでも……。
「お、おぅ!」
結局オレの口から出てきた言葉はそれだけだった。もっと気の利いたことを言えよとか自分でツッコみたい。
「むぅ……逆に私がからかわれた気分だ。まいっか。ファクトさん、おとなぁ~って感じだもんね」
よく分からんが、勝手に納得したようだ。
あれか、子供扱いして『合わせてあげた』ように感じたのか?それならそれでいい。きょどってただけで大人でもなんでもない対応だったんだが、それをわざわざカミングアウトする必要も無いよな……。
「じゃ、ファクトさん、またあした~!」
「おやすみ」
エルナはそう言って住宅街エリアへと消えていった。
で、問題はオレだ。
アカシアの街の住宅街前まで来たのはいいものの、利用できるんだろうか?まあ考えても無駄か。使ってみればいい。
そんなことを考えながら、オレはエルナの後を追うように……そうモルトの街で自宅に戻るようにアカシアの住宅街エリアへと入った。




