大魔女(ヴァルプルギス)1
大魔女
「いや、お見事だよ。偽物でもあんなもの叩き斬れるなんていうのは、そう居ない。そう居ないというか、竜精を除いたら君ぐらいなものじゃあないかな」
「竜精を叩き斬るよりも、ずっと楽でしたね」
「ははあ。すごい殺意だ。まあ、こっち向きなよ。自己紹介し合おう」
刀の柄に手を掛けながら振り向く。そこには小さい羽を小さく羽ばたかせた女が居た。そも、こいつ等の羽というものは魔力の出力装置でしかない為、揚力とは関係が無い。
顔を見る。髪は短いが、フィアレスに似ていた。スレンダーな身体をしているが、下半身は少し大きい。そして奴等を象徴する、立派な尾が生えている。
「僕はミーティム。ミーティム・ドラグニール・フィルスフィアだ。序列八位。財宝竜の三女に当たる」
「三姉妹と聞きました。フィアレス・ドラグニール・マークファスの妹君ですね……ヨージ・衣笠です。説明する必要も、恐らく無いとは思いますが、治癒神友の会の第二神官長をしています」
「うん、うん。良い顔。なるほどねえ。これが十全皇の男かあ」
「……どこまでご存じか知りませんが、どのようなご用向きで」
ミーティムが壁内回廊に入り、ヨージと向かい合う。敵対するつもりは無いのか、警戒心も感じられない。ただし、これ等は敵対心など無くとも、一薙ぎで何もかもを破壊出来る、こちらは一切気が抜けない。
「いや、ね。姉さんがお世話になったみたいだから」
「あの女、喋ったのですか」
「あ、姉さんの名誉の為に言うけれど、姉さんは何も喋っちゃいない。必要な報告を聞く中で彼女の身体異常を察して、調べたに過ぎないよ。竜精の中でも、僕は魔力に敏いんだ」
「それで、復讐でしょうか」
「まさか! 竜精は姉妹だろうと何だろうと、仲間意識なんか皆無に等しい。僕達は一人で一個体で一種族なんだ。形式上姉妹と名乗っているけれど、彼女に掛ける憐憫は欠片もない。ただ、彼女の身に起こった事が興味深いだけさ」
「では、僕を殺しに来た訳ではないと」
「うーん。それはそれで違う気がするけれど、まあ彼女の復讐やらなんやらは全く一切知らない。でもさ、解るだろう――竜精を殺せる可能性があるニンゲンが、放置されるとでも?」
「僕に貴女達竜精を害する気持ちなんて有りません。フィアレス竜精公は僕の神を殺そうとした。故に反抗した。貴女達がちょっかいをかけないのならば、僕は何もしません」
「なるほど」
ミーティムは頷き、そして顔をあげる。目に意志がある。
「ッ!」
"視"られた。何を視られた。
竜精の意志ある瞳など、呪い以外の何物でもない。個々人が持つ特殊技能や……所謂超能力の類かもしれない。ニンゲンや神の基準にそぐわない彼女達は、ヨージが知っている以上の事を平然とやって来る。流石にこれは不可避だ。
「何を」
「いや……うん。奪おうと思ったんだ。僕の力はソレでね。例えば姉さん。何もかもが与えられる『黄金律』。姉さんはそういう存在だ。僕は『強欲、略奪』だからね、奪う側なのさ」
「竜精の……属性ですか」
「大層なものじゃない。生まれ持った力にすぎない」
「何を、奪おうと?」
「竜精に対する敵対心。奪う程、無いか。君の対魔力が強すぎて奪えなかった可能性も否定出来ないけど、竜精を殺したいなんて願望は大きすぎるから、本来漏れる。漏れるなら奪える。漏れていないから奪えない。つまり、そういう事」
「まったく分からない……貴女、典型的な竜精ですね。意思疎通が出来ているようで、出来ていない」
「理解しようとするのは良い事だ。ヒトも竜もニコヤカに、楽しく過ごせるのが一番さ。しかしそうもいかない。世の中ルールを破る奴が多すぎる。要らない力を持つ者が多すぎる。君に関しては……まあ保留としよう。何せ楽しそうだ。でも覚えておいて欲しい。その力はやがてぶつかる。誰かと、どこかと。神かもしれない。どこかの国の王かもしれない。竜精かもしれない。君はきっと大変苦労する」
「もう、散々と苦労した後です」
「いや、いや。君は若い。もし、君が本当に『逸脱』するようならば、また僕のような者が君に逢いに来るだろう。君を殺す為か、君を仲間にする為か、それは分からないけれど、君は、このままいけば、間違いなく世界が放っておかないさ……ああ、それと」
「……」
「姉さんが、君に凄く会いたがっていた。そのうち、何かしらの理由を付けて、呼び出しを食らうかもしれないね」
「御忠告……どうも。それで、お咎めは」
「ないよ」
ニコニコと、終始ニコニコとしていた。彼女は何が面白いのだろうか。
「ところで、一つ宜しいですか、ミーティム竜精公」
「構わないよ」
「貴女は、南部統括局でしたか……?」
「いいや。東部統括局副局長だよ。だから、お忍びさ。僕の気配遮断、竜精にも気づかれないんだ。南部はミドガルズオルム竜の娘。『アナハトナ・ラグナルタ・ザイラムス』だ。南部統括の動きが気になるかい?」
「ええ、まあ」
「構わない、足止めしてあげよう」
「僕には何も、払うものはありませんが」
「迷惑料さ。君は僕に出逢って大変迷惑だろう。君はキシミアを護りたい。この災害を治めたい。そうだね? なるべくなら、僕も君とは仲良くなりたいんだ。なんとなくで、殺しに来るかもしれないけど、その時はその時だ。まあまあ、まかせてよ、ヨージ」
竜精というのは、どれもこれもまともではない。会話が成立する、という意味においては、フィアレスは間違いなくコミュニケーション能力を有していたと言えよう。だが、妹であるコレは、自分が言いたい事、やりたい事を口にしているだけに過ぎない。
ヨージには否定権は一つも無いのだ。
「僕が言うのもなんだけれど、姉さんは男が居た試しがないんだ。もし逢う事になったら優しくしてあげて欲しい。じゃあね」
そういって、ミーティムが城壁内から外へと飛び出し、どこかへと消えて行く。
やはり、甘かった。あの時、フィアレスは殺すべきだったのかもしれない。
しかし、神の願いを無視してフィアレスを殺した結果に齎される致命的な人間関係の損傷を考えると……言い切れるものでもない。
「いやだなあ……怖いなあ……」
自分の境遇を嘆く時期は、これからまだまだ続きそうだ。
竜精については、取り敢えず、いなかった事にすべきだろう。彼女の言う事も信用しない方が良い。何一つ考慮しない、それが一番だ。
ヨージは項垂れながら城壁外へと向かう。
城壁外には第一商店街程ではないが、北部からやって来る商人や観光客向けの店が立ち並んでいる。普段はそこそこの賑わいを見せている場所であるが、今は大扉も閉じられ、開けた場所には半分難民と化した東部地域の住民が犇めいていた。
その一角の空き家に、長蛇の列が見える。
「おう、なんだ、順番守れや、エルフ」
「あ、関係者です、失礼しますねー」
理不尽に憤りをまき散らすオジサンをうっちゃりながら中へと入ると、そこではリーアとエオが忙しそうに怪我人達の治療に当たっていた。
『利益にならない事はあまりしない方が良い』とヨージは思う。そういう性分であるし、取引の無い関係性は続かないからだ。善意などいつでも裏切られる。一応リーアにもそれを伝えたのだが、当然リーアは『別に減らないし』と宣った。
確かに、彼女は減らない。減らないが、残念ながら、忙しさは増えるのである。
「数……数が多い……」
「我が神、ご無事で?」
「よーちゃ……数、数が多い」
「だから言いましたでしょう。貴女の力は無償で提供するには大きすぎるのです」
「でも、みんな、家も財産も、家族も……失って」
「信じすぎです。家族は分かりませんが、損壊した家は多くない。これから東部を奪還するのですから、財産も失ったとは限らない。自分を診て貰う為に、自分をとても可哀想なニンゲンであると、ヒトは語るものなのです。心配なのは分かりますがね」
「そうなの?」
「はい、あと、こんなに怪我人は居ないでしょう……、まあ黒竜を直視して精神に異常をきたしたヒトはいるかもしれませんが」
確かに被害が出たのは間違いないが、だからと言ってここに長蛇の列が出来る程の怪我人が居るとはとても思えない。明らかに興味本位、持病の治療など、関係ないものが紛れている。
エオは何をしているのか……と目線を向ける。
「えーと、これ、本当にあの竜の襲撃で怪我しました? 傷が古いですっ」
「えー、ほんとだって、お嬢ちゃんよぉ、頼むよぉ」
「それでなくてもヒトが多いんですから、あとにしてください後にッ」
「頼むったらあ、なあ?」
「失礼」
「あぶっ。あ、こら、襟首掴むなっ」
「またのお越しをーっと……エオ嬢。効率が悪い」
「え、で、でもぉ! 無下に断るのも悪いじゃありませんか!」
一応、この事態を重く見て、エオなりに対処していたらしい。だがとてもではないがこの数を診断し続けるのは無理だ。ヨージは溜息を飲み込み、表に出る。
「はい! 皆さま、神エーヴご公認! ご公認の治癒神友の会第二神官長のヨージ・衣笠でございます!」
『お、なんだ』
『あら、美形』
『公認だったっけ?』
「まあまあ、この度は大変な事態に陥り、皆さま心を病んでいる事でしょう! しかしご安心ください! 現在キシミア上層部は反攻作戦の準備中です! 明日明後日までには、キシミアは奪還されます!」
『そりゃほんとかい!』
『ああよかった、何とかなりそうなのか……』
「ええ、勿論! 貴方がたが拝む神エーヴを筆頭に、その武威は示されます! どうかご安心を! また守備軍も物資確保に動いております! どうぞ焦らず、城壁外商店に迷惑がかからないよう、行動してください! これは神エーヴもお望みの事です! つきましては、我々神エーヴのお許しを得て宗教活動しております、治癒神友の会での施しについても――偽りなきように、とのお達しでした! キシミアの民は善良であり! 嘘偽りなく! 都市への愛溢るる、素晴らしき民であると、神エーヴは信じておられます!」
公認……は、まだ先の話かもしれないが、一応間違いでもない。都市神エーヴに対する信心の厚い彼等民衆にとって、神エーヴの言葉は生きる指針そのものである。『お前たちを信じている』などと言われれば、ヒトや自身に対する嘘も吐き難い。
ヨージの声掛けを受けて、長蛇の列が減って行く。ある者は嬉しそうに、ある者は憎々し気に……全てが好意的とは言えないものの、明らかに怪我人、というニンゲン以外がごっそり減った。
「こんなもんでしょう」
「ヨージさん、どこまで本当です?」
「おっと。残念ながら大半が本当です。僕は神エーヴのお気持ちを汲み取ったにすぎない」
「わー、アヤシイー!」
「まあ反攻作戦も、公認もウソではありませんよ。ところで、休憩など取りましたか?」
「あ、えーと」
「取りましょう」
ヨージは廃材を持ってくると、刀の刃先でゴリゴリと削って『休憩中』という立て看板を作り、廃屋の正面に掲げる。信仰確保には良いかもしれないが、現状割に合わない。この調子では使い潰されて終わりだ。自分が居なくなるまでには、リーアにも適切な『自分の演出方法』を学んで貰う必要があるだろう。
「あの、教団の方ですか」
「ええ、そうです」
「これ、ウチの店で作ってるものです。よかったら」
「これはどうも有難う御座います。我が神もお喜びになるでしょう」
恐らくリーアに施しを受けた者だろう。女性が持って来たのは、小麦粉を溶いて平たく焼いたものに、野菜と焼いた魚を挟んだ食べ物だ。キシミアの郷土料理である。女性はペコリと頭を下げて去って行った。
家の中を改めて覗くと、果物やら野菜やら、取り敢えず持ってきました、というものは一応受け取っているようだ。人数が少ない教団なので、ナマモノは扱いに困るが。
「丁度よかった。我が神、こちらを」
「はふ。一人で食べる」
「左様ですか。エオ嬢は」
「食べますー!」
いつもならば積極的に皆と食べたがるリーアが、今日は随分と控え目だ。成長期(精神的な)にある彼女であるから、一人物思いに耽りたい事も有るだろう。リーアは食べ物を受け取ると、廃屋の屋根へとふわりと浮いて行ってしまった。
「じゃあまあ、我々だけで……いただきます」
「いただきまーす! あむ。うんーおいしいですっ」
「そういえば、グリジアヌはどちらに」
「門の警備を買って出ていましたね。そのうち戻るかと」
「相変わらず世話焼きだなあ」
彼女はニンゲンが大好きだ。困っているヒトを見ればすぐさま助けの手を差し伸べる。敵が敵だけに、神様はあまり戦闘に参加して欲しくないのだが、彼女がやりたい、というのならば止めるのも憚られる。
「ヨージさん、先ほどの話は本当っていってましたけど、ヨージさんも参加するんですか?」
「ええ。キシミアでの教団公認と、神社建立許可、金一封 (おそらく)を取り付けてきました。キシミアを護るのは前提であったとしても、報酬ぐらいは欲しいですからね」
「はー。あの大きい竜は倒しちゃったんですよね?」
「倒しました。しかし、ニンゲンを依代とした小さい黒竜が現れましてね。それを掃討して、街を奪還せねばなりません。ヒナも心配です」
「なんというかあ。今更こんな事を言うのも、変かもしれませんけど」
「なんです?」
「怖かったり、しないんですか? ビグ村の時だってそうです」
もそもそと食べ終え、エオが少しアンニュイな表情で言う。確かに、黒竜は脅威であったが、過去に経験したものに比べれば生温い。殺せると思えるものに対しては、そこまでの恐怖心は無いだろう。
逆に言えば、竜精など、もう二度と逢いたくない。
「殺せるならば」
「そうやって、生きて来たんですもんね……この前、ヒナさんから、少し聞いたんです。ヨージさんが、どんなヒトだったのかって」
「あー」
「ごめんなさい。でも、その……た、大切なヒトだから。知りたくって」
「碌なものではなかったでしょう」
「凄まじくモテたとかー」
「……まあ、はい」
「気が付くと隣にいる女性が変わってたとか」
「そん……な事もあったかなあ……」
「一人で、巨人族の蜂起軍を追い返したとか」
「大げさすぎー……る事もないですかね……」
「何度も、死にかけたとか」
「戦場でも危ない所にいましたからね」
「弟さんの話も、聴きました」
「……――」
「あ、ご、ごめんなさい……」
「い、いえ。すみません」
怖い顔を、してしまっただろうか。ヒナはヨージが研究所に常駐査問官(調査と尋問と逮捕が一緒になった立場)として居座る前から、従弟である時鷹を知っている。
古鷹家の至宝が失われたという事件は、瞬く間に陸軍に広まった。また、それと同時に、アスト・ダールというバケモノを殺した惟鷹の名もである。
「ヨージさんは、戦い慣れてしまって、きっと危機感がバカになっていると思うんです」
「否定出来ませんね」
「別に、ヨージさんが積極的に戦う事なんか一つもない。逃げる準備はしておくので、いつでも、逃げると号令をかけてくださいね。え、エオはその……わ、悪い子なので。ほ、本当はきっと、他のヒトが幾ら傷付こうと、知った事じゃあないのかも、しれません。百人死のうが、一万人死のうが、そんなもの、ヨージさん一人に比べたら、なんの重しでもない」
「別に、大っぴらに誰かに話した訳ではないでしょう」
「それは、勿論」
「それを晒して歩いているならば、軽蔑もしますが……誰しも、優先順位は有る。僕だって、何万人死のうが、貴女達が無事ならそれでいい。基本的にニンゲンは利己的です。そう思いながらも、貴女は興味本位で顔を出した患者モドキも無下には扱わなかったでしょう」
「はい」
「それで良いのです。名声の為だろうと、利益の為だろうと、誰かが助かればそれで良い。案外そんな事で世界は回っています。貴女は賢い。考える頭が有る。大事な事です」
「ごめんなさい。その、心配で」
「ヨージは、そう簡単に死にませんよ。今は貴女に出来る事をしてください」
「また言いくるめられた気がします」
「本心です。我が神が大切なのは当然ですが、貴女も大切ですから」
「そうやって女性を誑かしたんですか?」
「ひどぉい……まあ無い事も無いですが、大体女性から声がかかるんです。分かります?」
「イケメンのエリート軍人って大変なんですねえ……」
「お察しください。では僕は、やることがあるので、我が神をお願いします」
「あの」
「はい?」
「エオはその、神様程可愛く無いかもしれませんし、グリジアヌ様程男性慣れしてませんし、ヒナさん程器用じゃありませんけど」
「卑下するようなスペックじゃないと思いますけど……」
「エオは、ヨージさんの事、好きだから」
(ぐぬっ……強い……ッ)
エオが、上目遣いで言う。あまりにも女の子さが強すぎて、ヨージは悶絶しかける。いつものふざけた調子ではなく、本気だから、というパワーを感じる。自分のようなゲテモノには入れ込むべきではない。こんなものに、若い彼女は触ってはいけない。
が、やはり、可愛らしいものは可愛らしいのである。ヨージは自分のニヤけそうになる顔をぐしゃぐしゃと掌で揉みしだいて誤魔化す。
「い、行ってきます」
「はい! いってらっしゃい!」
廃屋を出て壁へと向かう。小黒竜掃討、カルミエ捕獲、ヒナの安否確認……考える事は沢山ある筈だが、少女の純真な心に思いっきりぶん殴られて、多少グロッキー気味だ。
教団を円満に去る方法は、近いうちに編みだしておかねばなるまい。




