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龍女皇陛下のお婿様  作者: 俄雨
ビグ村編
54/344

隙間探偵【1】




 ビグ村 サウザンドポストビグ村支社 デスク



「あい、ノブヒデっす……てか……あ? 頭の中に喋るとか……」


 草臥れた新聞社の支社、その草臥れた席に、草臥れた服の男が新聞を顔に乗せたままデスクに足を延ばして休んでいる。


 新聞が顔からずれ落ち、寝ぼけ眼のノブヒデ……ノブヒデ・犬神の冴えない顔が露わとなった。

 伸びっぱなしの無精ひげを擦り、欠伸を一つする。冷めたコーヒーを口に運んでから、煙草に火をつけた。


「……頭の中……で、喋る……やつ……なんて、あー……あッ!!」


 頭の中に響く声。決して妄想や幻聴ではない。

 ノブヒデは血走った眼を見開き、椅子の上で正座する。


「こら、こら、失礼いたしやした。あい、何でしょ」


 脳内音声に応える。自分の依頼主からの定時連絡だ。

 声は十代の少年を思わせるが、生憎依頼主の容姿は不明だ。


「へえ。火の神は駄目っしたね。退治されやした。報告しろぉ? こっちからどうやってっすか……はい、ですよね。ああ、それで、ですが。竜精が出やした。しかも、退治されやしたよ、あの女……嘘なもんですかい。もう、めっちゃ頑張りやしたよ、オイラは。名前? 確か、ドラグニールだったと。古竜ファブニールの娘のどれかでしょ……だから、報告書まとめてたんっすよ。誰が倒した? あい、どうやら扶桑からの流れエルフのようで。ええ。元武人だそうですし、あれ、エンチャントスクエアっすね。扶桑軍人の最終奥義。高位付与魔法。バケモノっすよ」


 依頼主は興奮気味にノブヒデに語り掛ける。基本的に、あちらの事情なんてものは知らない。ノブヒデはお賃金が貰えればそれで良いし、誰かの事情に深入りする気持ちなど一豪も無い。


「はあ。継続依頼。対象変更。そのエルフ。ああ、ここ、結構心地良かったんすけどね。新聞記者なんて。エルフの名前? ヨージ・衣笠だそうで。偽名でしょう。扶桑の軍人は純扶桑人じゃなきゃなれない。あー、サパッとしてて、弁が立って、腕もある。多少胡散臭い部分に目を瞑れば、まあモテるでしょうありゃ。巫女神もついて行ったみたいっす。ありゃべた惚れですわ、へへへ……はい。すんません。ええ、なんでも、キシミア自治区に行くそうで。はあ、有能。有難う御座います、へへ。んで、お賃金の方ですが」


 新聞記者として一年程、この村で過ごした。依頼内容は火の神の調査だ。


 アインウェイクがひた隠した神など、一体どういった経緯で知ったのかは不明だが、その若い依頼主はノブヒデに調査依頼を出した。恐らく、若い依頼主も、他に依頼されているか、組織の末端だろう。詳しく知る必要は無い。知ってしまえば消される、なんて組織は、どこにでもある。


 適当。適切。等間隔。生きる上で必要なのは何でも距離感である。


「はあ、遣いが届けに来ると。じゃあ報告書も預けやす。で、別の遣いを寄こすと。一緒に調査。調査。オイラが? いや、一人がいいっすよ。相方とか、邪魔以外の何者でも……そんなにぃ? そんなに弾んでくれるぅ? お任せあれ。バッチリ調査しやすよ、ええ」


 依頼継続。対象変更。今度は、相方付き。


 大体、何でも一人でやって生きて来た身であるから、誰かと組むなど殆ど経験が無い。しかし依頼主はだいぶ賃金を弾んでくれる上に、相方は若い女の子だというのだから、実に美味しい。


「んじゃま、今後とも宜しくたのんます……切れたか。あー、支社長! ノブヒデ、退職いたしやーす!」


「あああ? 何言ってんだお前!?」


「すんません、実家のおっかさんの持病がアレソレでして……こりゃもう、直ぐ戻って看病してやらねえと……」


「マジか。そら大変だな……あー、まあ、給料は出ねえけど、席は置いとくからよ。いつでも戻って来いや、ノブヒデ」


「うわあ優しさ痛み入るぅ……退職金は?」

「ばっかかお前。けどまあ旅費ぐらい出してやる。持ってけ」

「ほんと、神様みてえな上司っすわ……んじゃま、急ぐんで、お元気で支社長」

「ああ、おっかさんに宜しくな」


 嘘を吐く事に痛みは感じない。生憎、清廉潔白には育ってきていないのだ。食べる為には嘘を吐く。生きる為には誰かを騙す。


 勿論、不要な事はしない。


 誰かを殺すなんてもっての外、店から盗むなんて非道もやらない。が、その身に染みついている生き方自体は、不誠実である。


 荷物をまとめて、支社近くにある長屋寮の自分の部屋へと走って戻る。


「ほげ」


 杜撰、ズタボロ、ゴミだらけ、酷い有様の部屋の真中に、若い女性が座っていた。


 見覚えの無い顔だ。顔、八九点。胸、九〇点。尻、一〇〇点。まさに見事、ここまでの女性にはお目にかかったことが無い。あとふとももも凄い。


 不思議な髪の色だ。角度によって色が異なる。金なのか、銀なのか、光の加減で虹色にもなる。身長は低めだ。肉付きはかなり良い。エルフ、ドワーフ、その辺りの血が濃いのだろう。かなり種族不明である。


 着ている服は……なんだろうか。どこのファッションとも言い難いが、エウロマナ系だろうか。修道女的であり、しかし妙に身体に張り付く程丈が短い。なんとも扇情的といえる。


 美人。めっちゃ美人だ……しかし美人なんていうモノは、大体ワケアリなのだ。


「顔認識。ノブヒデ・犬神。初めましテ」

「あ、おう。なんだ、姉ちゃん。どうした。ヒトの部屋だぜ?」

「貴方の依頼主カラ、共ニ調査するようにと、仰せつかった者でス」

「帝国語ちょっとヘタだな。そうか……てか、連絡受けたの、ついさっきなんだが?」

「はあ、そうデスね?」


 ノブヒデの額に冷や汗が流れる。


 依頼主は、当然遠方に住んでいるだろう。仲介は常に毎度違うニンゲンであった。

 部屋を観察する。

 元から荒れた部屋ではあるが、女性の周囲にある荷物やゴミが円状に広がっているのが見えた。


(ぶへ……転移魔法かよ。依頼主様、バケモンだなこりゃ)


 座標を指定した場所にニンゲンや物体を転移させる魔法。大がかりな術式を必要とするものであると聞いているから、今の今でそんなものを用意出来る筈も無い。


 つまり、依頼主は最初から転移魔法が用意されているような場所にいるか、依頼主の組織に用意を必要としない類のバケモノがいるか。どちらにせよ、依頼主の組織は碌なものではないだろう。


 気にしないのが一番だ。


「お名前は?」

「マージナルでス」

「んじゃナル子さん。ノブヒデだ。よろしく」

「はイ」


 帝国語が不慣れなのか、発音の節々に違和感がある。

 年齢は十代後半か。エルフの血が強い場合は分からないが……耳を見る。

 耳には……何か、カバーのようなものが掛かっていた。


「その、耳のは?」

「――……ツウシン……いエ。魔道具でス。これで依頼主様と連絡を取りまス」


「はー、そいつは便利だ。じゃあ今後はアンタを介せば、あの頭の中に喋る気持ち悪ぃやつ、無くなるんだな」


「お任せくださイ。では、ノブヒデ。早速追いましょウ」


 女……ナル子はスクッと立ち上がり、一人で外へ出ようとする。任務第一なのか、こちらの事情はお構いなしだ。


「メシぐらい食わねえと」

「直ぐ追わねバ」

「あのヒト等が出たのはつい二、三法刻前だろう。次立ち寄る村なんて決まってるんだから、そう焦りなさんなって」


 家財の類は据え付けだ。自分の荷物になるようなものは、鞄一つにまとまるようになっている。

 ヨージ・衣笠一行が目指す場所は分かっているのだから、そう焦って追いかける必要性が無い。腹ごしらえをして、馬車にでも乗れば十分だ。余程急ぐならば、それこそ空の便も有る。


「アンタさん、ご主人様から金預かってるか?」

「ありまス。どうぞ、お納めくださイ」


 といって、彼女は谷間から……何故谷間から……ともかく、賃金が入っているであろう小さい麻袋を取り出した。


「……結構だな」


 以前知らされていたよりも多い。つまり、旅費だろう。

 擦り切れていない大金貨五枚だ。途中両替商に寄る必要もある。


 どうにも、大帝国様はお金の質についてあまり頓着していないらしく、擦り切れた硬貨が多い。最近はやっと通貨の刷新を試みているようだが、長い間流通した硬貨と単位であるから、上手い事進んでいないように思える。


 他の事は大体先進的であるのに、この辺りは、イナンナー部族連合王国や大扶桑女皇国、エウロマナ共同王国にすら劣っている。お金も戦争になりえるのだが……などと心配した所で、帝国様は帝国様の王道を行くのみであろう。


「んじゃま、出るか。あー、一応だが。基本的にオイラの方針に従って貰う。依頼主的に不都合ならその都度言ってくれよ。あと、危険な事はしねえ。戦闘も避ける。紛争地帯には近寄らねえ。アンタさんは女だし、男相手の聞き込みもして貰うけど、良いかい?」


「はイ。その為の女性型でス」

「型……? まあいい。喋れる言語は?」

「主要五か国、他は要対応でス」

「才女だな。こいつは立派な相方だぜ。んじゃま、メシ食いながら行くかあ」


 ナル子を連れ立って、一年間世話になった長屋寮を後にする。

 定住先の無いノブヒデとしては、長くいた場所だ。


 もうこんな生活を続けて十数年。なかなかに気配り出来、必要な情報を得られる、という噂が裏側で広まったようで、常時依頼の中に身を投じている。探り窺う、という仕事から自らを『探偵』と称していたが、一般的な呼称ではない。他から見れば密偵そのものだ。


(火の神、竜精、更にはそれを殺すエルフか。なんか、きな臭くなって来たような、気がしないでも、ねえなあ)


 この村は特異点だ。今の世の中に無いようなものが詰まっていた。

 そしてそれを調べようとする組織がある。巻き込まれる前に逃げる準備だけは、しておいた方が良いだろう。


「アンタさん、好物は?」

「食事は、好きでス」

「あ、何でも食べるのね。良いこった」


 一先ず、美人の助手も出来た事だ。暫くは退屈しない日々が続きそうである。

 定住せず、嫁もおらず、ただヒトサマに探りを入れるばかりの毎日を、何故送っているかと問われた場合、答えは大体一つだ。


 自分の知らないものを見てみたい。これに尽きる。


 馴染みの店で飯を買い、ついでに別れの挨拶を済ませる。支社長はああ言ってくれたが、まず戻る事は無いだろう。田舎であるし、交通の便も悪い。ただ食べて行くだけならば困らないので、もし戻るとすれば、引退後だ。


 とはいえ、暫くと引退するつもりは無い。西に東に知らないものが有るのならば探ってみたいし、北に南に見た事が無いものがあれば、是非拝んでみたい。そういう性分なのだ。


 そのような意味で、ここ最近継続している依頼主からの仕事は、なかなかだ。


 信仰を失った村がどのような変化を起こすのかなど、まず他の村では見れないものであった。

 火の神に飲み込まれた教団がどうなるのかなど、詩人の詩か小説でしか知らなかったものを、直接見る事が出来た。


 更には竜精。ドラゴンメイド。本物の超存在。目撃したものは生きては帰れぬ、とまで言われるバケモノをその目にした。四元詞ではなく五行を専攻し、隠行をひたすらに練習した過去の自分を褒めたい。まさか竜精にすらバレないとは自分で驚きだ。


 そしてそして、何よりも、そのバケモノが死にかける姿と、そのバケモノを殺すニンゲンが居たという驚愕の事実だ。


(衣笠とか言ったか。古鷹の分家だな。偽名だろうが、完全に他人で衣笠はおいそれと名乗れねえなあ……古鷹本家に問い合わせるか? いやいや、波風は立てない方が、今は良い)


 衣笠、というと古鷹家というエルフの親玉めいた武家の分家だ。


 エルフの中でもバケモノ中のバケモノ。古鷹の現当主の、その関係者……ならば、四元詞纏しげんしてんを行使出来るのも納得だ。


「ノブヒデ、何を?」

「んあー、思い出した事、手帳に書いてんの。お魚サンド食べていなさい」

「おいしいでス、もぐもぐ」


 馬車に揺られながらサウザを目指す。彼等の行く道は大体推測可能だ。まずはサウザで手続き一式、買い出して旅の準備、それからの出発であるから、一日以上の猶予がこちらには有る。


「これから追うのは、エルフの男と、ふわっとした銀髪の神様と、スラッとした紫色で短髪の神様と、でんっとした乳の人間族一人だ。顔は街中で見つけて合致させるか。覚えるの得意?」


「それはもウ。ビビッと覚えられまス」

「才女だもんな。オイラはちょいと苦手だから、覚え事は任せるぜぃ」

「職務を理解しましタ。追跡に必要な物品などはありますカ?」


「樹石結晶を多めに。あとは保存出来る食糧。ナイフが草臥れて来たからそれも補充。あとは、煙玉作成用の魔化鉱物一式、獣人までに効く睡眠薬を幾つか。あと古い紙。百年超えてるのがいい」


「物騒でス」

「んだってアンタさんよ。相手が相手だ。話は聞いたか?」

「ヨージ・衣笠。既知の情報から推測すると、疑われた場合逃げられませン」


「そ。オイラだって多少は戦えるぜ? けどありゃもうそういう領域に無い。見つかって疑われた場合は全力猛ダッシュだ。アンタさん走るのは?」


「脚部にも自信がありまス。魔法も使えまス」

「魔法使いか。どこのだ?」


「……――少数部族の魔法術式でス。神には祈らないので、どこでも使えるのが利点。問題点は、大火力が出せない事でス」


「ま、大規模戦闘する訳でねえしな。便利ぐらいに思っておくか。あ、俺は皇龍樹式五行だが、逃げる、隠れる、式を飛ばす、呪う、ぐらいしか出来ん」


「戦闘、出来るのでハ?」

「そりゃアンタさん、拳一つだ」

「なんかカッコイイでス」


 ご先祖様から受け継いだ身体能力を駆使しての戦闘ならば、普通の軍人にも負けないだろう。ただし、魔法での殴り合いとなると防戦一方である為、その身体能力は逃げ足に生かされる。


「ノンビリした記者生活ともおさらば。またヒトを追いかける日々だ。対象が面白そうだから、別にいいけどよぉ」


「探偵、と名乗っているそうデ」


「おうおう、そうだぜ。まあ、ヒトサマの人生の隙間を探るのが好きだからな。それが商売になるってんで、名乗ってるワケ」


「楽しいのですカ?」

「いいシュミじゃないけどよ」

「いいエ。マージナル達の役に立ちまス。有能な密偵というのは探すのが難しイ」

「それ、ご主人様の評価?」

「はイ。お金を払っている間はまず裏切らないだロ、と言っていましタ」

「そりゃ保証する。じゃあ頼むぜ助手君」

「助手。私は助手」


「楽しくやろう。バケモノ追っかける事にゃ変わりないけどよ、何でも楽しくした方が良い……お、村が見えて来たな。おうい馭者くん、この辺りでー」


「へーい」


 でかいヤマだ。雇い主も金払いが良い。追っかける相手も面白そうだし、助手が美人だ。

 自分はなかなかに恵まれている、などと思いながら馬車を降りる。


「そうだ。あいつら追うのは良いけどよ、具体的にどうしたいか、なんて話、ご主人様から聞いてるか?」


「はい。ご依頼主様ハ『ヨージなるエルフの周りで起こる事を記録して送れ』との事でしタ。つまり、何でもかんでも、ご報告でス」


「りょーかい。んじゃま、行きますかあ」

「はイ」


 つけ回して、秘密を知って、一人ほくそ笑む。そんな誰にも誇れない仕事だが、好奇心には敵わない。危険であっても、未知を知る為の努力は惜しまないつもりだ。



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