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龍女皇陛下のお婿様  作者: 俄雨
ビグ村編
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既知の知1



 既知の知



 村には安堵する声とこれからを心配する声、二つが響いていた。

 一騎当千と謳われるアインウェイク子爵閣下自らのご出立とあらば、その安心感たるや帝国陸軍の本隊がやって来るよりも大きいものであるが、同時に問題の重大さを伝える事にもなるので、村人達が枕に頭を乗せる訳にもいかないだろう。

 現在村は三天式結界――謂わば残滓除けを張り巡らせた上で、精強な騎士が二重の防御を固めている為、余程の事態でない限りは対処可能だ。

 グリジアヌが来ないのならば、であるが。


「やはり防備ぐらいは整えるべきであったな、スミス」

「……面目次第も御座いません」

「いい。下がれ」

「ハッ……」


 村長が現状を説明し、部屋を出て行く。

 村役場の賓客室は六席あり、真中には子爵閣下、左には侍従の騎士が一人、右の席に参謀が座り、ものすごい勢いで筆を走らせている。

 差し当って、ヨージが子爵閣下の正面に座り、右にリーア、左にエオが座っている。

 村の代表などではないし、あわよくば逃げたいのだが、そうもいかないようだ。


「まずはご苦労。一角の戦士であるようだな、君は。私はルンベルト・ゼイゲルス・アインウェイク。皇帝陛下から領地を預かる身だ」

 名乗られてしまった。適当に濁させる気はない、という意味である。

 とはいえこちらは所詮流れ者である、ご大層な口上も身分も無い。


「ヨージ・衣笠です。前職は軍人でありますが、今は一宗教団体の構成員でしかありません」

「苗字が後に来るのかね。見た所純扶桑人のようだが? あの国の軍人は五代続けて扶桑人でなければ、成れないからね」


 流石長生き。物知りである。というか、精鋭大騎士団の副団長様が、最大の仮想敵国である大扶桑女皇国の文化や様式を知らない訳がない。

 ヨージが片頬を釣り上げて曖昧に笑うと、子爵閣下もニヒルに笑う。


「くっく。まあ構わんさ。名を偽らねばならないニンゲンなどゴマンと居る。まして流れ者のエルフなど、一体どれだけ訳があるやら。根掘り葉掘り聴いて『蛇』が出て来ては敵わない」


 ヨージが真っ当な扶桑国軍人であったならば、今の発言を受け抜刀して斬りかかる所だが、生憎そういった血の気の多い事は、全て十代の頃に済ませている。

 蛇、とは女皇の蔑称だ。


「はは。あまり虐めないでください、子爵閣下」

「いやなに、扶桑の軍人は血の気が多いだろう。血気盛んなのは結構なのだがね。しかし非礼は詫びよう。あの状態で冷静な判断が出来る君は間違いなく非凡であり、そして行動を伴って結果を示す英雄である」

「とんでもない。出来る事をしなければ死ぬだけだと判断したまでです」

「軽く言う。それが出来たら私も部下を失わずに済むのだがね……ところで、隣のお二人は」

「ええと、こちらのふわふわしているのが、我等が神シュプリーア様です」

「神だよ」

「顔を伏せて震えているのが、我が教団の第一神官長様です」

「ごご、ご機嫌麗しゅう……」

「なるほど。この村を足掛かりに、信仰の拡大を狙って来た訳だ。アテが外れたね、ヨージ君」

「いや、ははは……」


 現状、質問に対して愛想笑いをする以外に手段がない。

『お前が追い出そうとしたんだろ』や『お前色々知ってるんだろ』とは、とても言えない。

 状況が違ったならば、もっと大きな態度に出られただろう。例えば以前から構想していたアインウェイク子爵の取り込み策が実行出来ている状況ならば、ヨージの弁舌も発揮されようが、現状はこの通りである。


「村長のスミスから、分かり切った事のあらましは聴いている。問題は君が知っている事だ、ヨージ君。何を見、何を知っているのかね」


 子爵閣下が組んでいた手を解き、膝に置いて顔を前に出す。

 子爵だ。大帝国の大領地を保有する一族の長だ。小国の王など足元にも及ばない、絶大な権力と戦力と資金を保有する、世界有数の名家の、大エルフである。

 所詮一国家の一士族の分家の出でしかない男が、対抗出来る相手ではない。

 この場で無礼討ちにされた所で、味方は誰も居ないのである。つまり、適当な嘘は絶対に吐けないのだ。

 腹を括る。こういった決断は何とも慣れない。


「恐らく、ある程度はご存じかと思われますが……火の神が目を覚ましました。私は村神であった雨秤神の娘であるミュアニス神の身を案じ、雨秤教団へ赴いたのですが、そこでは既に祀炎が行われており……ミュアニス神以外は、全て生贄に捧げられたでしょう。その場に居合わせた私は、命からがら逃げだして、この通りです」

「つまり、雨秤教団は火の神に乗っ取られたと。そして火の神が残滓を扇動し、村を襲わせている、で間違い無いかね」

「おおよそその通りです」

「大事な事が抜けてはいないかな。私の知る限り『火の神には』残滓を操る力はない」


 最後の抵抗……グリジアヌの関連性について濁したが、無駄のようだ。

 彼は火の神がこの地に根付いていた事を知っている。

 予想していた通りであり、また一つの答えでもある。

 つまり『誰が火の神を殺したか』についてだ。

 まずただのニンゲンなど、目にした瞬間燃やされて終わりだ。神を殺す神であったとしても、何の利益も無く火の神と戦おうなんて者はいない。しかも火の神の神気をそのままにする理由が無い。結局、そこに必然的な理由がある人物が犯人である。

 大エルフ。

 神にも到達し得る年期を秘めた老齢のエルフを言う。

 戦人であり、彼の操るであろう魔法は、恐らくヨージなど足元にも及ばない程強力だ。また、その神秘たる力は、神をも貫ける。

 殺したのだ。

 この男は単身で、火の神を。


「……グリジアヌという村神候補が、操られています。彼女の力でしょう」

「うむ、その通り。彼女も随分と稀な神のようだ――ヨージ君、何か不満げだね。言ってみたまえよ」

「滅相も無い」

「はは。礼儀正しい。が、この度の事で、だんまりでは困るな」

「……――」


 隣の神を見る。

 彼女はふかふかの椅子が気に入ったらしく、ご満悦だ。

 隣の大神官様は、相変わらず緊張したまま動きもしない。

 小さく溜息を吐く。


「この通り。私には護るべき者が居ます。しかし多くを知ってしまった。今この場でそれを語り、子爵閣下の名誉を傷つけた結果、彼女達に不幸が降りかからないか、心配なのです」

「父のような心持ちだ。それもそうだ。まあ構わんさ、我々が直接君達治癒神友の会に害を齎す事は無い。そもそも、村を追い出そうと思ったら別の方法があったのだからね」


 やはり、治癒神友の会を追い出そうとしたのも、この男だ。そして彼の言う通り、金子など与えず、問答無用に追い出す手段など幾らでもあった筈だ。

 それをしなかったのは、やはり子爵閣下が非道ではないという証左であろう。

 が、妙な含みがある。


「……では、既知の情報をすり合わせる為に、幾つかの質問をお許しください」

「ああ、構わないよ」

「過去、神を殺した事は」

「何度かある。私の槍は老境に至り、神をも裂く力を持った。大樹に叛逆するまつろわぬ神については、数度滅ぼしたね。火の神は、まあその一柱だよ」

「なるほど。では、大樹教教会を退けたのは、子爵閣下の思惑でしょうか」

「そうだね。何せ火の神とはいえ許可の無い無断の神殺しであった。大教会に悟られては面倒だ」

「……では、この村が火の神の祟りに晒されている事実は、知っていたのですね」

「勿論。大体、君の想像する通りだと思うがね」

「全て折り込み済みである、と。ではやはり、ここはニンゲンによる統治の実験場ですか」

「ああ」


 そういって、子爵閣下は大きく頷いてから立ち上がり、窓からまだ篝火の焚かれる夜の村を見下ろす。



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