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イルグラード(VR)  作者: だる8
第七章 変異
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第274話 ヘレネの分析

 相楽と共に仮眠室を出た神崎は、その足で運用監視ルームへと戻る。

 開発ルームのところで相楽と別れるが、別れ際に『注意を怠らない』ように改めて言い含めることを忘れない。


 少なくとも今の湯島の様子では、何かしらの決定的な証拠をつかまない限り動きそうにない。明らかな問題が発生すれば否応なしに対応するのだろうが、人命がかかっている以上起こってから(・・・・・・)では遅いのだから。

 自分の見ている運営スタッフだけではなく、開発スタッフ側にも注意喚起を行う必要がある。神崎はそれを相楽に託した形だ。非常事態の重さを理解した今の相楽であれば、注意して動いてくれることだろう。


 そうこうしているうちに神崎は運用監視ルームへと到着した。


 部屋に入るなり、神崎はまっすぐに栗枝のリラックス空間それでいいのかはともかくに向かった。そこにはまたもアイスを咥えたままの栗林が、いつものように椅子の上に胡坐(あぐら)をかいた状態で座ってる。

 いつもの様子と少し違うことがあるとすれば、栗枝の視線は近づいてきた神崎に向けることなくモニタを凝視していること。そして、キーボードを叩く手の止まる様子がないことだ。


 集中しているのなら……と、神崎はコアシステムAI(ヘレネ)への交信継続をお願いしたスタッフの三浦さんのところへ向かう。


「あ、神崎さん」


 神崎が近づくと三浦さんはすぐに声を掛けてきた。


「どんな様子だ。状況に変化はあったか?」

「いえ……それが」


 三浦さんはやや不安そうな顔で言葉を止め、栗枝の居る方に目を向ける。


「栗枝がどうかしたのか?」

「いえ、そういうことではなくて。その……まだ栗枝さんに報告出来ていないのですけど」

「あぁ。まあいまアイツは集中してるから声掛けづらいよな。問題ない。私に報告してくれれば()い」


 神崎の言葉を聞いてホッとした表情を浮かべると、三浦さんは結果の報告を始めた。


「結論から言いますと、ヘレネと交信は出来ていません。ですが、栗枝さんのおっしゃっていたような『返答が返ってこない』といったレベルではなく、そもそも通信が取れないといった状況でして……」

「ふむ。事象を詳しく教えてくれ」

「はい」


 三浦さんの報告を聞いているうちに神崎の表情はどんどん険しくなっていく。

 この状況を聞いて、ヘレネが暴走していない(・・・・・・・)などと、誰が信じられようか。


 わかりやすくチャットツールのようなもので説明するなら、栗枝が交信試行をした時にはこちらのメッセージは送信され既読はつくが返信がない。という状況であった。それに対して三浦さんが試した時にはメッセージを送ろうとした段階でエラーとなる。という状況なのだそうだ。


 神崎には意思を持ったヘレネが、意図的に通信を遮断したとしか思えない。


「全く厄介な……湯島め」


 神崎としてはこの事態だけで暴走の証拠としたいところだが、湯島の性格を考えるとこのような状況証拠では動きそうにない。あくまでも暴走した(・・・・)ことが客観的に判断できる証拠を突きつけない限り……。


 となると、栗枝の調査結果がが気になるところである。

 過去、唯一湯島が暴走した(・・・・)と判定したケースTID-00382。そのログ出力パターンと類似した動きをしているかどうか?だけが現状湯島に暴走(・・)を認めさせる確実な手段であるからだ。


 神崎は再び栗枝のデスクまでやってきた。

 咥えていたアイスはただの棒になっているが、そんなことは気にせず棒を咥えている。


 栗枝は、相変わらずモニタを凝視しながらキーボードで手を動かし続けていたが、もう声を掛けるしかない。


「栗枝。状況はどうだ?」

「……主任。見てわかりません?」

「現在進行形で作業中だってことくらいはわかるさ。でもな?進捗を聞くくらいいいだろう。今すぐが難しいなら、せめてどのくらい後だったら話せそうかくらい教えてくれ」

「10分待ってて!区切りつける」

「わかった」


 相変わらずの栗枝の物言いではあるが、運用監視ルームの端に設置された簡素なベンチ風の椅子に座った神崎はおとなしく栗枝を待つことにする。そして10分経つか経たないかの頃、栗枝の椅子がくるりと回った。


「どうだ?結果は」


 栗枝の椅子が回るために動き出した瞬間に立ち上がった神崎。そのまま駆け寄るように近づき、栗枝がこちらを向く時にはすでにその目の前に立っていた。


「主任。どんだけ落ち着きないんですか?」

栗枝(おまえ)がマイペース過ぎるんだよ。で、どうだ?何かわかったか?」


 かみつく勢いの神崎に対して冷ややかな……というわけでもないのだろうが、マイペースな栗枝の視線が刺さる。


「評価対象の稼働ログ、どんだけあると思ってるんですか?調査開始してまだ1時間ちょっとしか経ってないのに?そんな早くできるとでも?」

「……そうか。さすがにまだ終わってないか」


 ふっと神崎の両肩から力が抜ける。


「ま、みんなにも手伝ってもらってますから、明日くらいにはちゃんと結果が出るでしょうね。でも……」

「でも?」


 神崎の視線が鋭くなる。


「あぁ……そんなに期待しないでよ?いくら天才の私でも限界ってありますからね」

「自分で言うか。で、なんだ?もったいつけずに早く言え。天才さんの見解を」


 腕組みをしたまま、椅子に胡座(あぐら)の栗枝を見下ろす神崎。ぶっきらぼうではあるが、神崎は栗枝の力は認めている。


「とりあえずちゃんとした分析はみんなの調査結果が出てからだけどね、私は私でログデータのサンプリングをして、傾向概算してみたんだ。で、さっきまで概算ツールの調整をしてたんだけどさぁ……」


 そういってクルリと椅子ごとデスクに向かった栗枝は、エンターキーをカタッと押した。

 すると目の前のモニタに2種類のグラフが表示された。そのうちの片方には『TID-00382』という文字が見える。つまり記載のないもう一方のグラフが調査対象(ヘレネ)のグラフということだ。


「見ての通り、傾向はすごく類似してる。けど、全体的に値が低め……つまり安定してるって出ちゃうんだよね」

「……」


 神崎は栗枝の出力したグラフを見つめる。確かに栗枝の言っている結果については、間違いはなさそうだ。

 暴走は気のせい……か?いや、そんなことはない。逆に何かまずいことが水面下で起こっている……そんな予感すらある。ただ、少なくともこのデータで湯島を納得させることはできない。


「主任ならわかってると思うけど、これはあくまでもこれはサンプリングデータだから未抽出の箇所で異常が起こってたとしたら、それは考慮できてないからね?」

「あぁわかってる。わかってるさ。それにだ。こいつはあくまでも仮定だが……ヘレネが俺たちの想像以上に賢いって可能性もある」

「偽装してる?もしくはうまくピークを隠している?」

「どうだかな……」


 神崎は再び部屋の端のベンチまで戻り、ゆっくりと腰を掛けた。


「すべては全データ精査の結果を見てみないと。だが……あまり時間はない」


 彼の険しい表情が解かれる様子はなかった。



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