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龍女皇陛下のお婿様  作者: 俄雨
ビグ村編
41/343

既知の知5



 これからが忙しい。

 通りがかりで、近くに控えていたライセン、ガンゼイ、そしてミネアに合図を送る。


「な、なんだありゃあ!!」

「凄い炎だ……みんな!!」

「ああ、こういうの苦手……うー、あ、あれは何!? 火、火だわ!!」


 と、さっそく協力者達が騒ぎ立て始める。火族残滓の災禍を目の当たりにしたであろう人々が、挙って家の中から飛び出してきた。


「何事だ」

「南西班はどうした」

「連絡。火の勢いが強すぎて、近づけないそうです。明らかにニンゲンの起こした火ではない。火族残滓でしょうか」

「仕方ない。中央集結! 中央への道路封鎖! 精鋭班は集結後目標に攻撃を仕掛ける!」

「ハッ」


 駐屯兵達も流石にプロだ、突然の事でも冷静さを失わず適切な対応を取っている。

 だが適切故にヨージの思う壺だ。


「隊長! 馬が動きません!」

「何ぃ!?」


 水魔法が得意ではないヨージの催眠魔法だ。

 戦場のような場所でもサクッと寝る為に覚えたものなので、残念ながら極端に威力が低く、動物以外の他人には効かない上に長時間持たない。が、今足止めするだけならば十分である。あの鎧で村の中を駆け抜けるのは、さぞかし骨が折れるだろう。

 ヨージは闇の中を駆け抜け、先ほど絞った三天結界のウィークポイントに到着する。

 巨大な炎が迫る中だ、兵士達はせわしなく動いており、起点でもない場所に当然ヒトは居ない。


(どれどれ)


 タイミングを計る。何事も演出だ。


『聴け、愚かなるニンゲンどもよ』


 どこからともなく声が聴こえる。それは近くに置いたリーアの仮シンボルから響いていた。これが各地に撒かれており、そして声を皆に届けるのである。

 なお、声はだいぶ大人びて聴こえる。普段のゆるーいカンジではないので、本人の声と言われてもまるで分からない。


『貴様等は我を殺し、偽りの治世を手にし、神への畏怖を忘れている。ヒトなんたるか、神なんたるかを今一度、この地に示さん。我が名はインガ。積年の恨み、受けるが良い……(こんなかんじー?)』


 我が神のボケがちょっと入ったが、いやいや十分だろうとして、ヨージは結界に手を差し込む。

 魔力を感知出来ないニンゲンからすると違和感程度だが、もしこれに対して不用意に攻撃しようものならその威力が丸ごと跳ね返って来る事になるだろう。


(ふむ。流石サウザ駐屯兵団の結界。悪くは、無い)


 が、ヨージの結界破りに耐えられる程でも無い。


「三項で良いな……"我に宿りし力の奔流よ""興り、刃となれ"『結束破錠カウンター・リフレクタ』」


『どこから力を持ってくるのか』『どうなって欲しいのか』という、二つの項目を唱え、結びとして魔法名を唱える。唱える項目は長ければ長い程強くなる。

 ヨージの内在魔力オドが凝固し、その手を魔力を切り裂く事だけに特化した刃へと変える。突き刺し、引っ掛け、切り裂き、引き抜く。

 この動作によって、結界の一番弱かった部分が崩壊し、じわじわと薄れて行く。

 やがて魔力の維持が出来なくなった結界は、ガラスのように大きな音を立てて割れて行った。


「な、何事だ! どうした、結界が破られたのか!?」

「不味いぞ! 残滓処理部隊を呼び戻せ!」


(よろしい、よろしい。ああ忙しいな)


 三天式結界は設置が容易であるのが利点だ。破られたとしても半法刻もすれば元に戻るだろう。残滓による襲撃も懸念したが、これだけ騎士が居る状況ならば被害など出る前に処理されるだろう。

 リーアは現在火族残滓の残りカスを大燃焼中であるから、騎士は近づけまい。ヨージは踵を返して中央へと走り出す。

 中央では結界が破られた事実が浸透し、戦々恐々、阿鼻叫喚といった様子だ。ヨージにも罪悪感ぐらいはあるが、死にはしないので多少は堪えて欲しい所であった。こちらの命には代えられない。


「な、騎士ナイト様! どど、どういう事でしょうか!」

「慌てず、騒がず、指示に従って役場に避難したまえ」

「し、しかし――」

「混乱を抑える為の殺傷許可を得ている。死んで黙るか、避難するか選べ」

「は、はい……」


 流石エリート様、一般人には容赦が無い。彼等こそは大樹根幹神『ユグドラーシル』及び古竜三柱、そして皇帝陛下の代理として武力を振るう、竜罰の代行者である。少なくとも彼等はそう思っている。

 実に好かない。

 蹴り飛ばして文句の一つも言いたい気持ちをぐっと抑え、己の過去を顧みて、ヒトの事なんか言えるか、と戒める。


(しかし手際が良い。訓練が行き届いてる。是非慌てて貰いたい)


 暗い路地から屋根へ屋根へと伝い、事前に用意していたものの封を切り始める。


『我が力の一端を受けよ』


 リーアの言葉を合図に、油で湿らせた藁に火を放ち、屋根の上から、なるべく延焼しないよう道路の真中に蹴飛ばして落とす。

 見つからないよう隠れながら、リーアの次の言葉を待つ。


「火! 火が降って来たぞ!」

「ほらあっちも! 燃えているわッ」

「――油臭い。おい、調べてこい」


 が、騎士ナイトはやはり冷静だ。決して神を名乗る者の仕業だと断定せず、ニンゲンによる扇動や動乱ではないか、という可能性を捨てていない。


『愚か者め。見えておるわ』


 リーアが厳めしく発言するのと同時に、ヨージは燃え盛る藁に近づいた騎士のマントに対して『火』を放つ。


「"我が血流は神秘の胎動""新緑を焼く禁忌を此処に"『大蛇火おろちび』」

「うわ、な、なんだ!?」

「燃え移ったのか!?」

「"再度紡ぐ"」

「て、天幕が燃え始めたぞッ!!」

「消火急げ、消火ぁッ!!」


 まさに放火魔そのものであり、一切の言い訳はしない。が、当然商店通りの構造上火は広がり難く、また井戸と防火用水があちこちに備え付けられており、更に練度の高い兵士が固まった状況であれば、まさか村が燃える筈も無い。


「何も無い所から火の手が上がった――あれは、本当に火の神なんじゃ……」

「火の神なんて、もう千年前に隠れたって話だろう?」

「ああ、なんてこと、どうしてこんな……」


 騎士達の抑えも虚しく、村人達に更なる動揺が広がって行く。

 流石にここまでお膳立てすれば、もうヨージの出番も無いだろう。


「ミュアニス神。出番そろそろです」

「――よ、ヨージ。今貴方……火を扱った……?」

「……――あ。はは。ええ。その。扶桑じゃあ、祀炎は禁止されていても、高位術者なら十代でも火属性魔法は授与されますよ。使える、使えないかは、さておき」


 緊急事態であり、使えるモノは何でも使うという状況だ。今更隠しても居られない。

 ヨージは火を使える。ニンゲンの術者に火属性魔法が授与されるのは、相当の権威であり、また権力の象徴でもある。特に大樹教圏内では、それこそ現人神とでも呼ぶような力だ。

 そんな者達でも、演出上の火属性魔法は使えても、実践出来るものは、殆ど居ないのが現状である。ミュアニスが目を剥いて驚くのも仕方が無い事であった。

 ヨージの場合は、その授与のされ方が特殊である為、これを用いてその権威を示すなんて真似は出来ない。むしろ、大樹教に目を付けられて滅ぼされるのがオチだ。


「……」

「どうされましたか」

「……いいえ。あの、ヨージ。口の上手いヒトだとは思っていたのよ。悪いヒトではないだろうけどって」

「良く言われます」

「世間に疎いワタシでも、貴方が異常である事ぐらいは、分かるわ。貴方は一体、どんな人生を送って来たの? その才能は、悪用されなかったの? その力は、誰の目にも止まらなかったの?」


 説明するには、何もかもが足りない。今ここで必要な事だけを行うべきだ。


「全て終わってからにしましょう。ミュアニス神。少なくとも僕は、貴女の味方であり、今は単なる、宗教家でしかない。信じろとは、言いませんが」

「いいえ。有難う。報いるわ」


 ミュアニスが決心したように頷くのを見て、ヨージはリーアに合図を送る。

 付け焼刃のシンボルによる交信方法だったが、やはりリーアのポテンシャルが高いお陰か問題無く運用されている。ヨージからリーアへ、リーアから、ライセンへと繋ぐ。


「――――雨秤よ!!」

「な、なんだ!?」


 合図を受けたライセンが群衆から飛び出し、天へと雨秤の名を叫ぶ。


「雨秤よ! 愚かなる元教徒の言葉に、どうかお耳を傾けてくださいッ!」


 これは演技だ。一から十まで全て、ヨージが組み立てたものである。だが、ライセンの声は今にも泣き出してしまいそうな、掠れた大声であった。

 手に職を持っていたが故に村に残った雨秤教徒。周りが最初から雨秤など存在しなかったような振る舞いをしている中、信心のあったであろう彼の家はどのような気持ちで、この村を眺めていたのだろうか。

 バカ野郎か、くそったれか、悪態は幾つでも思いついただろうが、生きて行かなければいけないのだ。こんな小さく不信心な村で生きて行くには、口を噤まねばならない。


「坊主……止めておけ。もう雨秤は、隠れたんだ」

「僕達が、もっと雨秤を敬っていたなら、こんな事にはならなかったんだ」

「そ、そうかもしれんが……」

「雨秤よ! この、愚か者達を、どうかお救いください! 信仰心なんか欠片も無くて! 無作法で! 自分達ニンゲンの事しか考えてない、そんな者達ですけれど……み、みんながみんな、死ぬ程じゃあない! 言い訳です、我が神! これは言い訳なのです! けれど、彼等は神様が何なのか、知らずに生きて来た! その畏怖も、恐怖も、目の当たりにする事無く暮らして来た、蒙昧なニンゲンなのです! 今一度、機会を、この村の者達に信仰を芽生えさせる、機会をお与えください……」


 両の手を合わせる祈り。その慟哭。

 ビグ村という特殊環境故に発生した、まず他では見る事の無い、絶望的な信心の告白だ。雨秤を慕い、その娘に想いを寄せ続けた少年の叫びは、群衆の中で一際異質に輝いていた。


「み、ミネアさん? なんだそりゃ」

「え? あ、ええ。雨秤のシンボルです。雨秤が去った後皆さんが置いていくので、役場で保管していたものですが……」

「……消えた神に何が出来るか。ミネアさん」

「――衣笠氏は、まだ雨秤の気がこの地に残っているとお話していました。完全に消えた訳ではないのかもしれません……その、現状、もう神頼みしか残っていないと、思うのですが」


 本当はライセンの家にあったモノだが、段取り通り『役場で保管していた』という体でミネアがシンボルを持ってやって来る。群衆は困惑の極みだろうが、騎士ナイト達が狼狽える中では、もう他に手段が残っていないのも明白である。


「こ、これ貰って行くな」「わ、私も」「俺も俺も」


 木箱に詰まったシンボルを、村人達が次々に手にする。

 自分でも、酷い策だとは思うのだが、既に悩んだり頭を抱えたりする段階は通り過ぎている。


「雨秤よ!」


 ライセンが絶叫し、そして、その代理者が村人達の前に顔を晒した。


「――願いを、聞き届けに来たわ」


 樹石結晶灯器ランタンの淡いオレンジ色と、篝火の赤色、そしてリーアが燃やす火族残滓の灯りを背に受け、ミュアニス神が立つ。

 村人、そして騎士ナイト達の間で動揺が広がる。雨秤にどこか面影のある、小さい少女、それが誰であるか、大半の者は分からない。


「ミュアニス様だ! あ、雨秤様の娘だよッ」

「まだ村に居たのか? あんな仕打ちされて、よく……」

「ミュアニス神、どうかお助けください。このままでは、村が――」


 都合の良い言葉、心無い言葉。ミュアニスにとって、それがどれだけ苦痛か分からない。普通ならば、こんな村はさっさと見限るであろうが、ミュアニスはしない。

 この村の者達がどれだけ無信心であろうと、雨秤は決して逃げなかったし、最後まで村を守ろうと奮闘したのだろう。その娘であり純粋な彼女は、それに殉ずる覚悟である。


「母は、母は、死んだわ。あの、火の神と戦って、死んだの」

「……――」

「本当なら、誰も助けたくなんか、無い。みんな死んでしまえば良い。母と教団が被った苦痛をその身に受けて、滅びれば良い。でも、お母様は、雨秤は最期まで貴方達を守ろうとした……娘だもの。では、引き継がなくてはいけないわ……ライセン」

「う、うん、ミュア……いや、神ミュアニス」

「有難う――……皆!! 救われたいのならば、祈りなさい! 拝みなさい! 雨秤を、いいえ、ワタシを! ミュアニス・雨秤を――!!」


 ミュアニスが、御幣を天高く掲げる。

 するとどうか。今まで、確かに、いつでも雨は降りそうであった。だが、それは明確にミュアニスに呼応するようにして、大粒の雨を降らせ始めたではないか。


「あ、雨だ!」

「た、タイミングが良かっただけじゃ……?」

「だったらなんだ! 拝んで助かるならなんでもいいじゃねえか!」


 土砂降りとなった雨が、村に灯ったあらゆる火を消し去って行く。この雨を合図として、リーアが火族残滓の種火を燃やす事を中断した。今は騎士ナイトに追われぬよう指定の場所まで逃げている筈だ。

 なんとか、成った。

 村人達の信心がミュアニスに集まっている間は、少なくともこの地一帯で火の神が大きな力を振るう事は出来ない。

 そして一つ、予想があるのだ。

 それは『何故グリジアヌがやって来ないか』についてである。

 火の神は、まだ力を取り戻したばかりなのだ。故に護衛が居なければならず、祀炎が発覚した時点で、グリジアヌを手元から遠ざける訳にはいかなくなったのだろう。

 土地で別の信心が芽生えたならば、更に力が弱まる。グリジアヌの拘束も解けるだろう。

 即ち、今ならば、インガを殺せる可能性が有る。


「ミュアニス様……どうか、どうかお許しください……この村の者達は……」

「……全部、知っているわ。でも、母は貴方達を恨まなかった。だから、ワタシも貴方達を決して恨まない。だから祈って。この村の安全を。死した母を、そしてワタシを」


 神々しい。ミュアニスが許す事など、一つも無い筈であるのに。これだけの理不尽を受けながら、どうしてそう、涼しい顔で言えるのだろうか。

 尊く思う。これが神としての器なのだろう。

 どこか弱々しく見えたミュアニスが、今はリーアよりもずっと立派に見える。

 才能と活躍はイコールではない。誰かに認められ、誰かに広められてこそ、初めて輝く。

 ライセンがミュアニスの肩を抱く。ここに一つ、新しい宗教が産まれたのだ。


「……――」


 役場三階の窓を見る。あの男はこちらを見下ろしていた。

 敏い男だ。何も知らぬ筈は無いが、黙認だろう。

 少なくとも、アインウェイクにとって、今の自分達は信仰の使者なのだ。


(これも大樹の思し召しと思って、黙っててくださいよ、くそ子爵め……)


 ミュアニスに目配せしてから、ヨージはまた闇に紛れる。


「ワタシは……火の神を――討ちます」


 本当の火の神を、殺さねばならない。これからが本番だ。



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