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龍女皇陛下のお婿様  作者: 俄雨
ビグ村編
48/318

明日を目指す旅路2



「……そうなんですねえ……なんかエオには理解不能というか……意味不明というか……ええ!?」


 どうやら、ここは役場の医務室であったようだ。治癒神友の会の仮シュライン、綺麗になったなあ、とは思っていたのだ。

 兎も角、そんな医務室のベッドで、ヨージは口の中にヤケに尖ったウサギさんリンゴを無理やり詰め込まれながら、事のあらましをエオに聞かせる。

 彼女が意味不明、と言ったのは、女皇龍脈エンプレスコードと、女皇陛下についてである。


「そもそも占有根幹魔力帯オールドパルスラインなんて、本当に存在したんですねえ? 神話にしか出てこない単語ですよ? 具体的に言いますと『エルス半生書第三巻三章一六五頁』に有る『竜が言われた。この地のありとあらゆる力は大樹により育まれ、我等竜が占有するものである、この力とは即ち根幹の魔力であり、根源であり混沌である』とかなんとか」

「この身は、あのヒトに蹂躙され尽くしました。恐らく、一級の魔法使いや魔法研究家、大樹教幹部等が挙って小首を傾げて、人体解剖したくなるカンジになってます。まあ、元より特異体質ですが」

「あの、龍ですよね? 龍。扶桑雅悦の子。エオのような一般人民からしたら、つまり、ファブニール様とか、ミドガルズオルム様とか、そんな竜とお知り合いって事になりますよね?」

「ええ、まあ。浅からぬ仲でした」

「……仲が良いだけで、占有根幹魔力帯オールドパルスラインの使用権限を与えます?」

「リンゴ美味しいですね」

「話逸らした! 見てください我が神! 話逸らしましたよ!」

「うんー」


 エオがピーピー喚くが、リーアはさして興味が無いらしい。なのでさっさと話を更に逸らす。


「しかし、エオ嬢を村に残しておいてよかった。ついて来たら、死んでましたね、我が神」

「はー、え、そんなに」

「エオちゃん肉片になってたかもしれない」

「あ、よかったー、ついて行かなくてよかったー。でも、竜精は、本当に約束を守るんでしょうか」


 うまい事逸らせた。エオはもう少しヒトを疑った方が良いだろう。

 しかしそれにしてもこの疑問については、不明である。彼女が矜持を捨て、わたくしはニンゲンに負けました、などと喋る口が有るのならば、バレるだろう。

 だが、誇り高い竜精が口が裂けても言えないのではないか、という確信が有る。

 勿論、全て事実関係を伏せた上で刺客を送るぐらいは有りそうだが。


「そうだ。あの、そろそろ荷物をまとめて村を出ましょう。今無事であるのが不思議だ」


 リーアの治癒のお陰で、目立った外傷は消えている。身体を動かすには問題無い。

 ただし、女皇龍脈エンプレスコードのフィードバックで被った体内の痛みは暫く続きそうだ。

 これはリーアの力が足りない訳ではなく、全く別種、龍という規格外の力で受けた傷であるから、リーアの治癒が通らないのも無理は無い。

 あのヒトに何もかもを委ねたならば、当然被る傷ではないが、そんな不自由お断りだ。


「それだけど。アインウェイク、お話があるって言ってた。起きたら顔出せって」

「いやだなー。トンズラしたいなー」

「それが。凄い、なんというか、うーん」


 リーアが首を傾げる。神が頭を捻るような状態とは一体どんなものか。


「ところで、アレから何法刻経ちましたか?」


 そうだ。もうすっかり外は夕暮れである。昨日倒れたのであれば、丸一日以上寝ていた事になるだろう。竜精を退散させて一日無駄になるのであれば、費用対効果としては良い方だ。


「何法刻って。ヨージさん、三日寝てましたよ」

「わお」

「だから起きないって心配したんじゃないですかぁ!」

「それは失礼。思ったよりダメージが蓄積していたようですね」

「ううん、確かに最初は気絶だけど」


 リーアが首を振る。


「あとは過労」

「あー……」


 思い当たる節が……有り過ぎる。

 この村に来てからというもの、純粋に丸一日休んだという記憶が無い。常に狩りか、手伝いか、大型生物討伐か、護岸工事か……何かしらしていた。空いた時間も読み物に費やしていたので、睡眠時間は平均して三法刻あったかどうか。

 途中、リーアの水で繋いだが、それでも限界はあるだろう。


「――……皆は無事ですか」


 まあ、全て投げ打った上で、自分が生きていたのならば僥倖だ。問題は他に有る。

 新生雨秤教団は無事か。グリジアヌは。他の村人達は、あの後何も無かったのか。


「えーと、サウザ駐屯兵団はサウザに帰りました。村人達にも問題有りません。神ミュアニスと、ライセンさんも、神グリジアヌも無事です」

「素晴らしい。完璧じゃありませんか。僕が死にかけた以外は」

「今はお祭り中です。二日目です」

「お祭り……そんな信心深い行事をやるとは、ビグ村も普通になってきましたね」


 窓の外を覗く。いつもより多くの光源が辺りを照らしており、商店通りも賑わいを見せている。万国旗などどこから持ち出したのか、洗濯物のようにアチコチに引いてある。

 お祭り。その地域が主とする宗教、もしくは土着信仰を讃える行事だ。この村と言えば、もう十数年お祭りらしいものは開かれていない筈である。


「主催神は」

「主催は神グリジアヌですけど、主役は……あ、ほら」


 窓から身を乗り出して、エオが大げさに指さす。中央広場の真中に舞台が設けられており、そこに今、ミュアニスとライセンが上がって来た。

 あの一柱と一人では上手く宣伝出来ないだろうから、グリジアヌが主役に仕立て上げているのだろう。まったく、本当にお人よしだ。


「アインウェイク」

「……なんですって?」

「アインウェイクが、子爵領での新生雨秤教団を公認したの。新しい名前は『雨と治癒の光』。村神は、あとで選定だけど、豊御霊行方不明、グリジアヌ辞退、私も辞退だから、自動昇格」

「……雨と治癒……まさか。摂神せっしんとして我が神を置くと? というか、アインウェイクが許可を?」

「うん。だから、話しに来いって」

「はは!」

「え、何か面白いです?」


 どうやらあの計算高い男は、ヨージが思ったより腐ってはいないようだ。

 例えば一つのシュライン(この場合神の居住先もしくは儀式場)に神を祀り置く場合、そのシュラインのメインとなる神、つまり『主祭神』がいる。同じ場所に同じ宗教内の別の神を祀る場合はそれを『副祭神』もしくは『配神』という。

 摂神の場合はシュラインなどの場所ではなく、一つの宗教に『違う宗教、宗派から持ってきた神を祀る』場合を言う。

『雨と治癒の光』で例えるならば、主神が雨秤とミュアニスになり、別宗教から持ってきた摂神がシュプリーアとなる。

 宗教同士の業務提携だ。新興宗教が乱立するこの世界で、協力して信仰を広げる場合に用いられる概念だ。

 これを許すというのだから、アインウェイクは少なくとも、ヨージ達をどうにかしよう、などとは考えていないという答えになる。


「営業所が出来た訳ですよ、エオ嬢。我が神の、営業所」

「なるほどー……何するんです?」

「本社が無いのが悲しいですが、つまりこの地において、シュプリーアという神も布教して構わん、という事です。村神ではありませんが」

「わ、やったあ!」

「ま、何にせよ、やる事が沢山ある。あの二人は宗教素人ですからね。エオ嬢、紙の束と鉛筆と大樹教の資料と、その他諸々、仮シュラインに運んでおいてください」

「りょうかいです!」


 ビシッと敬礼を決めて、エオが飛び出して行く。これからアインウェイクに遭うにしても、彼女は嫌がるであろうから丁度良い。


「ウチの宗教名も少し変えないといけませんかね」

「変えなくて良いって。お話は進めちゃった」

「ほう」


 今まで、ヨージを抜きにして話を進める事がなかったリーアが、自ら経営方針を決めるとは、少し驚きがあった。いつもぼんやりしてばかりであると思っていたが、ここ数日で顔つきが少し、ほんの少しだけ大人になったように思う。

 あれだけのものを目撃し、体験したのであるから、多少の成長もあろう。


「……それで、雨秤と父君はどうされましたか」

「何も、してないよ」

「そうですか」


 竜精は退けた。自分も生きている。皆無事だ。アインウェイクも大人しくしてくれるようだ。

 だが、一番大きな問題が残っている。

 リーアの蘇生についてだ。

 そう、ヒトの生命の左右というのは、竜、もしくは龍の領分だ。古竜等はまずそのような事はしないが、十全皇はやる。戯れにやる。平然とやる。それはヒトの命を軽くし、ヒトの意味を軽薄にし、生命の価値観を破壊する行いだ。

 ヒトは生きて、ヒトは死ぬ。例え長命のエルフとて逃れえぬ世の理、これを踏破しようなど、考えてはいけないのである。

 しかしリーアはもうやってしまっていた。また、それによって自分は助けられたが、竜精に目を付けられて死にかけた。ヒトの生命を弄るという事は、両極端な因果が襲って来る事を意味する。

 まして『ヒトを癒せる力』と『ヒトを蘇生出来る力』では、その面倒臭さが違う。もしヒトに知られたならば、治癒神友の会なる団体は瞬く間に世界に広がるであろうし、瞬く間に竜精が飛んできて、殺すだろう。


「約束です。しないでください」

「……駄目?」

「駄目です。我が神。いいえ、シュプリーア。一人の少女として今は説きましょう。ヒトが死ねば、確かに悲しい。傷つくヒトもいれば、後追いするヒトも居るでしょう」

「それは、悲しい」

「はい。けれど、これは自然なのです。ヒトには必ず死が訪れる。ヒトの死によって齎される、ありとあらゆる事象は、全て流れのままなのです。これを逆行させる行いは、世界を壊します」

「話、大きくない?」

「いいえ。世界は壊れます。世界の死生観が。我が神、全く負担なく、ヒトを蘇らせたでしょう」

「うん。全然疲れない」

「殆ど代償も無く無尽蔵にヒトを蘇らせて、行く末に何があるか。ヒトの命が軽くなるのです。あ、どうせ蘇る事が出来るし、今死んでも良いかと。どうせアイツ蘇るし、今殺してもいいかと。貴女は、そんな無法な世界を望みますか。ニンゲンは、貴女が思っているよりずっと愚かだ。僕を含めて」

「……でも、死ぬのは悲しい」

「治癒と、蘇生は同じではありません。今生きられるかもしれない命と、もう終わった命では、途方も無い距離があるのです。医者は蘇生など出来ません。まして、燃えカスからね」

「私の力は、間違ってる?」

「それは違います。貴女に齎された力は、きっと必要だからあるものです。神の奇跡とは個神の個性。その存在意義。自己承認の具現です。だから、間違いなどでは、無い。けれど、多用するものでも無いのです。以前は不可抗力でしたでしょうが……もし、次に、僕やエオ嬢が死んだとて、使っては、いけません」


 嘘だ。しかし、こう説得する他無い。そも、前例の無い能力の使用頻度など、誰も分かる訳が無い。蘇生なんてものは、無い方が良いに決まっている。だが、彼女は持っている。前例を生んでしまった。

 竜種しか持ちえない力。どうして、齎されたか。


『兄貴――兄貴、俺は――』


(……ッ)


 深く考えると、嫌な記憶ばかりが蘇る。


「ごめんなさい。たぶん使う」

「……そうですか。分かりました。では、次使う場合」

「うん」

「誰にも見られない。誰にも喋らない。聞かれても答えない。これは守れますか」

「守る」

「特に竜精などが幅を利かせている場所では、見られていなくとも使ってはダメです。良いですね」

「分かった。よーちゃんの言う通りにする。それが、正しいと思う」


 落としどころだろう。それは有るものだ。有るのなら、使うだろう。今彼女に必要なのは使用の有無ではなく、ニンゲンという存在の価値の意味を知る事だ。

 決して、あのバケモノのように……十全皇のようになっては、ダメだ。


「少し強く言いましたね、申し訳ありません、我が神」

「ううん」


 頭を下げる。彼女は首を振ってからひょいと浮き上がり、ベッドに腰掛けるヨージの上に乗る。

 まるで餌が欲しい時の猫のようだ。


「あのね、よーちゃん。まずその、ごめんね。想像力が、ちょっと、足りなくて。本当は、もっと上手く出来ると思ったけど、出来なくて。フィアちゃんが出て来て」

「あれは無理です。仕方がありません」

「トドメも、止めちゃって」

「惜しかったですが、まあ、我が神がそういうのですから、信徒としては尊重したい所です」

「……みんなに死んで欲しくない。誰も傷ついて欲しくない。よーちゃんとエオちゃんには、もっと幸せになって貰いたい。私、家族になりたいの」

「家族、ですか」

「辛くても、苦しくても、家族の笑顔を見れば、元気になれるって。よーちゃんもそう。エオちゃんもそう。きっとこれから増える、友達もそう。痛いのは嫌。死ぬのも見たくない。幸せに、してあげたい」

「……難しい話です。我が神。けれど、貴女にはそれを手伝うだけの力がある」

「うん」


 抱き着き、胸元に顔を押し付けたかと思うと、ヨージを見上げる。

 美しく可愛らしい神は、何故か顔を赤らめていた。


「家族。友達よりも、色濃い繋がり。よーちゃん、家族は?」

「生憎」

「だから、私が家族。たぶん、この気持ちは、好きなエオちゃんとは違う好き」

「えぇ……」

「一緒に居て。これからもずっと。よーちゃんは、いつか、ふらっと居なくなりそうだから」


 これを、神のご加護と言うか、神の呪いと言うか。

 ヨージの考えなど、見透かしているのかもしれない。ヨージは、ここを出た後程無く離れるつもりでいた。何せあのヒトに見つかったのだから、今後もリーア達が無事であるとは限らない。


「それは、難しいです」

「駄目。ずっと一緒。何が有っても良い。あのヒトが、女皇陛下?」

「――お話しましたか」

「よーちゃんが、大好きなんだって。手放したくなくて、傍に置きたくて、そんなよーちゃんを奪う私を、バラバラに引き裂いて、魚の餌にしたいって、言ってた」

「アイツ……」

「だから、嫌って。渡さないって。言ったの。私の方が好きだから。それに」

「……それに?」

「私の方が、おっぱいが大きい。よーちゃんは、大きい方がたぶん好き」

「ぐぎぎ」


 十全皇の容姿を思い出す。見た目は一〇歳程度なのに、胸がやたら大きかったのは、その為か。見た目など何の意味もなさない彼女が、わざわざ対抗して胸を大きくして現れるというのだから、それはどこかニンゲン臭く、流石のヨージも、可愛い所があるではないか、などと考えてしまう。

 いやいや、と頭を振る。あれはツクリモノだ。


「ほら」

「ぬおっ」


 手を掴まれ、無理やり胸に押し付けられる。

 凄い。大きい。柔らかい。もにょん、ほよん、もみょん、としている。

 さわるじかんがながくなればながくなるほど、ちせいがけずられていく。あたまがわるくなる。


「でっかい……ハッ。我が神、いけません。みだりに男に胸など触らせては」

「でも、交尾するならこういう事もするって」


「ここ交尾ぃぃぃぃぃィィ!?」


「家族作らないと」


「ほおぉぉ?? 家族ぅ?? 我が神ィ??」


「んーと、生殖器……あった。あ、硬い」

「駄目です」

「あう」


 これはいけない。一体どこでそんな不埒な知識を得て来たのか。全くもって許されない。教えた奴は今からバラバラに引き裂いて川に投げ込み魚の餌だ。尊い尊い我等が神に、交尾などと口走らせ、あまつさえ行為に及ばせようなどと吹き込む奴は、絶対に許してはいけない。地の果てまで追いかけて追い詰めて恐怖の中殺さねばならない。


「一体誰からこんな事を教わったのですか許さんぞ僕は許さんぞ」

「よーちゃんが借りて来た本」

「左様ですか」


 ヨージは上着を脱ぎ棄て、傍らに置いてあった刀を手にして地面に正座する。


「短いながら幸せなひと時でありました。ではおさらば、我が神」

「だ、だめ、ダメ」

「止めてくれるなあぁぁぁッッ!!」

「だめ、もー! ダメだってば、なんで死にたがるのー、もー!」

「あ、ヨージさん! 荷物はミネアさんが届けてくれるそうです。こっちに! ここに居る間は役場三階の空き部屋を使って良いそうですよ! やった! あ、なんでまた死のうとしてるんですかーーーウリャッ!」

「ぶべっ……ッ! うううぅぅぅ……ッ」

 突如として部屋にエントリーしたエオは、以前と違って強い子になっていた。勢いのまま、ヨージの顔面を蹴飛ばして刀を取り上げる。なんだその凄い蹴りは。本当に修道女か。


「おー」

「これアブナイから没収です! 没収! というか我が神、おっぱい出てます! まさか、ヨージさんに……?」

「あー、うーんと……うん」

「ええ!?」

「これって振り下ろすと死にますかね? ヨージさん」

「ひえっ」


 どうやら本当に強くなったようだ。



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