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龍女皇陛下のお婿様  作者: 俄雨
ビグ村編
33/343

紅い蝕痕4



「皆さま! 治癒神友の会、第二神官長のヨージ・衣笠であります! 皆さまの心中お察しします。辛いでしょう、苦しいでしょう、もしかすれば、もう被害に遭われた方も、いるかもしれません。しかし村神が居ないこの村では、貴方達が戦わなければいけない! 明日の為、未来の為、両親家族親戚諸々、貴方達が愛する村を護るのは貴方達村人です! 残滓は確かに手強い。訓練無しで戦える敵ではありません。けれども、ここでビグ村の皆が団結し、一人一人が出来る事をするならば、いいや、いいや、ハッキリ言いましょう! 私の指示に従っていただけるのならば、必ずや残滓の全てを退け、貴方達に未来を届けられる! 平穏を齎す事が出来る! 大工は槌を! 農民は鍬を! 商人は台車を! 女性子供は彼等を支える暖かいご飯を! 自分のモノ、他人のモノなんて言っていられない、商店通りに使えるものがあるなら、全部持ってきてください! さあ、悲しんでいる暇は無い!」


 残滓の上に乗り、拳を握り、演説をぶちまける。

 絶対敵わないと思った敵を一刀両断した男が、具体的ではないが自分達のすべき事を指示し始めたのだ。そこに希望を見る者が居るだろう。胡散臭くとも、信じる他ないという者もいるだろう。それで良い。兎に角、ヨージの命令系統に組み込まれなければ、全員死ぬだけだ。


『おおおおぉぉしっ!』

『使えるもんは片っ端から台車に詰めろ!』

『水! 水の確保!』

『備蓄は倉庫にあるから!』


 村人達はそれを歓声で迎え、そして各々が自分の仕事道具を用意し始める。


(な、なんとかなったか。邪魔さえ入らなければ、押し切れるかな)


 一番の危惧は『お前等が倒してくれよ』などと言い始めた場合だが『私達は別にこんな村は知らんし、逃げるだけだから。ていうか助けて貰える程、私達に施しした?』と至極真っ当であっても彼等にとっては冷酷なお話をしてあげねばならなかったが、杞憂で終わった。

 神をまともに知らない村ではあっても、代わりに愛郷心がある。

 これは強い。愛国心となるとだいぶ漠然としたものになるが、明日の生活が懸かっている場所が戦場と化すのであるから、見知らぬ振りは出来ないし、こんな村で自分だけ働かなかったら明日から村八分にされるかもしれない。同調圧力はニンゲンがニンゲンである限り存在する。

 問題は村長だ。

 アレが適当な事を喋り始めたら、折角上がった士気が下がる。

 士気というのは根性論抜きで大事なもので、ヤルと決めたその一歩を確実に踏み込ませる力がある。行き過ぎればただの虚言であるが、現状は戦術次第で『残滓だけなら』何とかなる。


「むっ」


 残滓の足元。そこには仰向けで震えている村長の姿があった。


「村長殿。衣笠です。これよりこの村は戦闘態勢に入ります。団結せねば全員死ぬでしょう。何か助言があるならば、お聞きしますが」

「あ、あが……な、ない」

「ところで、何故そこに」

「――ま、護らねば。我が村、我が村民を、ま、護らねば」


 性根は曲がっていそうだが、自分の村に対する矜持ぐらいは持っているようだ。ヨージは残滓から降りて村長に手を差し伸べる。


「これは失礼。多少勘違いをしていた様子です。貴方の愛村精神に敬意を表したいのですが、生憎時間が無い」

「ま、まだいるぞ。残滓は」

「はい。故にココで籠城します。サウザ街の駐屯兵団へ早馬を出す事は?」

「も、もう出してある。しかし、幾ら何でも、こんなものは――」

「なんとかしなければ死んでしまいます。サウザ駐屯兵団が来るまで、私達は持ちこたえなければいけない。指示は私が随時出しますから、貴方は役場の中に避難していてください」

「――私に出来る事はないか。村の危機だ」

「ハッキリ言えば有りません。が、権限を用いるならば大いに有るでしょう。資材と備蓄の開放を」

「わ、分かった」


 村長が素直に従い、役場に常備されている資材の開放に向かう。兎に角時間が無い。今こうしている間にも、どこから残滓が攻めて来るか分からないのだ。

 役場に目をやる。他のどんな村役場よりも立派だが、ここに集まっているニンゲン全てを収容するには足りないだろう。となると女子供を優先して詰めて、かつ裏口は用意しておくべきだ。


(中央広場および役場に伸びる大通りは四本。残滓は北西の山から下りて来るだろうが……相当大型でない限り、残滓は道なりに来る。四本は多すぎる。家は火事を想定してすぐ解体出来る造りであった。大工が手伝えば防御壁というより、道を塞ぐくらいには出来るだろう。せめて二本に絞らねば)


 頭が回る。市街地戦は初めてではないが、大体ニンゲン相手であるから、何が正解とも言えない。ただ、やはり残滓とはいえ歩き易い道を進んで来る為、進路は絞れるだろう。

 ヨージが遊撃して残滓を潰して回りたい所だが、同時に指揮を引き受けたとなるとそうもいかない。戦力として期待出来るのは、駐在兵か。ただ依然残滓が襲って来た時の事を考えると、指導が必要になる。

 そして一番期待出来た豊御霊が居ない。


「我が神……」


 残滓に対して絶対的なアドバンテージを誇るのは、神である。

 リーアが残滓と戦う姿など想像も出来ないが、リーアが殴れば残滓など単なる木材か石材か、その程度の差がある筈なのだ。


(むっ、どこだ……?)


 先ほど、残滓と相対していた筈のリーアが見当たらない。辺りをグルリと見回してみると、役場の中で銀色がかった髪の少女が目に留まった。ヨージは駆け寄り、その見えた窓を叩く。


「我が神」

「よーちゃん」


 リーアの後ろに控えている者達を見る。皆残滓が暴れた影響で怪我をした者だろう。

 なんとも都合の良い話だ。

 あれだけ罵った相手に対して、危機に瀕したらこれか。

 自分の発言や態度に責任や矜持を持っていないのだろうか。

 外ではなく、建物内に居る事を考えると、ヨージの目に触れないようにしたのだろう。


「き、衣笠さん。これは……」

「こそこそと……ココは帝国ですので、貴方達の考えや慣習に詳しい訳ではない。けれども、少なくとも私の国でそんな恥を晒す者は村八分でしょうし、石を投げられても文句を言えませんね」

「――……」


 自分で言っていて、間抜けであるような気がする。

 何せ自分こそが、そうなったのだから。


『――こそこそと……ねえ、惟鷹これたか様。日向は肌に合いませんかしら。ふふふ、暗ぁい夜道など、貴方様には似合いませんことよ……? さあお手を。わたくしに頼ってくださいまし。さあ、惟鷹様。愛しい愛しい貴方様……ふふっ、ふふふっ――』


「ぐっ――……」


『あのヒト』の声が聞こえるような気がした。爪を立てた拳を握り締める。

 ヨージ・衣笠……いいや、『青葉惟鷹』という男の、何もかもを見通しながら、何もかもを見透かしながら、もがき苦しみ、悶え喘ぐ姿を笑いながら視ていた、あのヒトの声だ。


「よーちゃん」


 呼び声に気づき、頭を振る。今はそんな過去を振り返っている場合ではない。


「ゴホンッ……皆、暫く。我が神のご意思を伺います」


 そういってヨージは窓からリーアを引っ張り上げて外に出す。引っ張り出されたリーアは、真顔でジッとヨージを見つめていた。

 多少は懸念したのだ。やはり治癒の力というのは稀であるから、このように都合良く利用されてしまうのではないか、という事を。勿論ヨージはそれを警戒して、神が私的に利用されないよう配慮して来たし、治癒に対する制限もかけるつもりでいた。


「お加減は?」

「大丈夫」

「今、大変に差し迫っています。安全が確認され次第、我が神とエオ嬢には、村を直ぐ出て頂く」


 最悪、リーアとエオが無事ならば、何でも良い。

 この村には辛酸を舐めさせられてばかりであるし、命を懸けてまで護る必要を感じない。まして火の神などが近場に存在する場所だ、いつ竜精が飛んで来るとも限らないのだ、逃げるのが一番であろう。

 村人もこの通りだ。

 神何たるかを知らず暮らして来たとはいえ、それを差し引いても、強欲が過ぎる。ヒトの事を言えた立場ではない事ぐらいは承知しているが、それにしてもあんまりだ。

 だから逃げる。

 ある程度は残滓を退治しよう。だがグリジアヌが出て来た場合止める手段が限られる上に、火の神まで下って来たならば、もう終わりだ。


「ここでは、都合良く使われるだけです。それに、この村には居られない事情も出来ました。何卒、ご理解を」

「そういうのは、いい」

「……」

「あんまり、良いヒト達じゃないし、よーちゃんとエオちゃんをバカにするようなヒト達だし、ハッキリ言うと嫌い」

「では」

「でも。私、目の前でヒトが死ぬのはあんまり見たくない。怪我するのも、見たくない」


 そういって、リーアがヨージを改めて見据える。その視線の先にあるのは、腹だ。


「……私は愚かでしたね」


 リーアが拗ねていた理由を、今になって自覚し、項垂れる。

 リーアが怒っていたのは、何よりもヨージが自分の腹を、例え演技だとしても切ろうとした事実だ。

 彼女なりに村人達への不信感はあるのだろうが、そんなもの、前からである。

 ずっと彼女はヒトを怖がっていたではないか。

 この村に来て慣らすよう促した成果が出ただけであって、元からヒトに対する評価は、一定なのである。

 彼女にとってヒトとは癒すもの。救うもの。

 それ以上でも、以下でもないのだ、きっと。

 そんな事よりも、自分が助けた筈の男が、自分で腹を切ろうとした事に、怒り心頭なのだ。

 ヨージは地面に正座し、しっかりと頭を下げる。


「約束を反故にしました。申し訳ありません、我が神」

「ん」


 リーアがしゃがみ込み、土下座するヨージに顔を上げるよう促す。


(――笑顔だ)


 彼女は笑っていた。いつもどこか呆けており、感情の変化は窺い知れても、ついぞ笑っている所を見た事がなかった。

 だがこれは、己の知らぬ母のような温かみがあり、絶対的に安心を得られる、魔法のような笑顔である。

 そうであった。

 自分は、確かに感謝した。

 彼女が自分を救ってくれた事に対して、その身を捧げると宣言はしたが、有難うの一言を、果たして言っただろうか。


「我が神。いいえ、シュプリーア。有難うございます。僕は、貴方に貰った命を、無駄にはしません。誓います」

「うん。ふふふっ」


 頭を撫でられる。一体何十年ぶりだろうか、そのような扱いをされたのは。


「では、どのようにしましょう。私は貴女の剣であり盾であり弓であり、労働力であり信徒であり、貴女の友です。如何様にでも」

「じゃあ、よーちゃんが死なない程度に、頑張ろう。私も、仕事する」

「承りました。では、死なない程度に、いえ、死なないようにしましょう。少なくとも現状、頑張らないと死にます故」

「うん」


 ヨージは覚悟を新たに、リーアを持ち上げて部屋に戻す。


「我が神からのお許しが出ました。各々方、粗相無きようお願いします。無理強いなどしようものなら、その五体確実に分散して川に撒きます」

「あ、ありがとうございます――ッ」

「我が神。一通り終えましたら、私のもとへ。籠城戦を説明します」


 リーアが力強く頷き、群がった人々に対して施しを始める。それを確認してから、ヨージは役場に上がる階段の中央に立ち、ヒトを集め始めた。



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