菩提龍樹1
「オ゛ッええぇぇ……ッ」
大量の液体を吐き出す。それが何なのかは知れない。目が光に慣れずチカチカとする。瞬きを繰り返し、数度吐き、その場に横たわる。
断続的な記憶が脳内を駆け回る。情報の整理は付かず、判然としないまま、全裸の男は目を見開いた。
「ハッ、ハッ……み、みんな。ヒルダ、アラタ君、マサル君……」
視界が次第にハッキリしてくる。どうやら自分は巨大な樹木の根元に居るようだ。自身を包んでいたのは、巨大な果実であろう。自分はその中から出て来たのだ。
立ち上がり、空を見上げる。自分の知っている世界に酷似した空ではあるが、強烈なアズダハの気配が世界を支配している事に気が付く。
「ど、どれほど経ったのか。世界はどうなった?」
滴る果汁によって出来た水たまりに映る自身の姿を認める。記憶に在る自身の姿と違わない。坊主頭の、四十代男性だ。
「誰か、誰かいないのかッ」
声を張り上げる。すると、木の陰から気配を感じ、そちらを振り向く。そこにはとても原始的な、襤褸切れを羽織った坊主頭の少年がこちらを見ていたのだ。
「済まない、言葉が通じるだろうか」
「あ、あ、はい。巨大果実の大師様」
日本語……ではない。ないが、日本語と認識出来た。言語が乱れていないのかもしれない。かつて世界を乱した願いによって言語が分断されて以来であるからして、この世界を支配する者は、その枷を取り払ったと見える。
「ここは、どこだろうか。拙僧は確か、最後はインドの端で、信徒と共に……」
「インド、は分かりません。ここはマントラー僧長国、第六号懲罰地区です」
「新しい国か……随分時間が経っていそうだな……真言というからには、仏教国だね」
「あの」
「どうしたかな」
「私は、懲罰地区の最下層民です。入れ墨もない方とは、とてもお話出来る立場にありません」
どうやら難しいカーストを抱えた国家であるようだ。しかしここで話が出来ないのは困る。入れ墨が格の違いを示しており、入れ墨が無ければ無い程地位が高いようだ。自分をどう定義したものかと頭を捻り、大樹を見上げる。
この木は確かに高いが……はるか先に望む木は、この木の何百倍もあるだろう。
(世界樹があるのか……ではやはり、この世界は……)
世界が変わり始めたあの時。
男……武蔵野界光は、信徒と共に寄り添い、念仏を唱えていた。そこからの記憶が完全に欠落している。しかし自分はどうやら、木の果実から生まれ出て来たようだ。どういう常識の下そんな事が可能であるか、悩むところではあるが……もし、この世界が『ヴァルハラ』に酷似しているのならば、通る理屈を持ち合わせている。
「拙僧は、一柱の神だ。今、産まれたばかりの」
「とても、とても珍しい事だとうかがっています。では、出家されるのですね」
「(一体どんな理屈の国家なのだ、ここは)……つまり拙僧は、御山に向かわねばならない」
「そうです、仰る通りです。経典に従い、私は貴方様を総本山にお導きする役目を今、負いました」
「なるほど、では、お願いしようかな」
「畏まりました、大師様。地区長に報告します」
そういって、少年はこめかみに指を当てる。そこには外科手術の痕が見受けられた。脳内インプラントとは、科学的に随分進んでいるようだが……その姿はみすぼらしい。明らかに下層民だ。懲罰地区、という名前からしても、ここが何かしらの咎を受けた者達の流刑地である事が窺える。
「それは、何をしているのかな」
「はい、私達の頭には宿業梵字が埋め込まれています。皆さんとの連絡もそうですが、何よりも総本山から齎される有難いお言葉を受ける事が出来るのです」
(……地獄のような場所だ。まさか、これがこの世界の標準ではあるまいな)
……自分が目を覚ましたこの世界がおかしいのか、土地がおかしいのか。まだ判断出来ない為保留とする。そしてふと、思い出し、身が固まる。
「……少年。名前は」
「名前は名乗る事を許されていません」
「ではどう識別しているのかな」
「天魔の00112123番です」
思わず強く目を瞑る。人を天魔呼ばわりし、しかも番号で管理するなど、とても人の心があるとは思えなかった。確実にこの国家は間違えている。どれだけ教えがねじ曲がったらそのような倫理観を携えた国家になるのか、見当もつかない。
「では少年。フォールンは、どうなっただろうか」
「すみません、大師様、その単語は分かりません」
遠くを望む。村と思われる方向から数人の人々がこちらへと手を振っていた。人が平然と外を歩いている……フォールンは、対処されたのか、無害化されたのか、人間が耐性を得たのか。少なくともこの世界でフォールンを警戒する必要は無さそうだ。
「これで二度と私は村へと戻れません。総本山まで、どうかよろしくお願いします」
「あ、ああ」
「ここは総本山から一番近い懲罰地区ですから、歩いて半日で着きます」
「そうかい。では、お願いするよ。それと」
「はい」
「なにか、布はないかな……」
「では、こちらを」
そういって少年は自分の襤褸切れの上着を破り差し出す。ボロのボロである。とはいえ施しであるからして、界光は手を合わせて頭を下げ、腰に巻く。
「忝い」
「ああ、総本山の御坊様達と同じ合掌……やはり、徳の高い神様なのですね」
(作法すら制限されているのか。狂っているにも程がある。確実に上層部が礼儀作法を権威に組み込み、独占し、国家国民を従えているだろう。参ったな、酷い世界だ)
歩きながら、懲罰地区と呼ばれた方に目をやる。砂漠という程ではないが砂地が多く、樹木の本数も少ない。地区は数千人規模であろうか、みな廃材を組み立てたような家屋だ。自分の知る時代でもそういった国や地域は沢山存在したが、それにしても文明を感じられない。
地区の中央には、そんな人々の暮らしには似つかわしくない程の大きな大仏が据えられ、人々を睥睨していた。大仏自体は昔からあるが……明らかに権威的であり、親しみは湧かない。国家太平などではなく、国の威容を伝え、管理監視の為に存在しているのだろう。
末法も極まった様相だ。
「君達は、何の罪で懲罰地区にいるのかな」
「はい。私達は六代前の謀反人の末裔です」
「……末裔。六代も前の。なのに、子孫すら懲罰地区から動けないのかい」
「私達が先祖の罪を贖うまでです。それまでは『菩提龍樹』へ赴く事は許されていません。しかし、今例外が発生しました。貴方です」
「……拙僧を見つけた君は、経典に従い、菩提龍樹のある総本山に、赴くんだね」
「はい。こんなに嬉しい事はありません。有難うございます、大師様」
罪を下の世代にまで背負わせ続けるというのか。どれほどイカレたらそのような邪悪な思想になるのか、ほとほと見当もつかない。しかも彼等が社会に寄与している雰囲気もない。つまり、ただ生かされて放置されているだけなのだろう。
奴隷として働かされている訳でもない。ただ、投げ捨てられているだけ。社会として健全かどうかは、その国の常識と文化と法による部分は大きいが、明らかに、上と下の格差を作る為だけにあると思われる。
「……そういえば」
「どうかしたかな」
「"最終解脱"が発生したと、宿業梵字から届きました。菩提龍樹が発生して三百万年、初めての事だとかで、導師様方はとてもお喜びの様子でしたよ」
「さん……ッ」
思わず口元を覆う。三百万年。膝をつく。吐き戻す。三百万年。少なくとも三百万年前に、そんな大樹は存在していない。当たり前だ。そんなもの現実にある訳がないのだ。そもそも発生したのが三百万年前だったとするなら……。
「た、大師様」
「三百万年……? せ、世界は……少年、拙僧は……過去の、記憶がある」
「なんと。転生されてしまったのですね……お可哀想に。しかし、徳の高い大師様として転生されたのならば、次こそは解脱でしょう」
「世界は、どうなっているのだろう。何か、解るものはあるだろうか」
「すみません、書物を読む事も許されていないのです」
「(権威的すぎる。いつの時代の世界だというんだ……)その、導師に会えば、世界を知る事が出来るだろうか」
「はい。入れ墨も無く生まれる神様は、昔から徳一等とされているようです。つまり、産まれた時点で導師様方よりも上位に存在している事になります」
「……わかった。行こう」
「はい。加減が優れない場合は、いつでも言ってください」
少年に連れられ、舗装もされていない道をただ歩く。標識もない。何ともすれ違わない。文明度が低すぎる。この世界は、こんな国ばかりなのか。フォールンの脅威が無くなっても、これでは原始人と大差ない。
「……原始的だね。機械などは……ないのかな」
「バルバロス通商国や、先進国に幾つかあるぐらいだそうです」
「先進国……東の方に、大きな島国はないだろうか」
「ありますよ」
「お、おおっ。なんという国だろうか」
「大扶桑女皇国です。十全皇という龍が統べる国で、超軍事国家として世界三大国家を形成しています」
「扶桑……日本の雅号だ。やはり、大樹が基礎になった世界だね……。あの時、感じたあの力は……」
思い出す。インド、パキスタン国境付近。アズダハを確保したのは良かったが、その夜に夜盗に襲われてしまった。命からがら逃げだしたものの、逃げ出した先は……自分の知らない世界になっていた。
その雰囲気が、ヴァルハラのものであった事。そしてそれは、明らかに、自分達の所為であったのではないかという、不安。
「十全皇という龍は、何者だろうか」
「さて。世界創世から生きて居る龍としか分かりません。国の名前の通り女性の龍です」
「リュウが、世界を支配しているのかな」
「はい。世界樹があるノードワルト大帝国、扶桑雅悦のある大扶桑女皇国、そして地母神樹を擁するイナンナー部族連合王国が三大国家です。ユグドラーシルには三竜王が、扶桑には十全皇が、イナンナーの竜は、だいぶ昔に滅びたそうですが、基本的には竜、準竜種と呼ばれるような強大な存在が、国を統べています」
「なるほど……」
やはり、ヴァルハラと似たような設定になっている。同じではないが、類似点が多い。
語れる事は無いと話した少年であるが、オオヤケにされている事ぐらいは知っているようだ。ただ本を読む事も許されないのならば、ほぼ口伝だろう。基本教育自体懲罰地区には存在していないと思われる。
「ではこの国は」
「マントラー僧長国は、リュウがいません。ただ、世界が危機に瀕した際、最終解脱者が出現し、またリュウが目を覚ますと言われています。リュウとは即ち菩提龍樹から産まれるリュウ、龍仏だと言われています」
それは誰の思惑でそういう設定になっているのだろうか。あの時、何者かが……世界を上書きした。ヴァルハラの知識がある、アズダハキャリアだろう。途方もない力を手に入れたのだ。
項垂れる。
自分のやって来た事は、全て失敗したのだ。新や将はどうしただろうか。娘のヒルダは、その後どうなっただろうか。黄萌は、宝太は、力実は、他の研究者達は……信者達は、どうなってしまったのだろうか。
「……」
「なにか、気に障るような事を、言ったでしょうか」
「君は、今までどのようにして、生きて来ただろうか。見た目、十代中盤だね」
「はい。数えで十六です。しかし大師様、私の生きた過程なるものは、何か重要でしょうか」
「仕事は何をしているとか、何か夢があるとか」
「贖罪の為、日々読経を上げています。それ以外は、畑仕事をするのみです」
「なるほど」
昔の農民と大差のない生活といえば、そうだ。この文明度であるからして、夢を抱いたり、未来に展望を持ったりなんていう余裕はどこにもないのだろう。虚しいが、そんなものだ。
「この国で一番偉い人は誰かな」
「はい、第十二真言隊の導師である、カトー僧長です」
「(加藤……?)それは、この国の指導者という事になるのかな」
「マントラ―僧長国は便宜上国家を名乗っていますが、導師会は政府とは違います。国家という概念には収まっていないそうです」
「他の国と外交しなければならない故に、国を名乗っているだけ、という事かな」
「はい。我々マントラーの者は、最終解脱を目的としています。国とは兜率浄土国の事であり、我々はその前段階の魂でしかありません」
少し納得が行く。ここは国家ではない。人も運営されていないのだ。このクニ全土が修行の場であり、浄土を目指して修練を積むだけの土台として考えているのだろう。他人に関心も無いに違いない。
……上生とも下生とも違う。弥勒が修行を積む兜率天を浄土と捉えているらしい。仏教の画一的な信仰思想がある訳ではないので、長い時間の中変化したものと思われる。
「それにしても、随分歩いたが、商売っ気の一つもないね」
「商売……あ、金銭の取引はご法度です、お気を付けください」
「経済存在してないのかぁ……」
「導師会は金銭を悪と定めています。心を惑わす悪魔だと」
ではこの荒廃っぷりも理解出来る。金が動かないのであれば、積極的に動くものも少ない。では半ば、原始共産主義のような、小規模村社会を国家規模で行っているのだろう。絶対に成功しないものであり、現にこの通り、市民は原始人に毛が生えた程度である。
「その、大師様」
「なにかな」
「大師様は、過去の記憶があるのですよね。過去は、どんな世界だったのでしょう」
「……いい知識欲だね」
「あっ……ナマーミダ、ナマーミダ。申し訳ございません」
(阿弥陀を拝んでいるのか? いや……)
珍しく道端に建造物がある。祠のようだ。中には、不動明王に似た仏像が収まっていた。また、人の気配が近づくと、道祖神と思しきもの、薬師如来像のようなものも見受けられる。
(恐らく特定する仏は拝んでいないな。新興宗教の教祖である拙僧が、何か文句をつけるものでもないね)
「良いんだ。拙僧は誰にも言わない。約束しよう。君は知識に飢えていたろう」
「……はい。本当は、本も読みたかった。歌も歌いたかったのです」
「これから話すことは、君にとって荒唐無稽だ。何せ、三百万年以上前の記憶だからね」
「――!! それは、すごい!! 是非、是非に」
「ああ、何から話そうか」
歩きながら、少年に自分の記憶を語る。今まで生気のなかった少年の目に、輝きが灯っていた。彼は何一つ理解出来ないだろうが、それでも、自分の知らない世界の話が、本当に楽しかったのか、何度も質問し、何度も反芻し、知識を味わっている。
……鈴谷新の幼少期。まさに、彼もこのような目をしていた。
「うっ……ううぅぅ……うぅぅぅぅ……」
「大師様、大師様。どうされましたか。何か、痛みますか」
「心が……苦しくて。拙僧は……何の為に……何の為にぃ……ッ!!」
会わねば。この世界を支配するというリュウ達に会わねばならない。
会ってだから何をしたいなんて話はない。聞かねばならないのだ。どうしてこうなってしまったのか。あの後人々がどうなったのか。人間は……これからどうしなければならないのかを。
マントラー僧長国首都『総本山』は、首都と名乗るには何もない場所だった。目抜き通りだけが整えられているだけであり、経済が無い為商売もなく、街の人々は皆、思い思いの修行に励んでいるだけで、他には目もくれない。
全体的に土の色。たまに木が生えているだけ。木より高い建物もない。寺院らしきものも二階建てが限度で、土と石くれを固めて造られているだけだ。
ここには人生がない。生活がない。人間らしい人間は一人もいない。確かに国家ではない。
「貴様、懲罰地区のニンゲンだな。三本線」
「はい。天魔の00112123番です」
「何故ここにいる。隣の男は何だ」
「はい。『菩提龍樹』の分木の実から、お大師様がご顕現なされましたので、首都までお連れしました。どうぞ、ご確認ください」
目抜き通りを歩いていると、警備のような者に止められる。装備は……単発式ライフルだ。恐らくこの国のものではなく、物々交換の輸入品だろう。国家を名乗らない割には、随分と厳つい軍事力を有しているものだ。
三本線……というのは、彼の腕に入っている入れ墨の本数だ。なんだか江戸時代のようである。
「ふむ……――なるほど。よく参った。確認が取れた。通られよ」
「ナマーミダ」
「ナマーミダ。徳がかなり高いとお見受けしますが、いつお目覚めに」
「先ほどだよ」
「なんと……分木の巨大果実から生まれる神は、随分と軟弱である事ばかりであるというのに、ここまで立派なお大師様が生まれるとは……」
「珍しい事なのですね」
「はい。最終解脱が成し遂げられて以降、導師達は奇跡にとても敏感になっています。貴方も、またその内かと思われるでしょう。この先の正面にある寺院へどうぞ」
「ありがとう」
どうやら、自分のようにあの大きな果実から生まれる者はいるようだ。また、徳なるものをどこで判別しているのか気になるところだ。
「徳ね。それは目に見えるものではないというのに」
「いえ、視えます」
「ええ……?」
「宿業梵字は遠隔会話の他に、数値化した徳を保存する力があります。当然私は最底辺なので、何をしたところで上がるものではありませんが」
「……――」
徳の、数値化。あまりにも眩暈がしそうな言葉である。品格、精神性、善行……目に見えない部分から滲み出るものであり、それは人相などもあるだろうが、やはり徳の高い者というのは所作がいやらしくなく、言葉にする前に行動を起こし、まず人の助けになるような人物だ。
そういったものは数値などで計るものなどではない。まして自分で名乗るものでもない。
「大師様は宿業梵字を埋めていませんから、数字は分かりませんが。けれど、やっぱり雰囲気から滲み出るものがあると思います」
「……拙僧の知っている仏教とはかけ離れているねぇ」
「大師様の過去と比べたら、確かに」
「まあ、拙僧の時代が良かったとは言わないよ。世界は終わりかけていたし、道徳も倫理観も死んだような者達は沢山いた。が、ここはそういうレベルではないね……」
そもそも、自分こそが倫理にもとる行動をとった結果、今が有るのだろうが。
「参ったな、これは」
街の中を歩く。街、というのも烏滸がましい程度のものだ。最終解脱……悟りを目指しているという人々は地べたに座り込み、木簡に書かれた恐らくは経典だと思われるものを読み上げている。ところどろこ、般若心経や法華経、阿弥陀経のようなフレーズが聴こえて来るが、全文ではなさそうだ。
しかし、数百万年経っても、変質したとはいえ仏教が残っている事に驚きである。
「むっ、地震?」
「いえ、あれは……」
地鳴りが響く。何事かと視線を巡らせていると、遠くから巨大な飛来物が幾つか、地面に降り立ったのが見えた。
「冗談でしょう……」
「あれは、明王級戦術氣兵ですね」
軍荼利明王……と思しき形をした、人型のロボットが着地したのである。全長で20メートル程あるだろうか。経済もない国家にしては、随分派手な兵器を有しているものだ。
「動力はなんだい」
「当然魔力ですが」
「魔法があるのかい……?」
「ええ。大師様の時代にはなかったのですね」
(あると言えばあった。無いと言えばないが……参ったな)
額を手で打つ。
「素材は?」
「石ですね。魔力を含む魔化鉱石を、石工が削り出したものです。魔力動力炉は主動力で、それを動かす為に徳が必要になります。徳義ドライブというのですが」
「……」
どうやら人の手のぬくもりで作られているらしい。明王級は首都の端を暫くと進み、綺麗に配置され始めた。
首都の防衛兵器なのだろうか。
「普段からいるのかい?」
「いえ。イナンナーに戦争を仕掛けるので」
「……戦争? この国が、今更何を得るというんだい」
「さて。導師会のお考えは、私には分かりません」
「兵隊はどうするのかな」
「懲罰地区の人間を突撃させたあと、僧兵が突っ込み、戦術氣兵が続きます」
「君達は、弾避けにされるのか」
「昔からの習わしなので」
彼はその待遇について、疑問に思っていないようだ。いつの時代も、素人を弾避けに使う事はあったが、この国においては人間としても認識されていないだろう。彼等は罪業を背負う愚か者の一族であり、せめて壁になる位はしろ、程度だ。
……現状自分の立場が不明だ。ここを支配する導師会なるものに、意見したところで意味がないどころか、殺されてしまうかもしれない。少なくとも、今は黙ろう。
「それにしても……女性がいないね」
「女性はいません」
「……表に出ないような戒律があるのかな」
「いえ。女性はいないのです」
「どういう意味かな」
「女性は生まれた瞬間から穢れとされ、即座に大樹の洞へと投げ込まれるのです」
「――……――…………」
絶句。
道徳がどうの、倫理観がどうの、などという説教的な考えが全て吹っ飛ぶ。これは、ここは……この国は、存在してはならない国家なのではないか。なんだそれは、人権が云々どころの話ではない、生物としてすら扱われていないではないか。
「では、そもそも、君達はどう産まれて来るのだろうか」
「はい。菩提龍樹の枝や葉から産まれてきます。実から産まれるのは神とされていますね。大師様の事です」
「……その時点で性器が確認出来なかった赤子は、洞に投げ込まれる、と」
「その通りです」
「ふっ……ふざけている。い、一体それで、何の徳を積むというんだ。あ、あり得ない……」
「少なくとも、この国ではそうです」
「き、君は。六代前の罪を贖っていると言っていたが」
「はい。聴樹師という方々がいらっしゃいまして。彼等は魂を特定出来るのです。大樹から産まれた子の前世を見るのです。私は、つまり六代前に罪を犯した者と同じ魂を有しています」
「そんな、馬鹿な……」
……知りもしない過去の人物の罪を償い続けているというのか。産まれた瞬間から罪人かどうか、女かどうかを選別され、そんなものを……そんなものを、三百万年も繰り返しているのか。
あまりの虚しさ、悲しさに、胸が熱くなる。全身を熱が駆けまわって行く。
許されるものではない。絶対に許されるものではない。何が仏教だ、イカレた思想を人間に押し付け、有りもしない……そうだ。ありもしない浄土の為に、ひたすらに苦行だけを積ませているのか。
「大師様。良くいらっしゃいました。どうぞこちらへ」
寺院に着くと、出迎えの者が三名いた。彼等は緋色の僧衣を界光へと着せる。
「お前はよくやった。さあ、菩提龍樹へ」
「ナマーミダ。大師様」
「あ、ああ。気をつけて」
「はい。得た徳は微々たるものでしたが、次はしっかりとした人間として生まれたいです。どうか、是非見ていてください」
「何を……」
「さあ、大師様、こちらへ」
出迎えの者達に連れられ、大樹へと近づく。こちらは寺院の廊下を、少年は大樹へと赴く道を並行して歩いて行く。彼は数度こちらを見て、笑顔で手を振ってくれた。
「彼は、菩提龍樹に参拝するんだね」
「ええ。一生に一度、あるかないか、光栄な事です。まして罪人ですからね」
「彼は、とてもよくしてくれたよ。徳というからには、実に高い行いだったと思う」
「なるほど。では今の生において、彼の罪は少しでも禊を受けたのでしょう」
高台に昇る。ここは大樹の洞を覗けるように造られている様子だった。彼はその身包みを丁寧に畳んで置き、水を浴び、何かしらの花、何かしらの種をその身に振りまいてから、こちらに手を合わせる。
「その、少年は、その、何を」
「はい。彼は役目を終えたので、大樹へと還るのです」
「は、はあ……?」
『大師様ー!!』
「少年……少年!! 駄目だ、危ない!! 下がりなさい!!」
『どうか、マントラーに大きな悟りを、未来の永劫の救済の為、御力添えくださいッ』
「少年ッ!!」
少年はもう一度頭を下げ、そして深い深い洞の中へと飛び込んだ。
『オン マイタレイヤ ソワカ!! 兜率下生成就!!』
……弥勒菩薩の真言を唱え、彼は穴の中へと消えて行った。
数秒後、どしゃりと、肉の潰れる音が洞の中から反響した。
「なぜ……」
「大師様は徳が高く、恐らくは転生の回数も少ない故に、ご存じないかと思いますが、このマントラーにおいて、大洞投地は栄誉な事なのです」
「なんで……」
「何も悲しまれる事などありますまい。アレは罪人故、また遠からず生まれてきます」
「ふざけるな」
「うーむ。大洞投地を知らないとなると、かなり古い神である可能性があるな……導師の下へお連れしよう」
「ふざけるなと言っているんだ!! そんな国も、教えも、存在してたまるかッ!! 子供を犠牲にして、何を成り立たせるというんだ!! そんな仏教があって、たまるかぁぁぁッッ!!」
界光の、在る筈がない怒髪が天を衝く。体中を巡っていた何かが流出し、それはエネルギーとして周囲を吹き飛ばした。出迎えの二人は勢いのまま柵の外へと放り出されて行く。
「オオアッ!! これは!! ただの神などではない!! うおおぉぉぉぉぉ……」
「龍!! 龍だ!! ご顕現なされたのだ!! マントラーに浄土が降りるぞぉぉぉぉッ!!」
「あ、あ、あ、……ちが、違う。そんな……大丈夫かねッ?」
「龍仏!! 我等が光、どうか、どうか怒りをお納めくださいませっ」
柵にしがみついて難を逃れた一人が慌てて地面に頭を擦り付ける。何が龍だ、馬鹿にしているのか。今目の前で、少年が死んだというのに、何をノンキな事を言っているのだ。
どうなっている。
なんなのだこの地獄は。
イカレている。
狂っている。
「うっ……ッ」
菩提龍樹が輝いている。同時に襲い来る頭痛が界光を痛めつけた。揺れる視界、回転する三半規管、天より降り注いだ一条の光が、界光の脳裏に、あの時何を願ったのか、自分が、最後は何になったのか、思い起こさせる。
「思い出した……拙僧は……あの時得たアズダハを……」
凡そ、一キロ分。それを、喰らったのだ。どうする事も出来なかった。目の前で世界が塗り替えられ始め、それがアズダハ由来の力であると把握した時、界光は咄嗟にそれを全て胃に収めたのだ。何故そんな事を考えたのか、詳細な説明は論理的に出来ない、している場合ではなかった、とにかく、アズダハが無ければ、そのまま世界改変に飲み込まれる、連れて来た信徒達の命も助からない……そう考えた時には、すべてを喰らっていたのだ。
耐えねば。一先ずは耐えねばと。耐えて、把握し、それからまた動き出す為にと……。
「……――導師に会わせてくれるかな。とても、赦されるものではないから」
「はい、ただいまッ!! 道を開けよ!! 道を開けよ!! 御龍仏、ご顕現!! 御龍仏、ご顕現!!」
……このままではいけない。
イナンナー部族連合王国 連合首都『メーナ』 メーナ港
強い日差しに目が細まる。まさしく抜けているとしか思えない青黒い空から降り注ぐ日光が、白く近代的な街並みとガラス窓を反射し、余計に眩しい。
首都の窓口である港湾は様々な人種が行き交い、凄まじい熱気を帯びていた。普段扶桑や大帝国では見ない人種……小鬼、獣鬼、小妖鬼なども混じっており、失礼ながら目移りしてしまう。
膨大な量の流通品が行き来し、場外市場は肩を触れないように歩くのは無理な様相だ。怒号があちこちから響き渡り、三法秒後にはどこかで喧嘩が始まっている。窃盗犯を追うのに警察は市民を足蹴にし、刃傷沙汰となったら周囲の全員が取り押さえに暴れ回る。
「熱量がえげつないです。みんな短命なんじゃないでしょうか」
「そうでもないぞ。人間族女性の平均寿命は70後半だ。医療も充実しているからな」
「そこは先進国なんですねぇ。まあ男の犠牲になりたっているでしょうが」
「全く否定出来ない」
この乱痴気騒ぎとしか思えない日常の主役は全員女である。扶桑の港町に居そうな薄着で声のデカイおっさんを、全部女に置き換えたような世界だ。
ここはイナンナー。女性主権、母系社会の頂点であり、全ての物事が女を中心にして回っている、世界三位の怪物国家である。
「しかし、姫君が御帰還であるのに、お迎えもないのですね」
「姫個人として扱われるのはこの港湾を出た後だ。そもそもこの賑わいでは王家のニンゲンも近づけんしな。女王を迎えるならまだしも、経済活動が優先だ」
「その辺は合理的ですねえ。暗殺などは?」
「ここでサクッと殺されるような姫が、イナンナーの女王になぞなれんからな」
「厳しいこって。大変ですね、グナラ殿」
「弱い女はいらない、という方針なので」
グナラ……キシミア派兵の際、軍団長を務めていたナナリのお付であった書記官だ。今回はナナリの供回りとして付き従うという。ナナリと同じエンキ族の幼馴染らしく、彼女もそれなりの家柄の娘だ。
浅黒い肌に短髪の黒髪で、眼鏡がチャームポイントの何とも可愛らしい容姿である。
「ぶはっ、やっと抜けた。全く。経済活動が盛んなのは結構だが、そもそも港湾の通りが昔ながらの路地だらけで効率が悪い。余が女王になったあかつきには、必ず路盤整理をしてみせる」
「必要でしょうねえ、これは」
「閣下、そろそろ」
「え? あ、そうですね」
グナラに促され、目元のみを覆う仮面をつける。イナンナーのニンゲンに顔を見られたからと即座に青葉惟鷹であるとバレる事はないだろうが、それよりなにより顔が良すぎるので、即座にこの国の女達の餌食になる可能性が高いからだ。
「では、僕はナナリをナナリ姫と呼びます。ナナリは僕をヨージで構いません。グナラ殿も」
「わかったぞ、ヨージ」
「了解しました、ヨージ様」
場外市場を抜けて広い通りに出る。少し歩くと広い場所に獣車の繋ぎ場があった。流石に首都だけあり、ちゃんとこうした場所が設けられているのは感心する。王室用の馬車が見えると、気が付いた従者達がいそいそと近づいて来た。
「あ、あ、ナナリナナ王女殿下。お迎えに上がれず、も、申し訳……」
「よい。何も畏まる事などないぞ。さ、お前達も乗れ」
「はあー……」
ナナリに促されて馬車へと乗り込む。流石王室用であるからして、凝った内装に柔らかい座席、広さも十分だ。従者達はナナリの反応にポカンとしていたようだが、すぐ切り替えて発車する。
「従者の皆さん、驚いていましたね。今までは余程傍若無人に振舞っていたのでしょうね」
「い、いや。そ、そこまでかぁ?」
「私も驚きました。ナナリったらすっかり見違えて。とても落ち着いたし、魔力が澄み切っている。元から、他のお姫様に比べれば、大人しい方ではあったけれど」
出会った頃は確かに分を弁えない馬鹿者の片鱗こそあったが、イナンナー標準の貴族からすると、お淑やかな方なのかもしれない。
「グナラ、防音」
「はい」
「さて。ここから馬車で半法刻程度で王宮区画に到達する。既に話し合ってはいるが、今一度確認しよう」
「ええ、作戦に間違いがあっては困りますからね」
女王選定戦。四年に一度開かれるもので、これは現役女王も参加する事になる。現役女王はシード権を有し、また市民からの支持も後押しする為、大体の場合は現役女王が有利である。ただ今回は現役であるナナリの母、キーリッタが退位を表明している為、姫君達によるサバイバルの様相を呈しているのだ。
女王選定戦参加表明に辿り着いたのは総勢十二人、部族連合王国の名の通り、部族の長一族の姫君が代表者として参加する。
ナナリはキーリッタの娘であり、最初の篩である筆記をパス出来る為、王位継承権第一位という地位に納まっている。そも、彼女は学問に問題を抱えていない為、筆記があっても障害にならない。
「こちらが、女王選定戦のプログラムです」
四つの試験があり、総合得点の最上位者が女王となる。
ナナリは第一次をパスしているので、残り三つをこなさなければならない。
一つはサバイバル。
イナンナーは農耕を大規模に行って来た民族の集合体ではあるが、個々人の力を示す為に長年狩りの上手さを優秀さの基準としてきた。その長がまさか狩りの一つも出来ないのでは、お話にならない。二日の間誰にも助けを得ず、山の中で狩りをし、ノルマを達成、その中で更に狩りの成績が素晴らしいものに加点がされる。
一つは闘技。
こちらは姫君が連れて来た婿候補の仕事となる。イナンナーの姫たるもの、一流の男を連れ添っていなければ話にならない。トーナメント戦で行われ、これにシードはない。順位によって加点される。また、技量や活躍を評価する賞もあるので、これも加点だ。
一つは弁論。
イナンナーの姫たるもの、弁舌も立たねばならない。国家国民を従えて行くものが、恥ずかしがってお話も出来ないのでは論外だ。衆人環視の中、豪華に着飾り、どういう国にしたいのかを語る事になる。民衆の投票券が行使され、一定の得た票数が加点となる。
ここまでが表向きだ。
全てが終わった後、暗幕の先で行われる政治があるようで、女王選定戦の都度違う内容であるらしく、それは今の段階でも知らされていない、完全にぶっつけ本番となる。
正直、点数などは民衆向けのエンターティメントなのだ。影で何が行われているのか、これに全てがかかっていると言っても過言ではない。
選定戦そのものについては……つまり足切りだ。一応意味こそがあるが、これをこなせないようでは、数千万の国民の頂点を争う場になど、到達出来ない。
「で、ライバルとなり得る姫君はいますか、グナラ殿」
「マルドク族のエナ姫ですね。以前のナナリなら、相手にすらして貰えなかったかと」
イナンナー最大の戦艦マルドゥクの名が示すように、海軍大将の娘だ。王位継承権第二位であり、写真を見る限りかなり男勝りである。また、世にも珍しい獣人形態である蛇型であり、手と足に薄っすらと体鱗が見え隠れしていた。とはいえ、第一種別であるようで、人間族に近い。
「他には」
「エンリル族のカラ姫です。下馬評では一番人気ですね。この写真の方です」
「……び、美人ですねえ」
「イナンナーでは唯一のエルフ貴族です。ただ……」
「ただ?」
「死ぬ程のサディストです。彼女の下男となると、一年で死体ですね」
「他国の文化にとやかくいうのもアレですが、人命が軽すぎます」
「彼女は他に比べても苛烈ですから、平均ではありません」
「ではそれに比べてナナリは?」
「甘っちょろすぎるかと。召使いも全員女性にしてますし」
「ナナリ、優しいですね」
「よせ、褒めるな。嬉しくなるから」
イナンナーに来るにあたり、その歴史と文化についてかなり勉強して来たつもりだ。起源こそ定かではないが、他の国家の奉仕種族として作られた獣人達が独立して出来た国家であるという。
救済の大樹女神イナンナが降臨し、他国へと反抗、途中でユグドラーシルの竜であったフェンリルが合流する形となり、長い内戦の後部族間での合議が成立、長い間独立を保って来た。
……というのが、表向きの歴史である。
大樹イナンナ。十全皇から聞く限り、これはアンチ十全皇……対十全皇型アズダハを搭載して月から降臨した敵性大樹である。神獣を大量に自己生産して世界中にばら撒き、当時の文明は殆ど滅びたと言われている。
フェンリルはこれに対して対十全皇型アズダハの中和を試み成功、沈静化にまで持ち込み、以降は地球へ帰化する為の手助けをしていたという。
何故そんな事を……とも思ったが、かなり無粋な質問であった。
イナンナにフェンリルが惚れたのである。それだけだ。
イナンナが女神と大樹両方の性質を帯びた上で、大量生産という工業的なコピー品をばら撒いた結果女性ばかりになり、結果として女性が権力を握り続けている国家である。文明世界終焉の都度滅びていたが、イナンナの生産力でカバーしてきた。
問題は、そのイナンナがほぼ死に体。
竜であったグガランナは死亡。
フェンリルも月で死んでいる事だ。
このまま終末に巻き込まれた場合、今度こそ滅びるだろう。そこで、白羽の矢が立ったのが、我等がナナリナナ王女殿下である。
大扶桑としてのヨージの行いは秘密工作であるが、背景に控えているのはイチ国家が今後も継続して存続出来るか否か、という壮大なものになっている。
「他の国の工作員がいる可能性もありますよね」
「はい。女王選定戦では毎度の事ですから、我々エンキ族は総出で不審者を取り締まっています」
「ま、僕が一番の不審者なのですけどね」
「それで、だが。ヨージ、なるべく余の傍から離れないで欲しい」
「そのこころは」
「単純な話だ。男は女の命令を否定出来ん。より上位者の女が傍にいなければ、貴殿はどこに連れ去られるか分かったものではない。いやまあ、貴殿をどうこう出来るニンゲンは存在しないとはいえ、政治的に面倒だ」
「そうですね、分かりました。寝室も同じで?」
「夜こそ危ないからな……」
「夜這いが常態化してるって、本当に近代国家です?」
「何の反論も出来ん」
女性の権利が強い、などという生易しいものではないのだ。この国の女とは、女に生まれた時点で男の上位に位置付けられる。男は常に女に従う立場にあり、個人で何かを判断するような仕組みは一つも組み込まれていない。
男が産まれた場合、まず親元で育てられるが、五歳を過ぎると養育施設に預ける事になる。そこで基礎的な『服従学』を学び、個々人の能力差で行き先が決まるのである。
下は単純作業奴隷、上は王宮の下男。
上と下とはいうが、どちらが幸せという事も言い難い。下ならば下で歯車のような扱いを受けるが、上なら上で先ほど語られたカラ姫のような女に見つかって、ゴミのように捨てられる事がある。
よく、扶桑とイナンナーが正反対のように例えられるが、全く事実は異なる。確かに扶桑の男は権威的であるし、能力に応じた職業選択の不自由もあるが、女を物のように扱う文化はないし、女が奴隷として育成されるような事もない。
それと比べると、この国の男という存在は、まさに動く肉の塊扱いである。
しかし、そんな文化の中でも常に例外は存在している。
「ルッキズムきついですよね」
「ああー……顔の良さで地位が違うくらいになぁ……」
各人種、『良い顔』というのは違うものではあるが、整った容姿の者はそれだけで才能有と判断され特別扱いを受ける。彼等顔の良い男は常に最上級の宝石に例えられ、女達の身だしなみの一部としてもてはやされる訳だ。
「グナラ殿的に、僕はどんな位置づけになるでしょうね」
「え……ダイヤ級ですね……あまり見ないでください、組み敷いて鞭打ちしたくなるので」
「……え、ええとだな。ええと。ヨージ、うん。グナラもまた、イナンナー女なのだ」
「業が深すぎる……滅ぼしましょう、この国」
「忌憚ない意見すぎる。なんとかするから待ってくれ、貴殿なら一人で出来そうなのが困る」
また、加虐的な趣味趣向も多く……例えば、キシミア自治区において、違法薬物を売りさばき、カルミエによって黒竜に変えられた男、ディアラトなどは、顔に大きな傷があった。あれは女同士でその人物を取り合った時につく傷だ。優れた容姿を知るのは私だけで良い、としてマーキングのように顔面を傷つけるのである。
男の顔の傷はある種名誉的な扱いだが、女の顔の傷は侮蔑対象である。政争や男の取り合いで破れると、大きく傷つけられる事が多々あるようだ。
「さあ、視えて来たぞ、王宮区画だ」
「ばっ……かデカイですねえ……大樹は普通ですが」
「権威というものが何たるかをあからさまに伝えるものであるからな……大樹は、知っての通りだ。随分小さくなったと聞く」
首都の中心街を抜けた先、地平の先にまで広がるような白い城壁があり、そこから先は丘になっており、段々の上に豪奢な宮殿施設が数百と立ち並んでいる。王権を示すべく建てられたからには豪勢になっているのは、どこも同じなのだが、それにしたって華美が過ぎる。
それに比べると、どこの国も立派な大樹が背後に控えているものだが、無難なカタチ、無難な大きさの、中規模大樹である。女神イナンナが居ない影響は大きいのだろう。
「我々が控えるのは議会堂近くにある、王侯貴族向けの宿泊施設です。ただ、我々は待遇が特別なので、この期間であっても姫君専用の宿を個別に使う事を許されています」
「流石、そこは現女王の娘ですね」
「何かあっても対処しやすいのは有難い事だな。失敗は許されないが、それでも万が一の為に逃走経路は確保せねばなるまい」
「平気ですよ」
「何故だ」
「僕がいるので」
「……そうだった!!」
確かに、逃げる先を確保するのは重要な事前準備になるだろうが……青葉惟鷹を何とかできる人物は、まず存在していない。兵士を何万人差し向けたところで、殺せはしないのだ。故に考えるべきは、どれだけ攻められるか、であろう。
一応の選定戦にも完全勝利し、内幕で行われる政治戦に有無を言わせない立場で参入する、それがもっとも安心できる逃走経路である。
「……勝つぞ。これは、イナンナーの未来の為であり、ひいては世界の為でもある」
「常に守りますし、死なない為の手段も講じますが、暗殺だけは常に警戒をしてください」
「ああ」
「いやな気配も、だいぶ感じているのでね。頑張りましょう。グナラ殿も」
「はい」
馬車から降りる。百数十人の出迎えの中、赤いカーペットが敷かれた先に居たのは、女王キーリッタだ。装飾華美な王座に腰掛け、王冠を被り女性向けスーツを着ているという出で立ちは、まさに他の国では見られないものだろう。
ナナリは立ったまま、自分とグナラは跪いて近づく。
「王位継承権第一位。ナナリナナ・クォム・サイテッスラ、王権を戴きに参上した。現女王キーリッタに、これを宣言するものである」
この宣言を受けたキーリッタ、そして侍従の者達の顔と言ったらない。あの不出来な娘であるとばかり思っていた女が、堂々と、王位を継ぐに相応しい態度で現れたのである。
「少し不安に思ってたんだけど」
「ふむ」
「こりゃ、心配ないわね。良くぞ戻った、ナナリナナ。他のクソ女共を蹴散らせよ」
「造作もないかと」
「ふは。く、ふふふっ。エーヴの判断に任せて良かった。あー、ヨージ」
「はっ」
「大帝国で玻璃鏡を通した面談以来だな。ある程度は聞いている。身内も承知している」
「はい」
「頼む。娘を、王に」
「……畏まりました、女王陛下」
「それとは別にだが」
「はい」
「……一晩どう?」
「お母、あーあーあー、女王陛下。今ここで強制的に王権を消し飛ばされたいのですか?」
「えー、ナナリずるーい。我もその男味見したぁい」
「と、このようにだな。ヨージよ。こういう風に女共が襲い来る。余から離れるなよ?」
「はい……」
……本当に、つくづく、男には厳しい世界にやって来てしまったものである。
また長い旅が始まります。宜しくお願いします。




