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龍女皇陛下のお婿様  作者: 俄雨
ビグ村編
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既知の知4



 この手段はハッキリいって反則だ。いや、犯罪だろう。だが犯罪者相手に合法な手段で訴えた所で、力の無い者は大樹の肥やしになるだけである。相手が狂信者ならば尚更だ。

 眠れない夜を明かす村だが、一応の静寂を保っている。闇夜に紛れて動くのは慣れていた。とはいえ一人では難しい作戦だが、一体どんな幸いか、エオがとても素人とは思えない動きでヨージを補助している。


(足音を立てないで歩く訓練もするのですか、聖モリアッドの修道女は)

(はあ。なんで訓練させられたのか、良く分からないですけど、出来ますね?)


 サウザ駐屯兵団の兵士達は村の各所に配置されている。また巡回もあり、その練度は間違い無く世界でも一級品のものだ。これで数が多かったならば、ヨージ達も苦戦を強いられたであろうが、足の速い精鋭だけを引き連れてきた為だろう、村全域をカバーしきれていない。

 それ故に、時間をかけると増える可能性があるので、チャンスは今夜だけだ。

 ヨージとエオがコソコソと行っているのは、シンボルの配置である。

 これは雨秤のものではなく、簡易に用意したシュプリーアのものだ。簡易故に大した影響力はないが『声』を伝えるだけならば十分である。

 またそれは木の枝である為、余程宗教に造詣が深かろうと、道端の小枝を宗教シンボルだと判じる者は居ないだろう。そんな枝をヒトの集まる場所に配置して行く。

 現在厳戒態勢が敷かれている為、役場近くの家や宿に固まっているので絞り込みは楽だ。


(ところで、なんで子爵は私達を見張ったりしないんですか?)

(そりゃ、彼からすれば僕達は信仰の御使いだからですよ。僕達が火の神を倒せば彼の信仰が証明され、僕達が逃げたならば偽りの使徒であった事になる。そんな偽物が、子爵領に張り巡らされた検問を突破出来るとは思っていないでしょう。というか、アインウェイクはエルフの中でもバケモノ中のバケモノですからね……)

(こわー。あのエルフオジサマこわーい……)

(そういえば、なんでアインウェイクの前でプルップル震えてたのですか)

(え? あ、うん、えへへッ)

(僕はたまに貴女が怖いですね……)

(ま、その、ね? お、女には秘密があるというか……あ、見えましたよっ)


 エオが話をはぐらかす。今追及した所で喋りはしないであろうから、目的に集中する。

 二人の視線の先には三人の兵士が構えていた。

 篝火が焚かれ、そこに中装鎧の兵士が二、軽装で杖を持った兵士が一だ。典型的な帝国騎士団兵士の戦闘班だろう。

 平地における戦闘では、ここに近接アタッカーが二人、軽装魔法兵マギアスが一人、結界術兵ガードが二人、魔撃銃兵ガンナー三人が追加され、一部隊となる。


(あれ、倒すんですか?)

(倒す必要は無いですね。強くて面倒です)


 現代においてはかなり旧式だ。イマドキ戦国時代のような軍隊を運用している国は他に無い。

 技術が無いのかと言われれば、それは違う。仮にも世界最大版図を誇る大帝国が、旧式の軍隊だけで世界を相手に戦う訳がない。火を使わない魔撃銃や、最新の魔動力鉄機、魔動力船を研究開発しているし、それらを運用する近代化部隊が続々と戦線に投入されている。

 それでも頑なに旧式の軍隊を保有するのは何故か。

 答えは簡単で、最前線こそ近代化した一般兵が戦っているが、帝国内陸部の兵士……つまりアインウェイクのようなニンゲンが率いる『騎士ナイト』は、一人一人が魔動力鉄機を一刀両断出来る程強いからだ。

 本人達は精強、かつ魔法科学の結晶で身を包んでいる。

 本当に馬鹿げた強さであり、残滓ならば三名も居れば倒せるだろう。

 もし騎士ナイトが戦闘の最前線に配置されたならば、敵対国は尻尾を巻いて逃げるか玉砕するしかない。だが幸い、騎士ナイトは自国領土内を防衛する為だけに存在するので、侵攻地への派兵は無い。

 この国の騎士ナイトはエリートの選民だ。

 特別な力があってこそ騎士になれる。数と技術で補っている扶桑とは、思想も用兵も根底から異なるのである。


(じゃあどうやって退けましょ?)

(退けません。場所を確認しただけです)

(あ、そうなんですねえ。え、でも。あの三人が護っているのが、三天式結界の起点ですよね?)


 この作戦を成功させるにあたり、その騎士ナイトが守っている三天式結界は邪魔だ。村を覆うような大掛かりな結界魔法はどうやっても複数の起点が必要となる。当然、結界を張る側はそこを守るだろう。

 では如何にして結界を破るか。


(何事にも、弱点はあるんですよ。大樹教三天式結界は三つの起点に魔方陣ないしマジックアイテムを用いて作ります。最小限の配置で最大限の効果を得る事が出来る、大変合理的なものです)

(なるほど?)

(しかしこれは、現在軍隊相手には使用されません)

(あくまで残滓向けにしか使わないって事ですか?)

(はい。外側からの侵入や攻撃には強いのですが、内側からの攻撃に脆い。もし、その広範囲の領域に敵のスパイがいたら? あっさり破壊されます。そして更に言うと)

(あー)

(結界術は皇龍樹道式魔法の十八番です。作るも破るも、まず最初に教えられます。そして僕は一応、元部隊長ですので)


 基本的に等間隔で配置されているであろう起点であるから、一つどこにあるか分かってしまえばある程度他の場所も把握出来る。そして破壊するべき場所も直ぐ見える訳だ。


(都合が良い。丁度我等が神が控えている場所の近くだ。エオ嬢、先に戻っていてください)

(はーい!)


 エオが小さく元気良く笑顔で返事をして、ササッと消えて居なくなる。治癒神友の会は、文系の皮を被った肉体派ばかりのような気がしてきた。

 今のところ村に大きな動きは無い。残滓も結界の外で処理されているのか、近づく様子も無い。

 空を見上げる。厚い雲が今にも落ちてきそうだ。

 ヨージは暗がりから顔を覗かせ、何事も無かったように中央広場へと向かう。

 そこには天幕が張られており、村の重役達が集まっている様子であった。


「夜分遅くご苦労様です、皆さま」

「おお! 衣笠殿! よくぞ参られた。この村の春はまだ冷えるでしょう。どうぞ一杯」

「あいや、遠慮しておきます。サウザ駐屯兵団が居るからと気を抜いていたら、本当にイザという時に逃げ遅れてしまいますからねえ」

「あっはっは。やはり戦人は構えが違いますなあ、ねえ村長!」

「あ、ああ。ははっ」


 村の商会会長がデッカイ声で笑う。肩を叩かれた村長は大変硬い笑顔で愛想を振りまいた。

 ここに居るのが実質的な村の支配者達だ。

 村長、商会会長、豪農。この中で何人がアインウェイクの意向を実行に移しているかは知らないが、実に哀れだ。

 例えこの村が火の神の危機から守られたとしても、竜精の加減一つで村ごと消えるのかもしれないのだから。

 ヨージはこの輪に混ざり、白湯を一杯貰うタイミングで、リーアの仮シンボルを天幕の中に積まれた荷物に紛れこませる。


(結局、豊御霊は顔の一つも出さなかった。危機を察知して逃げたのだろうか)


 不安要素は数あれど、その中でも特に際立った問題が一つある。アインウェイクの狂信もそうであるし、グリジアヌが攻めて来ない事もだが、豊御霊の所在が不明である事は心配だ。

 絶対に味方では無いが、敵とも言い難い。容姿こそ扶桑の神であるようだが、どこまで本当か。そも『閲覧魔法術式システム・ミリオンワード』なんてモノを行使する神だ、明らかな特権存在である。

 考えられるのは、ミネア以外の大樹教調査官である可能性だ。扶桑や他の連合加盟国が、大樹教に協力して情報開示している場合がある。

 しかしだとすれば、何故わざわざ村神に立候補したのか。目立ちすぎるであろうし、アインウェイクが警戒するだろう。


(うーん……あっ)


 何気無く手を突っ込んだポケットの中に、コイン型の何かがある。丸い木片だ。

 そうだ、雨秤のシンボルであったな、と取り出して、思い出す。


(これ……この文字。豊御霊が畑に投げ込んでおけと言った、お守りと同じだ)


 木片に書かれた、ヨージには読めない文字。この文字の意味するところは不明であるが、豊御霊がダイコン農家に対して授けたというお守りの石と同じ文字である事が分かる。


(だ、だとすればもっと意味不明だ。何故豊御霊が雨秤のシンボルをアチコチに撒いていた?)


 嫌な予感しかしない。そしてそれは大体当たる。


「どちらか、豊御霊尊を観ませんでしたか」

「村一番の危機に、豊御霊様もグリジアヌ様も居ない。こりゃシュプリーア様で決まりじゃあないですかな、村長」

「そ、そうだなあ……」


 上役達にも顔を出していない。あの神は自身にも目的があると言っていた。

 敵対は勘弁願いたい。今ここで更に相手にする神が増えればどうしようもない。こればかりは我が神の持つ命運に祈る他無かった。

 豊御霊に対する懸念は一端秘める。今はやる事をやらねばならない。


「……駐屯兵団、それに子爵閣下もいらっしゃる……安全である事は間違いないのですが……それでも私は不安なのです」

「ほう。どういう事ですかな、衣笠殿」

「私は十数年程戦場に身を置きました。いつ敵が襲って来るかも分からない夜を何夜も過ごしている内に、どんな日が危ないか、どんな時が危険か、そんなものが、肌で感じ取れるようになったのです」

「おお、最前線での任務を経験しているんですな。どちらで?」

「様々な地に赴きましたが……酷かったのは南方大陸中央部です。あの時は魔法重撃部隊の中隊長として参戦しました。扶桑人による北部、中央部の植民地統治を不満とした巨人族ティタンとそれに呼応した諸部族を相手にした戦いです。南方大陸西部に保護国を置くイナンナー部族連合王国の支援を受けたティタン蜂起によって、植民地域の三つが壊滅。扶桑本国は駐屯軍では対処不能と判断し、派兵を行いました」

「ああー、覚えているな。三〇年程前だ……衣笠殿、お、おいくつで?」

「五三です。失敬、年齢を伝えていませんでしたね。商会会長殿と同い年です」

「え、エルフは若いなあ……ああいや、それで?」

「はい。当時は若かったですし、若い時分で年上の兵隊を率いる心労もありましたが、それでも戦を何度か経験し、自信をつけた頃でした。私が率いた重撃部隊というのは、帝国で言う所の遠距離魔法攻撃部隊です。私達が動く事によって、敵は大打撃を被りますから、それはもう、狙われる狙われる。奪還した市街地で翌日の侵攻を控えていた夜の事です。周囲は粗方掃討していましたから、皆も危機感が無かった。そんな時に……」

「……」

「イナンナーから最新の無火式魔砲マギアカノンを卸されたのでしょう。探知外からの一撃が大隊臨時司令部に直撃しまして、臨時司令部が壊滅。同時に敵は侵攻を始めました。それこそ血で血を洗うような近接戦にまで持ち込まれ、私達中隊は命辛々離脱、なんとか一命を取り留めたのです――そう。あの夜。皆は翌日、巨人族ティタンの首を取る話ばかりしていましたが、私は嫌な予感ばかりした。丁度、このような夜でした。今のように、皆で火を囲んでいる、その時の事です」


 全員の血の気が引いて行くのが分かった。

 だいぶ久しぶりに昔話をしてしまい、恥ずかしい限りだ。負け戦など辛いだけである。しかし、こういった場で『怪談』を行うには丁度良い加減だろう。

 ちなみに、この話の続きは、自分の英雄譚になってしまうので控える。


(我が神よ。信徒の声をお聞きください)


 念じる。

 近くに潜めたシュプリーアの仮シンボルに対して念は発せられ、同時に遠くで待つリーアに伝わる。


(うむー)

(お願いします)


 作戦が始まる。篝火の灯りばかりであった村が、突如として強い光に照らされ始めた。


「なっ、なんだ?」

「これは――」


 意味有り気に驚いたふりをしておく。上役達の縋る処は当然ヨージだ。


「き、衣笠殿。何か分かるんですか」

「予想はしていたのです――村長殿」

「ぐっ……」

「私はこの村の村神に我が神を据えようと必死に様々な事を調べました。その過程で出て来たのが、この村の元来の村神、いいえ、土地の主の神の話でした。この土地は神が就き難いどころか、妖精も精霊も寄り付かない――当然です。この土地は過去、土地の具現たる神を殺されているのだから――」

「な、なにぃ!? 村長! どういうこった!!」

「し、知らない! わ、私も詳しく聞いてなんていないんだ!!」

「地主神は、お怒りなのですよ、皆さん」


 村を照らしていた光が静まった、そう思った瞬間、更に大きな光……いいや、炎があがる。

 ……ある程度大きい方が良いです、とは言ったが、まさか村の三分の一を照らす程の炎になるとは思わなかったので、ヨージも正直冷や汗ものだ。


「神の名は『インガ』この大陸では、既に『隠れた筈』の火の神です……私は行きます」

「衣笠殿! 幾らアンタが強くても神様にゃ勝てないだろう! それに、火? 火の神だって!?」

「例え勝てないとしても! 村人をむざむざと殺される訳にはいかないでしょう!!」

「衣笠殿ォ!!」

「祈ってください! 私が調べた限り、まだこの村には雨秤の神気が残っている!」


 そういって、村を護る英雄としてヨージは上役達の前から走り去った。



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