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龍女皇陛下のお婿様  作者: 俄雨
キシミア編
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未曾有の檻3




「"集う民の為の神は歌う。集う民の為の神は嘆く。四方を統べ四方を結び伝える神の名はエーヴ。地の気よ空の気よ、四方に散り四方に断て"」


『――――ッッ!!』

「ぶはっ」


 エーヴが言葉を紡ぎ終えた瞬間、街中に存在した魔力要素の一切合財がすべて消し飛ぶ。また、ヨージが行使していたリフレクタも消えてなくなり、その異常に気が付いた黒竜が狼狽している。


 もたもたしている暇はない。現状ならば確実に黒竜を葬り去れる。

 この時を逃せば二度目は無い。


「エーヴ」

「供給する――少し辛いかも」


 段取り通り、エーヴがヨージに手をかざす。その魔力を得る為に自身のプロテクトを解除、一気に受け入れる。


 魔法使いは常に二重の器に例えられる。


 大きな器の中に、小さな囲いがある状態である。


 大きな器の中身を満たすものが外在魔力マナであり、小さな囲いの中身を満たすものが内在オドだ。個々人、これには差があり、森林族エルフは先天的に大きい。


 また、大器と囲いには比率がある。


 大器を埋め尽くす程囲いが大きい者も居れば、囲いが見当たらない程小さい者も居る。魔法系統によって最適とされるの数は違えど、殆どの場合『外八、内二』が優れているとされている。


「問題有りません」

「――……」


 これに加えて、魔力変換効率、魔力吸収効率、魔力消費損耗率の最適数値に近い者が、謂わば『天才』と呼ばれる類の魔法使いだ。


 現状、正式な記録において、世界標準でこの最適値を満たす者は三人しかいない。


「くっ――貴方、吸い過ぎ」

「失礼。防御壁を張っておきます。動かぬよう」


 ――外在魔力マナ一時蓄積量が通常の八倍。内在魔力オド貯蔵量が通常の六倍。


 魔力変換効率と魔力吸収効率を九〇%で維持し、魔力消費による肉体損耗率を二%にまで留める化け物――


「嗚呼――本当に、怪物なんだ、貴方」

「昔はよく言われました。行ってきます」


 非公式にも、ニンゲンが標準とする数値の数倍をたたき出してしまった故に――あらゆる危険なモノから目を付けられてしまった男が、ヨージであった。


 他人から魔力を融通されるなど、とてもではないが常軌を逸している。しかしヨージはその才覚からそれを可能にしていた。


『ゴッ、ゴガッ! ゴァッ!!』

「威嚇したところで無駄だぞ」


 抜刀。外在魔力付与魔法マナエンチャントマギクスを唱える。内在魔力付与魔法オドエンチャントマギクスとは出力が四倍ほど違う。


 風を纏ったそれは、振り下ろされた奴の右前足を、紙のようにスラリと切り離した。


『!? ギョアッ! ギョアッ!?』


 斬り跳ねられた右前足が明後日の方向へと飛んで行き、黒竜は態勢を崩し、斜めに横転する。

 ズシンという質量ある音が鳴り響き、近くにあった建物が数軒崩壊した。本来ならば即座に再生するものだろうが、奴は魔力を吸えずにもがき苦しんでいる。痛みを感じるのか、否か。


 どうあろうとコレは存在してはいけない。


 そしてこんなものが現れたとあらば、キシミアに長居する事も出来ないだろう。


 大樹教、イナンナ教双方から調査官が入るであろうし、国家も介入する。ヘタをすれば、一触即発の紛争地帯になり得るのだ。


(まだまだ、長い旅になりそうだなあ――困るなあ――)


 なるべく早い解決を。幼い神と信徒に安住の地を。


 ――勿論、こんな事件も、ビグ村の一件も、自分が齎したものではない。だが、自分が居る事で、不要な災厄を彼女達に引き入れてしまっているのではないか。そのような想いがある。


 若い頃から問題には事欠かない。しかしその殆どは解決して来た。だからこそ生きている。何が起ころうと、跳ねのける自信はあった。


 それが――龍の関わるものでないならば、だが。


『オァアァァァッッ――ッッ!!』

「むっ」


 羽を使って身体を持ち上げた黒竜が、地面に足をつけると同時に息を吸うような動作を開始した。『ブレス』が来る。


 竜におけるもっとも基本的なモノ。神話に語り継がれる、永遠の炎。大樹教神話においては、ニーズヘグ竜の吐いた炎が世界の七割を覆い尽くし、百年燃え続けたという。


 火属性魔法究極の一。


 竜精が魔法として使う場合、粛正火炎魔法ドラゴマギクス・ニズヘグスという名称になる。


 だが、外在魔力マナを吸収出来ず根幹魔力パルスも引き上げられない現状では、どこからも力の供給を受けられない。


 竜の力というのは、星の力そのものだ。星と一体であるからこそ、竜は竜なのである。


『ゴガ、ゴッ……ッ』

「哀れです。見ていて虚しい」


 竜とは最強でなくてはいけない。

 竜とはヒトを組み敷かねばならない。

 竜とは威厳に満ちていなければいけない。


 コレは何一つ満たせていない。


 こんな――こんな悲しいものを造った者達に、別種の怒りが湧く。


 ブレスは風を巻き上げるだけ巻き上げたまま、放たれる事なく終わった。


 ヨージは構える。これは討伐ではない。介錯だ。


 一人の男の哀れな生き様に対する終止符であり、何者かの策謀によって組み立てられた哀れな竜に対するせめてもの手向けである。


「"神速四刀"」


 納刀、そして柄に手を添える。


「"発気"」


 風魔法応用、武術改変式。

 外在魔力付与魔法マナエンチャントマギクスを乗せた抜刀が光る。


『ご、アガッ』


 横に一断、縦に一閃、下から更にもう一太刀。流れるようにしてダメ押しの突きが繰り出され、重なり合った四つの風の刃が、黒竜の巨大な図体を貫通する。


 残身。数瞬の間を置き――その肉体は、まさに分散――文字通り微塵となり果てる。


「ディアラト」


 黒い肉片の中に……それはあった。

 黒竜となった時点で肉体は融けて混じってしまったのだろうが、頭部が残っていた。それは口をぱくぱくとさせ、何か言いたげであったが、言葉は発さない。


 ヨージは何も言わず、手を合わせてから、その頭部を刀で突き刺す。ピタリと制止した後、ディアラトの頭部は安らかな顔で眠る。


「神エーヴ。ご無事で?」

「……」


「どうかされましたか。この黒竜の残骸は……まあ近づかない方が良いでしょう。力は失っているようですが、貴女はあまり、相性が良くなさそうだ。神官達に片付けさせるよう手配してください」


「……――まだ」

「はい?」

「まだ、終わっていない。わたしを害する未来の絵図が、崩れない」


「やはり、カルミエを何とかしないといけませんね。この程度で諦めるような女には、少なくとも僕には見えない。長い事、狙っていたようですしね」


 奴が姿を現す事は無かった。

 この街中に居るのは間違い無いが……捜索となると、人手がいる。


「疲れた」

「まだ……街は混乱したままです。一先ず、治癒神友の会の仮拠点へ……」


 肩を抱く。エーヴの不安は取り除かれない。あのカルミエという女を引っ立てなければ、また同じような事をしでかす可能性が有る。問題点の精査や解決法の模索は、落ち着いてからで良いだろう。


 リーアとエオも探さなければいけない。そして、この街を出る準備もだ。


 エーヴの手を取り、歩み出したその時の事である。

 酷い違和感があった。


「……魔法陣行使……?」


 ほんの一瞬、ヨージの視界の端に魔法陣を行使した時のような、光が見えた。そして同時に、エーヴが呻く。


「神エーヴ、どうされました」

「――やられた、まさか、これが狙いだったなんて」

「に、ニンゲンの身には何が起きたか分かりません。説明を」

「地脈を……キシミアの根幹魔力帯パスルラインを乗っ取られた」

「え、ええ……そ、そんな事、まともな奴に出来る訳……」


 そうだ。まともな奴には出来ない。本格的に魔力というものを専攻して研究し、なおかつ、それを操れるだけの力量がなければ無理も無理だ。


「か、カルミエですか」

「間違いなく――あいつ、読んでたんだ」

「やられた……僕達も、北城壁外へ逃げましょう」

「……」


 根幹魔力帯パルスラインはこの世界のどこにでも通っている、力の奔流だ。ここから汲み上げた魔力を根幹魔力パルスと言い、これが空気中に拡散したものが外在魔力マナであり、体内に取り込まれたものを内在魔力オドと称する。


 通常、土地を治める神というのは、根幹魔力帯パルスラインの上位支配権を得ている。決して占有するものではないが、大魔法や大がかりな儀式を行う場合、上位支配権を持つ神に断るのが通例だ。


 また、これを無断で占有するような真似は出来ないし、そもそも、出来る奴が居ない。


 カルミエは、エーヴがキシミアの魔力を一時的に排除してしまった、このタイミングで……その全てを奪いにかかったのだ。


「ヨージ、走って」

「何……うわっ」


 そして、この土地を巡る魔力が掌握されたという事は、ヨージ達魔法使いの外在魔力マナ使用制限が掛かるという意味であり……膨大な魔力を使用出来るカルミエが、やりたい放題出来る、という意味でもある。


 エーヴを抱えて走っていると、樹木化したニンゲンが黒色に染まり、蠢く内臓の如く脈動し始める。それは、ヨージが叩き斬った黒竜の灰を取り込み、小さな黒竜へと変化して行く。


 視線が合う。当然、友好的ではない。


『キョァァァァアッァァッッ!!!』

「ぬぅぅぅ今は無理ッ――我が神! どちらですかッ」


 エーヴから譲り受けた最後の魔力を使い、自身の神へ強制的に遠隔会話を試みる。

 本来ならばシンボルを用いるべきであり、あまり推薦されない行為だが、緊急時だ。


『んあ、よーちゃんの声で頭、ぐわんぐわんする』

「ご無事で、今どちらにッ」

『エオちゃんと北城壁ー』

「よかった! うー、グリジアヌ! グリジアヌッ」

『あれぶっ殺したのアンタか? 相変わらずすげーな!』

「今度はその子供が暴れてますから、直ぐ逃げてください直ぐッ」

『ああ、相変わらず余計な事は増えてるんだなっ、了解』

「あとは、届くか……駄目だ」


 グリジアヌはシンボル経由で魔力を殆ど消費しない会話が可能であるが、先ほど振り絞ったもので全部だ、ヒナへの連絡が付かない。


 キシミア大学は西部に有る為すぐさま危険が及ぶ事はないし、彼女ならば自衛出来るだろうが、やはり心配だ。しかし、現状ではどうにもならない。


「くそっ」

「護るものが多いと、大変」


 全力で北城壁を目指して駆け抜ける。


 完全に敗走だ。

 ヨージとエーヴは今、実質的に敗北したのである。



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