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龍女皇陛下のお婿様  作者: 俄雨
キシミア編
99/344

キシミア会区1



 キシミア会区



「……私を神官に、ですか」


 治癒神友の会仮拠点に呼ばれたイィルが、キョトンとした顔で言う。


 キシミアの情勢は気になる所ではあるが、折角神エーヴお墨付きと神社シュライン建立許可を貰ったのであるから、これに乗らない手はない。しかし自分達が留まるには諸問題が有るので、ひとまず現地民に神官長をお願いする事となる訳だ。


 白羽の矢がたったのは、元娼婦のイィルである。


 彼女がお世話になってる鯨の髭亭は基本的にアリナのワンマンである為人手は足りている、元娼婦で赤子を抱えながらとなると就職口はかなり絞られてしまう。それこそまた娼婦に逆戻り、というのは苦労が大きすぎる。


 ではむしろこれ幸いである。彼女の娘は祝福済みだ。第一世代と第二世代が一気に出来る訳であるから、逃す手はない。


「ご存じかと思いますが……娼婦ですよ」

「我が教団は前職や貞操の云々について決まり事が有りません。もしあったなら僕は早速退団でしょう」

「しかし、何故私なのでしょうか」

「宗教、嫌いでしたか?」


「いいえ。神シュプリーアにも、貴方にも恩が有ります。私で構わない、というのならば、それほど光栄な事も有りませんが……学がないもので。読み書きは、最低限出来ますが」


「十分です。エオ第一神官長」


「はいな! こちら『治癒神友の会信仰の手引き』『森をうろついているイノシシでも分かる! 治癒神友の会支部経営マニュアル』『第二神官長特製~人心掌握、猜疑の法~』です! この三冊をそれとなーく覚える事によって、なんとなーく具体的な経営方針が分かると思います!」


 難色を示されるのは分かっていた。今後もそのような人物に出会う事も予想されていたので、エオには前々からこういった書籍の編纂をお願いしていたのだ。


 驚くべきはやはり、この正体不明の知性の塊である。この本、全て共通部族語で書かれているのだ。単語と文法は最初の一週間で全て覚え、今はネイティブに近い会話が可能である。本当に何なんだろう。


「イラストと優しい説明で分かり易い……」

「挿絵は僕です」

「解説はエオが! あとこちら『治癒神友の会の軌跡(初版)』です」

「え、何ですかそれ。そんなものまでいつの間に?」

「最新の所まで書いてあります! エオの大活躍回ですよー!」


 そういえば、彼女は我等が神の疑似的な魔法で身体機能を飛躍的に上昇させ、小黒竜を蹴り飛ばしていた。魔法で強くなったからと倒せる相手でもなかったと思うのだ。思うのだが、追及するとまたエオが暗い顔をしそうなので、やめておく。


「あーっと、アリナ氏とボーグマン氏、募集する新信徒、そして何より三三寺ヒナが協力しますので、気軽にどうぞ。経営の細かい部分については、遠隔でも助言出来ますから」


「衣笠さんは、留まらないのですか?」


「ははは。諸事情ありましてね。ただ、重要拠点となる事は間違いないので、顔を出す事も多いでしょう」


 いつ自分目掛けてとんでもない奴が襲って来るかも分からない状況で、また彼女達の平穏を破壊する訳にもいかない。それに、シュプリーアの出自の確認をしなければならないのだ。そこを目指す旅は恐らく必然である。そうなった場合、まさか自分達神官が神を離れる訳にもいかない。

 

 ここへ改めて訪れる頃には、何もかもを片付けた後にしたい、というのが本音だ。


「こんなニンゲンに声をかけて頂いて……なんとお礼すればよいか」

「卑下する事などありません。我が神ならば『別にいいんじゃない?』と仰る筈です」

「言いそうー」


「エオ嬢。これはですね。『ニンゲンは、神からみれば儚いもの。その人生をどう生き、その命をどう使うかを弁える事が肝要である』という有難い意味が込められているのですよ」


「流石我が神!」

「そうでしょう、そうでしょう。という訳で、お願いします、キシミア会区長」

「会区長?」

「キシミア一帯の治癒神友の会のまとめ役ですので、会区長です。現状治癒神友の会三番手です」

「つ、務まるでしょうか……」


「この教団に必要なのは学ではなく、慈悲と慈愛と健康です。小難しい事は他に投げて構わないので、イィル会区長には我が神の奇跡体験を語り、皆を取りまとめる役をお願いしたい訳ですね。こう見えましても僕は女性を見る目があります。いやになるくらい。貴女なら大丈夫でしょう」


「どちらかというと女性から一方的にむぐぅッ」


「はいはい。失礼。これを機会に、貴女は苗字も名乗って貰います。役所には事前に知らせているので、あとでご本人が正式に登録しに行ってください」


「ま、まさに退路を断つ、といったカンジですね……」

「ははは。小さい教団です。有能なヒトを逃がしていては、運営が立ち行きません」

「謹んでお受けします……」


 という事で、治癒神友の会キシミア会区長が誕生した。本部はまだない。経営に関してはアリナ等が、その他細かい点についてはヒナが引き受けると言ってくれたので、憂いもない。


 イィルで間違いないか、と言われれば返答にも困るが、優しく、包容力があり、美しい彼女を見て『うわあ邪教ですねこれは』などとは思うまい。汚い話だが看板は大事なのだ。それに、キシミアを中心とした活動となると、最初は治癒を欲する下層民相手になる。会区長の気位が高いとその辺りに不具合が出るので、やはり娼婦出身の彼女は具合が良い。上級民やら役職持ち相手にはヒナを当てれば間違いもない。


(……ううん、好みだ)


 ……勿論、ヨージの私的感情は入っていない。入っていないのだ。これは正しい判断なのだ。


(はあー。ヨージさんそういう)

(何がそういうですか。そうもこうもないです)


 それにしてもやる事が沢山ある。


 丁度更地になった東部地区の一部で売りに出される土地に目星をつけ、役所に相談。シュプリーアの奇跡を受けた、グリジアヌの恩恵を受けた、というニンゲンを集めて講習会を開き、キシミア教会ともご相談。また雨と治癒の光として、神ミュアニスの偶像アイドル設置も検討。それらに伴う庶務。


「いやあ、やる事が沢山ある!」

「わ、ヨージさん嬉しそうですね」

「僕はね、宗教団体の幹部なのですよ。バケモノを殴り倒すのが仕事ではないのです」

「全くその通りでしたー。なので我が神の機嫌をとってください?」

「ぐぬっ」


 数日前の事だ。リーアが蘇生の奇跡を用いた事について、ヨージが追及してからなんとも、空気が悪い。竜精という目に見える危機が近くにあった為に、強い口調になってしまった事実がある。リーアも罪悪感があるのか、大変によそよそしくなっていた。


「あれからちょっと塞ぎこんでます。エオは第一神官長として第二神官長の責任を追及します」

「わ、解りました」

「言質頂きました。あ、イィルさん! こちらで手続きなどをー」

「はい。あの、衣笠さん」

「ええ」

「色々、有難う御座います。身も軽くなりましたので……お礼は、いつでも」

「あ、や、ははは!」

「イィルさーん?」

「はい、いま。それでは」


 妖艶な笑みを浮かべてから、イィルがエオに連れられて行く。


 正直好みすぎて辛いのだ。ほんと、辛いのだ。辛いが、軽々しくやらかした結果に齎される様々な問題が身に降りかかっている現状を反省する為にも、もうヤメである。そもそも立場が悪い。


 宗教団体の上層部がドロドロ、なんてゴシップ紙しか喜ばない。


 過去を振り返ると、脳裏をよぎるのは女性の裸体ばかりのような気がする。


 でも声を掛けられるのだから無下に扱うのも憚られるではないか。

 そう、悪くないのだ。ヨージ悪くない。


「はあ。にしても……奴か」


 多少、気がかりな事。

 イィルが胸に抱いていた子、その父と思しき人物。


(アスト・ダール……)


 確実に本人であるという確証は無い。だが、紅目のエルフなど、探して見つかるものでもない。


 殺した筈であった。ヨージの全身全霊の一撃を受けたあの男は、その身体を、それこそ霧散させたのである。怒り、悲しみ、絶望、怪物青葉惟鷹の決死が直撃し、どうして生きる目があったか。


 考えられる事はやはり、バルバロス通商国の技術か、リーアのような神の力か。

 大帝国のバイドリアーナイ公爵領に居たという事から、バルバロスとは縁を切っているのかもしれない。当然二度と逢いたくなどないが、自分達はもう一度帝国領に足を踏み入れねばならない理由が出来た。


(我が神が、何者であるか、か)


 原初の力を、一部でも再現可能な神。もしくはその類似存在。


 ヨージには手に余る、大きすぎるものだ。しかし祭り上げた手前これを確認しない訳にもいかないだろう。ともなると、次の進路は大帝国に逆戻りだが……大帝国に長居はしたくない。


(エウロマナ経由で行けないだろうか。内陸部側は情勢が安定していたなあ)


 大帝国の西にはエウロマナがある。エウロマナ共同王国という国名ではあるものの、ほぼ地方名に等しい。小国家集団であり、内戦も多い。だが国境を接している三か国に関しては、大帝国との関係性維持も含めて外交に重きを置いており、血生臭い事はここ二〇年、一部でしか起きていない。


 北東ルートを辿る場合、皇帝直轄森林地を目指すとどうしてもバイドリアーナイ公爵領に掛かってしまう。東部であれば当然、東部統括局管轄である為、竜精の目もあるやもしれない。そして何より、こちらから行くと、皇帝直轄森林地への入林許可取得が面倒になる。


 キシミアを出て北西の街道を遡り、国境三か国を経由、そのまま大帝国首都のある『ツィーリナ』で入林許可証を貰い、シュプリーアの出身地と思しき東の皇帝直轄森林地まで行くのが、一番安全で効率的あろう。都会に近ければ近い程道中は安全だ。


 ちなみに、中央部は大断層ギンヌンガップがあるので、選択肢には入らない。竜達が争っていた時代からある深すぎる大渓谷で、その底を知る者はいないとされる。一説には極寒獄炎ニブルヘイムに繋がっているとされるが、勿論定かではない。


「女の事考えてたか」

「ひえっ……あ、ヒナ……女、といえばまあそうです。我が神の事ですが」

「表出ろ」

「え、殴らないでください?」

「殴るかよ。デートだよデート」

「あの僕、忙しいのですけれど」

「五月蠅い殴るぞ」

「ご、ご一緒させてください」


 唐突に現れたヒナに首根っこを掴まれて外へを引きずり出される。

 彼女は昨日からキシミア守備軍本部に顔を出していた筈だ。機嫌は……あまり良さそうではない。


「どちらへ?」

「ん」


 そういって指さしたのは港である。今は貿易船や漁船の他に、巨大な軍艦が何隻も停泊している。あんなごちゃごちゃとした場所へ一体なんの用事だろうか。というか近づきたくない。何かの間違いで元帥閣下と鉢合わせた場合、気まずいでは済まない。


「あの、デートでしたら、服も着替えますけれど。これほぼ作業着ですし」

「あーしだって白衣着の身着のままだからいいんだよ」

「それは一番似合っているから良いじゃありませんか」

「誰が仕事ニンゲンだ」

「でも好きでしょう、研究」

「そーだけど。そーだけど!」


 結局そのまま手を引っ張られ、内火艇ないかていに乗せられる。


 内火艇……内火艇?


 これは軍艦に搭載され、海に降ろして荷物やヒトを運ぶ雑用動力船だ。どう見ても作りがただの小舟でない事は確かである。というか、船体にどこ所属の船か書いてある。


『マルドゥク右舷上部2-21』


「降ろして」

「駄目だって。乗ってろ」

「降ろしてくださいよぉ……これ、派遣軍団旗艦の内火艇じゃないですかあ!」


 キシミア派遣軍団旗艦『戦艦マルドゥク』


 全長二二〇大バーム。

 排水量三七六五〇大ミクマリ。

 二六小バーム三連装魔撃砲四基一二門搭載。


 ……イナンナー部族連合王国第一海軍が誇る、超最新鋭戦艦である。


 これに並ぶものは現在世界のどこにも無く、次点として扶桑の『水楢』が存在している程度である。海軍強国の名はやはり伊達ではない。キシミアを囲う城壁を抜けられなかったのだろう、湾の外側に停泊していた。


 デカイ。


「ヒナ。逃げましょう」

「何だって根性が無いな。女一人に突っつかれたからと、逃げるタマかお前は」

「うわ、やっぱり元帥閣下ですか」

「お詫びがしたいそうだ。メシも酒も出るっていうからさ」

「い、いらない……」


「適当にやりゃ良いんだよ、所詮お姫様程度だろう? 龍にケツの穴をねらわれてるお前がガタガタ言うなって」


「貴女のその強靭な精神は見習いたいですね」


 勿論元帥閣下に顔を合わせるのも嫌だが、何より船の上は『本国』である。キシミア法が通じない。そして乗っているのも本国人である。針の筵、毒の壺、地獄の窯の底だ。


 渋々縄梯子を昇って乗船する。早速出迎えたのは軍服の女性、海軍制服で階級章は少将となっている。つまり艦長だ。


「ほう。じゃじゃ馬が目を付けたというからどんな男かと思ったが。良い顔をしている。艦長のミンミだ」


「いやあ、僕も遠慮したのですがねえ……ヨージ・衣笠です」

「付き合ってやってくれ。あの姫様がどうしてもと聞かんのだから」

「はあ」


「そう不安がるな。貴様の事は神エーヴから良く聞いている。自分等でなんとか出来るニンゲンとは、これっぽっちも思っちゃあいない」


「仕事を奪って申し訳ない」


「まあ、残党がいたとかなんとか適当に話を作って、それの掃討にお姫様がご活躍、というシナリオを持って帰るだけの仕事だ。ヒトが死なんならそれが一番良い。陸軍が野蛮すぎるから、悪評がたって仕方ない」


「苦労されてる様子で」

「ああ、まあ、本国は想像通りだろうがな。ついてこい」


 少将閣下に案内され船内へと入る。あちらもこちらも水兵服の軍人の視線があり、大変心地が悪い。イナンナーにおいて水兵は中級人民以上の仕事だ。全員が大変難しいとされる試験を突破したニンゲンであり、しかも第一海軍の旗艦ともなれば、乗員は皆エリート様である。


「甲板の主砲見たかよ、ヨージ」

「ええ。流石、魔砲マギアカノンの名産地。扶桑じゃ真似出来ませんね」

「一発飛ばすのに、魔力反応剤ガンパウダーどれだけ使うんだ、ありゃ」


「分かりませんが、砲弾の大きさから考えると、上陸前の陸にぶち込んで、それだけで街の一区画が吹っ飛ぶ質量はあるでしょうね」


「おうおう。あんまり詮索すると、スパイとして捕まるぞ」

「失礼、元軍人と科学者なもので」

「その科学者の女は彼女か? てか同伴を許したのか、あのお姫様は」


「さっき、キシミア守備軍の会議にアイツ出てたろ。コイツの事と一緒に、あーしの事も語られたから興味あるんじゃねえのか」


「軍事に興味があるお嬢様には見えないがねえ。まあいいや、ごゆっくりどうぞっと」


 船室の奥に通される。軍艦の中、というにはあまりにも華美な装飾が施された扉があり、中はそのまま、城の晩餐室でも移植したような造りになっていた。軍艦でパーティでもする気なのだろうか。上流階級様の考える事はサッパリわからん、とヨージは小首を傾げる。


「ふン。来たか」

「お邪魔します」

「連れて来たぞ、元帥閣下様様」

「敬称に敬称を重ねるな。しかし本当に平服で来るとは……」

「元帥閣下はキシミアにパーティを開きにいらしたのですか?」


 いつものエルフ山服と白衣のコンビの前に、黒を基調としたドレスで現れたのは、当然元帥閣下である。本当にこの人は何をしに来たのだろうか。ヨージは疑問が多すぎて、首がもげてしまいそうだった。


 とはいえもう乗ってしまっている。楽しまねば損だ。


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