第26話 邂逅
オレは周囲の警戒をしつつ、蜂が最後に向いていたと思われる方角に向かって足を進める。幸い今のところ魔物の気配はない。
鬼人の話を聞く限りではここはダンジョン相当だということだったが、確かにその言葉に誤りはないと思えるほど、森の奥に向かうにつれて入り組んできている。せめて方角だけは失わないよう気を付けているつもりだが、あまりアテにならないかもしれない。その証拠に今すぐ元の位置に引き返せと言われても正しく戻れる自信は全くない。
(あれはっ?)
ふと、オレは地面に落ちている《蜂蜜》のアイテム表示を見つける。普通に考えるならあり得ない状態だ。
それでもここにアイテムが残されているということは、少なくとも誰かがここで蜂と戦い、勝利した結果であるといえる。
クリエラの説明を信じるなら、蜂蜜は蜂系魔物からのドロップでしか手に入らないはずだからだ。その上でそしてアイテムが回収されていないということは、ここで蜂と戦った誰かは、アイテムドロップに全く興味がないか、もしくは拾っている余裕がなかったかのどちらかだろう。
オレは蜂と戦った誰かに感謝をしつつ、蜂蜜を回収していくことにする。
よく見ると、蜂蜜は奥に向かって点々と行く先を示すかのように落ちていた。罠……ではないだろうが、とにかく蜂蜜を集めたいオレとしては非常に魅力的な状況である。
(これはまさにオレに拾っていってくれと言わんばかりだ。これぞハニートラップ!)
オレは脳内でくだらないギャグを飛ばしつつ、ついに方角を無視して蜂蜜の続く方へ歩き出した。
方角を気にしながら蜂蜜を拾い歩くなどといった器用なことは出来ない。さっき倒した『蜂が意識していた場所はこの蜂蜜の続く先にあるはずだ』と、勝手な解釈で自分を納得させる。
ちなみに、道中で次々と『ブーストLV2』を《調合》していった。これには理由がある。
今のところ蜂蜜を蜂蜜のまま持っていたところで他に使い道はないし、何より『ブーストLV2』を《調合》することによるレベル上げを意識していたためだ。
他にも、ブーストアイテムはLV2であっても効果は長いわけではないので『いざ使う』となったら大量に消費するんだろうな。と考えたのも理由の一つだ。たくさんあっても困らない有用なアイテム……であるはずだとオレは信じている。いや、信じたい。
だが意図と反して、数個《調合》したところで《調合》の手が止まった。材料となる作り置きしていた回復薬小が尽きてしまったためだ。結果としてLVに変化はない。
正確にはまだあるのだが、回復薬小だって重要なアイテムである。重要は体力回復アイテムのストックとして、最低限4個以上は確保しておきたいと思っている。これがあることで助かることもあるはずだからだ。
また残念なことに《あやかしの森》に入ってからはアロエを採集できていない。ダンジョン扱いだからなのかわからないが、少なくともここがアロエを採集できる環境ではないことは間違いない。
とりあえず出来ないことを嘆いても仕方ないので、《調合》の手が止まった以降のオレはせっせと蜂蜜を拾い歩いた。
どのくらいそんなことを続けていただろうか?
オレは周囲が少し明るくなってきていることに気づいた。そしてその理由はすぐに判明する。前方の木々がまばらになっていて、その先から光が差し込んできていたからだ。
(森の出口?そんな馬鹿な?でもこの明るさは?)
様々な疑問が脳裏をよぎる。だが行ってみないことにはわからない。
オレは光の差す方へ歩みを早めた……が、早々に後悔することになる。
明るい日差しの正体。それは森の出口などではなく、森の開けたところに大量に存在する巨大な蜂の巣群……つまり、蜂のコロニーだった。
すぐに立ち去ろうとするオレ。
しかし、そこでオレは衝撃の光景を目にしてしまった。
それはコロニーの中央広場に、孤軍奮闘している一人のプレイヤーだっだ。
見つけた瞬間の最初の印象は、『あぁっ!やられてしまう!』である。無数の蜂の中心にプレイヤーが一人など、到底打開できる状況とは思えない。だが、一向にプレイヤーの動きが止まる様子はなかった。
むしろプレイヤーにたかっている蜂たちこそが、その身体を四散させて散っていく。
その時点でオレはこのプレイヤーが単純に強い……つまり蜂に対して無双できるほどの高LVプレイヤーであろうことに考えが至る。
しかし今度は別の疑問が生まれる。
真に高レベルプレイヤーであれば、さっさと殲滅してその場を立ち去ればいいのではないか?という違和感だ。同時に蜂側の行動にも疑問点がある。確かに蜂は好戦的な魔物であることには違いないが、明らかに敵わない相手であれば、恐れて退くのではないだろうか?ということである。
もっとも後者に関してはゲーム設定側の話なので『プレイヤーの強さに関わらず襲い続ける』というアクティブ設定がされているなら逃げずに戦い続けることに違和感はない。ともかく、オレがギリギリで倒した蜂が最後に気にした行動のきっかけ、そして道中の蜂蜜の道。そのすべての要因がこの無双しているプレイヤーだと思えばつながりそうだ。
そんなことを考えながら状況を見守っていたが、ついに緊迫感の生まれる事態に発展した。
「キリがないわねっ!えいっ!やぁっ!」
という声が聞こえた直後、プレイヤー名が黄色に変化したのだ。
キラービーが攻撃をやめない理由。
……それは延々と攻撃を続ければ倒せる可能性がある程度のLV差であるという事実。そしてプレイヤーは高レベルであるというよりは、プレイヤースキルかもしくは修練スキルのおかげで乗り切っているだけではないかということだ。
そう考えると先ほどの台詞や、撤退したくとも撤退できずにいる理由にもつながる。
オレは迷うことなく『ブーストLV2』を飲み干した。
蜂の大群相手に調合士のオレがどれだけのアドバンテージを取れるかはわからない。だが、この薬と回復薬小を目の前のプレイヤーに届けることが出来たら……。
そう考えるが早いかオレはコロニー……蜂の大群の中へと飛び出した。
突然現れた新手。
蜂からしてみればそういったところだろう。一斉にオレの方に飛び掛かってきた。それを避けようと横に躱した際に『ブーストLV2』の効果が実感できた。
明らかに蜂よりオレの方が速い!
オレはイケると確信する。調合士のオレでさえこれだけの効果があるのだ。目の前のプレイヤーがオレの『ブーストLV2』を使ったらどれだけ強くなるかとワクワクしてしまう。
迫りくる蜂の攻撃を躱し……数が多いので全ての回避は出来なかったが、耐久も強化されているせいか致命傷を受けずにオレは中央で戦っているプレイヤーの元まで近づくことが出来た。
近づいてオレは初めて認識する。蜂の大群の中で無双していたプレイヤーは、うら若き女戦士だった。
「誰っ?!」
「誰でもいいっ!こいつを飲めっ!」
オレは蜂の攻撃をかいくぐりながら、女戦士に『回復薬小』と『ブーストLV2』を渡す。
「毒じゃないよねっ?!」
「アホかっ!さっさと飲めっ!」
アイテムを渡すと、結果を待たずにオレはその場をすぐに離脱する。
あんな蜂の集団の中にいては、『ブーストLV2』でドーピングしてようとしてまいとオレの命が尽きてしまう。中央の集団から離脱したオレを数匹のキラービーが追いかけてくる。だがこのくらいの数なら、今のドーピング状態であれば問題なく対処できそうだ。
オレはクロスボウを手に立ち回る。
いまの敏捷さなら、攻撃を回避しながらクロスボウのリロードと装填も可能だ。ドーピングさまさまである。
斜め前方へと蜂の攻撃をかわし、進行方向から外した一瞬のスキを突いて狙い撃ち。クロスボウの命中補正も手伝って1匹につき1射で撃ち落としていく。
最初の蜂の時と同様、クロスボウの1射で倒せているわけではない。が、ドーピングでこれだけ動けるなら、行動を停止させるだけで十分だ。あとからゆっくりとどめをさせれば良いだけなのだから。
気を付けなければいけないのは、効果切れである。
切れる直前に飲み続けなくてはいけない。そう言えばちゃんと効果時間を確認していなかった。どのくらいの時間効果があるのだろうか?ドーピング効果が切れることイコール、オレの敗北である。
「はぁぁぁぁっ!」
そんなことを考えていると、女戦士の勇ましいおたけびが聞こえた。
次の瞬間、彼女の周りにすさまじい竜巻のような風が起こる。竜巻が収まると周囲の蜂は全てチリとなって消えてしまっていた。蜂は全滅である。
「この薬すごいよっ!あなたは何者?!」
呆然としているオレのところへ、目を輝かせた彼女が近寄ってくる。
いやいや……いくらオレの薬でドーピングをしたからといって、なんですか今のデタラメな攻撃力は?あんたこそ何者だよと言いたくなる。
「そうそう。わたしはえり……エルナよ。『戦士』をやってるわ!貴方は?」
お。これはもしかして本名を言いかけたな?えり、えりこ、えりな……まあ本名などなんでもいいが、ネカマではなさそうだ。直情的な性格からも女性っぽさを感じる。
「オレの名はファクト。職業は『調合士』……生産職だ」
「えぇぇ!すごいっ!じゃあさっきの薬はもしかして貴方が作ったの?」
「あぁ。役に立ったようでよかった」
生産職と聞いて『生産職なのに一人で』という感想ではなく、まず調合したアイテムに感動されたことが素直に嬉しい。
すると目の前にピロンとウィンドウが現れる。
『エルナからパーティに誘われました。参加しますか?』
「お?」
オレはびっくりして思わず声が出る。そうか、パーティに誘われるとこうやって通知されるのな。猫をパーティに誘ったことはあるが、イルグラードでパーティに誘われたのは実は初めてだ。
「あんな薬を作れるファクトはすごい!わたしと一緒にパーティ組もう!」
エルナは性格をそのまま表したかのような、そんな快活そうに見える笑顔を見せた。




