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終末光彩 前

 


 椅子に座り、額に手を当てる。計器に繋がれた黄萌に目をやり、大きく溜息を吐く。打ちっぱなしのコンクリ部屋は薄暗く、無機質で、最低限の電源だけで維持されている。地下三階相当であり、当然窓はない。換気用のファンの音と電子音だけが世界を支配している。


 終わった。


 比喩なく、これは終わりだろう。結局隠れ家に辿り着いたのは自分と黄萌だけで、中核メンバーは散り散りだ。連絡が付いたのはヒルダだけで、それも一度きり。宝太は囮になって逃げて音信不通、力実は恐らく焼死、将も何をしているのか分からない。


 実家の太い連中は、上手く逃げて居れば隠れようは幾らでもあるだろうが……。


 端末を操作してニュースを見る。五得病院アズダハ研究所が火事、というニュースはトップで伝えられている。当然それが敵組織の攻撃によるものであるなどという表記はない。


 研究所から逃げ出したのもつかの間、山狩りにあった。最初から大人数で攻めて来なかったのは、状況判断をして勝ち馬に乗りたい国の考えだろう。土竜を外に追いやるのに成功したから追加派遣したのだ。


 真実を公開して……などという殊勝な考えはない。何の意味も無いからだ。そんな事はどうでもいい。とにかく、現状を打破しなければならない。終わりだと思っても、自分が生きて居る限りは抵抗して見せねばならない。どうせ最初から自分は黄萌しかいなかったのだ。


 それが、元に戻っただけとも言える。ただし、状況だけは果てしなく悪い。


 美公の実家か、ヒルダの実家か教団に駆け込めば、ひとまず命は助かるだろうが……現状、本人達が居なければ、所詮外様である自分では自由が利かない。なんとか、連絡を取らねばならないが、端末からの連絡にうんともすんとも反応がないのだ。


 チラリと視線を脇に向ける。


 入口付近に棒立ちしている、ガイノイドが一体。ヒルダが冗談で作ったとしか思えない代物だったが、繊細なアズダハ脳の運搬機として実用的な働きをしてくれた。


「待機。そこの椅子に座っていてくれ」

「はい、マスター」


 通りのよい自然な合成音声が静かな部屋に響く。自分の手元にあるものは、この最低限の設備と、妹と、性処理用のガイノイド。そして混乱の中引っ掴んで来た、中核メンバーの仮想脳が収められた掌大のメモリディスクだ。


 仮想精神サナトリウムが無ければ無用の長物であるが、これは彼等の脳そのものでもある。これを解析された場合、不要な情報が外へと駄々洩れしてしまう為、間違った判断ではあるまい。


「……俺はどうすりゃいいんだ」


 順調だった。信じられない程物事が上手く進んだ。必要な人材が向こうから飛び込んで来た。自分の中に、希望が形成されてしまう程に、完璧な流れだったと言える。ヒルダのアズダハ脳が成功した時点で、勝ちすら確信していた。


 だが結果はこの通りだ。


 黄萌のアズダハ脳は想定外の挙動をして自我を形成、不可逆となり、その対処に明け暮れていたところで敵対勢力に攻められ、研究所は燃え、メンバーは散り、何の力もない無力な男の下にご大層なデータと物品だけが集まっている。


 どうにもならない。自分には頭がない、金がない、力もない。ただ人に上手く物事を伝えられるだけだ。他者が居て初めて役に立つ力である。


 身に余る立場だった。凡人の自分には大きすぎる仲間達だった。自分は所詮高卒の兄ちゃんでしかない。特に、将のような優れた頭脳に英才教育を詰め込んだような人物の隣に居て良い人物ではない。挙句性格まで良いのだから呆れる。アレはあまりに、自分には不相応の友人だった。


「マサル……助けてくれ」


 お前が居たからこそ様々な事が実現出来たのだ。お前が居たからこそ心を保ってこられたのだ。お前が居たからこそ前を向こうと思えたのだ。何もない自分の妄想を実現してくれる彼こそが、鈴谷新にとって神にも等しい存在だった。


 連絡はない。無事なのだろうか。まさか焼け死んだ訳ではあるまいか。そうならば耐えられない。あれだけの人物を失うなど、この世界の損失だ。


「……」


 頭を抱える。黄萌もあれから目を覚まさない。明らかに頬がこけ始めている。今までは経口摂取出来ていたが、こんな場所で意識を取り戻さなかったら、処置のしようがない。


 黄萌に死なれれば、全て終わりだ。何もかも終わりだ。彼女を生かす事だけを考えて来た、彼女に笑って欲しくてここまで来たのだ。幼少期の、お兄ちゃんお兄ちゃんとついて回る彼女の笑顔が脳裏から離れない。


「……」


 気が付いた時には両親は北海道の農場で住み込みで働いていた。仕送りだけがあり、三日に一度行政の遠方家族支援士が訪れるのみ。こんな時代では一般的とすら言える、底辺家庭の分かり易い形だ。


 そんな中でも、新は明るかった。知らない事に好奇心を示し、何でも進んでやるような子供だった。フォールンが降る時代、外で遊ぶなんて真似は推奨されなかったが、それでも新は防護服を着て、測定器を片手に野山を駆け回っていた。


 ある日、裏山で普段見かけない石造りの穴を見つけたのだ。どうやら数日前の雨で土砂が崩れて露出したらしいそれは、古墳時代の遺跡だろう、という事は辞書を調べて知っていた。


 丁度子供が秘密基地にするにはピッタリの空間に、新は興奮した。中には天井壁画があり、無数の人間達と、その中に指導者と思われる人物、そして丸い何かが描かれていた。石棺は重くて持ち上げられなかった為、中の遺骸に挨拶する事は叶わなかったが、そこに寄り添うようにして、また小さな石棺……石の箱があったのだ。


 石の箱には縦長の〇の文字が書かれており、子供でも蓋を動かせるものだった。


 中から出て来たのは、水色の、ゼリー状の物体だった。昔のゲームに出てきそうな雑魚敵の見た目、というのが一番分かり易い。それは蓋が開くと中から這い出して、体を伸ばし、新に触れた。


 恐怖はなかった。ただそれが何なのかひたすらに不思議で、何度も何度も質問した。当然、口は無く、言葉が通じる訳でもない。ゼリー状は害も無く、ただ新に寄り添うだけであった。


『言葉がなくとも、お互いの気持ちが解ると良いのにねぇ』


 そう願ったと思う。するとその日から、新にはあらゆる言葉が聴こえて来た。それは、人の心しかり、動物の心しかり、そして、目の前のゼリー状物体しかり。完全な言葉の形で現れる訳ではなく、なんとなく、しかし確実に、傾向的にこう思っているだろう、という事が解るのだ。


 目がないので、見つめ合ったかどうかは解らないが、ゼリー状と向かい合うと、理解出来た気がした。そして、自分は女の子なのだという事であった。もうずっと昔で、何も覚えてはいないが、偉い人に仕えていたのだ、という事だった。


 誰も知らない、人間ではない友達。ネットで調べても、図書館で辞書を引いても出て来ない、謎の存在は、しかし誰よりも身近に感じられる存在として、新の傍にいるようになった。当然黄萌にも紹介した。黄萌も、怖がる事なくゼリー状を受け入れてくれた。


 名前が無ければ不便だな、と辞書を引きながらいつも通り石室に屯していた時の事だ。


『……まさか本当に居るとはね』

『あっ、ご、ごめんなさい』


『良いんだ。怖がらせてしまったね。界光という。ここは君の……秘密基地かな?』


 大人が現れたのだ。しかしその大人は自分が知る大人よりも随分と落ち着いていて、理知的で、何より坊主頭だった。お坊さんなのだという。


 そしてどうやらこの裏山は、近くに大きな建物を構える宗教の土地らしい。しかしそんな事は界光は気にも留めず、同世代の友人のように接してくれた。


 新が質問し、界光が答える。ただそれだけの事であるのに、新にとっては酷く新鮮であった。学校の教師達は無駄な話はしない。世界が滅びかけており、君達子供は未来の為に勉強し続けねばならないのだ、なんて話ばかりで、新の疑問に答えてくれるものはなかった。


 界光はどんなつまらない質問でも、一つ二つ、雑学を交えて返してくれる。これが、新にはたまらなく嬉しかった。


『おどろいた。これは、なんだろう』

『カイコーさんも知らない?』


『わからないね。けれど、とても優しい雰囲気がある。友達なのかい』

『うん』


『名前は?』

『そうだ、考えてるところだったんだ。何かいい名前はないかな』


 界光は周囲を見渡し、ゼリー状物体が入っていた箱を指摘し、ここに書かれている記号が名前なのではないか、という話になった。零の字に見えるからゼロと呼ぼう、となったが……ゼリー状はこれを否定。もっと女の子らしい名前が良い、と腹を立てている様子だった。


『じゃあレイかな。アインとかソフとかオウルとかもカッコイイけど』

『レイでいい? いいって!!』


 その時から――彼女はレイとなった。


「…………うっ……疲れすぎたか」


 頭を振る。結局、自分が一番輝いていたのは、何の責任も背負わず笑っていられた子供の頃だけだったのだろう。疲れるとこんな事ばかり思い出す。うずくまっていても事態は好転しない、他の者達が居ないのならば、この隠れ家に居ても意味はない。動くべきだが……。


「探してるな」


 監視カメラ映像を見る。装備を固めた人間が数名、カメラの前を横切って行った。研究所からそこまで離れているものではないが、地下三階相当であり、熱源探知にはかからない。また電線や通信回線も地中に埋められた公共の線から引いている為、末端から探り当てられる事もないだろう。


 出入口に関しても、かなり先に設けて在る為、特定は難しい。そういう物件を選んだのであるから当然だ。地下一般道の脇道であるメンテナンス通路の、機械室に偽装した部屋の更に裏口である。


 備蓄自体はかなりの量がある為、籠城だけならば問題もない。ゴミや排泄物も近くの共用ダストシュートに叩き込めば良いので、衛生も心配はない。


 そう。ここに自分ひとりが居るだけならば、問題ない。しかし黄萌はそうもいかない。緊急用に引っ張って来た治療キットと点滴が幾つか、薬剤が一通り程度で、一週間は持たないだろう。黄萌が目を覚ましてくれさえすれば栄養も与えられるのだが……。


「――駄目だ。少し休もう」


 据え付けられた硬いベッドに横になる。目を覚ました時に、全てが夢であって欲しいと願う。


「――……おい。視線を逸らしてくれ、気になる」


 横を向いて寝ていると、ガイノイドの視線がこちらに向いているのに気が付く。命令すればその通りにする筈だが……なかなか、目をそらさない。音声認識が届かなかったのだろうか。


 起き上がり、ガイノイドに近づく。


「目を瞑るか、他を向いてくれ」

「ア……――」


 挙動が不自然だ。瞼部分を閉じたり開いたりしている。素体は良く出来た超高級品である、その細部に至るまで人間のような挙動を再現しているので、その行動がまるで寝起きのように見えるのである。


「うん……?」

「あ、ら、た」


 そう聴こえた。目元を探っていた手をゆっくり離し、二歩後ずさる。学習機能自体は存在しているが、指定しない限り名前など呼ばない筈だ。ヒルダに異常なまでに勧められ、一度使用はしたのだが、それきり。そもそも頭部を保存容器に改造する折に、初期化している筈である。


 名前など不用意に不特定の端末に登録するものではない、というのは、今も昔も同じだ。


「あ、あー、あ、あーん、んんんっ」

「お、お前……なんだ」


「アラタ……で、いいのよね。少し、野暮ったくなっているけど」

「冗談だろ」


 ガイノイドの合成音声ではない声が聴こえる。そして、非常に流暢で、聞き覚えのある口調だ。見た目に疑問を呈したのは……アチラの自分が、コチラの自分よりも少しこざっぱりとした見た目になっているからだ。


 嗚呼、つまりそういう事だ。


「アラタ。ロキはどうなったの?」

「……――勘弁してくれ」


 あの時、結局記憶を失わなかったのだろう。そのギリギリ手前で、研究所の電源は落ちていた。そしてそのままガイノイドの頭部に移設となった訳である。


 ……そして、それを乗っ取ったのだ。


「ここは、どこなの? 見た事の無い機械が並んでいるわ。それに……そこに寝ているのは、雰囲気からして黄萌かしら? 他のみんなは何処へ」


 身体は動かせないのか、目だけをキョロキョロと這わせて周囲を窺っている。どう説明すべきだろうか。電源を落とせば何とかなるものだろうか。いや、なるまい。これは今、アズダハで動く……恐らく世界初のガイノイドである。


 どうしてこんなことに、などという疑問は意味がない。

 コイツがアズダハだからだ。それ以外ない。


「身体が重たくて動かせないわ……私達は、負けたの?」

「これから話す事は」


「ええ」

「お前にとって、あまりに衝撃的だ」


 このまま何も知らず、何もわからず、質問を繰り返されるのは、不毛だろう。果たして、アソラがそれを受け入れられるかどうか、不明ではあるが、説明しないのは……不義理極まると言える。どうあろうと、自分達はコレを作ってしまったのだ。


「俺は鈴谷新。そっちで寝ているのは、鈴谷黄萌。兄妹だ」

「……本当に兄妹だったのね? でも、何故隠していたの?」


「色々あってな。その色々を説明する。まず、ここはお前の知っているヴァルハラじゃない」

「――……何を言っているのか、よくわからないのだけど。冗談なら止して」


「お前が知り合った人物達自体は、ここにも存在する。俺も、妹も、ビコゥも、ヒルダも」

「……うん?」


「お前が暮らしていた世界は、架空の世界だ」


 その言葉を受けて、アソラに動揺が広がるのが解る。理解して貰うように言葉に力を込めたのだ、例え言語が通じない相手であろうと、これは通じる。自分の持っている力というのは、そういうものだからだ。


「そ、そんな……馬鹿な話が、あるの?」


 衝撃を受ける彼女の顔が、少しずつ変化してくる。自分達の知る、麻生麗の顔付きへと変化して行くのだ。アズダハの形態変化については散々と観察して来たが、ガイノイドの顔が人間の顔へと変わる様は、ある種恐怖と言える。


「じゃ、じゃあ……じゃあ私は!! 私はなんなのッ!? これが私の、この世界での肉体?」


「あの世界は、お前のような奴を調整する事を目的として創られたものだ。お前は……人間じゃあない。お前は、脳だけの存在なんだ」


「う、そ……」


 どうする。どうすれば良かった。知らぬ存ぜぬを突き通せば良かったか? すっとぼけて会話を合わせれば良かったか。そんな不合理が通用する程彼女は馬鹿ではない。少しの違和感から全てを見抜くような洞察力を有する……竜人の黄昏のエースである。


 ふざけて居れば直ぐ見抜かれる。矛盾は即座に指摘される。通る筈がない。


「一から全て説明する。嫌なら聴かなくていい」

「……聴くわ。話して、アラタ。貴方がアラタである事だけは、間違いないのでしょう?」


「……ああ」


 ……。


 二時間か、三時間か。お前の居た世界は架空で、それはアズダハという存在を用いて作り上げた脳を移植に最適な状態にする為に用いていたという前提の話、ここが現実世界であり、世界はもう終わりの足音が近づいているのだという事実の話、それに付随し、簡略的な世界史と日本史、この国の文化なども伝えた。


 アソラは賢い為、話した事は全て直ぐ覚え、核心的な質問を返し、終いにはガイノイドに植え込まれている無線でネットに接続して知識を得始めた。衝撃も、疑問も、有るには有るのだろうが、今は知識欲が上回っている状態と言える。


「どうだ」

「……私の境遇も、皆の過去も、全て作り物だったのね」


「謝罪のしようがないな」

「そこよ。そも、私は何故あの世界に居たの?」


「……」


 当然といえば当然だが、彼女はすぐ真実に到達した。自分が何故生まれてしまったのか。何の為に存在しているのかという疑問だ。どう答えて良いものか、新は顎を擦る。


「お前はどうしてだと思った」

「私はアズダハ疑似脳なのよね。誰かの脳……の為に作られたというのは、解るわ」


「この状況から導き出せる答えはあるか」

「――……黄萌、なの?」


 それでなくとも衝撃的な事実を突きつけられている彼女に対して、適切とは言えないタイミングの事実だろう。だが不可分だ、分けようがない。どうしたってその答えは出てしまう。


「……お前は黄萌の代替前頭葉として作られた」

「そうなのね……でも、この人格は?」


「……勝手に出来たんだよ。お前は、自我を持ったんだ」

「じゃあ……私は……そんな……」


 罪悪感に胸が押しつぶされそうだった。仮想人格に感情移入する程馬鹿ではないと言い放ったのは誰だったか。しかし面と向かって、現実世界に引きずり出されてしまった彼女と会話をすれば、否が応でも、彼女の感情が自分には伝わって来る。


 新の宿す超能力というのは、能動的に使う事も、否定する事も出来るが、それでも、強い感情をぶつけられれば、否定を貫通してくる。人の気持ちを考えて想像するという共感性を超越した共感が襲って来るのだ。


 只人相手ならば否定出来たかもしれない。だが彼女は、アズダハそのものである。恐らく、世界で一番純度の高いアズダハを持つ脳なのだ。ヒルダの例を見ればわかる通り、アズダハで作られた脳を持つ者の超能力というのは、途方もない力がある。


 ……これを、活かせないだろうか。


 手詰りの現状を打破し得る力を手に入れられるのではないだろうか。


「私が自我を持ってしまった所為で……移植、出来ないのね?」

「簡単に言ってしまえばそうなる」


「で、でも……い、嫌だわ。私、死にたくない」

「そうだろうさ」


「ごめんなさい、ごめんなさい、アラタ。ごめんなさい……」

「――……良いんだ」


 良くない。何一つ良くない。癇癪を起して、何もかもぶっ壊してしまいたくなる心が、奥底で煮だり続けている。しかし、新は理性的だ。暴れた所で何も解決しない。アソラが悪い訳でもない。こんな事をしでかした自分達の、自業自得でしかないのだから。


「私は、どうすればいいのかしら。まだ、身体も動かせないの。せめて身体が動くなら、役に立てる事もある筈なのに」


「顔は動かせるんだ。自分の脳を意識して、それを全身に行き渡らせるイメージを作れ」

「……まだ難しいわね」


「先ほども説明したが、お前は世界で最も純粋なアズダハによって作られたものだ。それは、願いの塊と言える」


「願いの、塊?」


「アズダハは、その手法如何によって、あらゆる願いを叶えられる。あらゆる形を作る事が出来る。お前に出来ない事は……恐らく、無いはずだ」


「……でも、それを願えば願う程、私は黄萌から遠ざかってしまうわ」


「ああ。こればっかりはどうしようもない。しかし俺ももう手段がないんだ。つけ込むようで悪いが……お前に協力して欲しい。お前に力が付けば、現状を打破出来る。脳はもう仕方がない。お前はお前で居ればいい。その為にも、今を何とかしたい」


 ガイノイドの手を取り、見つめる。自分のしている事に、吐き気がした。だが他に縋る先がない。手段がない。何もないのだ。せめて黄萌を安全な場所に匿い、治療を継続出来るようにしなければ、全て終わりだ。


 黄萌が亡くなってしまったなら、自分の生きる意味すらなくなる。今までして来た事は全て無に帰し、何一つ残らない。


「アラタ……ええ、ええ。何とかしてみるわ。貴方と黄萌が困っているのだもの。仲間なのだから。困っているなら、助けないと……例え、今までの事が全て架空の出来事だったとしても……私は、貴方達を……」


「すまない」


 絞り出すような声だっただろう。情けなさに、虚しさに、邪悪さに、俯く。頭に何かが添えられた。それは恐らく手なのだろう。撫でられ、余計に辛くなる。


 ……もう手も動かせるのだ。明日には、歩いていても不思議ではない。






「こちらのルートはどうかしら」

「地下一般道の一部を通るな……監視カメラの場所は割り出せるか」


「ええと、七か所ね。それ以外にもあるでしょうけど、メンテナンス不良で稼働してないから、反応が無いだけかも」


「第三候補だな。他のルートも探ろう」

「ええ」


 パソコンと端末を弄りながら、逃走経路を検討していた。あれから三日経っており、黄萌は目を覚まさない。点滴も限界だ。なんとか監視網を潜り抜けて、五智如意法の教団施設を目指す計画を立てている。


 三日も経つというのに、敵はまだ周囲をうろついている。諦めず探っている事を考えると、何かしらの確証があって近辺の捜査に力を入れていると考えられる。


 これだけ鈴谷新を執拗に探し回っている事を考えると、奴等は手に入れるべき情報を燃やしてしまった可能性が高い。また、美公将の確保にも失敗していると思われる。死んだか、逃げられたかのどちらかだが……今は考えても仕方がない。


 ガイノイド……アソラは既に歩くだけなら問題なく稼働出来る状態にまでなっている。アズダハは常識を無視する。物理法則が通用しない事は多々ある。機械の身体をどうやってそこまで自在に動かしているのか、疑問に思うだけ無駄だ。


「ああ、魔法が使えたら良いのに」

「無い……事もない」


「え、この世界には魔法があったの?」

「最近生まれた、が正しいな。しかもヴァルハラの魔法に類似している」


「どうしてそんな事が」


「アズダハが、魔法を認知したのだろう、というのが予測だった。元から魔法を使える力がこの世界にはあり、アズダハがそれを認知し、この世界でも再現したのだろう。きっかけは恐らく、ヴァルハラプレイヤーだろうな」


「自分の事ながら、アズダハって無茶苦茶ね」

「マサル……ビコゥならもっと詳しい解説が出来るんだろうが……俺は下手でね」


「知ってるわよ。でも伝わるから良いわ」

「そうだった。まあこの通り……本人は本人なんだ。あの世界が仮想ってだけでな」


「みんなにも逢いたいわ。無事だと良いのだけれど」

「ヒルダ辺りは、お前を見たら狂喜乱舞するだろうさ」


「ひ、ヒルダはあまり変わらないの?」

「なんか薄暗い雰囲気を纏ってたのは演技だ。それ以外はあのままだな」


「宗教団体の嫡子なのに破戒的だなんて、あの子らしいけれど」


「あいつもアズダハ脳を埋めている。だから、原理上不可能じゃあないんだ。アズダハの数さえ揃えて、仮想精神サナトリウムを再構築出来れば……黄萌は助かる」


「そうね。その為にも、今はここから抜け出さないと」

「ああ」


 そのやり取りは、ヴァルハラで行われていた会議と大差のないものだった。目的に対する意見をしながら、身の回りについて語る、もうどこか懐かしささえあるコミュニケーションである。


「ここ。五智如意法所沢支部。地上路とヒトの少ない旧地下路を合わせて三日の行軍になるけれど、一番人目に付き難い。五得病院系列の診療所も付随してる」


「近くのライブカメラを覗いてみるか」

「……少なくとも、不審な人物は見当たらないわね。敵が押し寄せてくる可能性は?」


「奴等がどれくらいの権力を有しているのかは分からないが……所沢特別区はヒトが多い、簡単にドンパチ出来るような場所じゃあない事は確かだな」


「問題は、ここをどう抜け出すか、ね」

「敵の哨戒周期と経路は特定出来たか?」


「概ね。周囲三キロまでは良いけど、そこからは未知ね」

「こっちは背負うモノが多いから、追いかけっこは出来んが、仕方がない……いや」


「どうしたの?」


 天気予報に目をやる。他の計器にも通知が次々届いていた。


「フォールン降下警報だ」

「この世界を滅ぼしているものね。いい事なの?」


「他の人達には違うかもしれないが、今の俺達には好都合だ。アズダハに接触し続けた俺はフォールンに耐性があるし、黄萌には防護服を着せればいい。お前にはそもそも悪影響もないだろう。つまり、普通の人間はフォールン降下警報中外になんか出ないし、哨戒も減る」


 普段なら舌打ちの一つでもする天気予報だが、今の自分達にとってこれほど都合が良い事もない。敵の哨戒は見たところ通常装備であり、フォールン防護装備ではない。今から着替えに行って戻ってなんてしていたら、あっという間に二時間は経ってしまう。


 こちらは黄萌こそ運ぶ事になるが、軍事用傷病者運搬四足に乗せれば人が走る程度の速度は出る。新には影響が少ない上に、全身アズダハのアソラには何のデメリットもない。今回のフォールン降下は量が多いようで、予想警戒時刻は五時間となっている。


「準備するわ。大体のものは四足のストレージに詰めれば良いわね」

「ああ、そっちを頼む。俺は黄萌を着替えさせる」


 アソラがテキパキと働き始める。未だ心の整理などついていないだろうに、アラタがいるなら大丈夫だと言いながら、彼女は手伝ってくれる。それほどまでに、彼女にとってアラタという人物が大きい存在だったのだ。


 これに付け入るような真似をしている自覚を、一旦投げ捨てる。彼女は辛いかもしれないが、その辛さとて生きていてこそだ。敵に掴まれば、徹底的に実験台として利用される未来しかない。それはアソラにも説明済みだ。


 黄萌を抱き上げて防護服を着せる。随分と軽くなってしまった。胸が大きいのが自慢だったのに、随分萎んでしまったように思う。呼吸こそ穏やかだが、それはいつ止まってしまうかも分からないような不安がある。


「この……黒い四角いものは?」

「大事に扱ってくれ。俺達の仮想上の頭脳だ。お前のもある」


「の、脳の記憶を、全部数値として保管出来るの? 凄い技術ね、こっちの世界は」

「ヴァルハラは文明度ごちゃ混ぜだったが、確かになかったな」


「じゃあ、大切に扱わないと。仲間達の分身みたいなものだわ」

「そうしてくれ……ああ、ええと、その赤いラベルのもの」


「これね」

「それは叩き壊しておいてくれ」


「いいの? というか、誰の?」


「急いて引っ掴んで来たからな、他人様のだ。情報漏洩させないためにも、破壊が一番だ。叩き壊した後、そっちに収めてある銀色の塊を上に乗せてくれ。あ、他のには近づけないでくれよ、くれぐれも」


「わかったわ」

「頼む」


 ガチャン、という音と共に仮想脳とアカウントデータが収められたメモリディスクが壊れる。更に緊急データ破壊用の強力磁石を押し当てる。これで復元出来るメディアはまずない。


 今破壊したのは、自分の仮想脳だ。正直他の者達のメモリも破壊したいが、仮想とは言え本人の脳の写しである、許可を得てからの方が良い。自分の物を率先して破壊したのは、アズダハの操作方法に関する情報が目白押しだからだ。こんなものが行き渡ってしまったら、敵に利するどころの話ではない。


 他のメモリも、専用の高電圧機を巻きつけてある。スイッチ一つで端子から高電圧が流れ込み、データがはじけ飛ぶ仕掛けた。今更だが、自分達のやっていた事は犯罪だ。いつでも破壊出来るよう準備は常にしていた。


「これでいいかしら」

「ああ、ありがとう。よし、自分の身支度を終えたら出るぞ」


「この部屋はどうするの?」


「パソコンから何から、全部つけたままにする。検索ログも、弄って……他の支部に向かったようなログを残す。小手先だが、時間は稼げるだろう」


「あ、あの、アラタ」

「なんだ」


「私の、格好なのだけれど……」

「何か問題か?」


「この服って、外に出て平気なものかしら」

「あまり人目のあるところは行かないが……まあ学生服だし、問題無いだろう」


 ヒルダの趣味なのかなんなのか、ガイノイドはセーラー服を着せられていた。目的が目的だけに、少し丈は短いが、今どきそんな恰好だからとツッコミを入れる奴はいない。


「行くぞ」


 大半の荷物は四足に預け、自動追従モードに指定。新はハンドガンの弾を確認し、眼鏡型統合端末ヴィジュアライズグラスを起動。気象情報や人感センサー、ナビゲーション、射撃補助など様々な機能が詰め込んである。民間には降りてこない軍事品だ。


 目的地は五智如意法所沢支部。直線距離で数十キロある。人一人を積み荷にした状態で地下一般道など通れないので、基本は地上道路を行く事になる。地上道路のインフラは殆ど壊滅しているので、真っ当に通れるとは限らない。


 また橋などは崩れている可能性もあるので、常に別のルートを予定に入れねばならないだろう。


 地下一般道の坑道を抜けて進み、出入口付近で停止。小型反響装置を放り投げて起動、空間ソナーを放つ。眼鏡型統合端末ヴィジュアライズグラスに各種情報が提示され、簡易の地図に人間と思しき反応がないかチェックする。


「うん。時間的にもここには居ない筈だ。フォールンが強烈に降ってる以外は問題無い」

「フォールンって、私も貴方も平気なものなの?」


「アズダハを浸食しないという研究結果が出てる。またアズダハを取り込んでいる人物にも影響がない事も、俺達の実験で証明されてる」


「貴方はアズダハを埋めていたかしら?」

「……これ」


 そういって腕をアソラに見せる。腕の内側部分が変色していた。


「それは?」

「お前の元になった存在だ。説明は後にする。行くぞ」


 ここから地上青梅街道に入って奥多摩を目指し、そこから下る事になる。地下新青梅街道ならば車で一時間もかからないだろうが、そうもいかないのが悲しい所だ。変電所に偽装された入口の金網を抜け出し、藪を漕ぐ事五分、やっと道路へと出た。


「……空が虹色に輝いてる」

「フォールン降下の影響だ」


「貴方達には辛い事でしょうけど、凄く綺麗ね」

「それ自体は事実だからな」


 あの輝きが、全人類数十億人を殺害したのである。実に憎たらしい。あんなものが無ければと思わずにはいられない。ただ、当時の人類は閉塞にあり、フォールン降下直前は他国に攻められている状態であった。当時がそのまま続いたからと、幸せであったとは限らない。


「まだ歩きなれないだろう。気を付けろよ」

「ええ。うふふっ」


「なんだ」

「また、冒険しているみたいで」


「そうかい」


 アソラの足取りはしっかりしたものだ。機械由来のぎこちなさは多少あるが、超高級品のガイノイドである、バランサーの機能は軍事ロボットと並ぶものだ。


「それにしても、人間型のロボットまであるなんて。想像も出来ない程科学が進んでいるのね」

「魔法の方が便利だがな」


「この身体は何の為のロボットだったの?」

「――それ説明しなきゃダメか」


「あ、いいえ。いい。今、このロボットの記憶領域にアクセスしてみたの。理解したわ」

「そうか……」


 初期化しているので、自分が使用したログは残っていないだろうが、流石に気まずい。というかもう自分の意思で電子メディアに直接アクセスが可能になっているのか。彼女が必要だからと願った結果だろう。アソラは必要だと思った事を直ぐ実践出来る、それは……とてつもない万能性だ。


 ただその為には、事前の知識自体は絶対に必要となるだろう。彼女が学習を怠らなければ、あらゆるものが、彼女から生み出せる可能性がある。


 落ち込んでいた気分が少し盛り返す。仲違いだけはしないように気を付けねばなるまい。アソラの肉体は道具だが、彼女自身は既に、一人の人間なのだ。嫌いな奴の願いなど叶えない、それはアズダハそのものと同じだ。


「この石の道、ボロボロね」


「アスファルトだ。砂利と化石燃料を混ぜてある。人間が手入れする事が前提の道だから、管理から離れればこの通り」


 地上青梅街道を行く。既に主要道は地下に埋設されている為、この道を行く人間はいない。過去は立派な道だったろうに、今は草と木が生い茂り、道が露出している部分が少ない。幸い秋である為、藪を漕がずに済んでいるだけだ。


 脇に立ち並ぶ廃墟郡も風化は激しく、木造建ては殆どが自然に還っている。


「……人類が栄華を極めた世界なのね」

「ここは田舎だが、どこを見てそう思った」


「道が広いし長大でしょう。建物も風化しているとはいえ、一般邸宅が頑強そうな造りだもの。田舎ですらこんなインフラがあっただなんて」


「全人類の話をすれば、過去最大で、八十億近い人間がいた。日本だけでも一億数千万だ」

「はちじゅ……嘘でしょ?」


「今は減り過ぎて、各国人口調査すら怪しい。もしかしたら、こうしているのが俺達だけで、みんな既に滅んでいるのかもしれない。もう、外の事はニュースでしか分からんが、そのニュースだってどこまで本当なのやら」


「フォールン……それは、具体的にどんなものなの」

「さてね。ただ性質上、アズダハに近いんじゃあないかというのが俺達の見解だ」


「そうなの?」


「アズダハは地球産の謎物質、フォールンは宇宙産の謎物質。解析出来るならば、人類に有益だろうと考えたんだが、難しかったな」


「理解出来ないものを使うもんじゃない、というのは貴方の言葉だったと思うわ」

「他人に説教なら幾らでも出来るからな」


 フォールンが全ての生命体に悪影響を及ぼしているのならば、世界の生態系は全て終わっていだろうが、こうして自然自体は残っている。虫はいるし、動物も多からずまだ生きている。結局のところ、生命サイクルの問題なのだ。


 フォールンは即座に悪影響を及ぼすものではなく、かつ蓄積量による。虫や小動物はそもそも寿命が短い為、フォールンの影響を受ける前に次世代に次ぐし、フォールン自体が粒子として巨大である為、取り込まずに済む生物は多い。


 哺乳類に関しては、寿命が長すぎるのだろう、自然界に居たものはほぼ絶滅に瀕している。では、その中間にいるようなもの……例えば小型の鳥などは、生きてこそいるのだが……。


「鳥? この世界の鳥は随分奇妙なカタチをしているのね」

「鳩……だったものだな。フォールン影響で、羽が七枚になっている」


「あ、元は二枚なのね……そう、フォールンはそういう影響も出すのね」

「エヴェルナイン……波照間力実は腕がもう一本生えて来たから担ぎ込まれたんだ」


「腕が沢山要りそうな女だもの。じゃあ、黄萌は?」


「言った通り、前頭葉に蓄積してる。変異はしていないが、浸食領域が広がっている。このまま行くと、当たり前の動作すら出来なくなるが……そもそも、今は意識すらないがな。検査も出来ないから、今はどうなっているかすら解らん」


「魔法が使えればねえ」

状態回復キュアでなおりゃ医者なんぞ要らんからな」


 追手の気配はない。ただ静かに、長い長い道のりを、アソラと共に歩いて行く。ヴァルハラで、過去何度も経験したようなシチュエーションだが、まさか現実でそうなるとは思っていなかった。


「ねえ、貴方の事が知りたいわ」

「え?」


 アソラが横から顔を覗かせ、にっこりと笑う。追われている身であるからして、そんな事気にもしていなかったが……確かに、彼女に対する説明義務は自分にあるだろう。それは世の中のあらゆる事もそうであるし、何より、この事態の中心に居た自分の事を、語らない訳にもいかない。


「俺が研究員になったのは……」


「違う違う。そうじゃなくて。貴方がどんな人間なのか。私は貴方を知っているけれど、それはヴァルハラでの貴方でしかないわ」


「短い話になるが」

「短いの!?」


「短いんだ。大した人間じゃあないからな。うーん、そうだな……」


 事前に予測されていない会話は、会話下手の新にとって難しいものだったが、絞り出しながら断片的に口にする。本当に、誇張無く何もない話ではあったが、アソラは嬉しそうに頷いていた。


 ヴァルハラでは竜に選ばれた選定勇者として絶大な力を振るっていた事を考えると、現実の新は悲しくなる程何もなかった。


 何もない。自分はただの人間。アソラに尊敬されるような人物でもない。


「本当に只人なのね」


「あのメンバーなら俺と宝太は本当に凡人だな。力実はトップアスリートだったし、ヒルダはあの通り宗教団体の跡取り、将はド金持ちの長男だし、天才だ」


「そういえば、教祖様は?」

「ああ。この男だ」


 そういって端末から写真を見せる。恐らくビンゴ大会で宝太が三連続トップを取った時の記念写真だ。泣きながらきしめん三年分引換券を抱えている宝太の隣で頭を撫でている坊主頭である。


「ヴァルハラにもこういう宗教があったわね」

「仏教ではあるが、新興宗教でな。昔は邪宗だって散々叩かれたみたいだが」


「これが武蔵野界光。今は何処に?」


「インド、パキスタン近辺だな。この世界の四大文明と言われる昔の遺跡に行っている。アズダハは昔の遺跡から発見される事が多いから、それを取りに行った……矢先だった」


「こんっ……こんなに遠いのね。というか、世界が広い。ええ、ナニで行くのよ」

「飛行機だな」


「この鉄の塊が飛ぶのッ!?」

「はははっ。ああ、うん。そうだな。魔法が無い分、科学で何とかしているからな」


「コレの方が余程魔法だわ」


「……ただ俺達は、俺達が想像するものしか出来なかった。アズダハは、それを超越する可能性を秘めている。だから故に、アズダハは争いの種でもある」


「何でも出来る、何にでもなるなんて、そりゃ、殺し合いにもなるわ」


「人間の手には、やはり余るのかもしれない。だからこそ、アズダハは一度、世界から姿を消したんだろう。今また、必要になってしまったが故に、顔を出しているだけで。俺達は……この強大な力を、制御出来ていない……」


「あ、アズダハ自身である私が言うのもなんだけれど。過去、それでも世界が終わらず継続したならば、今だってそうなるわよ。過渡期というのは常に混乱を孕むものだわ。貴方達はその先駆けなのでしょう、失敗は付き物、争いは必然、そこで生き残ってこそ、次に継がれるのよ」


「アソラ」


「私は……意図せず産まれたのかもしれないけど。産まれたからには、この世界で生きなきゃいけないわ。それが貴方達の意図でなかったとしても、私は貴方達に協力したい。世の中、間違いだったと断じれる事なんか、殆どない筈よ。今世界が危機に陥っているのは、アズダハではなくフォールンの所為なのだし。私達アズダハは、そのカウンターとして目を覚ましたと、そう考える事も出来る。アラタ、貴方は私を利用しても良い」


「あ、いや、その……」


「……ヴァルハラの貴方とは、違うのかもしれないけれど。使命を感じるの。想いにも揺らぎはないの。私の力が、世界や貴方の為になるならば」


 真っ直ぐ、既に機械ではなくなった瞳がこちらを見つめる。彼女は、ヴァルハラで主人公そのものの姿を、皆に見せつけていた。無気力な初動とは打って変わり、竜人の黄昏に所属した彼女は、あらゆる物事を率先して行い、皆を導く勇者として立ち振舞っていた。


 身体が変わっても、その精神性だけはそのまま受け継がれているのだ。


 泣けてくるほど立派だ。心が輝いて見える。人の感情や想いを強く理解出来る新には、それが疑いなく崇高で、気高いものなのだと感じられた。


「皆がまた、幸せに暮らせる世界に。貴方が笑顔で暮らせる世界に。それが、私の新しい仕事なのでしょう。どこだって変わらないわ。進まなきゃ」


「ふっ、ははは、はははッ」

「な、何よ。何が面白いの」


「そうだな。それが、俺達の願いだ。勿論、お前も幸せにならなきゃならないな」


「自分は大前提だわ。私の頭がもう少し悪かったら、この世界に引っ張ってこられた時点で大暴れしててもおかしくないのだし、感謝してちょうだい」


「ああ。お前は賢い。お前が馬鹿だった事なんて一度もない。ありがとうな」

「あ、え、えへへ。うん。頑張りましょ」


 誰もいない、何にも頼れない状態で、彼女が存在してくれる事に、大きな感謝が産まれる。彼女の精神性は常に周囲を照らし、足踏みするような物事に対して一歩先を進むよう明るくしてくれる。現実的にそれが達成可能かどうかは問題ではないのだ。問題にすらならない。やらねばならない事があり、彼女はそれを真正面から突きつけ、かつ自分も力を貸すという。


 人は、たったそれだけでも、未知に挑んでみようという気になれるものだ――


「あそこ。煙が上がっているわね」

「元温泉街だな。今は人もいないが、そろそろ暗くなる。あそこで休んで行こう」


「夜を明かせる建物が残っていれば良いのだけど」

「コンクリ建築ならギリギリかな……」



 ――ただしそれは、生きる為の礎があってこそ、であるが。



 



『彼等の研究は、この世界を救うに値するものであると同時に、一撃で世界を終わらせるだけの危うさを含んでいる。彼等は公的機関ではない、故に決定権は曖昧であり、制御する機構はなく、倫理観もかなり薄弱としている。弥勒下生信仰における革命を是としているとは言わないが、彼等は宗教団体であり、何も制限するところがない』


『管理されなければならない。まして、アズダハ脳など、手を出すべきではなかった。武蔵野界光の娘、武蔵野ヒルダは既にアズダハ脳を埋め込んでいる。確かに先進的研究としての成功と言えるだろうが、それが今後我々人類に対して牙を剥かないとは誰も保障出来るものではない。人間には大きすぎる力だ。そういう意味で、君達は管理されている。我々がアズダハ励起を促さない限り、超能力も使えない。しかし武蔵野ヒルダは何の制限もない。わかるね』


『武蔵野ヒルダは捕らえられるとは思っていない。殺害が主になるだろう。君達の任務は、彼等の研究成果の奪取、鈴谷新、美公将の確保、武蔵野ヒルダの殺害だ。全部出来るとはこちらも思っていない。ただどれかは確実に達成してくれ』


 薬剤投与。基底状態から励起状態へ。


『目標は地上青梅街道を東に向かっている。捕捉次第捕縛せよ』

「了解」


 彼等の偽装はお粗末であったが、こちらの手間を取らせるには十分な時間を稼いだと言える。フォールン降下がそれを助けた、というより、狙って出て行ったのだろう。


 火具耶は髪留めで髪をまとめ、草だらけの街道を進む。隠れ家の生活の痕跡的に一人、鈴谷新であると思しき者だが、足跡は二人分、軍事用四足が一つとなっていた。この奇妙な取り合わせが何を意味するのか、上層部も解ってはいなかったが、即座に火具耶の投入を決定した。


 先の五得病院アズダハ研究所襲撃の折、慙月死亡、一予は足を負傷し離脱している為、超能力チームは自分ひとりである。自分達二人があの時点で殺されてもおかしくはなかったのだが、奇襲をかけて来た漆原宝太は素人であったから助かった……というのが上の見解だが、純粋に殺したくなかったのだろう。女の子傷つけたくねぇ、と叫んでいたのを覚えている。


(私一人ねぇ)


 先行した捕縛部隊は既に殺されている。明らかに人間技ではなく、部隊が報告を上げる間もなく殺されている事から、超能力者が追従していると思われる。


 だが、隠れ家の生活痕は一人分。まるでホラーである。四足を用いて運んでいるのが、荷物なのか人間なのか。もう一つの足跡はなんなのか。不気味で仕方がない。


『部隊がやられたのはそこ、奥多摩湖の岬付近だ。恐らくは所沢の支部を目指していると思われる』


「私に追従する部隊も出せない訳?」


『そもそも秘密作戦だからなあ……国から借りてる部隊は皆先回りしている。ただ街の中に入られたら撃ち合いなんぞ出来ないから、その前に捕えてくれ』


「まあその調子じゃあ、部隊が遭遇したら殺されるでしょうけどね」

『そういう事だ。部隊は最終防衛線と思って貰っていい。主に働くのは君だ』


「上空から探せないの?」


『ヘリで捜索なんてしてみろ、うるさ過ぎて奥多摩の山の中に籠られたら、見つけようが無くなる。まだフォールン降下中だって事忘れるなよ』


 昨日からフォールンはずっと降り続けている。これは十年前の大降下以来の長さだ。人々は完全に地下に閉じこもっており、街の中は運び屋すら見当たらない。


 生命を殺す死の粒子。そんなものが降り注ぐ中でも、アズダハを埋め込んだ自分は行動が可能だ。鈴谷新がアズダハの手術を受けたという話は無かったが、何かしらの防御策を持っている可能性は高い。


 そして不明な何かが一人。もしくはもう一人だ。


(四足で担いでいるの、黄萌じゃないかしらね)


 鈴谷新の妹。ヴァルハラでは何度か交流もあった。五得病院アズダハ研究所に送り込んでいたスパイの話から、彼女がアズダハ脳の候補であった事は解っているが、手術は行われていない筈だ。超能力を使えるか定かではないが……四足で運ばねばならない状態であるからして、これを向こうの戦力と捉える事は出来ない。


 つまりやはり、謎のもう一人。生活痕を残さない、人間とは思えない何かだ。


(命令を遂行しないと。役立たずで廃棄処分だけは勘弁だわ)


 五得病院アズダハ研究所の中核メンバー、その研究員の数名は捕らえた。だが慙月の馬鹿のお陰で研究所は燃えてデータは灰であるし、鈴谷新、美公将、武蔵野ヒルダには逃げられている。ヒルダを殺すチャンスはあそこしかなかったが、雲隠れされてしまえばもう捕まえようがない。


 美公将は行方不明だ。研究所の追加襲撃に派遣された部隊が全滅する直前の連絡から、美公将が覚醒した可能性が示唆されている。自分よりも格段にアズダハ量が多い男の覚醒だ、通常の人間ではとてもではないが止められない。


 鈴谷新は隠れ家に居たようだが、ヒルダは確認されなかった。


 波照間力実は死体が出た、漆原宝太は街中で発見されたが、追跡出来ず。鈴谷新と同行している者の詳細が完全に不明なのだ。


「いやな予感しかない」


 廃棄処分されずとも、ここで殺される。十分あり得るものだ。フォールン降下中である為、死体の回収はされていないが、望遠で確認する限り、捕縛部隊の死因はすべて外傷が原因だ。気が付かない距離から、謎の物理攻撃を受けた形である。


 遠距離から攻撃するならば銃になるが、鈴谷新にそんな技術がない事は明白である。


(――ヴァルハラの魔法。恐らく風魔法ね)


 銃弾よりも大きな何かが身体を貫通した痕。死体近辺に他の痕跡……つまり貫いた筈の物体が見当たらない。風そのものを刃に変えたと考えるのが妥当だが、普通の人間がそんなものに思い至る筈もない。


 相手はアズダハを相当量埋め込んでおり、かつ、ヴァルハラの魔法を再現出来てしまう人物だ。


「そっちも、一応予測しているとは思うけど。犯人」


『あっちの研究所にはアズダハを埋め込んだ人間は複数いた。だが他の奴等の足取りからして、鈴谷新と行動を共にしている人物の目星はまったくつかない。未知の超能力者だ』 


「例えば、アズダハ脳そのものとか」


『……鈴谷黄萌アズダハ脳は確かに持ち出されている。だが、脳だけが自発的に行動出来るのか?』


「何もわからないからアズダハなんだと思うけど」


『ならお前は死んだな』

「そうなのよねぇ……」


『そろそろ接敵が予測される。アズダハの感知を上げろ』


 言われ、薬剤投与。アズダハが体内を駆け巡って行く。これは別段と感知能力を直接的に向上させるものではない。アズダハが近くにあれば、アズダハは反応する。結果感知に繋がるというものである。


「解った。そして勘付かれた」

『どこだ』


「道の先、一キロ未満。先回りしてる部隊を動かして距離を詰めて」

『遠すぎる。一応知らせるが無理だな。確保が最善だが、最悪殺せ』


 アズダハの技術は、値千金だ。人類を救済し得る可能性を秘める奇跡の黄金である。だが、世界各国どれだけ専門家を集めて取り組んだところで、五得病院研究所程の成果を上げられなかった。それはやはり、特異な存在がいたからである。


 鈴谷新と、美公将。この両名が研究をけん引していた筈だ。手に入らないならば、殺した方が良いだろう。あまりにも、今の世界には大きすぎる存在なのだ。


 そして鈴谷新が連れ込んだとされる、謎の生命体。


 スパイの話では、謎の生命体はゼリー状であり、言葉を理解し脳に直接話しかけて来るという。アズダハ由来と考えるのが妥当であり、これがもう一人の何かであっても不思議はない。


「敵影視認ッ!! 行くわよぉッ!!」


 首筋に薬剤を投与、全力で力を振るう準備が整う。烏丸火具耶からすまかぐやは両腕に意識を集中させ、鈴谷新等が走る『流れ』を操作する。完全に足止めは出来なかったが、どれだけ足掻いても牛歩になるような状態に陥り、相当混乱しているとみられる。


「しゃあ、キマった!!」

『おっかねぇ力……それどこまで適用されるんだよ』


「原理上!! 私が!! 『流れ』と感じるもの全部!!」

『味方で良かったぜ。行け行け』


 火具耶の能力は流体操作……などではなく、火具耶が"流れ"があるもの、と認識したその全てである。水の流れを、空気の流れを、データの流れを、電流の経路を、血液の流れを……更に薬剤を投入する事で操作対象を拡大、人の歩み、物流、運気などといったモノにまで働きかける。


 ただ、薬剤を大量投与する事になる為、寿命は削れ続ける上に、テンションは跳ね上がる。


「鈴谷新ァッ!!」

「――……!! 火具耶か……ッ!! アソラァッ!!」


「ええッ」

「アソラ……ッ!?」


 周囲に流れを感知するものを全て退ける空間を発生させて突撃する。新は躊躇い無く銃弾を放ったが、全て逸れて後ろへと飛んだ。それまでは良かったが、茂みに隠れていた女が飛び出し、両手を構えてこちらに何かを放つ。


「『ウィンドソード・(ツー)』」

(風魔法ッ)


 流体防御によって敵の『魔法』はある程度逸れたが、それでも貫通して食い込んで来た。火具耶の肩口をバックリ裂き、血を噴出させる。アズダハ由来の超能力である場合、力場が干渉し、完全には防げなかったのだ。


 樹木がアスファルトごと捲れた根の裏に隠れ、血の流れを操作して止血する。


「まずい、アソラだわ」

『アソラってお前……え、麻生麗? なんで現実に……』


「だから、アズダハ脳でしょ……身体は、たぶんガイノイド」

『世界初、アズダハで動くガイノイドか。世も末だな』


「とっくに末よっ!! ちょっと!! 貴方達、何考えてるのよッ!!」

「火具耶? 貴女も現実にいるのね?」


「人間なんだから当たり前でしょ!! 貴女の方がよっぽどおかしいわよッ」

「敵なのね? アラタ、敵でいいのね?」


「研究所を襲った主犯だ!!」


「なら倒すわ。私の仲間を傷つけた奴等は、許さないようにしてるの。『重力操作グラビティ(スリー)』」


「ぐ、ぎぎぎッ」


 自分の周囲に謎の力場が発生、全身が潰れ始める。同時に自分が盾にしていた木の根もはじけ飛んだ。重力の流れを捉え、これを退け、自分の動く流れを操作し、超速度で移動する。


「はあ、はあッ!!」


 物理法則を無視するような動きに、身体が悲鳴を上げる。どれだけ流れを操作したところで、身体自体はただの女子高生だ。脳の働きも鈍り始めているのが解る。通常ならばこの程度の操作で脳疲労を起こす事もないが、アズダハ同士を干渉させて防御した結果であろう。


 長い間は戦えない。とにかく、アソラを止めねば。


「貴方達が!! 何をしているのか、理解しているの?」

「どういう意味かしら」


「アズダハ脳の研究は禁止されてるの!! 貴女は、違法に作られたの!! なんで違法か解る?」

「な……アラタ、そうなの?」


「聞く耳を持つな!! 牽制しながら逃げるぞ!!」


「他の国で大失敗したのよ!! 貴女の理解出来る言葉で説明するなら、実験の失敗で数万人が死んで!! 更に都市級大魔法で街ごと焼き払われたの!! そんなものを、鈴谷新達は秘密裡に作って、この国を危険に曝してるのッ!!」


「黙れ、火具耶ァッ!!」


 銃弾がすり抜けて行く。銃弾が"流れ"通りに来たのだ、今の自分には絶対当たらない。しかしこのままアソラの魔法を喰らい続ければ、奴等は山の中に入り込むだろう。味方部隊が追うにしても、対フォールン防護服を着て山の中を追撃など、重すぎて出来たものではない。


 どうにか、今止めねば。


「うっぅぅぅぅッ!!」

「突風……ッ」


 周囲の空気に働きかけて突風を巻き起こす。彼等が戸惑っている中、陰から飛び出し、周囲を観察――四足が目に入る。軍事用傷病者輸送四足。そこに、人が載せてある。


「コイツだッ」


 吹きすさぶ風に巻き上げられた石くれを三つ、四足目掛けて放つ。それは狙い通りに衝突し、四足と積み荷の人間を弾き飛ばした。


「こ、黄萌ッッ!!」

(やっぱりッ)


 新、そしてアソラが四足へと駆け出す。背後を見せた。ではお終いだ。


「きゃっ……ッ」


 懐からハンドガンを取り出し、アソラの両足と喉を弾く。銃撃は素人だが、流れが存在するならば百発百中だった。更に鈴谷新に向けて銃を突きつける。


「黄萌、黄萌ッ!!」

「動かないで」


「出血してる、頭からッ!! あ、あ、黄萌、黄萌ッ!!」

「動かないでって言ってるでしょッ!!」


「黄萌ぇぇ……黄萌ぇぇ……ッ」


 新から正気が失われていた。彼が黄萌の為にアズダハ脳を研究していたという話は聞いていたが……その依存度は、自分達が思っている状態を遥かに超えたものだったのだろう。黄萌こそが彼の精神の礎だったのだ。


(肉親を救う姿勢は立派なんだけれどね。アズダハを甘く考えすぎてる……いや、甘く考えてしまう程に、アズダハの操作に長けていたんだわ)


 五得病院アズダハ研究所がアズダハをどう扱っていたかは知らないが、自分達烏丸研究所においてアズダハとは放射性物質と同等以上の危険物として取り扱いが決められていた。


 ただ放っておけば誰かの思念を受けて誰も想像していなかった物体に変化しかねない。下手な人間に扱わせれば、大惨事を招きかねない。手順を間違えば、超高額で貴重なアズダハがただのゴミになりかねない。


「……殺すほどの勢いでぶつけてなんかないわよ」

「黄萌、黄萌、黄萌……」


 見たところ頭を打っているが、陥没している訳でもない。


 どうするか。処遇を決めねば。味方部隊が突撃して来た場合、あちらにイニチアシブを取られるかもしれない。向こうの判断に任せたくはない。


「研究所に来るなら、適切な治療を施せるわよ、鈴谷新」


 チラリとアソラに視線を向ける。両足を撃たれ喉を潰されているのであれば、まず『魔法』は発動出来まい。アズダハ脳は、名前の通り頭部にあるのだろうか。であれば無事だろう。


 ……視線を戻す、その瞬間に衝撃的な場面が目に飛び込んで来た。

 新が自身の口にハンドガンを突っ込んでいる。


(ま、間に合えッ!!)


 脳が高速回転する。発射された弾丸の流れを止めるのではもう遅い。ハンドガンのスライドという動きの流れを即座に感知し、これを全力で止める。


「ぎっッ」


 多少無理な流れを読み出した結果、自身に強烈な反動が帰って来る。脳の血管が切れたかもしれないが、それでも火具耶は止めたかった。


「あご、ごっ」

「バカタレッ」


 新を蹴飛ばし、張り倒して後ろ手を取る。


「ううぅぅぅぅぅ……うううぅぅぅぅっぅう、ああぁぁぁぁぁぁ……あぁぁぁぁ……」

『どうなってる』


「鈴谷新、鈴谷黄萌、アズダハ脳確保。烏丸研で引き取るから手配して。内閣の奴等に介入されると面倒だから、もう何もかんも囲っちゃって」


『やるな。了解。追撃部隊は今止める。回収班を急がせよう』

「よろしく」


 大きく溜息を吐く。何とかなった。なったが、鈴谷新は狂ったように泣くばかりで、会話も出来そうにない。自分の両親を思い出す。嫌な記憶ばかりだ。


 空を見上げる。虹色の光彩が空を支配していた。コイツさえなければと、睨みつける。


「全部全部クソッタレだわ。ほんとクソ。みんな死んじゃえばいいのに」


 そうなれば、世界は随分とスッキリするだろう。泣きたくなる。自分にそんな力はない。どう頑張っても、多少インフラが混乱するだけだ。その程度で人類は滅んだりしない。こんな状況であっても、人類は今日も生きて居る。


(ああでも、武蔵野ヒルダなら、世界ぐらい壊せそうね)


 自分の行為が虚しくなる。こんな事をして何になると、正直思っている。アズダハで世界が滅んだとて、そんなものはどうでもいい。この世界は、自分を幸せになどしてくれなかったのだから。


 管理された狂犬。研究所の飼い犬だ。


「火具耶様、参上いたしました」

「あと任せる。私も脳の血管少し切れてるかも。運んで」


「お任せください」

「……よろしく」


 その場に倒れ込む。全部全部クソッタレだと思いながら、意識は遠退いていった。



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― 新着の感想 ―
火具耶も新に魅了された一人なのか、、敵と分かっていて近づいたのに虜にされるなんてアズダハすげ〜それとも新がものすごいイケメンなのか?
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