大魔女(ヴァルプルギス)2
改めて壁に戻り、城壁を伝って西部へと向かう。
明日の作戦までにするべき事があるからだ。
ズアレ大将に説明した通り、遠距離から衝撃魔法を叩き込む方策を基本的には取る。取るが、これは万全ではないし、カルミエを発見して魔法を放てたとしても、全力で防がれれば倒しきれない公算は高い。
意見を通す為に便宜上簡単な作戦を伝えたが本来は『これ』も含めてである。
この城壁内の争いは、個人対軍であっても、戦争である。故にプランと手数は多い方が良い。
「屋根伝えば楽かな」
西部も兵隊達が大慌てで準備に勤しんでいる。荷物を可及的速やかに発送可能な化け鳶は、すっかりヘトヘトで地面に伏せていた。そんな兵隊達を後目に、ヨージは壁から内側に飛び降りて屋根を伝ってキシミア大学を目指す。
「回せー! 回せー! せえのっ!」
「よいしょー!」
道中、入り組んだ道に目をやると、白衣を着た者達が様々な工具と対城兵器を持ち寄って走り回っているのが目に入る。キシミア大学の学生達だ。
どうやらビグ村でヨージがやった事と、似たような方法で道を封鎖し、東からポツポツと現れ始めた小黒竜の進路を制限、近寄った敵から魔法と魔道具で総攻撃をかける、という方法に出ている。
白衣の背中には『キシミア大学 兵器開発部門』とデカデカと書かれていた。成程、普段使わないであろう兵器を、ここぞとばかりに撃ち込んで性能を試しているらしい。ただでは死なない研究者らしい。
「ぬっ。結界……」
西部の小高い丘の上に立つそれは権威の象徴であり、大学とは文化と知性の砦だ。元はキシミア内の支城であったであろうから、その造りは堅牢であり、小黒竜も見当たらない。更に分厚い結界が張られている。
これを破る訳にはいかないが、中に用事がある。
(やたら大出力だな……あ、そういう事か)
現在キシミアは魔力が不安定だ。何か要石のようなものを用いて大仰な結界を張っているのかと思ったが、そうではない。小黒竜が飛べないのであるから、結界は上空にまで張る必要が無い故に、ガラガラだ。その分の出力を城壁に重なるようにして厚みを出しているらしい。合理的だ。
「んじゃま、失礼ッ」
屋根を降りて丘を駆けあがり、城壁と結界を一気に飛び越す。視線の先には白衣を着た研究者達が、軍人同様大慌てで右往左往していた。そのただ中に舞い降りる。
「失礼」
「うわ、どこから?」
「済みません、越えてきました。ズアレ大将の特使です。三三寺ヒナを探しています、ご存じで?」
「ミサンジ先生? 確か、昨日から研究室に籠り切りでしたねえ。三号棟の三番です」
「それはどうも」
白衣の獣人女性から場所を聞き出してヒナの研究室へと足を運ぶ。
知恵は幾らあっても良い。
ヨージの方策というのは、つまり戦闘地域で魔法がまともに使えないとあらば、魔術の出番である、という事だ。
最低限使える内在魔力で魔法を放つよりも、魔道具を起動させる事に使用した方が効率が良いのは火を見るより明らかである。ヒナは当然その専門家だ。
埋没樹の資料精査の為大学に詰めていたが、このような状況になって表に出られなくなっているのかもしれない。
「ヒナ、ヨージです」
『んあ? ヨージ? げ、ちょっと待』
「失礼しま……」
扉を開いて中に入る。
とっ散らかっている。鴉の巣でもあるまいに、ヒナを中心として実験器具と書物、材料や機材、工具などが配置してあり、足の踏み場は無さそうだ。
慎重に足を置く場所を考えながら前に進んでヒナに近づく。
「酷い有様ですねえ……」
「だから待てと言ったのに……恥ずかしいな。昨日から色々やってんだ」
「状況はどの程度把握していますか」
「黒い竜が出て消えた、そのあと小さい黒い竜が増えた、としか聞いてねえよ」
「大きいものは僕と神エーヴで倒してしまいましたが、例の木炭化石に触れたり、接種したヒトが小黒竜化しているのではないか、というのが神エーヴの見解です」
「あれ倒せるもんなのかよ……キシミア大学からでも見えたぞ。視た所為で何人か発狂しちまったが。あ、神エーヴとあーしの見解はおんなじだ。木炭化石接種の実験に使った研究員は、また研究の為に今牢屋にいる」
「ひ、酷い」
「いや、そろそろ効いて来る頃合いだろ」
何が頃合いなのか。暫くすると、研究者がバタバタとやって来て扉を乱暴に開く。
「ミサンジ先生! やはり体外排出されましたよー!」
「おー。んじゃ、予防の為にも今作れる分だけ作って、学生と近隣住民に配れ」
「了解でーす」
「……木炭化石を身体から排出するクスリですか?」
「そう。原理自体はカンタンだ。アレは魔力に吸着する性質が有りやがる。融け難くて吸収が悪い物体に魔力を付与して食わせるだけだ。トウモロコシとかな。血中や体内にある内在魔力は量こそあるが、身体中に散らかってる。それよりも固まった魔力に反応するらしいから、木炭化石の微粒子は飲み込んだ魔力付与物体に飛びつく。食わせるモノは消化吸収の過程が少ないもんだからあっという間に排出される。ざっと八法刻。まあ、下痢にはなるだろ、とは思ったが」
「流石ですね」
「単純なもんだ。誇る事もねえ。で、何しに来た? あーしの可愛い顔見に来たのか」
「それもあります」
「んふふ。まあいいや。それで?」
「主犯はカルミエでした。東部は現在、根幹魔力帯を掌握され、魔法が使えません」
「外在魔力湧出すらないのか?」
「ええ」
「冗談みてえな奴だな。考え得る限りなら、大規模な魔法陣を敷設しての術式だ。根幹魔力帯を抑えて、余計な奴等に土地の魔力を好き勝手させない為の、古代からある妨害魔法だが……妨害だけじゃなく、手前に魔力回してるだろうな。一人の仕業じゃあねえし、凄まじく時間がかかる」
「奴のシンパはいる筈ですが、見つかっていない」
「市民を洗脳して使った可能性はありやがるな」
「登録台帳から探すには時間がありませんね。まあ故に、敵首魁狙い撃ちになるます」
「奴自身の力量は」
「大魔女級です。しかも奴はその東部に陣取っている可能性がある。僕は奴を……恐らく、殺さねばなりません」
「……――そうか。方法は?」
「魔法の使える遠距離から衝撃魔法を打ち込みます。しかし不確定だ」
「故に、他の手段も考えたいし、頭を貸して欲しいと」
「そういう事です」
「ま、無償で構わん。キシミアの事だしな。請求はキシミア教会にしてやる」
「助かります、ヒナ」
ズアレ大将などは捕縛を前提にしているかもしれない。キシミアとしても、どうしてキシミアでこのような問題を起こしたのか、知りたいだろう。だが、あれは止めろといって止めるニンゲンとは思えない。確実な『停止』が必要になる。
殺害。いつもやって来た事だ。
「まず状況を知った上で話を聞く限り、魔道具でなんとかなる相手じゃねえ」
「やはり無理でしょうか」
「神と同じ脈から魔力汲み上げて、しかも御しきれる力量なら、防御力も相応だろう。肉はともかく、奴を護る防御魔法が神の肉体並である可能性が非常に高い。これを単発で突破する兵器なんぞない。大量に用意して大量にぶっ放つしかない訳だ。対処は神と一緒だな」
「僕の魔法なら、一時停止ぐらいは可能だと思います」
「だろうな。が、殺せる訳じゃあねえ。当たるかもアヤシイ。となるとまあ、他の方策が必要になる。確実に足止めして、確実にトドメを刺せる何かだ」
「ううむ。常套手段としては、トラップですが。物理的な罠は厳しいですし、魔法は東部では使えない……魔法の使えるギリギリの範囲まで、引き込むしかありませんね」
「アイツの魔法は?」
「法式は不明です。ただ、エウロマナの知識は無さそうでしたから、ロムルス式ではなく、竜聖魔法か、地母神式魔法でしょう。あのクラス相手に、この二つはメジャーすぎますね。魔法陣を用いた足止めは、即座に解析される」
足止めといえばトラップ。トラップといえば、物理的な罠もそうだが、簡易魔法と魔道具による魔術式が一般的だ。しかしどちらもカルミエ相手では不足が多い。特に、その本人が学んだ術式で編まれた罠の場合、即座に解析されて破壊されてしまう。
「じゃあ、九頭樹異聖魔法だな」
「……そうか。貴女は南方大陸の魔法が使えましたね」
九頭樹とは、南方大陸に根を張る九本の大きな枝を持つ、異形の大樹である。有史以来統一国家がない南方大陸では、これを崇めて国教とした大国家が産まれなかった為、専門的に九頭樹を根幹とした魔法体系も研究されて来なかった。
あるものは各種部族、各自小国家に受け継がれた魔法であり、これを総称して九頭樹異聖魔法と呼ぶ。修得者が限りなく少ない為、これを対処するのは、幾らカルミエでも難しい。
だが。
「……イナンナの土地ですからねえ……」
ここは仮にもイナンナの土地だ。全く馴染みの無い九頭樹を崇めても、土地が力を貸してくれるとは思えない。
「今、キシミアの根幹魔力帯はカルミエに掌握されてんだろ。イナンナ色は薄れてる。まあ、無理やり九頭樹系統の偶像を据えて、お供えして……だな」
「ありますか、九頭樹系統の偶像なんて……竜だと九裏獲か陀混ですが」
「ここはキシミアだぞ? 交易都市だ。何でも有る。手配しよう。問題は、あーし一人じゃとても奴を止めるだけの魔法陣が組めないってこったが……」
「ほう。それならば……」
「あー、ここか? おーい、ヨージ、いるか? またミサンジといちゃついてんのか?」
どうしたものか、と考えたいた所で、無遠慮に扉が開け放たれる。
やって来たのはグリジアヌだ。
「どうした?」
「いたいた」
「いるじゃありませんか。素晴らしいタイミングだ」
「あん?」
南方大陸出身、大きな枠で言えば、間違いなく九頭樹の子である。
グリジアヌは好奇な目線に晒され、恥ずかしそうに身を捩る。
「グリジアヌ。異聖魔法は」
「な、なんだよ。使えるに決まってるだろ。アタシは南方の神だぞ? 一七部族、七八系統の魔法の八割使える。凄いだろ。褒めていいぞ」
「グリジアヌすごーい。そんけーします」
「だろう、ははは。ヨージ、キスしてもいいぞ?」
「それは止めておきます」
「減るもんじゃないだろうに……それでなんだ? アタシが必要か? しょーがないなあ」
「必要だ必要。よし決まり。奴の足止めはこれで間違いねえ。で、奴を仕留める手段だが」
「え、そちらは有るんですか?」
「ある。じゃ、グリジアヌさまよ、あーしの作業手伝ってくれ」
「ら、来客に不躾な奴だな……まあいいが」
「ところで、グリジアヌは何故こちらに」
「ああん? そんなの、アンタ等がまた二人で楽しい思いしないように、邪魔しに来たに決まってるだろ。元カノだか元カレだが知らないけど、アタシ抜きで楽しそうな事するな」
「ええ……」
「ほ、奔放な神様だな、おい……」
ヒナが顔を赤くする。ヨージはそっぽを向く。
真面目な話をしているのだが、神様としては、そちらの方が重要なのかもしれない。
「ん、ンンッ。で、ヒナ。僕は何をすればいいでしょう」
「ああ、お前はキシミア大学の外に出て、小黒竜をぶちのめしてこい。魔法使えるから楽だろ」
「……えぇ……?」
「小黒竜が複数体現れ始めたし、感化された木炭化石接種者もバケモノになりかねん。サクサクっと処理してくれ。それに、奴等の持っているモンが必要だ」
「と、言いますと」
「あれみてみろ」
そういって、ヒナが窓の外を指さす。そこに置かれていたものは、大きな大砲だ。
しかも魔砲ではない。ヨージは顔を引きつらせる。
「大学だからな。命知らずの馬鹿は沢山いる」
「大樹教徒が見たら、腰抜かしますよ」
ヒナがニヤリと笑い、ヨージに作戦の概要を耳打ちする。
これについて……ヨージは実に納得した。
これは間違いなく、カルミエに対しての因果応報である。
ヨージは深く頷き、キシミア大学を後にした。




