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龍女皇陛下のお婿様  作者: 俄雨
ビグ村編
34/317

紅い蝕痕5



「いくぞぉぉぉ! せぇのッッ!」


 暗がりに、山が崩れるような音と共に、土煙が上がる。

 町人も農夫も行商も、全て入り混じった集団が引く縄が、二階建ての建物を次々と崩していった。


「残滓がいつ攻めて来るかも解らん! 大工衆掛かれッ」

「おおぉッッ」


 ヨージの掛け声を受けるなり、半裸の男達が各々の道具を持って崩した建物に群がって行く。差し迫った状況からか、ヨージの言葉も荒っぽく――いや、一隊を率いていた頃のものとなっていた。


「中央より北西部以外の道は速やかに封鎖! 各員遅れるな!」

「伝令! 手薄な東部より残滓襲来との報!」

「問題無し。作業続行」

「ハイッ」


 火の見櫓に昇り、望遠鏡で東部の様子を窺う。残る封鎖予定道はそこのみであるから、当然最低限の戦力を用意してある。

 残滓は土族。己の身体をボロボロと崩しながら東部道を直進していた。

 予定通り、事前に張っていた鎖罠を駐在兵が発動させ、残滓の足元を挫く。

 そこへ流れ者達数人が攻撃魔法を掃射、動かなくなった所を、建物内に隠れていた男達が上層階から岩を投擲する。

 残滓は意識を失い、そのまま土塊へと還った。歓声が上がる。


(これだけ出来れば一匹二匹なんてものの数じゃあない。団結力もなかなかだ)


 ヒトの為のヒトによる統治。そのような指導のお陰か、いざとなった時の結束は十分であると言えた。村を失ったニンゲンがどれだけ悲惨かは、流石に教育されているのだろう。


「あの土塊を用いて早速通行止めを構築するように」

「了解しました」


 俊敏さがウリの獣人族が一人、ヨージの命を受けて走り出す。元は狩人というだけあり、その身体操作は人間族とは比べ物にならない。一息で通りを駆け抜けて行く。

 訓練された人々を統率するというのは、コツはいるものの簡単だ。日々何かしらの信条を抱き、それに向かって戦わせるのであるから、謂わば上に立つ者からすれば当然なのである。問題は無辜の群衆や民兵など、一定の信条を持たない人々だ。

 彼等は今でこそ、ヨージというニンゲンに突き動かされて作業をしているが、いざとなれば逃げだすだろう。命を張るような教育は受けていないからだ。

 ヨージが出来る事は、各自が得意とする仕事の割り当てと、緊急時の決断だけだ。


「ヨージさん、お水」

「うわ、エオ嬢。どこから。暗いのに火の見櫓なんて、危ないですよ」

「え、危ないですか?」


 いつの間にか自分の近くに立っていたエオが小首を傾げる。気配を察知するのは得意なのだが、一体どうやって上がって来たのか。

 というか、今は夜だ。暗がりの中良く不安定な梯子を昇るものである。


「エオ嬢。今こんな時に聞いて良い事なのか分かりませんが……貴女、何者です?」

「ただの修道女ですけど。ああでも、訓練はしましたよ?」

「くんれん?」

「はい。野山を駆け巡ったり、飛び跳ねたり、ナイフを扱ったり?」


 少しばかり、考える。

 聖モリアッドは大変由緒正しい修道院だ。

 それこそ、富豪や王族の末の娘などが身を寄せる修道院である。そのような場所であるから、日々の生活は勉学と礼儀作法、芸術活動に注がれている……筈である。

 しかし何が起こったら修道女達に『戦闘訓練』を施すのだろうか。

 世の中分からない事だらけだ。


「なるほど。運動神経が良いのは少し納得しました。理由以外は」

「動けて悪い事なんかありません。それで、どうですか?」

「この目抜き通りと、東部道を塞いだら、僕も一度中央広場に下がります」

「分かりました! あー、それにしてもー。本当に、軍人さんなんですね。凄いです。一体どんな道筋を辿って来たのか、エオも今度聞いて良いですか?」


 エオがニコニコと言う。軍人なんて碌なものではないが、その技術が自分を生かしている事については否定出来ないし、美少女に褒められて悪い気がする男も居ないだろう。


「それは、おいおい話しましょう。そうだ、ミュアニス神は」

「はい。みんなと炊き出ししてますよ」

「そうですか」


 彼女は村の人々を哀れだと嘆いた。だが、まさか恨みの一つも覚えていない筈がない。雨秤教団の受けた屈辱をそのままに、この村の手助けをしているのだろうか。

 哀れなのは彼女だ。


「エオ嬢。ここが片付いたら、ミュアニス神を伴って村を出ましょう」

「ええ? 諦めちゃうんですか?」

「貴女には話しておきましょうか」


 今現在、どうしてこのような状況に陥っているのか、ヨージは包み隠さずエオに説明する。

 それを聞いたエオの表情は、とても悲しげであった。


「ひどい」

「ここでは、我々も、ミュアニス神も、幸せにはなれません……その、済みませんでした。僕がもう少し配慮していれば、このような事には」

「そんな事! 確かに、良い村じゃありませんでしたけど、貴重なものが沢山得られました。ヨージさんに悪い所なんてありませんよ!」


 軽い謝罪のつもりであったが、エオは真剣そのものだ。全ての努力が虚しく散ったかと思っていただけに、エオの言葉は救いになる。少なくとも、自分はリーアとエオに対する信頼を得たのだ。

 これから長い付き合いになるであろうから、確かに、得たものはある。


「衣笠殿。目抜き通りの壁の設え、粗方完了です」

「了解した。エオ嬢、降りましょう」

「これからどうするんです?」

「当然、迎撃ですよ……ああ、そうだ、エオ嬢」

「はい?」

「お願いしていた、図書室の資料及び村史のお話ですが」

「あ、はい。恐らく、ヨージさんが懸念した通りです。道すがらお話します」


 中央広場に向かいながら、エオの話に耳を傾ける。

 村史と議事録を調べるようにお願いしていたものだ。大樹教に詳しいエオは、ヨージの意図をある程度汲んでくれたようである。


「民主化前の資料は殆ど残っていませんでした」

「うーむ、厳しいか……」

「が! エオはちゃんと調べて来ましたよ? 司書さんの目を誤魔化して資料準備室のカギをちょろまかしてですね」

「おお、やりますね」

「はい! 準備室の方には古い資料も全部詰め込んでありました。少し長くなりますけど、お話します?」

「お願いします」


 そういってエオが得意げな顔でその成果を披露する。

 ページを捲って目に入れただけで記憶してしまうという、魔法より魔法めいた脳を持っている彼女の頭には現在、ビグ村の司法、行政、立法、その他諸々が犇めいている事になる。

 ……それだけの才能がありながら、使われる事も認められる事もなかったとは、悲しいものだ。


「やっぱり雨秤の奇跡について、議事録に記載したり、広報を出したりはしてません……どうしました?」

「いいえ。その力はやはり、治癒神友の会の為にあったのでしょう」

「あはっ!」


 エオが嬉しそうに笑う。認められるのが嬉しいのだろう。

 彼女は色々と謎めいてはいるが、一人の少女と相違ない。彼女にはこれからも笑って貰わねばならないのだ、自分も頑張らねばならない。


「それでー、ですね。一纏めになった資料がなかったので、三十冊程ひっくり返して精査した所、ビグ村は村神を変える事およそ九度。最初以外の八柱は、十年単位で入れ替わっていますね」

「追い出されたのでしょうか」

「自主的に出て行ったものが多いみたいです。大半の村神が、この地は合わないと」

「やはり、元から神の就き難い土地ですか……いや。一番最初の村神は。恐らく、この村の起源となる神だと思うのですが」

「はい。あまりにも入れ替わるので、最初の村神について調べてみました。でも詳細が不明……というか、ぼかして書いてあったというか」


 村神が就き難い原因というのは、多くない。エオも感づいたであろう。

 最もたる事例として、その土地の神気が抜けきっていない場合だ。

 つまり、前の村神の神気が幅を利かせており、次の村神の神気が土地に浸透し難い故に、神が就任し続ける事が出来ないのである。

 通常はあり得ない。それ相応の対策をするからだ。

 つまり、通常ではなく、それ相応の対策をしない状態で新しい村神を迎えた事になる。


「考えられるのは、最初の村神が死んでしまった可能性、ですけれど……ヨージさん?」

「あー……」


 概要を聴くに至り、ヨージの予想は確証に辿り着いた。

 もしただ死んだなら、大樹教の儀式官を連れてきて、神気払いの儀を執り行えば良い。それをしないのは、後ろめたい事があるからだ。


「有難うございました、十分です」

「お役に立てましたか?」

「ええ。エオ嬢は素晴らしい」

「少しは好きになりましたか?」

「教団的に好ましいです」

「ぐぬっ! ヨージさんガード硬い!」

「まあまあ。仕上げに取り掛かりますから、先に行って役場に入っていてください」

「もー。誤魔化すー。はーい分かりました。エオは物分かりが良い女なんですッ」


 プリプリ怒りながら、エオが妙な足の速さで役場へと向かう。

 彼女の話はとても有益であった。現状でまだ『リーアを村神にする』という野望を持っていたのならば、この話をもって村議会を脅す事も出来ただろう。

 が、今となっては虚しいだけの話である。

 やはり、この村は、ダメだ。



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