第206話 王都本店
こうして複合弩を購入するに至ったわけだが、残念なことに実は所持金が足りなかった。
価格はなんと85,000G……所持金の4倍近くもしたのだから、値段を聞いた瞬間に『やっぱりいい。買えない』とオレは伝えたのだが、エルナが横からお金を出したのだった。
『真面目にクエストやってればお金は余ることはあっても足りなくなんてならないけど?』
と言われてショックを受けるオレ。
イルグラードという仮想世界において、JKのエルナより甲斐性が無いだなんて……これじゃヒモと大差ないじゃないか。
全額支払えない状態……であったとしても、流石に全額負担して貰うのは耐えられないので、所持金から20,000G分に関してエルナにすぐに返す。『えぇ?ファクトのために使うお金だから別に良いのに』などと嬉しいことを言ってくれるが、それに甘えたら一人の社会人として終わりだと思う。
よくよく考えればオレの手元に所持金が少ないのは、クエストとしてギルドに素材を収めたりすることなく自分でストックしているからだし、ほとんどの素材を自給自足出来ていた……いや、していたから所持金を使うシーンが少なかっただけのことである。
アイテムボックスに大量に入っているあり得ないほどの素材をギルドに収めれば、あっという間に不足金額など集まってしまうのではないかと思うし。
結局は必要分しか換金しないような気もするが。お金にしてしまうより、素材のままの方がオレとしては利用しやすいのだから。
その後エルナとともに雑貨店、素材店などを見て回り、最後にギルド通りに到着した。
なお、素材店のラインナップに『炎の魔石』などのこれまでドロップでしか手に入れられなかった魔石系素材が売られているのを見つけた。すぐに買いたくなる気持ちを必死に抑え、まずはギルドショップの値段を確認することにしたのだ。ラインナップにさえあれば、素材店よりギルドショップの方が安く買えるはずだからである。
とりあえず素材店の販売価格とラインナップだけ覚えた上でギルドにやってきたというわけだ。
王都のギルド街では……なんと調合士ギルドと戦士ギルドが隣り合っていた。これまでそんな街は無かったというのにどういう配置デザインなのだろうか。まあ建物の規模は全くちがったのだけど。
「じゃあまた後で!」
「わかった。先に終わったらギルド前で待ってりゃいいんだな?」
ギルド前でエルナと一旦別れ、それぞれギルドの中に入る。
さて、ここのギルドマスターの名前はなんだろうか?
クリエラ、クリエタ、クリエバ……と来たからには、4文字で『クリ』から始まるんだよな?おそらく。
そんなどうでもいいことを考えながら、オレは調合士ギルドの扉を開いた。
「……あれ?」
いつものように、あの五月蠅いくらいの賑やかなテンションでクリエラが現れるものと思っていたのだが……現れなかった。
というか、そもそもギルド内の雰囲気がモルトやアカシア、ルーテリアとかなり異なっている。
そもそもが、鍛冶ギルドのようにギルドショップようにAIスタッフ店員が一人いることにまず驚く。調合士ギルドのスタッフってマスターであるクリエラが名前を変えながら一人数役をやってるんじゃなかったっけ?王都は『特別』ってことなんだろうか。
そしてそのギルドショップが繁盛しているということだ。
どっかで見たような冒険者たちが十名ほどスタッフのいるカウンターに列をなして並び、会計の順番を待っている。モルトなどのような初期街で見られる光景ではない。
……っと、眺めているうちに並んでいる冒険者たちをどこで見たのかなんとなく思い出した。
多分、アカシアの街でフィーロのあくどい個人バザーに並んでいたあの連中だ。もちろん全員がというわけではないが、半分くらいはそれっぽいな。
オレはAI店員の脇を抜けようと列を横切ったとき、その記憶が確かだったことを確信する。
「おい!お前ちゃんと並べや!俺はさっきっから待ってんだよ!」
うん。このテンションとダミ声に覚えがある。フィーロに騙されてぼったくられた冒険者の一人で間違いない。
「オレは客じゃなくてギルド所属だ。奥に入るだけ買い物しにきたわけじゃない」
「……そうかよ?客じゃねぇヤツのことはどうでもいい。前のやつまだかよ!」
客じゃないと知って興味を失うあたりもまんま一緒だ。こんどは何を買おうとしてるんだか。
あ、でももしかしたらギルドショップのラインナップを見るだけでもあの列に並ばなきゃいけないのか?そうだとしたらウンザリだ。素材店でさっさと魔石素材を集めた方がいいような気すらしてくる。
どっちにしても、クエスト消費して金を増やさないと。所持金がすっかり軽くなってしまったオレに買い物は出来ない。
カウンターのAIスタッフに軽く会釈して、オレはギルドの奥へ入った。
『あぁら、いらっしゃい?ようこそ調合士ギルド王都本店に』
キャラにまったく合わないテンションの声にオレの背中がゾクリとする。
薄ら寒いとはこのことか?頭上の名前は……クリエダだった。
「クリエダ?名字か?」
『……もう!最初の一言がそれっ?折角雰囲気つくったのに!』
あ。もうメッキが剥がれたか。中身はいつものあいつだ。ちょっと安心したぞ。
「なあ?なんで店員AIがいるんだ?調合士ギルドは人が居ないから全部クリエラがやるんじゃなかったか?」
『……こら!今のボクはクリエダだぞっ?』
なんか既視感のあるやり取りだなぁ。
『既視感じゃないっ!毎回注意してるじゃないか!』
おっと、今の心の声は間違えて発言してしまっていたようだ。
アバターを通しての会話は頭で思って操作したことが簡単に発言になるからか、気をつけないと本音が全部ダダ漏れになってしまう。
『そんなに本音ベラベラ言うのはファクトくらいだけどね』
相変わらず笑顔のまま怒っているのはクリエラのAIデザインらしい。始めは違和感がありまくりだったが、そろそろ慣れた。これがクリエラという個性として。
「わかったよクリエダ。で、なんでAI店員を増やせたんだ?」
『ふっふふ。聞いてくれたまえよ調合士初号機ファクト君』
「何が初号機だよ」
そんなにネタを簡単にパクっていいのかイルグラード?と心配になるが、AIには実際のモデルとなった人の記憶がデータとして蓄積しているのなら仕方ないか。
『実はね?弐号機のフィーロ君。参号機のミルフィーユ君に加えて……なんと!調合士が5人も増えたんだよ!でね?ミルフィーユ君や増えたみんなはまだ初期街にいるんだけどねっ?流石にボク一人でギルドを運営するのは大変だろう?って今回のバージョンアップでAIスタッフを追加してくれたのさっ!』
なるほど。まあ納得できる話だ。
先行冒険者のほとんどは王都圏に集まってくるわけで、初期街は問題なくてもこっちは増やしておかないとってことだな。
『で、用事はなにかなあ?ボクとしては挨拶に来ただけ!って理由でも嬉しいけど、そうじゃないんでしょ?』
「あぁ実は、先立つものが足りなくなってな。調合アイテム納品クエストを消化しにきた」
『おっけぇ!じゃあ受けているもの以外で消化できるクエストリストを紹介すればいいんだねっ!』
そう言ってクリエダはいつものようにカウンターの裏をガサゴソと漁り始めた。




