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龍女皇陛下のお婿様  作者: 俄雨
ビグ村編
42/317

神此処に在りて



 不甲斐ない。許してくれ。

 彼はそのように言って頭を垂れる。私はそのような事は望んでいないのに、彼はそうする。

 心優しいヒトだ。遠方から来た神官は、私を見るなり感嘆の声を上げてくれた。こんな山奥で、勝手に産まれ、一人木々と水面を見守るばかりの生活だった私に、彼は信心を捧げてくれた。

 麓の村で村神になろうと声を掛けてくれたのも彼だ。不器用ながらも、一生懸命手を尽くしてくれていた。

 何もなかった私。ただ、荒ぶる父を宥めるだけだった私は、神ではなく、神様となった。

 彼を愛しく想い、彼が受け入れてくれるまで、時間はかからなかった。

 大衆に紛れる神という、世間一般の存在となった私は、幸せだった。

 村は決して私を崇めたりしないけれど、彼と家族、そして少ない教徒に囲まれ、子にも恵まれた生活は、幸福と言う他無い。

 愛しい彼。

 愛しいミュアニス。

 多くは望まない。望む気も無い。

 ひたすらに、彼の寿命が尽きてしまうその日までは、穏やかな毎日を送りたいと、願ってやまなかった。

 けれど。

 私は所詮、たった一つの泉を依代とする力無き神。膨大な潜在的神気を持つ父を抑えきるだけの器は無かった。

 終わりは、思っていたよりずっと早く訪れる。

 父の覚醒が近い。

 父は荒ぶり、その神気を高めて行く。信心無き私では、とても抑えきれない。でも、このまま何もしない訳にも、行かなかった。


「父よ。神インガよ。私は、名を授かりました。家族が出来て、子供も出来た。何もない者であった私ですが、今は一人の神様で、また母なのです。私には、明日を慮る気持ちがある。どうか、また眠りについてください」


 分かっていた。私では父には敵わない。

 どうか、神の身で、先立つ不幸を許して欲しい。

 ああどうか、皆無事であって欲しい。

 嗚呼、どうか。

 死にたくなんて、ないけれど。


「――死にたくない」


 死にたくない。

 折角手に入れた幸福を、手放したくなんかない。

 アナタ、ミュアニス……私は――。

 ……。

 ……。


「あら、もう燃えカス。神気も消えてしまいそう。でもまだ意思はありますのね」

「……――あな、た、は」

「逃げたって構いませんのに。心優しい神ですこと。そう。ヒトの命を重んじ、幸福を願う、神の鑑ですわ。お役目ご苦労様。では機会を。ただ滅ぶのは、忍びないものですものね?」


 女性の声が聞こえる。

 神?

 いいや。

 きっと、まるでヒトとは価値観の違う彼女の慈悲なんてものは、まともではない。

 だから止めて、止めて欲しい。

 あのヒトと、娘には……あのヒトと娘だけは……どうか――。

 ……。


「機会は平等に。何事も公平に。争いになる前に、終わってしまうかもしれませんけれど」


 ……。



 神此処に在りて



 山全体が暑い。明らかに早朝の気温ではなかった。夏の山と勘違いした蝉が木に這い上がるぐらいには、間違っている。

 確かに、少なくともこの近辺における主導権はミュアニスに渡ったであろうが、敵の本拠地となれば幾許かの余裕も有るのかもしれない。ヨージ達は額に流れる汗を拭いながら登山を続ける。

 分の悪い賭けだ。本来ならば、乗りたくはない。ただリーアの言うように、アインウェイクからは逃げられない。もしここで約束を反故した場合、あの男は地の果てまでヨージ達を追うだろう。そうなれば、治癒神友の会は瓦解、当然命も無い。

 生きる為の道が、死出の道であるなど、本当に笑えないものである。


「神ミュアニス。ライセン殿。大丈夫ですか」

「ええ」

「はい」


 エオは置いて来た。相当にゴネられたが、流石に火の神相手に何か出来る程彼女も頑丈では無い。今は役場に残って、ミネアと新生雨秤教団を祀る場合の手順や作法などを指導している。

 流石はエオで、旧雨秤教団の手引き数冊を半法刻で丸ごと記憶して指導しているのだから恐ろしい。それが果たして今後、村の利益になるかどうかについては、また別だが。

 本来ならばライセンも村に留まらせる筈であったが、それは彼が頑なに拒んだ。


「特にライセン殿。少年には重すぎる荷です。インガが近くなったら、必ず離れてください」

「僕の事はお構いなく。どちらにせよ、不味い事になったら皆死ぬでしょう」

「そうですが」

「ミュアだけを置いて生きられない」

「ら、ライセンったら……」

「ぬぅ」


 若い決意に中てられて邪悪なヨージが身を捩る。命知らずは若者の特権である、是非行使させてあげたいのだが、足手まといだけは勘弁願いたい。


「……手筈通りにお願いします。今ここにおいて運命の分かれ道が二つある」


 グリジアヌが解放されている場合と、されていない場合の二つだ。現状はどうあっても、あちらの主戦力はグリジアヌだ。これが前に出ていた場合、ヨージが引き受けて時間を稼ぐ事になる。その間リーアとミュアニスが火の神を打倒、ないし封印する。

 解放されていた場合は問題無く、ヨージを加えた一人と二柱で火の神の封じ込めを図る。都合が良ければ三柱だが――答えは直ぐ先にあるだろう。


(それにしても、残滓が居ないな)


 希望的観測ではあるが、残滓が無いという事は、グリジアヌが自由を取り戻している可能性がある。兎に角今は一つでも、良い事を見つけて前に進まねば気が滅入りそうだ。


「そろそろですね。なるべく静かに」


 一法刻半かけて山を登り、漸く元雨秤教団の集落に辿り着く。昨晩と同じくヒトの気配は無く、時が止まっていた。


「ここまで来ると、本当に暑いですね……水場は……えーと……」


 咄嗟に雨秤の依代たる泉を思い起こしたが、近くにミュアニスの父の遺体がある事を考えると、あまり近づきたくはない。道中汲めれば良かったのだが、まだ残っている残滓を避けながら、ヒトが歩ける道を辿りながら、であるから、なかなか補給出来なかった。


「雨秤の聖地があるわ。そこで汲みましょう」

「あーと。そちらはですねえ……」

「何か不味いのかしら?」

「……お父上、と思われる方の、遺体があります」

「……――では看取らないと」


 そうだ。今更、ニンゲン如きであるヨージが、本来神としての役割を持ち始めたミュアニスの気持ちを慮るなど、不敬な話だったのかもしれない。

 ミュアニスは躊躇い無く泉まで足を進める。


「ライセン殿、水汲みお願い出来ますか」

「分かった」

「あと、我が神」

「んー」

「依代の水の神気、保持する事は可能でしょうか」

「やってみる」


 今は神無きとはいえ、元は雨秤の依代だ。もし、リーアがあの火族残滓の種火のように力を保持出来るならば、高いアドバンテージを得る事になる。インガの完全滅却は不可能に近いが、現状のインガをまた散らせる事は可能だろう。

 弱っているならばミュアニスとて貢献出来る筈だ。

 どうあっても属性相性はこの世界における絶対的な理である。だからこそ、大樹教は火を恐れたのだろう。


「神ミュアニス」

「……これ、お爺様だわ」

「――なんと。判別がつきますか」

「ええ。この衣装にある刺繍、親族は個別のものが縫われているの。これはお爺様のもの……可哀想に、お爺様」


 ミュアニスが手を合わせる。親族が死んだ事に変わりは無いが、では父はどこへ消えたのか。一人この地獄を逃れたか、はたまた、インガの人身御供とされたか。この状態ではどの可能性でも悪い方向しかないだろう。


「配慮、感謝するわ」

「いいえ。ご冥福をお祈りします」

「……父はね、とてもしぶといヒトよ。扶桑に居られなくなって、家族でここまで逃げて来たんですって。元から神官だったようだけれど」

「なるほど。それで祭祀形式も皇龍樹道式なのですね」

「ここで、母に出会って、恋をした。ワタシは、その証明。この泉も、この土地も、家族とワタシの尊い思い出。巻き込んでしまって、御免なさい」

「僕の自業自得です。イマドキ、神様の居ない村なんてある筈も無いのに、ひょいひょい釣られて毒蛇の壺ですよ……けれど、もしこれからも生きる事を念頭とするならば、村は出た方が良い」

「……ライセンと、決めるわ。有難う」

「いいえ」


 それは現実だ。

 ヨージ達が勝利した場合、アインウェイクの悪事は竜精にバレる。その場合この土地もアインウェイクも消える。

 ヨージ達が死んだ場合でも、火の神が居るという噂は必ず広がるであろうから、アインウェイクは無事でも、この土地は消える。どちらにせよ、この土地に未来は無い。

 土地と心中するというならば、ヨージに止める意義も術も無いのだ。


「よーちゃん。持てたよ」

「それは僥倖。我が神、その力ばかりは、あまり他の方にはお話しないでくださいね」

「ん。秘密秘密」


 神と残滓、かけ離れた存在とは言わないが、それでも規格の違う力を扱えるというのは恐れ入る。本当に予想外の力だ。出来れば良い、程度で考えていただけに、この力が戦術に組み込めるのは頼もしい。


「ライセン殿。水は?」

「うん。大丈夫。じゃあ、行くんだね」

「ええ。なんとかしましょう。もう近くですから、音を立てず、静かに」


 これだけの準備が整ったならば、不幸中の幸い、状況的に下の上。活路も見いだせるというものだ。


(頼みますよ、グリジアヌ……神ならば根性見せてください)


 山の中は暑く、虫の鳴き声一つしない。

 リーアを先頭、ミュアニスを後方に配し、件の洞窟へと足を向ける。距離はさほど無い。

 グリジアヌが居るならば、もう目の前である筈だ。一端足を止め、周囲警戒。

 残滓が居ない。

 居ないが、彼女は居た。


「駄目か」


 多少の落胆が有る。

 洞窟の正面、そこにはグリジアヌが、神器を片手に立っている。インガの力が衰えた所で、操作は外れなかったのだろうか。

 だが最悪、洞窟前には残滓が大量に配置されているのではないかと予想していただけに、拍子抜けとも言える。

 グリジアヌが気が付く。

 どう出るか……全員が構えた所で、奴は手を振った。


「おうい」

「……グリジアヌ?」

「おう。あー、うん。大丈夫だ、そう構えるなって」


 操作が外れているのか、はたまた演技か、確証は得られない。だが昨夕とは状態が違うと見える。顔の紅潮は無く、辛そうな顔もしていない。


「グリジアヌ。流石に信じろ、というのは無理です」

「そりゃそうだ。どう証明するかなあ」


 グリジアヌは小首を傾げ、顎に手を当てて考え始めた。どうやら本当に正気であるようだ。

 しかしヨージがそう簡単に納得もしない。


「幾つか質問を、グリジアヌ」

「ああ」

「火の神インガは……そこに坐すのですね」

「居る。良く名前知ってんな?」

「酷い目に遭いましたからね。そして今も酷い目の為にココに居る」

「あー、そうか。アインウェイクの奴、出てきやがったか。で、アンタ等が差し向けられたのか」

「ええ。貴女は正気に見えますが、しかし何故そこで門番のような真似を?」

「だから、アインウェイク待ち構えてたんだよ。まさかアンタ等が来るとはなあ」

「……事情が分かりません。説明を、神グリジアヌ」


 敵意は無い、として神器を中空に放って消すと、彼女は胡坐をかいて座り込む。どうも、こちらとは違う事情がある様子だ。

 ヨージは一人と二柱を残し、自分で歩み寄る。グリジアヌの背後からは確かに熱気を感じるが、しかし、昨夕程の脅威を感じない。


「頭から話すか……アタシな、巫女神なんだよ。力があるのは、付随品みたいなもんで」

「巫女……巫覡ふげきですか。神の身にして」

「東方のアンタなら詳しいか」


 西国にも当然あるが、大陸東国、そして扶桑などのような国、また大樹教の影響が少ない国などで多く見られる、神の代弁者が巫者だ。

 神が現に存在しているのに何故代弁者が必要かと言えば、神の形に問題がある。

 受肉した神は自ら対話し、奇跡を発露し、皆に見せる役割を自分でこなせるが、概念に近い神、自然現象に近い神などは言葉が伝わり難い場合がある。これを代弁するのが巫者であり巫覡である。

 また、シンボルを通じず、ヒトの身体を借りて遠方の信者に言葉を届ける場合もあるので、この役割を担う者も同じとされていた。

 では巫女で神とは何か。


「うん。放浪神でさ、一定の場所には留まらない。あちらこちらと国を渡って、隠れちまった神、亡くなって神気だけになっちまった神をこの身体に降ろして、元信者を慰めて歩いてる」

「それは――尊い役割ですね。いえ、素晴らしい……そうか、なるほど」

「ああ。ここの神が消えちまったってんで、ウワサを聞いて来てみた訳さ。そこで雨秤を降ろして、事情を知って……その、な?」

「……村議会を脅す為に、村に残滓を呼び込んだんですか」

「頭に来るだろ。幾らなんでも。あんな理不尽、なんで許されるんだ。だからまあ、村には多少痛い目見て貰ってさ、一時アタシが村神になって、信心何たるかを教えてやるつもりだったんだ」


 つまり、義憤。

 この神は雨秤の非業の死を知り、村を許せなかったのだろう。残滓を操り、村を襲わせ、神の必要性を説こうとしたのだ。当然、自分で操っている残滓であるから、被害も極小に留められる想定だったのだろう。


「しかし、上手く事は運ばなかった訳ですね」

「ああー。お豊が来てなあ。それまで大人しかったインガが、目を覚ました」

「……な、に?」

「アイツ、今どこだ? アインウェイクの野郎と通じてると思ってたんだが」

「ま、待ってください。ええと、ええと、まず、貴女です。貴女は今、正気ですね。インガに操られたのは」

「巫女神の性質だな。一時乗っ取られて、村を破壊しろ、とか、燃やし尽くせ、とか命令してきてさ。アタシ自身は跳ね退けたつもりだったんだけど……どうも微妙に一部支配されてたみたいで……その、吹っ飛ばして悪かったよ」

「いえ、問題、ありません。そして貴女は僕を吹っ飛ばし、昨晩から残滓を操り村を襲わせた」

「その様子なら、問題無かったみたいだな」

「問題だらけですが、一応。それで、今は」

「ああ。インガの力が急に弱まったんだけど……なんか知ってるか?」

「それならば」


 ミュアニスに視線を送る。彼女は小首を傾げてから、手を振った。


「土地の支配権を、一部ながら彼女に移しました。村人達に無理やり信仰させましてね」

「うげー、アンタ馬鹿じゃねえの。すげえ、そんな事したのかあ……あ、んで、弱くなったんで、操作が離れた訳だ」

「ええ。そして、貴女はそこで……アインウェイクを待ち構えていた……?」

「そっ!」


 事情を整理する。

 グリジアヌはただの巫女神であり、雨秤の非業を知り、義憤に駆られて村神に収まる事を決めた。そんな中、恐らく雨秤教団に顔を出した際に火の神インガに支配を受け、残滓で村を襲わせてしまった。

 今は力が弱まり、グリジアヌも正気であり、冷静に、アインウェイクを待っている……?


「そう、そうです。豊御霊尊。彼女は、どこに。何の為にこの村へ?」

「目的は知らんね。ただ、アタシがこの村にやって来てから直ぐ、アイツがインガの気配を漂わせて山から下りて来た。ああ、そういうの敏感なんだ、アタシ。だから何かしらを仕掛けたであろうってのは、分かったから、仲良い振りして探ってたんだけど、結局不明だ」

「それと、アインウェイクが何故繋がるのでしょう」

「勘? インガがアタシに無理やり入って来た時、アイツの意識も幾つか入って来た。インガを殺したのはアインウェイクだし、この村の惨状だって、アイツが勝手したからだろう」

「まあ、そうです」

「うん。だから、もしアインウェイクが、お豊を通じてインガを目覚めさせたってんなら、処理に来るのはアインウェイクだろう。地主神は不死だからさ、定期的にガス抜き……つまり形になったものをぶっ壊して、また散らさなきゃいけない」

「豊御霊尊は、力なき神を具現化させるだけの力があると」

「珍しいっちゃそうだが、無くもないだろ、年寄みたいだし。いきなり火の神が目覚めるより、意図的に目覚めさせて定期的に破壊した方が、安全。だから、アタシが退治に来るだろうアインウェイクを待ち構えて、倒せないまでも、一矢報いてやろうってね」


 アインウェイクの笑い声が聞こえるようだった。


「あ、あんの野郎――ッ」

「うわ、ヨージが怒った!」


 奴は、何もかも分かっていながら、こんな茶番劇をさせているのか。

 何が信仰の使徒だ、何が信心の証明だ、何がもう命など考えていない、だ。

 ふざけた話だ、保身に塗れた策謀ではないか。

 流石のヨージもこめかみに青筋が立つ。

 子爵でなければ確実に責任を取らせてやるところだ。


「はあ――それで、インガは」

「もう戦う力、無いんじゃないかな。強制的な覚醒だし、そりゃ最初は強かったかもしれないけど、時間経過で劣化、今はこの通り、そこのお嬢さんに信仰取られちゃってるし」

「……分かりました。神グリジアヌ、僕達はインガを霧散させに来ました。通して貰えますか」

「いいよ。そうしなきゃ、アンタ達殺されるんだろ? 死にかけの神より、生きてるニンゲンさ」

「感謝します、神グリジアヌ」

「神ってつけるなって。なー、一仕事終えたらさ、アタシもアンタ達の仲間に入れてよ」

「ぐっ……か、考えておきますから、少し離れて――」


 粗方、問題の本質は理解した。

 この度の事件は、丸ごとアインウェイクの仕業であり、雨秤の死も結局、奴の所為だ。信心が云々などと抜かしながら、自分の咎を覆い尽くす為に四方八方手を尽くしている。実に頭に来る話だ。

 もう既に、この後が心配だ。本当にインガを散らした後、アインウェイクは治癒神友の会に手を下さないのだろうか。ここまで来たのだ、仕事はしよう。だが、いつでも逃げられる手筈は整えておかねばならない。

 全く憂鬱である。最悪、アインウェイクを押し留めている間にリーア達には逃げて貰う他無いか、などと考えながら重い腰を上げ、リーア達に合図を送る。


「――お豊。何しに来やがった?」


 だが、しかし。その合図は空を切る。

 後方で控えていた一人と二柱が、動けないでいる。

 豊御霊。

 そうだ、豊御霊だ。

 一体どこをほっつき歩いていたのか。

 アインウェイクからの依頼を受け、インガを顕現させたとすれば、間違いなく敵側だ。

 インガが絶好調であったならば多少の苦戦も強いられたであろうが、今は万全のリーアとグリジアヌが居る。

 リーアは兎も角、戦神を名乗るグリジアヌに真正面から戦って勝てる神など限られるだろう。それに、ヨージも手が空いている。支援出来れば呆気も無く退けられる。

 そうだ。

 問題無い。

 振り返る。


「――――あ、、、」


 視界に入った。豊御霊だ。


「――……嘘だろう、アンタ……マジかよ……ッッ!!」

「グリジアヌ、下がって――」


 そこには豊御霊――確かに、豊御霊だが――明らかに、気配が、違う。


「ごきげんよう」


 全身が総毛立つ。この気配を知っていた。


 それはヒトではない。


 そして神でもない。


 世界の法則を、その手腕一つで捻じ曲げるだけの力を誇る『何か』だ。


「困りますわ。そんな簡単に、片付けられてしまっては。折角、時間をかけて用意した場所ですのに。楽しんでいって貰いませんと」


 ふくよかな身体を扶桑の伝統衣装に身を包んだ、謎の豊穣神。

 東国の神。の、筈だ。

 では。


 では、では――何故――その背に――『翼』を生やしているのか――――


「シュプリーア!! 離れて!!」


 絶叫する。過去の記憶が想起される。

 それは理不尽の形。絶望の具現。


「そいつは!! ――――竜精ドラゴンメイドだッッ!!」


「はい、ご名答」


 翼が広がる。その一薙ぎ。そこには暴風の化身が顕現した。



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