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龍女皇陛下のお婿様  作者: 俄雨
ビグ村編
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紅い蝕痕7



「火の勢いが強いな」

「おい、消火急げ。何やってんだ?」


 大型の残滓を燃やしたのだ、火の勢いがあってもおかしくはない。ヨージは振り返る。

 だが、どうだ。その火は天を衝くかの如く、火柱を湛え始めた。


「不味い! 離れろぉぉぉッッ!!」

「へ……? あっ、ぶっ」

「あ、あち、あ、あ……あつ、あああッッッ!!」


 ヨージが絶叫した次の瞬間、火は意思を持つようにしてうねり、渦巻き、消火しようとした数人を巻き込み、燃え上がった。相当離れた距離からでも肌に熱を感じる。


「全員建物の中へ!! 火族だ!!」


 いつか来るのではないか、どれかがそうではないか。警戒はしていた。だがまさか、木族の中に潜り込んでいるなどと、一体誰が想像し得ただろうか。

 火の神が嗤っているように思え、ヨージは舌打ちする。

 火族残滓はやがてヒトのような形を造り始める。腕は六本、足は四本。異形であるが、それはニンゲンのような動きで歩み、近づいて来ていた。頭部と思しき場所には顔のようなものも見受けられる。

 木族や土族のように単純な敵ではない。切り伏せて終わるならばヨージも悩まない。

 悪い事に、火族残滓を吹き飛ばせる程の水魔法は習得していない。衝撃魔法という手もあるが、残滓を消し飛ばす威力となると周囲全てを巻き込んでしまう為、こんな場所では使えない。


「対火族部隊!」


 弱点は補うべきだ。最悪は想定してしかるべきだ。故に火族対策もした。


「駄目です! 火が強すぎます! 水をかける先から蒸発しちまうッ」


 が、届かない。火族の厄介な所である。

 火族というのは失火、噴火、雷による炎上などから生まれる場合が多い。またその大半が短命であり、周囲を焼き尽くしたあと自然に消えるのが常だ。

 問題はその、焼き尽くすという一点に尽きる。

 短命であるからこその最後の灯とばかりに、苛烈なまでの焼き払いを行うのだ。


(木族の中に火族の種火を仕込んでいたのか? 木族に火を放つと想定して……? 知恵がある。どっちだ。火の神か、グリジアヌか)


「――我が神!」

「んー」

「お下がりを。幾ら残滓とはいえ、お召し物が焦げるやもしれません」


 動揺が広がる中、リーアが歩み出て来る。ニンゲンで対処出来る内ではない、と判断したのだろう。当然信徒としては止めたい。


「戦働き、たまにしないと」

「……面目ない」

「これも、神様のお仕事だから。怪我したみんなを治すより、倒した方が早い」

「大変合理的かと思います……むっ?」


 リーアが熱風をものともせず、火族残滓に向かって行く。

 向けた視線のその先、建物の陰に、少女の姿が見えた。ミュアニスだ。

 燃え盛る残滓を見上げ、茫然としている。そこでは巻き込まれる可能性もあるのだが……いや、半神ならば死にはすまい。

 だがどうも、様子がおかしい。

 リーアも気になるが、放っておくわけにはいかない。ヨージは物陰から物陰に移るようにして、彼女へと近づく。


「ミュアニス神。何を」

「火……火だわ」

「火族ですからね。短命ですが、厄介だ。それで、どうしましたか」

「……昔。昔は、雨も降らせる事が、出来たのよ」


 空を見上げる。ヨージが山に登っている頃から天気は崩れそうであったが、未だに降っていない。確かに、今雨が降るならば、火族もそこまで脅威ではない。自壊が進む上に、延焼し難いからである。


「今は、まるで使えないのですか」

「こんなにも、雨が降りそうなのに……それを、促す事すら出来ない……」


 流れる水はその涙ばかりだ。雨は一滴も降らない。

 哀れだ。あまりにも。同情はすまいと考えていたが、幼い子供が自ら持ちえた力を発揮する事も出来ず、その存在意義について懊悩する様は、悲しすぎる。

 肩を抱く。自由意志など無く、未来も見えない子供が、更に理不尽に扱われる事など、どうして許容出来ようか。


「ヨージ?」

「家族無く、夢も希望も無く、草臥れた木のように死ぬ運命であった者達の集まりが、我々です。一緒に行きましょう。こんなクソッタレな場所に居てはいけない。我々と共に、幸福を探しましょう」

「でも、父や、教団の皆が」

「これを」


 ヨージは懐から、ねつ造したミュアニスの父の手紙を取り出す、渡す。ミュアニスはそれを読み、どう思ったのだろうか。手紙を胸に抱き、目を瞑って小さく頷いている。


「……有難う、ヨージ。こんなものまで手配して貰って」

「――……」

「ここ数日、父は帰らなかったの。遠くに行くヒトでもないし、日に一度は顔を出していた。それがパッタリ。何か言いたげだった。何か葛藤している気がした……ヨージ、隠さないで、雨秤教団、見て来たのでしょう。どうなっていたの?」


 その目は、どこか優しい。神の心はニンゲンでは分からない。

 躊躇ったが、仕方なく、見た事全てをミュアニスに伝える。


「教徒も、既に人身御供とされたか、生き残っていたとしても、竜精に潰されて終わりでしょう」

「そう。じゃあもう、ワタシはどこにも縛られないのね」


 教団が狂ってしまっていた事を、薄々は感づいていたのだろう。その表情は、安堵か、諦めだ。もっと不安定な神だとばかり思っていた己の浅さに後悔する。


「んー! よいしょぉー!」


『ゴガッ、ぼ、ギョボッ』

『おおおおーーー!!』


 背後で歓声が上がる。リーアが火族を殴り倒したのだろう。受肉した神と残滓では争いにすらならない。分かっていた事だ。だからこそ、こんな村を救う為如きに、我が神の力など示したくはないのだ。

 この村で神は、都合の良い残滓除けの案山子でしかないのだから。


「判断は、お任せします。私如きがこのような注意を促すのも憚られるのですが、ヤケなどは起こさぬように。こんな村、復讐した所で、貴女の綺麗な手が汚れるだけだ」

「優しいのね、ヨージ」


 それだけを伝え、ヨージはまた北西部通りに戻る。

 そこでは今まさに、リーアによる残滓処理が大詰めを迎えていた。


「んっ」


 一体その細腕にどれだけの力が秘められているのか、速度も大した事がないリーアの拳が残滓の燃え盛る足を捉える。ぶち当たった瞬間、残滓の足は粉々に砕け、その場に伏せた。

 リーアは事も無げに近づくと、残滓の胴体部分に対して、手を突っ込む。

 引き抜いた手に握られていたのは、小さな青い火種だ。

 それをぎゅっと握りしめると、散り散りになって消え失せる。


「よーちゃん、出来たよー」


 ヨージを認めたリーアが大きく手を振っている。残滓はその火勢を弱め、依代となった木族の身体に戻り、焦げた薪のように大人しくなる。


「我が神すごい」

「残滓は、残滓だし。燃えカス」


 こんな時に豊御霊は何をしているのだろうか。村神を目指すならば一番の頑張りどころではないのか。

 しかし彼女も裏がハッキリしない神であるから、今この状況で何もしていない、というのも考え難い。グリジアヌと浅からぬ仲のように見えたが……まさか、彼女を探しているのではあるまいか。だとすると都合が悪い。

 ヨージは、グリジアヌの関連性だけは誰にも教えていない。彼女が火の神に関係したと疑われれば、当然竜精の粛清対象となる。あざといが真っ当な神であるグリジアヌをそのような目には合わせたくないのだ。

 勿論積極的に救うつもりはないし、もし襲い掛かって来るならば対処の他無い。火の神など残滓とは比べ物にならない程危険である為、グリジアヌを救出出来るなどとは考えていない。

 だが、危険なのは火の神も同じだ。何かしらの理由でグリジアヌの操作が外れてしまった場合、あの力の神にボコボコにされるのは目に見える。

 ヨージとしては、そうなってくれる事を願うばかりだ。


「ぬっ」

「よーちゃん?」

「これは……蹄の音!」


 遠くから、複数の馬、それこそ三〇、四〇といった数の馬が走って来る気配がする。


「伝令! ヨージさん! サウザの駐屯兵団だ!」

「はぁぁぁぁっ……北西部道に誘導!」

「分かりましたー!」


 久しぶりの戦であった。ヨージは安心から、その場に腰を下ろす。

 最初の残滓襲来からおよそ三法刻。相当飛ばして来たのだろう。


「対残滓防御陣形成! 三天式結界魔法発動! かかれ!」

「応ッ!」


 暫くして先頭集団が北西部道を抜け緊急配備、遅れてから別の一団が現れる。

 ヨージは小首を傾げた。馬の装飾。乗っているニンゲンの鎧と兜。率いる他の者達の精強さは、どう見てもタダの駐屯兵ではない。

 もっとも華美な装飾を施した者が村長の下にまで現れ、二、三言葉を交わす。

 村長がこちらを指し示した。

 騎兵が近づいてくる。その威圧、その気迫、間違いなく常人ではない。


「ふむ。即席で良くこれだけの防御陣地を築いたものだ。素人ではない。軍人かね」


 大型の白馬に跨って現れたのは、その階級章を見るに……中将。

 流石に礼を欠く訳にはいかず、ヨージは片膝をついて頭を垂れる。


「お褒めに預かり光栄です。私はただの流れ者。どちら様かは存じ上げませんが、この度のご参陣、誠に有難うございます」

「東国エルフか。という事は、君がヨージ・衣笠殿かね」


 そういって、彼は兜を外しこちらを見下ろす。

 長い耳に白い肌に白髪。西国エルフだ。エルフの老化は極端に遅い筈だが、老齢に見える。

 とすれば、恐らくその年齢は……五百歳を超えているだろう。

 ――アインウェイク子爵、本人だ。



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