隙間探偵【3】
城塞都市キシミア 崩壊後東部 路上
……。正直、追うのを辞めたい気持ちでいっぱいだ。自分が今、ここに立っているのが本当に不思議なくらいである。キシミアを襲った大災禍は、ヨージ・衣笠の活躍によって退けられた。ただ東部地区の三分の一は壊滅し、建物が、砂になっている。砂だ。街中に突如荒野が出来たのだ。
未知のモノに踏み込む楽しみこそあれど、規模が洒落になっていない。
風が吹き抜けて行く。煙草の煙が流れて行く。むなしい光景だ。
「ナル子さん」
「解析開始。終了。やはり光魔法でス。形式は大樹竜聖式魔法。変形十項。魔力を帯びた光子が物体を貫通、物体の結合を分解してイまス。こノ砂山は元建造物でス」
「へ、変形十項ぉ!?」
人類が詠唱する項目の最大値は八だ。それを二つ超えた上で変形など、どう考えても人類の所業ではない。
「恐らく本人デはありマせン。人造生命体でス」
「ええ?」
「マージナル達も戦闘しました」
「あ、あのフード被った女か……」
「はイ。ヨージ・衣笠が戦闘したのは、超高レベル体でス」
「するってえと、本人はどんなバケモンだよ」
「本人は『誓約違反領域』の十二項、もしくは長年の研究から統一呪文すら詠唱可能である可能性を示しています。彼女はカルミエスタ・エベルナイン。大樹教に仕えタ大賢者エベルナインの一人娘でス」
「何か聞いた事あるぞ。確か、国を二つ滅ぼした大魔女だな。古文書記述だが」
「はイ。未だ生き永ラえテ、大帝国への復讐ヲ果たそうとシテいるみたいでス」
そして、ヨージはそれを退けた訳だ。つくづく狂った力である。犬神は彼の戦闘を逐一観察し、記録して来たが、神エーヴの支援があったとしても、ニンゲンに疑似竜など斬れはしない。大量の小黒竜を斬って回るなど、ニンゲン業ではない。
本当に、彼は只者ではない。追いかけた先追いかけた先でとてつもない障害にぶち当たり、しかもそれを乗り越えるだけの人物だ。まるで神代の英雄である。
「カルミエスタの戦闘力は竜精相当ト見て間違イないでス」
「は? 戦闘力?」
「現状データのみで試算するヨージ・衣笠の戦闘力ハ、数値化スルとおヨそ7800003000ぐらいでス。勿論ニンゲンでスので、耐久力なドは低いでしょうが、一部が飛びぬけてまス」
「ごめん何言ってんの?」
「戦闘力」
「それ数字に出来るもんなのか……アンタさんの組織、変な組織だな……」
「チなみに、ノブヒデは500ぐらいでス」
「ひっく」
「武装した非魔法使いニンゲンが140ぐらいナノで、ニンゲンとしては破格でス。なお、フィアレス・ドラグニール・マークファスの純粋戦闘力は12450000000ぐらいでス。これは通常時の値でス。竜血覚醒時は不明」
「意味不明すぎる。サッパリわからん。それ数値化ってどんな意味があるんすか」
「単純ニ比較することデ、戦闘か逃走かの選択を素早く出来まス。また総合値を測ることデ、相手に対抗する為に必要な人員数が割り出せまス」
「はー、変な組織……」
「ヨージ・衣笠の個別能力評価数値も提示出来まスが」
「はあ。んじゃあそれ」
「STR25 DEX60 AGI98 INT72 MAG1200 LUK5 ぐらいでス」
「比較対象もくれ」
「STR20 DEX30 AGI15 INT50 MAG65 LUK20。大帝国騎士平均でス」
「何の値だ?」
「筋力、技量、速度、知恵、魔力総合力、運でス。魔力総合力は更に細かく評価されまス」
「つまり、どういうことだ?」
「魔力の評価値には『外在魔力許容量』『内在魔力貯蔵量』『操作力』の三つがあっテ、ヨージ・衣笠は『操作力』が、なんかオカシイでス。このMAGというのは総合値であり、ここがおかしいのでおかしい数字になりマス。バグってまス。ニンゲンじゃないでス。竜精が使役スル戦闘型懲罰部隊の神ですらMAGは400前後でス。操作力だけナら神を越えまス」
「オイラもアンタの話す単語が理解出来ないっす」
「相互理解出来ないノは悲しい事でスね」
数字の正確さはともかく、客観的に見ても、まともなニンゲンが張り合う相手でない事は確かだ。一体どうしたら、そんなニンゲンが宗教団体なぞ経営しているのか。今までどこに隠れていたのか。そんな扶桑軍人で、思い当たる節といえば、やはり古鷹家のニンゲンとなるが……。
フルタカ……カコ……キヌガサ……――アオバ。
「古鷹……加古……衣笠……青葉……――!!」
「どうシましタ?」
「……なあナル子さん。アオバコレタカってご存じ?」
「はイ。青葉惟鷹。自己申告でエルフ。武家古鷹の分家青葉家の長男でス。若い頃は女皇陛下カラの直接命令で暗殺まがイの事を繰り返シ、南方でノ戦争が本格化すルと同時に部隊を任せラれ、イナンナー軍とバルバロス軍の両面を相手ニ奮戦。『カナリア戦線』を一人で維持した、ニンゲンノ形をしたバケモノでス。また、バルバロス軍のアスト・ダールを葬ったとモされていまス」
「戦闘力、照らし合わせて、どうだ」
「照合中。終了。87%ほどの類似点が見受けられまス。事実上他にそんなニンゲンがいなイので、ほぼ本人かと推測されまス。年齢も合致しまス」
「やっぱり大英雄じゃねーか!!」
「こノ推測は報告しテおきまス」
アオバコレタカ。元暗殺者であり、元近衛であり、元大英雄だ。当時混沌渦巻いていた南方で名を馳せる伝説そのものである。南方北部、東部に根拠地を構える扶桑に対し、西部から進行しようとするイナンナーを食い止め、北部の諸島でゲリラ戦を繰り広げるバルバロス軍を相手に戦い続けたのだ。
カナリア戦線、というのは当時のイナンナー軍との最前線であり、まさにデッドラインだ。大規模な結界魔術が発動し、扶桑の援軍が到達出来ずにいたところを、三日間一人で戦線維持したと言われる。想像を絶する。意味不明にもほどがある。故に、荒唐無稽の作り話、というのが『軍部』の判断だ。
だが――そいつが、竜精をも殺す者となれば、話が違って来る。
「ご依頼主様はなんつってる?」
「はイ。『やべーの見つけちまった。頑張って監視続けろ』だそうでス」
「うへー、こえぇ……」
「過去の観察データを照らし合わせる限り、ヨージ・衣笠は、こちらが打って出ナければ、ヒトを殺しマせン。視ているダけなら、問題無イ」
「でもよぉ、めっちゃ、めっちゃ怖いだろ……」
「ノブヒデ……」
「な、なんすか」
「顔、笑ってまス。すっごい、冷や汗かキながら、嬉しそウ」
そりゃ当然怖い。間違った接触をすれば命など無いに等しい。しかし、相手が失踪したと言われていた大英雄だと分かってしまえば、恐怖よりも好奇心の方が大きくなる。西真夜でも扶桑でも、大英雄がどこへ消えたのかと、一時期大変な話題となっていた。何せ英雄なれど、その特性上顔も知られていないものであるから、皆探しようがなかったのだ。
名前だけが独り歩きした大英雄。南方の暴風アオバコレタカ。
その本人に、いま、迫れるのである。
「ひ、ひひひっ!」
「うわ、怖。ノブヒデ怖いでス」
「肌がピリピリくるぅ! やっべぇ! へへへっ! 調査続行! 監視式増やすぜぃ!」
胸の底から熱く湧き上がるものがある。自然災害、現象とまで言われた男が、目の前に現れたのだ。自分のような馬鹿者とは全く違う人生を歩み、苦難を乗り越えて、そして消えた男を、追えるのである。
「ひひっ、あー、やべえな治癒神友の会。他のもおかしいだろ」
「はイ。グリジアヌ、と名乗る神は、アオバコレタカ同様名ヲ馳せた神に類似点がみられまス。またエオと名乗る少女は、データにある人物に顔が似ています。体つきモ。高等な人物なのデ、おいそレと名を出セませんガ。呪ワレそうですシ」
「え、何それ怖い」
「そしテ何よリシュプリーアでス。彼女の操ル奇跡は他に類を見ませン」
「組織にあるデータと照合しても、合致しそうなもんがないってこと」
「はイ。似たようなものはありまス。しかし独特でス。形式が合わなイ」
「まあなんだ! ヨージさんについていきゃあ、全部割れるだろうよ!」
「やる気があるのは良い事でス。でも疲れマしタ」
「あー。住民の避難とか、小黒竜の撃退とか、色々やったもんな、オイラ達……」
「超過業務手当申請――……承認。追加報酬が発生シまス」
「話の分かる上司だ。西部地域は無事だからよ、そっちの宿とろうぜ。温泉だ、温泉!」
「覗かなイでくダさいネ」
「なんか罪悪感あるからアンタさんは覗かん」
「え、良く分かリませんが、酷く負けた気分でス」
ご依頼主様の方針、というのがイマイチ良く分からない。ヨージ達の監視は勿論なのだが、ご依頼主様はどうやら、あまりヒトに死んで欲しくないらしい。正義の味方気取りなのか、純粋にヒト死にが嫌いなのか分からないが、契約外の仕事をやたらとさせられた。
とはいえちゃんと金は払ってくれるようだ。ヒトを助けて豪遊出来るなら悪くない。
「サシミ食べるかサシミ」
「生魚……寄生虫が怖イので止しまス」
「そういうなよ。オイラこれでも昔は板前もやってたんだ」
「それは意外でス」
「風呂浴びて酒呑みながら食うサシミは美味いぞぉ、はははッ」
大嵐は去った。治癒神友の会に対して監視を増やした後なら、ハメを外しても構わないだろう。仕事ニンゲンのマージナルが疲れた、というくらいなのだから、休養は必要だ。
「――……」
「ん? どうしたマージナルの姉貴」
「キシミアに進路をとる船が、十数隻」
「あ? どこだ? ここだと城壁で見えねえぞ」
「――イナンナー海軍艦。大艦隊でス。どうやら派遣軍団が到着したようでス」
「いや、だから、どうやって分かる」
「企業秘密でス」
「はあ……」
本当にどうやって知ったのか。まるで分からないが、式を飛ばして上空を泳がせると、城壁の向こうから軍艦がドシドシ押し寄せて来るのがわかった。
「マジ?」
「マージナルの情報は正確でス」
キシミアが襲われたのだから、当然本国は軍隊を派遣するだろう。それは予測されていた事だが、異常に早い。本国から直接ではなく、ここの近く――イナンナーの支配地域に駐留させていた軍団だろう。
「あー。休暇キャンセル。仕事するぜ、ナル子さん」
「え……おサシミ……温泉……オ酒……」
「本国の軍隊が来たんだぜい。ヨージさんが巻き込まれない訳ないだろ?」
「そーですが。でもオサシミ……」
「寄生虫嫌だって言ってたろ」
「未知の食べ物は食べテみたいではアリませんカ」
「ほら行くぞ。ハイハイ動いて動いて」
「あー……うあー……この仕事辛イでス……」
愚痴るマージナルを引っ張り、港へと足を進める。事件誘因体質の彼が、まさか本国から来た軍隊様と、何もない訳がない。例え一切の関連性が無かろうとも、彼は巻き込まれる。どうにもならないぐらい、彼という存在は『そうなっている』のだ。
では港へ、と足を向けたところで――視界の端に、見覚えのある神が写る。後ろからついて来た神官は、何が起こっているのか分かっていないように、周囲を見渡してオロオロとしていた。
「おう、ストップ。シュプリーア様だぜえ」
「――――え」
「えってなんだ、えって」
「『想定外』『測定外』『完全に未知』の魔力胎動を感知」
「は?」
マージナルが頭を抱える。その視線は神シュプリーアに釘付けだ。やがて彼女が空に向かって両手を広げると――極光――オーロラが降り注ぐ。昼間に、こんな場所で、どうしたらそうなるのか。彼女は何かしらの魔法を行使した、その次の瞬間には、ぞろぞろと……そうだ、まさしく、ぞろぞろと『死んだはずの兵隊達』が、何もない空間から湧き上がって来た。
「あ、あ? あ?」
「か、観測系強制停止。魔力探知停止。ダメでス。脳がイカレる」
「お、おい。ナル子さん、だだ、大丈夫か」
「ただのヒト、として視る分にハ――な、ナンでスこれ」
「わ、わからんが――あいつらは、キシミア守備軍だ。カルミエの魔法で、吹っ飛んだ……」
「蘇生。蘇生。蘇生……? しかも、ひぃふぅみぃ……ああ駄目、全部、全部でス……」
「蘇生? んな馬鹿な。そんな大奇跡、神話だってねえ、有り得ねえ」
シュプリーアは、一仕事終えた顔だ。一仕事、なんてものではない。常識などここには存在しなくなってしまった。今までの常識がすべて覆ってしまった。ありとあらゆる奇跡と名の付くものが、下位存在へと落ちてしまったのだ。
「――……」
「ナル子さん?」
「上層部へ、報告シまス。あれは――確実に、世界を破壊シまス……」
「なんなんだよアレ……」
「……生命のリンゴ。延命の果実。旧世界秩序根源。ぜ、絶対に――取り込まないと」
マージナルの顔は、まるで親が死んだときの、自分のような顔であった。信じられないものを目にし、この世のあらゆるものに、絶望した顔だ。
治癒神友の会は――まともではない。




