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龍女皇陛下のお婿様  作者: 俄雨
キシミア編
84/343

未曾有の檻4



 北城壁旧作戦司令部。


 大帝国を相手取って戦争をした当時の陸側最前線であり、今は詰め所として機能している北城壁の一部だ。その詰め所も黒竜出現と同時に襲撃を受けたので、死体を全部片づけたのは、つい先ほどである。


 黒竜が現れたキシミア東城壁周辺住民はその七割が退避出来た。しかし残り三割は西へと逃げたか、海に出たか、死んだか、あの、小さな黒竜となり果てている。やがて小黒竜は西へと歩みを進めるだろう。止める事が出来なければ、キシミアから市民が居なくなる。


 最終的に城壁外へと避難するであろう、およそ四〇万人を養うような備蓄は存在しない。


 最大でも三日の内にキシミアを奪還せねば、未来はない。


「魔撃銃隊構えー! 撃てぇ!!」


 城壁の中層部分の回廊から、キシミア自治区東部、および北部部隊が銃撃を開始する。人数は五〇名程度だが、練度は高い。下方を覗き込むと、小黒竜が城壁に向かって跳び上がろうとしているのが見えた。


 身体操作がまだ不慣れである為か、飛ぶような個体は見受けられない。だが時間が経てば奴等は飛ぶであろうし、壁が意味をなさなくなる。もし強い力をつけ始めれば、強固な大扉を力づくでこじ開け始めるだろう。兎に角時間が無かった。


「うー……うー……ッ」

「やかましい! 女々しく唸るな!!」

「だって、あれ、元はキシミア市民でしょう! 仲間を殺す為に軍人になったわけじゃない!」

「じゃあ貴様はここから蹴り落としてやる! あのバケモンと同じなれて良かったな!」


 例え小黒竜と化していたとて、元はニンゲンだ。豪気で名高いイナンナーの女とて、躊躇うのは仕方が無い。


「ヨージ・衣笠臨時指揮官殿。キシミア自治区長とエーヴ様がお呼びです」


「小隊長。奴等が飛べない間は弾の消費を抑えてください。夜中になれば城壁を伝って補給が来ます、本格的な攻勢はそれからです」


「……了解した。チッ、まさかお前が上司になる日が来るとはな……」

「何か?」

「何でもない。おら、ちゃっちゃと再装填しろッ」


 大ホロゥ河で検問をしていた獣人女性に適切な指示を飛ばし、ヨージは作戦司令部へと戻る。


 全く、街を移動する度に戦になり、その都度祭り上げられるのはたまったものではない。


 ただ、ビグ村と違うのは、やはり彼女達が訓練された軍人である事だ。小隊長がナマイキである以外は、大体思った通りの行動をしてくれる。数と火力が一定以上揃っているのならば、許される限りは堪えられるだろう。


「失礼します」


 入室すると、作戦司令部室の長机が出迎える。正面にはエーヴ、そして順番にキシミア自治区長、キシミア教会神官長、キシミア守備軍大将、神エーヴ副巫女長、そして神マナイと神エイナールの巫女長が並んでる。神マナイと神エイナールの巫女は当然意気消沈だ。


 それにしても、獣人だらけだ。議会や司令部なんてものは、どこの国家でもエルフばかりであった為、多少気後れする。


「どうぞ掛けて。キシミア自治区長のオヌドです。扶桑のヒト」

「ヨージ・衣笠であります」

「神エーヴがお見染めになったとか」


 自治区長オヌドは第二種別の見た目をした、犬型の獣人だ。彼女も連合王国本国から派遣された身であろう。年齢は……第二種別獣人故分かり難いが、三十代か。彼女はその大きな鼻を少し啜り、なんとも言えない顔で笑う。


「細い……これが、あの黒竜を叩き斬った男だと?」


 頭部の小さい耳をヒクヒクとさせ、第一種別のキシミア守備軍大将が眉を顰める。

 確かに、強そうな見た目ではない事は自覚している。


「くだらない話はしないで。彼は稀人。キシミアの刃。せいぜいご機嫌をとって。ズアレ」

「ぐっ……失礼した、衣笠殿」

「いいえ、慣れています。ズアレ大将……それで、皆さんはどれほど現状を認識しているでしょう」

「わたしがある程度説明した。難しい話は貴方の役目」


 そういってエーヴがクスリと笑う。

 最悪な状況にも関わらず余裕を見せる辺り、やはり器がデカイ。


「では――。かの黒竜は人造的なものでした。恐らく神エーヴの巫女長であったカルミエが全ての元凶ですので、これを捕えねばなりません。現状を操っているのが奴であれば、捕まえるだけで終わる。しかし、私の所見では、あの小さい黒竜までは彼女の操作にはないであろう、と考えます。カルミエが占領した根幹魔力帯パルスラインから魔力を補充している可能性はありますが――つまり、何にせよ小黒竜は全て討伐する必要がある」


「現在、自分の側近部隊が西部から東部に侵入し、カルミエを捜索中であります……キシミア内に居るのは、間違いないのか、衣笠殿」


「ええ。折角乗っ取った根幹魔力帯パルスラインから離れるのは考え難い。調べた結果、西部はまだ掌握しきれていないようで、根幹魔力パルスから外在魔力マナが漏れている――いえ、普通は、ニンゲンが掌握した程度なら、根幹魔力パルスから外在魔力マナは揮発するのですが……」


「西部ならば、まだ外在魔力魔法マナマギクスが使えるのか」


「はい。一般的な魔法使いでもギリギリ魔法を使えるレベルでした。奴はまだ東部に居る。しかし問題はやはり、あの小黒竜でしょう」


 竜が掌握する占有根幹魔力オールドパルスラインでもない限り、どのような魔法使いが魔力帯を掌握しようと外在魔力マナとなって空気中に発散される筈だ。しかし東部はそれすらない。


 エーヴが土地の魔力を散らしたタイミングでの発動とはいえ、そんなものを術式に組み込むカルミエの力量は、既にニンゲンの領域ではないだろう。


「キシミア教会神官長です。我々が保有する魔法部隊による攻撃の結果、小黒竜一匹に対して、魔法使いが三人必要である事が分かりました。当然、内在魔力魔法オドマギクスのみです。魔撃銃マギアライフルでは数十発必要になる。現状戦力では、掃討しながら街中を歩くのは厳しいでしょう」


「か、神エーヴ副巫女長のニンディです。その、そもそも、なのですが。巫女長カルミエが何故、このような事を? 衣笠氏のお話は、真実なのですか?」


「面倒な説明になりますね……神エーヴ」


「……真実。ヨージには裏切り者の調査をさせていた。身内を信用しなかったのは、詫びるけれど、この通り、身内が敵だったの。幾つかの情報を精査し、それとなく突きつけたらあの女は逃げた。同時にヨージは黒竜の依代となった男から、巫女が首謀者であると聞いている。そういう事」


「カルミエ様が……そんな……」


 皆が唸る。あの女が無能であった筈は無いであろうから、皆が疑問に思うのも当然だ。しかしどうも、ヨージにはあの女が不思議でならないのだ。


 奴が神エーヴの巫女長として就任したのが一〇年程前だという。その間ずっと現状の事件を巻き起こす為に動いていたのだろうか。ポータルを独力で開くような、明らかな『大魔女』である、そんな化け物が、巫女としての仕事をしていたというのは、不可解だ。


 大賢者や大魔法使いなる奴等は、大体自分の工房に引きこもって延々と研究を続けているものと相場が決まっている。余程奇特な人物か、気が狂っているのか、どちらかだ。


「この通り、疑いは動きません。例え何の咎もないとしても、巫女長が逃げ回っている事実を放置など出来ないでしょう」


「……――はい」


「兎も角、現状の打破です。幸い城壁を伝っての補給は出来ますが、小黒竜が飛ぶようになればそれも怪しい。つまり、短期決戦になる。補給が済み夜明け次第、我々の最大戦力をもって北城壁から東部地域に前進、掃討しながら逃げ遅れた市民の救出と、物資の確保をしなければいけない……ズアレ大将。キシミア守備軍の状況は」


「軍警察については凍結だ。長官は解任して牢屋にぶち込んである。黒竜出現と同時に軍詰め所や兵舎が数か所襲撃され、現状動かせる戦力はキシミア守備軍の戦闘員三割。可能な限りの物資をかき集めて装備を整え、城壁を伝ってこの司令部に集合するまでに三時間、といったところか。それでも三〇〇に満たない」


「兵舎を襲った敵勢力は?」

「不明だ。大半が奇襲で戦闘する間も無く爆殺されている」


「陸上兵器は」


「壁上備え付けの魔砲マギアカノンが一二〇門あるが、壁内に撃ち込む事など考えられていない。改造が必要になる。時間内であれば、出来て一〇門だろう。戦術傀儡ギガントは二〇機あるが、全て壁外だ。サイズ的に門を通らん」


「それもそうですね……では航空戦力は」


「化け鳶の航空部隊はそもそも少ない。今はその小さい積載量に荷物を詰め込んで、城壁外に出た市民に水と食料を配っている。飛行術を取得している魔法使いは、数人だ。数には入らない」


「正しい判断でしょう」


 小黒竜一匹に魔法使いが三人も必要になる。魔撃銃マギアライフルではそれこそ浴びせかけるようにして弾を当てねばならない。部隊を分けるなど最悪の愚策、逐次投入も狂気の沙汰だ。一軍団として目標に対して、飽和する程の攻撃をぶつけて一つ一つ潰して行く他ない。


 ここは城塞都市だ。外敵に対しては有効な手段もあろうが、内部ではどうしようもない。内部に軍事兵器を置くだけのキャパシティは無いし、置いた所で無駄極まる。


 しかし戦術傀儡ギガントはせめて一つ欲しかった。古代の技術を今に復元し、魔法科学で補強した、遠隔型の人型兵器だ。石傀儡ゴーレムよりも汎用が利き、武器も扱える。特にイナンナー製のものは性能が良い。


(無いものねだりをしてもしょうがないな)


 他にどんな敵が紛れているか分からない。軍事施設を襲撃したとされる、カルミエのシンパが隠れている場所も不明だ。


 時間が経てば皆が腹を空かせる。疲労も溜まる。そして何より、小黒竜が増えないとも限らない。今から一日以内にすべてを決さねばならないのだ。


「……私のような部外者の言葉では、誰も動きません。男ですしね。ズアレ大将、参謀部とのすり合わせを……」「……壊滅している。私の手勢に指示を出す」


 どうやら、カルミエは徹底的に戦力を潰したらしい。


「そうですか。では夜明けと同時に作戦開始で良いでしょう」

「……先ほどから何もかも分かったように講釈を垂れているが、貴殿はどうする」


「私ですか? さて、どうしたものか……城壁防衛指揮官に任命されたからといっても所詮流れ者でしかありませんし、また黒竜を叩くなんていうのは、リスクが有りますねえ」


 さて、である。


 確かにエーヴの守護は請け負ったが、キシミアの進退まで握ったつもりはない。当然無辜の民がむざむざと殺されるなど容認出来る筈もないが、それでも所詮は他人、部外者である。一切の報酬無しに自身という戦力を使う訳にはいかない。


 ……という建前だ。


 利害無しで協力する奴など怪しい。ヨージだったら絶対に付き合わない。キシミア側も『金を払っているんだから』という大義名分が欲しかろう。それで何か貰えるならば、治癒神友の会としても万々歳だ。喜んで協力しよう。


「力には責任が伴う。扶桑ではどう教えているのだ」


 が、力こそが正義だという思想が強いキシミア軍人にはあまり通じないようだ。


「自国民ならまだしも、私は流れ者です。神エーヴの守護は個人的な依頼ですので引き受けますが、キシミア市内の総力戦に、まさか貴女は他国のニンゲンを酷使するおつもりで」


「ぐぬ……」


 キシミアの情勢を盾にとっているようで申し訳ないが、大将にはさっさと折れて貰いたい。役職だけ貰って嬉しいのは、内部に誇示出来るニンゲンだけであるし、利害関係が無いとキシミアのお偉方が気を揉むだろう。


「まあ、まあ。ではキシミア自治区長として委託致します。戦闘については、私はシロウトですから、内容にまでは言及しません。どうかキシミアの為に戦ってくださいませんか。貴方の教団、治癒神友の会についても、配慮するようにします。神エーヴ、如何で?」


「布教の公認。教会や神殿の建立許可。ヨージについては、個人的にお礼差し上げる。どう?」

「そ、それは随分大きな権利ですね」


 言ってみるものである。公認と土地と金が付いて来るというのであれば、働き甲斐が有るというものだ。モチベーションの上がらない作業程辛いものはない。


 しかし今後、キシミアの進退が不明である。治癒神友の会としては、キシミアが戦場になったりした場合、難民と化した信徒を受け入れるだけの力が無い為、神殿の設置は事態が落ち着くまでは見送った方が良いだろう。


「了解しました。では、キシミア自治区長と神エーヴの申し出を受け、一戦力として参戦します。ズアレ大将、カルミエ発見の場合ですが」


「手柄が欲しいのか?」


「この状況で何を甘い事を。神エーヴがおっしゃったでしょう。奴は独力でポータルを開くレベルの魔女です。兵隊が何人集まった所で、しかも魔法が使えないのでは、丸ごと吹っ飛ばされて死者が三〇〇人増えるだけです」


「……酷使するなと言い、カルミエは回せと言い、どっちなのだ貴様は」

「報酬分の働きをしましょう、という事です」

「偉そうな口を……これだから男は」


「カルミエの魔法で大量の死体が出来上がる瞬間など、私は見たくない。それは貴女も含めます」

「これでも訓練を積んだキシミア守備軍だ。そんなコロコロやられてたまるかッ」


「……イナンナー的には不愉快でしょうが、男女の上下関係云々などと言っている場合ではない――分かるでしょう。皆さん。こんな状態です。キシミアの大樹教教会が上層部に報告して、竜精の南部統括が覗いているかもしれない」


「……――」


「キシミアもキシミアで、本国のニンゲンが本土へ知らせを出しているでしょう。そうなれば本国から軍隊が派遣される。そうでしょう、ズアレ大将」


「……そうだ」


「混乱したこの地を早々に収めねば、大国二国、もしくは大樹教の最大戦力である竜精とイナンナの女神達がぶつかる事になる。そうなれば、どちらにせよキシミアは終わりだ」


 政治屋ならば、皆分かっている事である。


 大帝国及び大樹教が本気でこの土地を制圧しようとするならば、今だ。

 そしてそんな危機を、連合王国が手をこまねいて見ている訳がない。


 このままにすれば、ぶつかる。激烈なまでに戦争へと発展する。ここは危うい土地なのだ。


 キシミアの勝利条件は厳しい。


 カルミエの拘束、もしくは殺害。

 小黒竜の拡散阻止、掃討。


 最低この二つが必要になる。更に言えば時間も無い。魔法も使えない。


 神エーヴの事もある。

 カルミエが他の勢力に逃走する前に、キシミアで拘束するか殺害すべきだ。


「ズアレ大将。部下を失ってお辛いでしょうけれど……」

「分かっております、自治区長。それで、どうしたい、衣笠殿」

「遊撃します。私一人でも、小黒竜程度なら殺せる。あと、一番大事な事ですが」

「なんだ?」

「部隊はカルミエ発見次第即時撤退です」

「だが、貴殿も東部では魔法が使えないだろう。カルミエにどう対処するつもりだ」


「私は元重撃手です。場所の指定さえして貰えれば、魔力供給を受けられる超長距離から――確実にカルミエと周囲を吹き飛ばせる。故に、即時撤退です。狙いを正確にする為にも、遠距離会話可能な距離からの監視役兼通話手と中継手の手配をお願いしても?」


「……神エーヴ。一つ。この男から、詐欺師の臭いしかしません」

「あのですねえ……」


 通常のニンゲンには出来ない芸当だ、難色を示されるのは分かるが、そのまま詐欺師と罵られるとは思わなかった。いや、自分でも胡散臭いのは分かっているが、話している事は真実である。


「ズアレ。貴女は良くやっている。事が済み次第、キシミア教会は被害者に対して国葬級の葬儀を用意する。被害者家族も考慮する。また、貴女の働きも報告する。落ち着きなさい」


「しかし」

「わたしはキシミアの神。キシミアを護る為ならば、何でも利用する。例えその男が」

「あ、ちょ」

「十全皇の婿でも」


 ……ヨージの眉がヒクつく。クチが半開きになる。


「神エーヴ。そういう事はですね」


「事実でしょう。貴方は東国世界の支配者たる、十全皇の男。イナンナーやバルバロスと果てしない殺し合いの末生き抜いた、古今無双の大英雄。今はしがない、宗教団体の幹部でしょうけど」


 説得なら、もっと他に都合の良い言葉があったろうに。どうしてソレをバラすか。元から口が上手そうには見えなかったが、幾ら何でもぶっきら棒だ。端的だ。何もかも足りない。


 ほら、見た事か。司令部に集まった皆の顔が……偉い事になっているではないか。


「……龍、龍……? 扶桑の? 皇帝の?」

「十全皇の、男妾……? 違う? 婿? 婿……?」

「な、何故そのような人物が……こ、こんな場所に?」


「貴殿。ヨージ・衣笠と言ったな」

「はい」

「本名は何だ。あの国の正規軍人、ましてエルフは生粋の扶桑人しかなれない筈だ」

「……アオバコレタカです。聞き覚え、ありますか」


 神妙な顔つきをしていたズアレ大将の顔が、みるみるうちに驚愕へと変化して行く。


 確かに、龍などという想像もつかないような女の婿であった事よりも、軍人ならばこの名前の方が、通りやすいかもしれない。


「あ、アオバコレタカ!?」

「まあ、ズアレ大将。この方をご存じで?」


「え、ええ。激戦区には必ず現れ、視認も出来ない超距離から無属性衝撃魔法を、正確無比にぶち込んで来る……――アオバコレタカはほぼ『現象』です。あまりにも遠すぎる為、兵士の集団幻覚を本部に疑われり……」


「現象?」


「あとから調べたらソイツの名前があった、という状態で、顔を見た者もいない。戦闘した、と思われる者は、確実に殺されているので、証言もない。こいつに破壊された司令部は五つ。交戦して撤退に追い込まれた大隊は三つ……イナンナー南方大陸西部自治区が領土拡大出来ずにいたのは、ほぼアオバコレタカが理由です。結果、分の悪い講和を結ばされた」


「それは、政治あっての話ですよ。僕は、ヒトを殺しただけです」

「『雷槌トールハンマー』……?」

「敵主力部隊を弾き飛ばした時についた奴ですね」


神山粉砕エビフ・ストライカー』……?」

「御神体の山を吹っ飛ばした時のやつですね」


「『真紅を殺す者(スカーレットイーター)』……?」

「……ええ、まあ」


「あのアオバコレタカ? ほ、本物か? 本物の、あ、アオバコレタカだと? 南方では、貴殿の名前は悪魔と同義だぞ……?」


「そんな頃もありましたね」


「う、嘘だろう……」


「まあそれは、終わった事です」

「そ、そうは言うが」


「何にせよ、私は神エーヴを護りますし、キシミアの為に戦いましょう……――西部に侵攻しようとする小黒竜を迎撃しながら連絡を待ち、連絡を受け次第、カルミエを攻撃する。構いませんね、ズアレ大将」


「あ、あ、ああ……計ら、う」


 言質を取り、どよめく作戦司令部室を後にする。耳の良いヨージには、部屋の中に居た者達の驚愕と疑念が聞き取れたが、無視する。言うべき事ではなかったが、エーヴを責めるつもりは無い。そんなものでこちらの言う事を聞いてくれるならば、まあ良いだろう。


 溜息を一つ吐き、キシミア城壁内側を見渡せる場所まで出て座る。

 ビグ村以来お世話になっている刀の手入れをしながら、今後について思いを馳せる。


(それにしても頑丈な刀だな……)


 十全皇(あの女)は暫くの自由をやると宣ったが、そんな口約束は一つも信用ならないし、約束など気分一つで吹き飛ぶものだ。今だって、どこからか笑いながら見ているかもしれない。


 ヨージが苦悩する様が一番好きな女だ。そしてそれに対して、何かを与えたがる。


 十全皇は何も奪わない。常にすべてを与えて寄こす。


 その結果に、失われるものがあるだけだ。本当に、もしかしたら好意でやっているのかもしれないが……価値観がニンゲンとは合わない。


「与えるっちゃ与えるのですけど、僕の話は聞かないのですよねえ、あの女……」


 先ほどより大きなため息が漏れる。

 今は目先の事を心配した方が良い。十全皇が覗き見しているならば……苦悩する今のヨージを、決して止めはしないだろうから。


「それにしても……ヒナはまだ大学かな……」


 キシミア西部方面に視線を向ける。


 通話には応じず、安否も定かではない。先ほど西部の外在魔力マナ湧出度を調査する為に一度は向かったが、時間が無く確認出来なかった。埋没樹の資料精査の為キシミア大学に行ったきりである。西部はまだ小黒竜の被害も少なく、彼女自身が高位の魔法使いである為、無事ではあると思うのだが、心配だ。


『本当に、来てくれて、嬉しくって。頼って貰えて、幸せで……別に、私目当てでなくても良い。貴方の幸せの為になれば、それで良い』


 強く、想いの強い女性だ。ヨージのような半端ものとは違う。偽情報をまき散らして自分の行方を、執拗な追跡で有名な扶桑の刺客から眩ませているのだ、賢い彼女が一切の連絡手段を取らずにいるのは、理由があるのかもしれない。


 刀を鞘に納め、立ち上がる。

 彼女が安住の地と定めようとしたこのキシミアを、取り返さなければいけない。


「はいストップ」

「……――」


 城壁外で怪我人の手当てをしているリーア達の下へと赴く為、壁内に背を向けた、その時の事だ。背後……何もない場所から声を掛けられる。


 魔力は、絶無。一切感じ取れない。中空に浮いている、何者かであろう者が、一切の気配無く現れたのだ。そんな芸当が出来る存在は限られる。


「……約束、破られたのでしょうかねえ」

「さて、どうかな」


 酷い落胆がある。


 同時に――ヨージの中にある、決意というスイッチが一つ、鈍い音を立てて、ガヂリ、と入った。




 

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