第23話 取引
オレが振り向いたその視線の先にはどこかで見たことのある鬼人が立っていた。頭上の名前表示は『グレン』となっている。
「よお、しばらくぶりだな」
鬼人の男は、当たり前のように慣れ慣れしく声を掛けてきたが、当然そんなに親しい間柄ではない……というより悪い印象しかない。
グレンの仲間?らしきプレイヤーに話し掛けられた……まではまあいいが、そのことで『勝手に話すな』といちゃもんつけてきたヤツだ。オレから能動的に行動した結果じゃないというのに理不尽なあたり散らしをするようなヤツにろくなヤツはいない。
「おいおい、姿見ただけで嫌な顔すんじゃねえよ。あんときはよ、るー坊の件で苛立ってたんで俺もついな……」
つい……で、怒鳴られたら割にあわない。オレの表情はますます強ばる。
「まあ聞けよ、悪い話じゃあねぇ……ハズだが、判断するのはお前だ。とりあえずお前をハメようって話じゃないことは確かだ。怒鳴りはしたが、別にお前を疎ましく思ってるわけじゃねぇからな」
「それを信じろと?」
「信じなくても結構だ。なに、正式に仲間になれって言ってんじゃねぇ。どうすんだ?話を聞くのか聞かねぇのか?」
オレは鬼人の様子を確認する。
《虫の知らせ》が鳴る様子もないので、少なくとも『オレに害をなそう』とは考えていないことだけは間違いなさそうだ。
「聞くだけ聞こう」
オレは広場のベンチに腰をかけた。
「よし、まずパーティだが最大で6名まで登録出来ることは知ってるな?でだ、俺達のパーティってのはもともと6名居たんだがな、いろいろあって今3名まで減っちまってる。お前と最初に会った時のるー坊もそうだ。あいつはウチのパーティの探索者だったんだが折り合いがつかなくてな……結局減っちまっているのは事実だ。ただよ、今残ってる3名ってのは俺を含めてバランスが良くてな、戦士、白魔、黒魔と丁度いい状態だ」
「……前置きはいい。アンタの真意が全く伝わってこない。バランスがいいならなおさらオレに声を掛ける理由がわからん。やりたいことがあるんだろ?」
オレの言葉を聞いた鬼人の口元がニヤリとする。
「ああ、その通りだ。俺達にはやりたいことがある。簡単に言えば《あやかしの森》の『踏破報酬』のゲットだ。《あやかしの森》ってのは『森』って名前が付いちゃいるが、あれは森型のダンジョンだからな。プレイを開始したばかりのお前が知ってるかどうかは知らんが、ダンジョンには踏破報酬ってのがある。出遅れたらクリア出来ない……という類いの報酬じゃねぇんだが、一定期間内で1回しか取れないレア報酬なんでな、期間内での早い者勝ちってとこだ。……でだ」
「割り込んですまんが、そういった条件報酬のある話なら、なおさらオレを誘う理由がわからん」
「そいつをこれから説明すんだよ。外見と合わねぇせっかちな野郎だな」
せっかちと言われてしまった。自覚はあるので仕方ない。
「まぁいい。で、踏破するには条件があってだ。『重複しない四種類以上の職業で構成されたパーティ』である必要がある。にもかかわらず俺達は、るー坊のせいで条件を満たせなくなっている。そこでお前に白羽の矢が立ったというわけだ。理解したか?」
だいぶ上から目線の説明ではあったが、オレに声を掛けた理由はとりあえず分かった。だが……
「まだ分からない……納得できないことがある。探索者が抜けたのであれば、探索者を誘えばいいんじゃないのか?わざわざオレのような生産職を仲間に入れる必要はないだろ?……入れてくれるって話はありがたいがな」
「フン……探索者は人気の割にプレイヤー数が少なくて、パーティ間で取り合いなんだよ。空いてる探索者なんぞいねぇし、たまにいてもゲームが分かってねぇ程度の本気の足手まといだらけだ」
最後の方は鬼人が吐き捨てるように呟いた。恐らく何名かは誘って仲間に入れるところまではやった上で言ってるように見えるし、実際そうなのだろう。
ますます分からない。となればオレに声を掛けた真の理由を聞いておきたい。
もちろんオレ自身は足手まといになるつもりは一切ない。でも、外部のプレイヤーがそんな情報を得られるとは思えないし、現にこの鬼人は何名か探索者のお試し採用をしている。オレに声を掛けようと考えた動機が不明だ。
「じゃあ聞くが、何故オレに声を掛けた?オレはお前の言うところの『ゲームが分かっている』条件をクリアしてるか?」
「フン。お前こそオレをバカにしてんじゃねぇだろうな?……お前『ゴブリンソード』の期間限定クエストを取ったろ?しかもソロでだ。生産職があの条件でソロ……ってな、分かってねぇヤツが出来ることじゃねぇぞ。もちろんエンカウントするための運も必要だが、わざわざ推奨LV以下に設定されている魔物をソロで倒す素人がどこにいる。……足手まといにはならねぇだろう根拠はそれだけだ」
ゴブリンソードのような条件討伐は、全プレイヤーが対象だから未討伐状態なのかそうでないのかは分かるようになってると思っていたが、どうやら達成者の名前情報が出てしまうようだ。ソロかどうかも分かっていたということは、達成したパーティのプレイヤー名全員が本来は載るのだろう。
「なるほど。誘った理由は分かった。で、あとの条件とやらはなんだ?それ次第って言ってたな?」
そう。鬼人が誘った最初の文言がそれだ。
つまり、誘う気があるのは間違いない。理由も聞いた。だが、最初に提示した『条件』の内容を聞けていない。
「あぁ。じゃあ条件を言うぜ?第一に《あやかしの森》の踏破を最優先し、余計な戦闘を行わないってことだ。当たり前だよな?余計なリスクは負えねぇ。あとはリーダーの指示を常に優先する。要するに俺の指示以外の余計なことはするなってこった。最後にモンスターからのドロップ品はパーティの共有財産だ。全て売り払って金にしたうえで、均等に分け前を出す。本来は活躍の度合いで配分したいとこだが、どうせ俺が一番活躍するに決まってるし、それ以外を考えるのが面倒くせえ。だから均等割だ。……以上が条件だ。パーティ全員が踏破報酬をもらえる破格の条件だ。どうだ?」
思っていたより悪くない条件だ。
生産職が使えないから等の理由で配当を減らしたりしてくるかと思えば、そういったことはしないようだ。性格はギルドでいきなり喧嘩をしていたように粗暴でがさつなのだろうが、案外リーダーとしてはしっかりしているらしい。
『るー坊』と鬼人が呼んでいた例のエルフと、どんな点で言い争いから喧嘩に発展したのか聞いてみたいところだが、今の論点はそこじゃないのが残念だ。
ただ、鬼人が提示したこの条件が、オレの目的と合っているか?というと……
「すまないな。思ったよりいい条件だったが、残念ながら目的が合わない。折角の申し出だったが今回は断らせていただく」
丁重に、はっきりと断りを入れるオレ。
提案内容が悪くないだけに、断るのはやや忍びないのだが、オレがやりたいことと根本的に異なってしまうのでは参加する価値が薄れてしまう。一番受け入れられないのは、魔物のドロップアイテムを分配をせずに金銭で配分してしまうところだ。折角蜂蜜をドロップしても金にされたんでは元も子もない。
この辺は、戦闘職と生産職の価値観の違いから現れるのだろうが……。
「て、て、て、て……」
なんだこの奇声は。と思ってしまったが、声は目の前の鬼人だった。ちゃんと断りの言葉は届いているだろうか?
「てめえっ!ふざけんなっ!この俺様がここまで譲歩して戦闘に使えねえ生産職を希望通りに《あやかしの森》に連れて行ってやると言ってるのにっ!こともあろうと『断る』とかありえねえだろっ!あ?てめえが断るとこっちのプランが台無しなんだよっ!いいから付いてこい!俺達のために働けっ!」
鬼人が、手を筆頭に全身をプルプルと震わせながら怒鳴っている。
つまり……キレたようだ。
こんなにわかりやすく目の前でキレるとは思わなかった。と、同時にエルフの『るー坊』とソリが合わなかったり、メンバーが減ったりしてるのってこのぶち切れ性格のせいなんじゃないか?と思う。間違いないだろう。
ふぅ……とため息をつくと、オレはゆっくりと断る理由を説明することにした。職業による価値観の違いも含まれているので、頭に血が上ったこの状態でどこまで理解してもらえるかはわからないが。
「グレンさん。さっきも言ったが、提案された条件自体は悪くない。が、あんたはまだオレが『なぜ《あやかしの森》に行きたいのか?』という理由を聞いてないだろ?そんな風にいきなりキレられたら、交渉も出来ない。どう?この先のオレの話を聞く余裕はあるか?」
「なんだよっ!言ってみろよっ!」
グレンの態度は荒れたままだ。
「まず……オレが《あやかしの森》に行きたいのは、キラービーがドロップする『蜂蜜』というアイテムを入手したいから。それも1個あれば良いというものではなくて、取れるなら取れるだけ欲しいというのが希望だし、それこそが今回のオレの目的なんだ。ということは、オレの目的を達成するためにはドロップ率も分からないキラービーを何匹も倒す必要がある。そして出来るだけ沢山手に入れたい……ある意味グレンさんの目的とは真逆で、延々キラービーと戦っていたいくらいだ。これがまず条件と目的が合致しない。次に、ドロップ品を金銭で配分されてしまうこと。これがオレの目的に合わない。蜂蜜自体が必要なのに、金に換えられたんでは意味がないからな。あと最後に……これは大した話じゃないが、調合士のことをよく分かっていないグレンさんに、調合士であるオレの戦闘を指示出来る?『邪魔にならないように支援してくれ』とだけの指示で遊撃行動をさせて貰った方が、オレはいい働きが出来ると思う。ま、最後のは余談だが……」
「くそっ!確かに合致しねぇなっ!……待てよ。そうか分かった、同行してくれなんて言わねぇ。お前は調合士だったな?てことは蜂蜜がアイテム調合の素材になるってことか。もし……もしだ。蜂蜜が入手出来たらAI店に売り払う価格より高めに買い取ってくれたりするか?」
ただでは転ばない。鬼人の執念が感じ取れる。
でも、この提案はこのゲームの本質と合っているんじゃないだろうか?
「AI店へ売る場合の価格がわからん。が、検討しよう。あと、分かってるだろうがオレは始めたばかりのプレイヤーだから、個人の手持ち金が少ない。買取額を個人で用意出来ないときは調合士ギルドを経由させてもらうが、それでいいか?」
「かまわねぇ。収集アイテムの価値が上がるんならなんでもいい。蜂蜜以外はどうだ?」
「オレには自分で調合できるレシピのものしかわからないな」
「そうか。わかった、手間かけさせたな。今度なんかアイテムを手に入れたら、お前に見せてやる。……じゃあな」
そう言って、鬼人は再び戦士ギルドの待合の方へ戻っていった。代わりとなるプレイヤーを探しに……だろう。
《あやかしの森》に行かなくても蜂蜜が入手出来そうな算段はついたが、頼り切りも良くない。この際ソロであることは仕方ないので、まずは行ってみようと思った。
問題はその場所だ。ついでに鬼人に聞いておけば良かったと、オレは後悔した。




