この世に竜在りき2
「冗談みたいな相手です。しかしお覚悟を」
「では、いざ」
刀を構える。
覚悟を決める。
切り札を切る。
奥の手に手を伸ばす。
「"全種保持魔力解放""全種魔力供給穴開放""太古よりの契約は未だ健在なり""我が名は青葉惟鷹""武神の末裔此処に在り""今こそ、その御力をこの身に宿したまえ"」
六項。一項唱える毎に、血管が膨れ、亀裂が走り、全身が裂けてしまいそうだった。
内在魔力を供出、これを呼び水として、外在魔力を強制的に取り入れて行く。その負担は、通常の魔法の七倍にも及ぶ。
本当に死ぬしか無い場合のみに使う、自滅魔法に近い。
「これは驚き。皇龍樹道式エンチャントの最上位ですわね? これは初めて見ますわ」
「"我が腕を通じて来たれ""爆ぜよ"『四元詞纏』」
総計九項。四元素を武器と『身体』に付与する、戦闘魔法科学における最上位エンチャント・スクエアだ。付与先の武器は魔力供給量に応じて属性が相乗相克し続け、爆発的な威力を生み、その身体は肉体の限界を飛び越える。
公には神の戦争行為は封じられているものの、大樹教に加盟しない国家、辺境国などは、当然のように神が戦場に投入される。世界に版図を広げる扶桑国が、条約を守った上で神を用いずこれを如何に打破するかを考えた結果に生み出された、個人における最大の魔法だ。
勿論、戦争であるからには大人数で、大量の魔法と魔撃銃、魔砲を投入すれば、神とて殺せるだろう。
そう出来ない場合、個人が最期まで足掻く場合の、必殺である。
「ずっ、あぁぁぁッッ!!」
踏み込む。
四元素を纏った身体、その速度は実際ニンゲンが動ける範疇をおおよそ飛び越えている。
足元の土は蹴り上げられて後方を吹き飛ばし、音速の壁を破った衝撃で大気が歪む。
刀のその一振りが竜精フィアレスの首を捉えた。
「!!」
一刀による横一閃。
刃はすべらかに、フィアレスの首を通り抜けて行く。
「――ッ! 獲った!」
「……――あはは」
が、しかし。
ボトリと落ちた首は、生きていて当たり前だと言わんばかりの顔で、こちらをジッと見ている。しかも、それは笑うのだ。
面白そうであった。愉快そうであった。
この世に、こんなに面白い事があっただろうかと、言いたげであった。
「くっ!!」
予断無く次の一撃を加える。
生物ならば、当然首が落ちた時点で終わりだ。だがコイツは竜精だ。ヒトの理の外に居る、正真正銘のバケモノである。
ヨージは刀をすぐさま切り返えし、その心臓を貫く。
「初動に反応出来ませんでしたわ。なんて技量。なんて鮮やか。誇って構いません。笑って構いません。貴方は天才。あと一〇〇年も生きれば、アインウェイクなど一瞬で斬り捨てられるでしょう。素晴らしいですわ」
「化け物め――ッッ」
心臓を貫いた刃を、首が落ちた身体で受け止め、手で握りしめている。どれだけ強化した身体であろうと、コレを弾いて後ずさる事は出来なかった。動かない。ビクともしない。
「約束、違えてしまいそうですの。これは惜しい。わたくし、貴方を殺したくありませんわ。そこの神を一柱サックリ殺して、貴方は、どうでしょう、わたくしの下で働いてくださらないかしら。三〇万年程生きていて、ここまでされたの、初めて」
「ぐっッッ!!」
フィアレスが刀を押し返し、ヨージごと弾き飛ばす。
胸に穿たれた穴は即座に修復され、事も無げに自分の頭を拾い、首に乗せる。
「……本名は、青葉惟鷹と?」
「げふっ……は、ふっ……」
「よーちゃん、手出して」
「ありがと、ご、座います……はあ、ええ、もう、捨てた名ですが、ね」
「そう……あの、惟鷹さん。本当に本当に、ここで死んでしまいますの?」
「死にませんし、貴女には下りません」
身体を癒し、支えてくれるリーアの手をヒシと握り返す。
その姿を見たフィアレスの、その形相をなんと表現したものだろうか。
怒りか、悲しみか、虚しさだろうか。
憂いを含むその表情は、とても、今殺しあっている相手に向けるものではない。
「折角神を護るヒトとの戦い。古来からの習わしとして、力は抑えて、何合かやりあって、最後に殺すようにと、考えていましたの。だって本気を出してしまったら、何もかもが消し炭……面白くありませんし、情緒が無い」
「何が言いたいのです、竜精」
「あっ……あの。ええ。その……つまり……貴方は、『ソレ』が居るから、戦うのでしょう?」
「そりゃ、そうです」
「では、消しましょう。なんだか、とても不愉快ですの」
「約束は守られないのですね」
「ええ。だって、貴方も守っていませんもの」
ジリッという痛みが首筋に走る。
全身から、魔力という魔力が抜けて行く。
「げはっ、ぶッ……しまった――そうか、くそ、畜生!! なんて間抜けだ!!」
ヨージの首筋にあるもの。それは『豊御霊』と交わした、契約の証だ。
三か月の間、互いに対する妨害の禁止。
豊御霊が豊御霊ではない、という問題は、契約の龍には通じないと見える。
「当然のお話ですけれど、この契約なんてものは、わたくしには通じませんの。御免なさいね」
「最初からフェアな取引じゃあなかったって事ですね……ああ、ダメだ、それは、困る」
「良いじゃありませんの。貴方は抵抗出来ない。つまりもうわたくしと争う事は無い。この神を処理して、貴方は生き延びる。そうしたら、是非一緒に」
「お断りします、しつこい女性は、嫌われますよ」
「いいえ。いいえ。生憎、わたくしがしたいと思った事は、全て叶えられてきましたの。何せ私は財宝竜の娘。財とはつまり願いの全て」
「――……」
ギチリ、と歯を噛みしめる。リーアは気丈にも、フィアレスを睨みつけていた。
彼女の選択は間違い無い。本来ならば全て上手く行った筈なのだから。あらゆるものの価値を平らげてしまう、竜精という存在が悪いのだ。
「我が神。貴女が責任を感じる事はありません」
「でも」
「これは仕方が無い。全て、僕の判断ミスです。『あとで』叱責してください」
「――よーちゃん……?」
思えば短いながらも、初めて自分というものを、実感出来る日々であった。
「願いは叶う。わたくしの性質はソレ。では、ご清聴くださいな」
血の気が多く、荒れに荒れた時期がある。
強い自分、権力を持つ事を夢見た頃もあった。
そうして、戦いに明け暮れ、辿り着いた先に現れた存在に、ただ畏怖し続けた。
あの存在。
かのヒト。
かの龍。
天禊国禊八百柱大御神。
あのヒトに支配される人生であった。
「"我は万物万象の礎を敷く者なり。世の基底にして根幹なり。謳わば聞け、嗤わば嘆け、一縷の望み無き其の命運を心に抱き知れ。竜の言の葉は天を地を人を統べ、神を統べる遍く世の秩序也。その真意は大樹と共にあらん。是を紡ぐ者の名は、フィアレス・ドラグニール・マークファス。滅びえぬ竜の宝物"」
大統一呪文。一切の区切りなく、段階を踏まず、根幹魔力帯から一気に力を引き上げ圧縮して放つ、何もかもを滅ぼす超衝撃魔法だ。
神話の一撃。
世界を滅ぼす竜の光。
――粛正魔法極限執行
「後とは言いましたが、以降は長く、一緒には、居られそうに無いのです」
リーアが強く手を握り返す。
もう誰にも支配されたくは無かった。だが、積み上げてきた罪悪、自業自得の咎は、決して逃れられないものなのだろう。
大変だったが、良い一か月であった。
奥の手。
自らを滅ぼすエンチャント・スクエア、これも確かに、奥の手だ。
神以上の存在と渡り合う事など念頭にはおかれていない業であるから、当然と言える。
しかし、ヨージにはまだある。
身を亡ぼすよりも、恐ろしい最期の手だ。
「油断、慢心。竜種にのみ許されているのでしょう」
「ええ。君臨してこそ、竜ですもの」
「しかし、魔力の回し方を間違えた。全力で回復に回すべきだった。しかも貴女はもう、呪文を唱え終えている。回復に充てるキャパシティはない」
「まあ詳しい」
「そういう魔法ですものね、それは。僕が、何の考えも無しに、契約に配慮せず、貴女の首を落としたとお思いか」
「――まあ、演技でしたの。実に迫真。確かに、首は見た目が繋がっているだけですわ。とはいえ、もう終わりでしてよ。この指から放たれる一撃は、神だろうと跡形も無く消し去ります。ご安心を、他の姉妹と違いまして、わたくし、土地ごと吹き飛ばしたりはしませんの」
会話を許すぐらいの余裕。
自分が死ぬ筈が無いという自信。
それは竜精が竜精である、証でもある。
彼女は間違えてなどいない。ニンゲンが幾ら足掻こうとも、神が死に物狂いになろうとも、勝てる相手ではないのだから。
ただし、ここに限っては違う。
「ヨージさん。何を?」
今こそ。例え、あのヒトに縛られようとも。
例え、あのヒトに授かった力だったとしても。
新しい生を与えてくれた、この神をこそ、護りたい。
「女皇龍脈――ッッ!!」
刀を地面に突き立てる。
「は……あ――……!! ドラゴマギ……」
「遅い!! 接続――ぉッッ!!」
ヨージ・衣笠の世界が変わる。
この世の法則を、その手で捻じ曲げる。




