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龍女皇陛下のお婿様  作者: 俄雨
扶桑事変
317/329

日鎮める国4

誤字報告等ありがとうございます。大変助かります。



 聞きたい事は山ほどあるが、殺して終わりならばそれに越した事はない。対話の姿勢を見せる雁道に対して、居合を放つべく構えようとしたが……制止された。気配を察せられたというよりも、惟鷹ならばやるだろう、という事で事前に止められたと言える。


「ゼロツー殿、何を」

「ダメです、それは一番ダメ」


「どういう意味です」


「敵が、手前の手の内を明かす場面で、有無を言わさず叩っ斬るのは、正義として言語道断ですの。私も、お莫迦なんじゃあないかと思いますけれど、定義されている以上、それはいけません。ましてここは御前ですわ」


 なんとも面倒な……と思ったが、大人しくする。今の世界がそうであるというのならば、否定して良い事は絶対に起きないようになっている。


「――して、雁道修理。貴方がハティの人格を宿していないと、他ならぬ十全皇が仰いますが、何か申し開きはありますか」


「馬鹿を言え。ハティはここにいるだろう。目には見えないかもしれないが、中に居るんだ」

「おりません。炉心の気配はございますけど、人格が再生成された気配がございませんもの」


「そんなバカな話があるかい? 僕はこうして再び君の前に現れたというのに。すごい久々だねえ、何年ぶりだったかな?」


「正確な年数など数える意味がない程昔ではございますが……ああ、ううん、これは……」

「ゼロツー殿。居ないのですね、ハティは」


「おりません。つまり……」

「壊れているのですか、彼」


 何を言っているのだと、波貞は聞かない。目はどこか虚ろになり、表情がコロコロ変わる。ハティと波貞が切り替わる瞬間、微妙な振動を起こし、震え、雰囲気が変わるのだ。


 ゼロツーが言うからには、ハティが居ない事は確定と思って良い。

 つまり目の前の男、雁道修理助波貞、その男のみであり――竜は顕現していないのだ。


「波貞。その様子では自覚などございませんでしょうけど、貴方様の人格は、割れております」


「幾ら我等が龍とはいえ、ヒトを精神病扱いとは」

「そうだよ。僕はここに居るよ、アソラちゃん」


「幼い頃、父上に暴力を振るわれておりましたわね。それを誰にも相談出来ず抱え込んでいた」

「それは……」


「時折記憶がございませんでしょう。というより、ハティが顕現しているとする会話の時のみ記憶があり、それ以外の行動にたびたび空白がございませんかしら?」


「ない……こともないが」


「自分が特別で、他とは違っているという自覚がございますね? それは君主の息子であるという自覚というよりも、おおよそあらゆるニンゲンよりも賢く優れているのだという大きな自負が」


「あ、え、う、ううむ」


「生来、ヒト様から嘘つきであると罵られたり、身勝手極まりないと怒鳴られた経験もお有りですわね? しかも立場が立場、主だって指導する者も居なかった。そうでしょう」


「ああ、うん……」


「精神に後天的な傷。別人格と会話するなどという特殊な部分もございますけど。突きつけたところで意味もなし……貴方様の中にハティはおりません」


 具体的な話は医者でもないので知れないが、心に瑕疵が出来た結果なのだろう。質問からして、幼少期の虐待が原因に上がるようだ。


 古鷹佐京から散々虐められた事実のある自分からして、他人事でもない。自分は運が良かっただけだろう。


「ま、待たれよ。しかしだ、しかし、では、俺が扱う知識や能力は、どう説明するか」


「何の疑問もございませんわ。そのハティの炉心から過去の記憶や知識だけを引き出しているにすぎませんわよ。炉心の破損部分は人格機能だけですもの。他の者では無理でしたでしょうけど、他ならぬ血縁であり、波貞の名を継ぐ貴方様ならではの、不具合かと」


「だから、犬原厳斎のような男が出来上がったのですね」


「完全な知識ではございませんから、試行錯誤が必要だったものかと。『ハティ』の方が、恐らくは賢く、しかし主人格ではない為に、自分の行動に整合性が取れないのだと考えられますわね」


「見合いの場に現れるような迂闊をしたのも」


「『波貞』の思いつきでしょう。例えば本物のハティなら、する訳もございませんし、思慮深そうな『ハティ』ならば、まず疑うでしょう」


「な、な、な……違う、違う。ハティはハティだ。お、俺の……俺のトモダチなんだ。誰も理解してくれない、俺を唯一認めてくれる、大事な、大事な友達なんだ……」


 波貞が狼狽し、頭を抱える。自己と、自己を一番理解する友を、他でもない十全皇という万能に否定された訳であるから、どれだけ自信が優れているという自負を持ったところで超克不可能な障壁である。


「落ち着きなよ波貞。大丈夫。いったん僕に預けてよ。ねえ?」


「ああ、うん、すまない……」

「いいんだ。僕は、君を守る為にいるからねぇ」


 激しく震えていた波貞の雰囲気が変わり、落ち着き、こちらを真っ直ぐと見つめて来る。

 腑抜けていた気配が締まる。うっすらとした殺意が浮かび上がっている。


 これは、誰でもない、ヨージに向けられたものだ。


「誰がなんと言おうと、僕はハティさ」

「御大層なお話ですわね」


「彼が少しおかしいのは認めるよ。共感性が低いし、罪悪感も限りなく薄い。だから幼い頃は凄く苦労したんだ。僕等が生きていた時代みたいに精神医学が発達している訳じゃないから、医者に診せられる訳でもないし。言動が大雑把で見栄っ張りだからよく衝突するし、失敗を覆い隠そうとして平然と嘘を吐くから、よく嫌われた」


「聞けば、自業自得のようですが」


「少し違うよ、青葉惟鷹。ニンゲンは平等にはつくられていない。君が他と違うように、彼も別の方向に違ったんだ。君は救国の英雄になったが、彼は暗愚と罵られる手前まで行っていた。それはツクリが違うからだ。本来彼は救われるべき存在だよ」


「……――」


「そこに手を差し伸べたのが僕さ。大雑把さや共感性の低さ、罪悪感の薄さも、使い方次第で武器になる。豪胆に見えるように、細かい事を気にしない益荒男のように演出するよう指導した、そういう風に仕向けたんだ。君主として間違いない才能を発揮したのは、彼の方なんだよ。僕は力を沿えたに過ぎない。皆、僕じゃない、彼自身を心から慕っているのさ」


 なるほどであると顎を擦る。北東王は美丈夫である事も助けになり、その指導力の高さは他でも有名であったし、実際に蕃をまとめ上げて統制を取る手腕は唸るものがあった。少なくとも外野からはそのように見えたのだ。


 家庭事情から後天的に特異な精神構造を組み上げるようになり、互いに補い合って来たらしい。

 確かに辛かったろう。苦しかったろう。想像はする。ヨージのように踏まれても腐らない精神を、誰もが持ち合わせている訳ではない事も、理解しよう。


 が、それはそれだ。やった事が帳消しになる問題ではない。彼は子供などではないからだ。

 大人であり、一地方の君主であり、責任を負わねばならない存在である。


「それで、何がどうして、国家転覆など思い至ったのですか、貴方達は」

「あ、達って、複数で呼んでくれるのかい。嬉しいなぁ」


「あのですねぇ」

「ふふ。うん。実に単純だよ。波貞は恋をしたんだ」


「うん?」


「十全皇に。この世最高の美を視たんだ。でも所詮蕃主だ。彼にそんな力はない。でも僕は彼に夢を叶えて欲しかった。彼の推し進める方針を、僕が細やかに補佐し続けた。バルバロスに渡りをつけたり、統春に協力を持ちかけたりね。それに、僕もさ、彼の望みが好ましかったんだ」


「どういう意味ですのよ」

「何言ってるんだい。将来独身だったら、付き合おうって僕言ったじゃないか」


「――……――…………えっ、本気でしたの?」

「うえっ、『それも良いかもね』って言ったの君だよッ!?」


「う、危ない。ご本人ではございませんでした。語り口までそっくりですので、危うく」


「本人だってば。だいたいさ、知識があり、人格が付随し、語り口まで同じなら、それ本人って言わない?」


「魂は偽れませんわよ」

「ふうん。それってどこにあるんだい?」


「炉心の中に。波貞の中に、ハティの魂がございませんもの」

「そ、そんな事解るんだっけ……? ちょっと待って」


『ハティ』が上を見上げ、指をくるくると回しながら何かを考えている。

 気が付いたのか、口に手を当てている。


「十全皇は地球胎内接続者だったね。魂を概念ではなく数字として理解しているんだ」

「なので偽れませんわよ」


「ははっ……じゃあ何かい。僕はトチ狂った波貞の生み出した妄想の産物であり、ハティなどという偉大な竜ではないって、ことかい」


「ええ」


「じゃあ、能力なんてどうだい。僕の固有『順応きみとおなじだよ』はこのルールでも再現されているけど」


「再現? その代替鍵は、不完全でしたでしょう。それに貴方様はアズダハ不足」

「もう少しで開いたさ」


「そもそも、不安定な代替鍵を三番目に使おうというのがおかしいのですわ。元からあまり自信がなく、代替鍵を三番目に持って来る事で、我々が他で足を取られている間に調整しようとした、としか思えない使用順番ですもの」


「時間はもう少し稼げると思ったんだけどなぁ……外で暴れてる奴を無視してくるとは思わなかった。それは計算違いだね」


「それは誰です」


「あいつだよ、あいつ……ほら……誰だっけ。ともかく、本当にヤバイのが出来たから、街に解き放って来たんだ。倒してないよね?」


 知らない。古鷹佐京でも、ルルムゥでもないなら、誰だ。


「我が神、外で何か、とんでもない奴が暴れているという話でしたが」

『うん。殺しちゃった。強すぎて、加減出来なかったの』


「左様ですか……死んだそうですよ」


「は……はぁッ!? レベル89のホンモノのバケモンを、誰が倒したっていうんだ。嘘だね。僕を動揺させようとしているだけだ。数値だけで言ったら実際のハティの七割の強さだよ……まあ仕方ない、こっちに呼んでみようか。僕も無事じゃあ済まないかもだけどねぇ……ッ」


 そういって、ハティの炉心を掲げる。ヨージは何もせずただ見守り、エオとフィアレスは構えた。ゼロツーは、ただ虚しそうに彼の行動を見つめている。


「……えぇ……? 来ないな、どうしたんだ?」


「ゼロツー殿、恐らく……」

「ええ。そのバケモノに出会った事で、引継ぎのトリガーを引かれてしまったのでしょう」


 シュプリーアは日没宮に近づけない。明確に竜と定義されてしまったからだ。その事態を引き起こしたのが、『ハティ』の語るバケモノだろう。どれだけ彼が吹いているかは分からないが、我が神がどうしようもない相手であったというのならば、警戒すべき戦力だが……。


「我が神が嘘を吐く理由もありません。死にましたよ、それは」

「な……な……なに……?」 


 ハティの炉心は、かなり大量の知識を『ハティ』に与えたのだろう。凡人にはあまりにも過ぎたる力だ。固有を疑似的に再現出来たのも、血統の成せる技だったと言える。ただやはり本人ではなく、知識のみでの再現には限界があり、それを本人も理解して不安視していたのだろう。


 かくして切り札はいつの間にか消え、鍵も不完全。


 そういう意味で、本格的に竜への覚醒が近づいてしまったシュプリーアと、失敗疑似鍵の犠牲になってしまった真百合の被害は、より一層悲惨になってしまう。


「それで、雁道修理。そこに倒れている家老の泉田氏は」

「……鍵が開かなくて、癇癪を起した波貞が殺しちゃったよ」


「もう一人いましたよね。どこへ行きましたか」

虚無垢きょむく……。あれ、虚無垢はどこに行ったんだろう?」


 雁道が仲間の消失に驚いている。虚無垢という存在は何もかもが不明だ。恐らくだが……バルバロスの手合であるというのならば、別の任務を負っている可能性もあっただろう。


 今の雁道は完全に追い詰められている。見切りをつけられたとみればおかしくもない。


「さ、さっきまで居たのに。虚無垢、虚無垢ッ!!」

「バルバロスの手先でしょう。裏切られたのではありませんか?」


「そんな、馬鹿なッ!! こんな、炉心の手前でッ!! 虚無垢っ!! なんで、どうしてッ!! 君がいなきゃあ、炉心の書き換えが出来ないじゃあないかッ!!」


 その言葉に、ゼロツーとヨージが顔を顰める。炉心の書き換え……命令権を奪取し、他の情報を上書きするつもりでいたという事だ。どういった手法で炉心を乗っ取るつもりでいるのかという議論はあったが、そこまで出来てしまう存在を手中に収めていたのか。


 バルバロスは、そこまで出来る技術を抱えているのか。


「あああああ、もうッッ!! なんでここまで来てッ!! どうしてッ!!」

「なんなんだよッ!! 馬鹿じゃないのかッ!! ふざけやがって、馬鹿にしやがって!!」

ぼくはこんなに、頑張ったのにッッ!!」

「統春ッ!! 本当に佐京と惟鷹へ介入したんだよなッ? おいっ、統春ッ!!」


 雁道が狼狽えている。頭を抱え、搔きむしり、癇癪を起していた。


 こんな。


 こんな子供に振り回されていたのかと思うと、むしろ哀れで、こちらが情けなくなる。


 自分に出来ない事はヒトの手を借りようというのは、社会生物として当然の判断である。故に彼自身の実力が無力であって悪い事はない。それを補ってあまりある指導力と才覚を発揮したのは事実だ。


 だがいざとなり、一人で全てを判断しなければならなくなった時、大声をあげて暴れているようでは、何も先には進まないのだ。辛い話ではあるが、覆しようもない。


 雁道の無茶な行いが――全て通ってしまった結果に齎された被害を繕うのに、どれほどの時間と金がかかるか、分かったものではない。


「雁道修理助波貞。国家転覆、殺人、略奪、外患誘致、その他諸々で死刑は確実ではありますが、今ならば諸事情により切腹が許可されます。神妙にお縄についてください」


 斬り伏せるタイミングは逸している。では法廷へ行ってもらうだけだ。乱心を警戒したフィアレス、エオが構える。ゼロツーは防御魔法を展開、ヨージはいつでも奴の首を刎ねられる。


 どれほどの力があったとしても、ハティが覚醒していないと解った今、彼は多少他よりも強いだけの人物でしかない。ヨージ達を越えられるだけの力は、まずない。


 それは雁道も理解している筈だ。


「くそ、クソクソクソクソクソクソッ!!」


 何をするのか――と思いきや、彼はコチラに背を向け、鍵を鍵穴にねじ込み始めた。


「どうします」

「……放っておきましょう」


 鍵がガチャンと音を立てる。確かに開いた。開いたが、毎度要求される承認がなかった。


「ハハハッ!! ちゃんと開いたじゃないかッ!! そりゃそうだ、僕は、ハティなんだからッ」


 もはや、開いたところで彼に炉心をどうこう出来ない。

 ヤケクソなのだ。自身を証明したいという一心でしかない。


 扉が開かれる。


「はははははっ!! 十全皇ッ!! 僕だよ、ハティだッ!! ああ、なるほど、君の炉心っていうのは、はははははっ!! ハハハハハハハハハハッ!! ハハハハハハハハハハッ!! アハハハハッ、アハッ、アッ、アッ、アッ、アッ……そんなぁ……」


 室内に踏み込み、彼は炉心を目撃した。


「君は――なぜコレに」


 そうして……彼は振り返り、悲しそうな顔をして涙を流し、地面に融けて消えて行った。


 肉体も、血液も、気配も、魂すら、感じられない。唯一残ったのは、彼が抱えていた赤い玉、ハティの炉心だ。こちらへと転がって来てものをゼロツーが拾う。


「今のは罠ですか」


「正しい承認を受けず踏み込みますと、侵入者の組成を分解、強制的に消失させます。もはや遊びも何もない。邪魔者を始末するだけの、面白味のない機構ですわね」


「虚しい話です。たぶん、十全皇も反省すべき点があるでしょう」


「あまりヒト様のご家庭に口を挟むのは、推奨されませんけれど。それでも、蕃主のご家庭を気遣うぐらいはすべきでした。炉心も、こちらで管理いたします」


「それが良いでしょう」


 赤子の握り拳程度の赤い玉を、ゼロツーが優しく撫でる。そこには、子を慈しむ母のような趣が感じられた。彼は子供だったという。十全皇も、彼を可愛く思っていたのだろう。だからこそ、目を覚ましたのではないかと思い、気を揉んだのだ。


 だが、そうはならなかった。ハティは、そのまま眠り続けている。

 ……それにしても。


 雁道は、最期に何を見たのか。何を悲しんだのか。

 あれは、自身に対する死への涙ではなかった。


 扉が自動的に締まる。そして、大きな問題が発生した事を、全員が理解している。


「惟鷹様」

「……他に方法を探しましょう」


「統春が何を企んでいるか分かりません。早々に済ませるべきかと」

「しかし」


「あの、ゼロツーさん、ヨージ。鍵……どうしましょう? というかそのやりとりなんです?」


 鍵がないのだ。雁道は一番鍵、四番鍵、そして失敗の代替鍵を使用してしまっている。自分達も二番鍵、三番鍵を使用してここまで降りて来たのだ。


 残るは予備鍵のみとなる。


「……予備鍵です。ゼロツー殿がそれにあたります」

「え、悪辣ッ!! 十全皇、ちょっとだけ趣味が悪いと思いますッ!!」


「そう仰らないでくださいまし。そもそも、予備鍵は炉心区画へと踏み込む者の、正統性を証明するような存在ですのよ。私は今までの全てを見て、そしてこれを証明するものですわ。流れ通りといえば、そうなのです」


「……――」


「他に手段がございません。無理に踏み込めば、あの通り。予備の予備なんてものもございません。惟鷹様、私の役目を果たさせてくださいまし」


 彼女を生かしたまま全てを終わらせ、安定した状況下で……分身として、現世に生きてもらうつもりでいた。彼女は緊急事態にのみ目を覚まし自分達を導く役目を負った存在である。だがそれではあまりに不憫だ。


 こうしてまた陽の目を見て、何もかもを懐かしそうに思いながら過ごしたであろう数か月の間、彼女は自分を取り戻したかのように働いていた。


 ……全ては、十全皇という巨木の一部である事は、そうだ。今消えたからと、この人格を有したゼロツーという個体が、二度と再現されない訳でも、ないだろう。


 生と死、真か偽か。その合間にあるものは、一体何なのだと、突きつけられている。


 ……密名居に再現された、ジーフリトはどうだった。

 ……蘇生された時鷹は、自身の存在に懊悩した。

 ……幾度の死と生を行き来する自分とて、過去と今の同一性を担保出来ない。


 雁道は……全てを明かされて尚、最期まで、自分をハティであると疑わず逝った。


 個とは何なのか。

 同一とは何なのか。


「そういえば、全てを解決した後の報酬の話をしていませんでしたね」

「え? ええ、もちろん、お望みであれば、何であれお差し上げいたしますわよ?」


「……では、ゼロツーという個体を、必ず現世へ復帰させてください」

「嗚呼」


 ゼロツーが微笑む。自覚はないのか、涙がこぼれているのにも関わらずだ。

 ……彼女は悪くない。結局は鍵を集められなかった自分の所為である。


「久々の娑婆はどうでしたか。僕は、ちょっと大変でしたけど」

「……貴方様に出会えて、彼等の子孫に出会えて、幸福でしたわ」


「それはよかった。全部終わったあかつきには、個人的に、ちゃんとお慰めしますから」

「い、いやですわ、惟鷹様ったら……」


「ちょっと、こんな場所と状況でイチャつかないでくださいます?」

「えー、いいじゃないですかッ!! 眺めましょうよ、ロマンスですよッ」


「外野も五月蠅いので、そろそろお暇いたします。こちらを」

「はい、確かに受け取りました」


 ハティの炉心を受け取り、ハンカチに包んで鞄に収める。炉心の扱いとして何が正しいかは知らないが、こんな状況下であるから、許して欲しい限りだ。


 そもそも、こんな状況を見せつけられているハティからすると、腹立たしいかもしれないので、目隠しは必要であろうから、間違いでもあるまい。


「……」


 勿論嫌だ。こんな事はしたくない。だが、ほぼ部外者であるエオとフィアレスには任せられるものでもない。多数の……国家規模の人々の為に、消えてもまた再現可能な存在を一人消すだけといえば、それまでだが。


 人類の心は、そこまで単純に出来ている訳ではないのだ。


 ただ、仲間のクビを刎ねるのは、今日に始まった話ではない。

 陰鬱な心を押し込める。悲しみを飲み込む。犠牲を、悔やみながらも受け入れる。


 勇者としてそれは正しいのか。軍人崩れに勇気と正義を語る資格などあるか。

 その選択は、本当に許容されるべきものなのか。


 ――――…………――――――…………、柄に置いていた手を離す。


「惟鷹様……?」


「大本である雁道は死に、あとは統春を抑えるばかりです。それからここを開く手段を考えても遅くはないのではないですか? 雁道とて、不完全ではありますが、ある程度カタチには出来たのですから、素材と固有を組み合わせて、似たようなものを作れるのでは? 今までは切羽詰まっていて時間もありませんでしたが、敵を全員抑えてしまえば、余裕は在る筈だ」


 ベラベラと理屈を語る辺りが、どうしようもなく、自分であると実感する。


「そ、それは……確かに前例がある限りは不可能ではございませんでしょうが……不安定なまま扶桑を放置というのも……」


「貴女一人の死と比べれば、まだまだ軽い代償でしょう。扶桑は陛下におんぶに抱っこですから、少し苦労しませんと。それに、僕は皆救うと口にしたのでした。さ、まずは統春を抑え……」


「え……?」


 ゼロツーの手を取る。外へ出て統春を止めるのだ。それから全部を考え直したって良い。区画を出ようと振り向いた時、ゼロツーの胸が光り始めた。


 それは眩く輝き、胸から外れると……空中に制止し、鍵のカタチを得てそこにあった。

 突然の事に目が瞬かれる。


「ぜ、ゼロツー殿」

「あら、あら……? 無事、でございます」


 なんとも、ないのか。ゼロツーの身体を検める。身体に傷なし、能力は……特別製故読めない仕様だが、レベルが下がっている雰囲気だけを感じる。どういう事だ。何が起こったのか。


 中空をぶらさがる鍵を手に取る。


 番号が書かれている部分に数字はなく……『正解』とだけあった。


「あふん」


 ヨージは……地面につんのめって転ぶ。


「胡乱な……大雑把な……感情的で情緒的で……人治的な……独裁者が……おのれ十全皇」


「すごいですねぇ、愛が通じたんでしょうか?」

「エオ、貴女の感受性が凄すぎて、わたくしは付いて行けませんわ」

(十全皇)の考える定義には、ほとほと参りますわねぇ」


 本当に酷いが、それも十全皇が取り決めた『正義』の定義であったのだろう。不甲斐なくも予備鍵に手を出さざるを得なくなった勇者を試す、最後の関門であった訳だ。


「お茶目であると許容しましょう。そうしないと、ちょっと十全皇を殴りたくなるので」

「お、おほほほ……」


 仲間を殺してまで時を急ぐ必要が、有るか無いか。


 そういった意味で、ゼロツーによる介錯への誘導は、予備鍵として決められた行動だったのかもしれない。ヒトを試すような真似は、基本的に嫌われるものであるという事実を、主支配体には少し学んでもらわねばならない。


「――では、改めて」


 鍵を握り、鍵穴に差し込む。一番、二番の扉と同様承認画面が現れた。今回は人数制限があり、四人までが許容されている。


「わたくしも宜しいのですかしら?」

「折角ですし、見て行けば良いでしょう。十全皇の炉心」


 少しだけ尻込みするフィアレスを押して、とうとう最後の扉が開く。


 十全皇の主本体。

 世界最大のリュウの心臓。

 

 ――この世界の、起源、それそのものが開帳された。







 薄暗い部屋には装飾も、敷物も、調度品もない。


 あるのは、円錐型の部屋の真中だけを照らす明かりと、その下に据えられた一脚の椅子。


 ――そこに座るように設えられた、ヒトガタが一つ。


「天禊国禊八十柱大御神、その御神体。通称十全皇。地球全土を覆う占有根幹魔力帯オールドパルスラインを持つ、リュウの心臓。最初の一にして最後の全。この星の命運を握ったまま離さない、現世の始まり……罪業炉心」


「これは……精巧に造られた、女性型のゴーレムですか」


「……当時の型番で『MWG-01』と言います。大手電子機器メーカーと、社会福祉企業複合体が政府に働きかけ、推し進めて作り上げた、初期型超高性能『男性向け』ガイノイドの、改造品」


「良くお顔を拝見しても」

「勿論。貴方様のものですもの」


 歩み寄り、その人形に近づく。ニンゲンの纏う空気こそ無かったが、その造りは精巧だ。世の美少女の平均を取ったようなバランスのよい顔、長い睫毛、瞳は閉じられている。黒い髪は光源を反射し怪しく光り、見る者に謎の魅惑を与える。


 体格としては十代後半の女性がモデルか。ただ少し顔の造りが幼い。胸は扶桑人女性よりも少し大きいか。くびれた腰に、すらっとした長い脚は絵画の美女のようだ。


 それが、ひとつ。部屋の真中に、白いセーラー服を着て置かれているのだ。


「ご感想は?」

「……僕と過ごす時は、いつもこの顔でしたね」


「お気に召しましたかしら」

「可愛らしいですよ。とっても」

「なら良かった」


 ゼロツーが満足気に頷く。


「ゼロツーさん。これが、十全皇の炉心、罪業炉心で、間違いありませんのね」

「ええ。壊してみますかしら?」


「――……遠慮しますわ。命令も、ありませんので」

「十全皇の炉心ってお人形さんなんですね? 可愛らしいですけど、男性向けって?」

「そのままの意味です」


 エオは少しだけ頭を捻り、理解し、口をあんぐりと開けて停止した。


「……これは、いつ象ったものなのですか。意図的であるのか、たまたまなのか」


「たまたまです。成り行きで、この形です。ああ、そうですわ、正式手順でここに入ったからには、時間も止まっておりますから、少しお休みいたしましょう」


 そういってゼロツーが炉心の隣に腰掛ける。従い、ヨージ達も地面に腰を下ろした。


 時間が止まっている……とは。そのままの意味だろう。この場所は世界の中心部であり、世界のルールを支配する場所でもある。炉心保護の為にも、自分達では想像もつかないような魔法で守られていると考えた方が良い。


「これが何なのか、語ってしまうと、一日では足りませんので、端的に。今でこそ全身にアズダハが波及しておりますが、元はただの入れ物です。この頭部にこそ、その機能が詰まっておりました」


「脳のようなものですか」

「アズダハ脳。人類の禁断の器官を再現した、アズダハで作られた疑似脳です」


 そういって、ゼロツーが立ち上がり、炉心の頭部を、開いて見せる。中には人類のものと見紛うばかりの精巧な脳が詰められているが……実際よりも、水色で半透明な色合いをしている。


「アズダハとは、全ての願いを叶えるものであるというお話でしたか」


「はい。勿論、様々と必要な条件はございますが、これは完全なカタチのアズダハ脳です。遥か昔、アズダハによる脳の再現を試みた事例は多数ございましたが、成功例とされるのは確認されただけで、二例のみ。その一つが、この……」


 ゼロツーが人形を抱きしめる。寂しそうに、虚しそうに、彼女は笑う。



鈴谷黄萌スズヤコモエ型アズダハ疑似脳」



「鈴谷……黄萌?」


「鈴谷新の妹の脳を、救う為に拵えられた、禁忌中の禁忌です」

「――当時の人類は、アズダハという存在に、希望を見出していたのですね」


「はい。アズダハは的確な命令方法によって如何様なカタチにでもなり、エネルギーすら無尽蔵に生み出します。魔法を持たない当時の人類にとうとう、無限の春がやって来るのだと、話題になっておりました。鈴谷新という男は、汚染され一部機能を失ってしまった妹の前頭葉を、疑似脳によって補完する為に、研究に勤しみました」


「……結果は」


「結果? ああ、うふふっ。ええ。この通り。この通りですわ。貴方様スズヤアラタは妹を救う為に何度となく禁忌を侵し……ふふっ。全部全部、終わってしまいましたの」


「あっ」


「旧人類は追い込まれ、十全皇という疑似脳の絶対神によって、遺伝子レベルから全て作り変えられましたの。世界構造も、物理法則も、魔法も、ルールも、全部無茶苦茶。全部、全部、ぜぇーんぶ、です」


 クスクスと、クスクスと、ゼロツーが笑う。邪悪さこそなかったが、そこには無邪気な、何も知らない女の子が、突如として現れたような、強烈な違和感があった。


 彼女が自称を魔王とした、その理由、その起源が、これか。


「お兄ちゃん」

「……――ッッ」


「お兄ちゃんは怖がってた。たった一つの命を救う為に努力して来たのに、その結果は人類の滅亡だもの。でも、それでも……おにいちゃんは諦めなかった。黄萌を救おうとしてくれた。けれど、お兄ちゃんは重大犯罪者として……本格的な人類の危機を、収束可能なヒトだって……月面政府に、連れ去られて、しまった」


「――……――――…………」


 ゼロツーが妖艶に笑う。引き込まれそうな程の魅了に抗う気持ちと、同時に湧き上がる焦燥感がヨージを支配し始める。そうして、何故か、自分の手が刀の柄に伸びていた事に気が付き、ひっこめる。


 それを見たゼロツーは、口元を抑え、咳払いした。


「うふふ。大丈夫ですわ。ちょっと、怖がらせただけですもの」

「や、やめてください」


「ごめんなさいな。この疑似脳は……黄萌こもえの為に造られただけであって、黄萌そのものではございませんの……勿論、適合の為に用いられた一部の脳細胞は癒着しておりますから、本当に、ごく一部は、黄萌ですけれど」


 頭の整理がつかない。つまり、つまり、なんだ。


 鈴谷新という男の願いが、旧人類を滅ぼしたのか。


 そんな……業の深い魂を……自分は、宿して、いるのか。


 して……その『結果』が、目の前の……少女である、というのか。


「うう……ぐずぐず……」

「え、エオ? 大丈夫ですか?」


「だって、だって。そんな辛いお話がありますか? 大好きな妹を救いたいが為に未知の技術を手にしようとして……大失敗して、何もかもご破算になって……それでも、それでも、十全皇は、鈴谷新さんを……ヨージを求め続けたんですよね? やっと出会えたんですよね?」


 言われ、ゼロツーが俯く。頭を振り、顔を上げ、微笑んだ。


「ま、過ぎた事ですわ。三百万年も経っておりますもの。世界は全て一変し、そして今の時代がございます。十全皇という魔王が暴れたのは遥か彼方の昔の昔。こうしてまたお会い出来たからには、喜ばしい以外の感情もございませんもの」


「ゼロツーさん。その、それ……竜王等はご存じなのです?」

「勿論」


 衝撃の事実に心がざわついて収まらない。この気持ちをどこへ置くべきか判断出来ない。


 彼女は脳で、アズダハの化身で、一部が当時の妹だった。


 一気に飲み込んでください、と言われても、困る。


「――ッ」


 フラッシュバック。自分の記憶ではない、誰かの記憶。クトゥルフ・ティタノマキアを両断する際に垣間見た、絶望の叙事詩だ。アレは……彼は――妹を、護りたいと、そう願っていた。


 そうして月へと辿り着いた彼は、地球に残した妹を救い、自らの不始末を片付ける為に、地球を攻撃し続けた、のか。


「黄萌……は、その後、どこに」


「……目覚めたくなかったと、仰られておりましたけど、そうもいかず。今は、黄龍と名乗り……誰にも干渉される事なく、静かに、寝そべって暮らしております」


「会えますか」


「ご存じの通り、彼女の支配地である覇郷の地は、沿岸部以外すべて死の土地。誰も近づけず、のべつまくなしに、全てを殺します」


「貴女が渡りをつけてください」

「――悲しいだけかと存じますが。お望みならば、その内」


 何の意味もないのに、という言葉が聞こえた気がした。黄龍は何もしない、そもそも居るかどうかすら不明で、名前だけが聴こえて来る竜だ。ゼロツーの語り口からも、既に、自我は無いのか、呆けているのか、といったところだろう。


「はい、はーい、エオです。ご質問よろしいです?」

「ええ、どうぞ」


「ゼロツーさんのお話を聞くと、旧世界は今よりも科学技術や医学が発展した世界であったんだろうなぁ、というのは解りました。けれど、十全皇の生きた時代が今、扶桑に敷かれているルールに近い世界であったのならば、そんな科学も医学も無いじゃありませんか? どういう矛盾です?」


 そうだ。

 あまりの混乱に、当たり前の話をすっかり外へとやっていた。


 現ルールの扶桑が旧世界と同じとは、とても思えない。であるというのに、出て来る話は全て、自分達の知る技術の遥か上を行っているものばかりだ。魔法も無い世界で、月にまで到達する科学なぞ、想像も出来ない。


「あー……それは、また、説明がヤヤコシイと申しますか……前提知識がないと、まず飲み込めないお話と申しますか……質問されたからには、お答えしますが……」


「咀嚼して飲み込みます、エオは頭が良くて得意なのでッ」


「――『仮想精神サナトリウム』という世界です。心に、脳に、身体に傷を負った者達が、最終的に辿り着いた、延命であり、安楽死であり、現実と虚構の狭間のような世界。十全皇は、それを懐かしんで……今の世界を造り上げたのです」


「ええと、空想を空間的に再現可能な場所で出会い、みんなわちゃわちゃやってた仲間が、今の竜王達と、十全皇だった、という意味ですか?」


「本当に賢いのですねぇ、エオさんは」

「凄く賢いのでー」


 全然話が分からない。先ほどから黙り込んでいるフィアレスを見る。彼女は俯いていた。こちらの視線に気が付くと、頭を横に何回も振って理解不能だと無言で叫んでいる。


「ゼロツーさん」

「はい、なんでしょう」


「限界ですわ。わたくしは、少し整理しませんと、エオのように飲み込めませんの」


「……致し方のないお話ですわ。貴女は他の竜の子ですもの。全て終わり次第、この事を貴女に伝えたと、ファブニール王にご説明しておきます、よくご相談くださいまし」


「ええ、お気遣い、感謝いたしますわね」

「貴女がお礼を言うだなんて」


「……全てが真実なのだとしたら。わたくしは少し、自信がなくなってしまいますもの」


「それを全てのみ込んで、まだ十全皇と敵対するというのならば、その時は真正面からお相手いたします。エレインにそうしたように」


 フィアレスとしても複雑だろう。自分の信じて来た、自分が学んで来た歴史の、一番根元部分を突如として引っこ抜かれたに等しい。勿論、これら全てが十全皇の戯言であると切り捨てる事は出来るし、実際それが一番簡単だ。考えなくて良い。


 だが、竜精という、いうなれば純魔力の結晶とも言える彼女には、アズダハ脳という超規格外の存在が、どれほどの力を持ち、どれほど絶対的であるのか、ヨージやエオよりもずっと理解しているだろう。極限の真実は竜精の精神構造にすら打撃を与えるのだ。


 それに、今は現ルールの影響下である。心が弱くなっている可能性は大きい。


「ゼロツー殿」

「はい」


「貴女にとって、その仮想精神サナトリウムとやらは……旧人類を滅ぼしてしまいたくなる程、魅力的なものだったのですか」


「……何も知らなかった麻生麗(十全皇)にとっての、全てでしたもの」

「わかりました。ではそろそろ」


「はいな」


 ゼロツーが罪業炉心の頭蓋を元へ戻し、右手を握って掌を押す。


 円錐型の室内に光が溢れ、映像魔法の画面が大量に映し出された。扶桑各所の監視映像、なにやら大量の文字列が走る画面、過去の記録など、人類が視界におさめてはならないようなものばかりだろう。


 ――炉心の瞳が開く。そして、ヨージに対して柔和に微笑んだ。意識があるのか。


「地球統合管理体、十全皇へようこそ。臨時最上位権限分身02号、それと罪業炉心正規到達者青葉惟鷹様、とオマケの方々」


「あ、どうも……」


「少し顔が違うけど、こっちのがイケメンね。魂の数値を計測中。ごめん、扉で承認したけど、一応再チェックさせて」


「はい……」


「――……――……――……下二桁しか違わない。本当にアラタなんだね、貴方」

「そうらしいです」


「成功だよね、これ、ねえ02」

「炉心さん、今は違いますでしょう。緊急法に基づく自己防衛機能を解除」


「あ、うん。システムチェック……ん、主支配体に繋がっていた占有根幹魔力帯オールドパルスラインの一部が欠損してる。原因は、北東蕃付近からのアズダハ無垢化攻撃……厄介だね、今回の敵は。じゃ、自動修復開始……完了。端末チェック……主支配体07号、消失。準支配体B112、343、456、987、11001、消失。どれをどうする?」


「これ、ゼロツー殿がいなかったら、僕では操作出来なかったのでは?」

「自動に任せるだけで済みますわ。私がおりますから、細かくしているだけに過ぎませんの」


「あ、そうでしたか」

「今のアラタって謙虚だね。下二桁分の違いかしら。こういう男好き? 私は好きよ」


「炉心さん?」

「はい、はい」


「07以外は初期化して再配置です。ああ、そうだ、主支配体07号ですが、同期を怠っていた可能性が示唆されておりますの。ログをチェックしてくださいまし」


「そんな気はしてた。私は上位管理権限者の命令受けるだけだから報告義務もないけど。主支配体07号のログはー……うん。アラタ……青葉惟鷹に関する、幾つかの共有すべき情報と感情を、独占してる。それと、統合的主要情報の一部を同期せず無視してるわね」


「どういうことですか?」


「うん。主支配体……みんなが宮殿の中で頭を下げてる、一番偉そうなアレね? あれが、自分だけで情報を独占してた……うん、その……他の分身とは違う記憶を持って……個人に、なりたかったみたいね」


 主支配体にはバグがある。ゼロツーはそのように言っていた。その理由が、分身ではなく……一人の存在になりたい、という欲求であるというのだ。十全皇程の万能において出来ない事が、まさか個性を持つ事とは。


「ここ数万年くらい、メンテナンスも怠ってる。様々な方法で自身と他の差別化を図った形跡がある。つまり、最新情報に更新してなかったから、虚弱性があったの。02、私の自己防衛機能解除までの情報を共有して。実際今どうなってる?」


「はい、どうぞ」


「ん。なるほど。主敵と思われるバルバロスは勿論、そんな虚弱性があるだなんて露も知らなかっただろうけど、根幹魔力帯パルスラインに対する攻撃が、主支配体に直撃した結果大量のエラーを吐いて負荷がかかり強制停止。危機回避緊急法第3番が適用されて、今の世界になってるわね。主支配体管理の占有根幹魔力帯オールドパルスライン目掛けて打てる辺り、これを機械的呪術的に感知可能な技術がバルバロスにはあると見えるわ」


「手入れをしていなかったから傷が出来ていて、そこにバルバロスの攻撃が運悪く刺さり、主支配体は大けがを負ったので、事前に準備していたルールが施されたという意味ですね」


「分かりやすい解説ありがと。不具合後に第3番が適用されるだろうっていうのは、偽ハティの入れ知恵かな。バルバロスめ、面倒臭いわね。あーえっと、あと、これ教えていいの?」


「……どうぞ」


「うん。ええとね、主支配体は、この不完全で不出来なヘタクソルールに、選択肢を二つ用意した様子ね」


「なんです?」

「アラタが助けてくれたなら、これ幸い。アラタが助けてくれなかったら、自決」


 言われ、眉を顰める。

 十全皇が……自殺を図ったという、事だ。


「自決、とは。そうなった場合、十全皇はどうなるのですか」


「主支配体っていうのは、つまり十全皇における殆どの命令権を有する存在なの。私達の『本体』を差す場合、主支配体と言っても間違いじゃないわ」


「不思議な関係性にあるのですね」


「主支配体が自己保存に関わるような重大な決定をする場合、準支配体及び幾つか主要な権限を有する十全皇分身の多数決が実施され、可決か否決かとなる。当然自殺したいなんて多数決勝てる訳ないから……この場合、主支配体の人格だけ死ぬかな」


「今は消えていますが?」


「データ上は残ってるから死んでるとは言わないわね。主支配体の人格データを自分でぶっ壊して自殺、かしら。ちなみに、今は主支配体不在だから、炉心である私と臨時に据えられている02、正式な手順を踏んでやって来た青葉惟鷹に最大の権限がある状態ね」


「自分に多数決を取るんですねぇ……」

「でも貴方は来た。よかったね。で、07はどうする?」


「権限を取り上げて、スペックダウンさせて、汎用分身に格下げですわね。番号振り分けも07から07αへ。惟鷹様が、殺したくないと仰るので」


「え、やさしい。どうせ全部私なのに」

「初期化はせずにいてください。話を、聞かないといけないので」


「了解。じゃあ新しい主支配体はどうする? 新規作成? 時間かかるけど」

「どれほどかかりますの?」


「半年くらい。主支配体だから。私から削り取るって選択もあるけど、それでも三か月。既存の分身をアップデートするのが一番楽だよ」


「その場合の所要時間は」


「一時間ってところ。02貴女がやったら?」

「え?」


「元ある主支配体用の定格術式プログラムをあてるから、今の貴女より、ちょっとニンゲンに対する理解度とか解像度とか、一般常識とか、落ちるかもしれないけど、そこは追々追加して行けばいいでしょう。時間が無いならそれが一番オススメよ。そも、今は他の分身無いでしょ?」


 言われ、ゼロツーが悩んでいる。確かに、実利の叶った話である。現在十全皇の分身の殆どが消失しており、代替となるものも居ないだろう。気になるのは、記憶の部分だが……。


「記憶などは、そのままですか」


「それは勿論。雰囲気の変化の話。貴方が良く接していた主支配体および準支配体っぽい、ちょっと配慮の足りないカンジのアレは付いちゃうけど、記憶はそのままよ」


「なら、いつも通りですね。何も問題ありません。今はむしろあの非常識気味な十全皇が多少恋しくあります。ゼロツー殿、お願いしても良いですか。それが最適解でしょう」


「……私は、緊急用の分身です。危機回避緊急法第3番という、もう二度と使われないかもしれなかったルールにだけ生きる、臨時の臨時の分身でしかありませんのに」


「なら今日でそれもおしまいですね。これからよろしくお願いします」


「で、でも」

「じれったい。アラタが良いっていうなら良いでしょう。彼が一番なのだから」


「ろ、炉心さん、貴女ねぇ」

「それでお願いします、ええと、炉心さん?」


「レイで良いよ。気に入ってる、昔の名前なの。麻生麗って名前も、とある地名と古い名前を合わせたものよ」


「レイ殿」


「んー。んふふっ。うふふふっ。うれしい。あ、自我、自我が芽生えそう」

「普段の権限が少ないだけで、自我はありますでしょう、ロボットじゃあるまいに」


「そうね。じゃあ、現実時間で一時間五分。ルールを平時法第1番に戻すよ。扶桑の時間や季節感を調整する為にも、ここの時間停止を解除するわ。その間は最低限の防御しかなくなるから、よろしく」


 とうとうここまで来たか。儘ならない状態で良くぞ辿り着いたと自分を褒めたい。


 まったく馴染みのない世界で、弱体化まで受け、強くなったと思えばそれを越えて来るような奴はおり、ルールを平然と無視してくる奴もいれば、そもそもルールを受け付けない、などというバカタレまでいる始末だった。


 ……本当に、片手間で作成したルールだったのだろう。今回はむしろ、これで良く済んだと思った方が良い。雁道というイレギュラーによって引っかき回されただけで済んだと言えるからだ。


 もっと詳しくルールを把握し、もっと絶大な切り札をもっていたのならば、自分達は道半ばで倒れていたに違いない。


 そうだ、切り札……――無防備は不味い。


「レイ殿、ストップ」

「更新を一時停止します。気が付いた?」


「気が付いていたなら教えてください」

「私は願いを叶えるだけの存在。貴方はもう管理権限者なのだから、しっかり命令して頂戴」


「(それって永続なのかな……)ともかくゼロツー殿、虚無垢ですよ。あれがまた占有根幹魔力帯オールドパルスラインに攻撃して来ないとも限らない。それにたぶん、統春側に居るでしょう」


「前回は隙を見せた状態に居た07号主支配体の占有根幹魔力帯オールドパルスラインに対する攻撃によって負荷がかかった結果です。今は防壁を更新済みであり、最低限のセキュリティはございますから、平気かと思われますが」


「レイ殿、時間は進んでいますか」

「うん」


「神フレイヤ、神フレイヤ」

『あ、今連絡しようとしていた事を認めます』


「何かありましたね」

『それが、扶桑人が大量に、日没宮へと押しかけています。ポータルを潜って大量に』


「――な、にぃ……?」


 レイが即座に監視映像を回して見せる。日没宮を中心とした映像だが、刻々と、信じられない数のニンゲンが宮殿へと歩みを進めていた。その全員が目を閉じ、両手を合わせ、何かしらを呟きながら歩いているのだ。


「炉心さん、解析は」

「警告・敵対的な根幹魔力帯パルスラインが励起中。直上。扶桑雅悦」


 映像が切り替わる。扶桑雅悦を背に、統春が立っていた。

 件の虚無垢は……別の映像に、どうやら雅悦の洞にいるようだ。


 統春の第三の目……霊目が開かれているのが解る。首都にいるニンゲン全てを集める気でいるのだろうか。それは何が目的だ。どうしてそんな真似をする。それに、明らかに本来の能力よりも、規模が大きい。敵対的な根幹魔力帯パルスライン……扶桑雅悦の、目の前にそんなものがあるのか?


「虚無垢の攻撃方法は」


「アズダハ無垢化。名前の通り過ぎ。既定されたアズダハ……つまり『誰かのモノ』になっているアズダハを真白にして『誰のでもないもの』に変えるの」


「想定はしておりましたけど、では今回はどれほどの被害が出ますかしら」


「少なくとも占有根幹魔力帯オールドパルスラインに直撃させて、不具合有りの主支配体とはいえ、バグらせるくらいの威力はあるんでしょう。指定、虚無垢。う、コレ、ただのニンゲンでも神でもない。人造人間かな。一部詳細が読み取れない。切り替え、出力計算……――ん、やばい。明らかに、前回より大きいのが来る」


「ええ……」

「貴女の防御手段は」


「このアズダハ無垢化、手段としては少し古いものだから、普通なら攻性防壁で大半は反射出来ると思うけど、扶桑雅悦に直接ぶつけられるってのが良くないわ。ご存じの通り大樹っていうのは、占有根幹魔力帯オールドパルスラインおよび根幹魔力帯パルスラインの根幹部分だもの」


「……扶桑に設定されているあらゆるルールが、狂う可能性がある?」

「一時的にそう」


 雁道の仕事は、虚無垢を扶桑雅悦に近づけた瞬間、終わっていたのだろう。即座に雁道を斬り捨てたのも、最初から炉心へと降りる事は主眼でなく、統春と組んで何かをしでかす為か。


「無垢化後、奴らがやりそうな事は」


「例えば雁道の策が実って、この場で直接私に無垢化をぶつけていたなら、私が壊れた可能性は一割切るぐらいあったと思う。だけど雅悦にぶつけた場合は、さてどうかしら」


「貴女は大事ないのですか?」


「扶桑雅悦本樹経由で私にぶつけた場合……うーん……確かに、私がほんの数瞬停止するとは思う。けれど、だからといってそんな一瞬で私を書き換えたり、無垢化でぶっ壊したりは、原理上無理だけど……ああでも、"接ぎ木"されたら取り除くのが大変」


「接ぎ木? 扶桑雅悦に、他の大樹の枝をくっつけるのですか」


「ええ。細かい説明は省くけど、扶桑雅悦に癒着して、さも自分は雅悦ですよという顔をして、そこからルールを弄って改ざんしたり、じわじわと浸食したりは出来るかも、しれない。ウィルスね。ユグドラーシルも喰らった、所謂"汚染"に近い。進行度次第では伐採も視野に入るわね。もちろん、敵の実力次第だけど……あれ」


 レイが口を開け、上を見るような仕草をする。ものを考えている時のニンゲンとそっくりだ。停止している時はもっと無機質なイメージを持っていたが、動くとやたらニンゲンくさい。


「どうしました」

「これはサービスでお知らせするけど、三種の神器が奪われてる? 勾玉と剣と鏡」


 突然なんの話か。それは確かゼロツーから警告された事だ。統春は十全皇に恨みのある神の土地に赴いている。また、扶桑各所に散っていた、過去最大級の敵対神格……天照の依代を集めていたという話だった。


「旧世界における神の依代、でしたか? 確か、統春が集めていたとか」


「三つ揃えると、その力が手に入る。少なくとも、この危機回避緊急法第3番ルール下ではそういう形になってるね」


「なんでそんなギミックを残すのですか……」

「蘇らせる、などという話ではなくって? 力が手に入りますの?」


「扶桑の原型となっている旧世界の国家、日本国の皇帝一族の祖神。熱狂的だったのは一時的で、後は薄く長ーい信仰だけど、それそのものが文明一つを築いて、臣民の精神にも食い込んでいたから……このレベルの神様を今の世界で探そうとすると、まず居ないわね。勿論、それは過去のものだけれど」


「リュウに匹敵する神であると?」


「というか、比較対象が十全皇になる。依代が揃うと、保持者に対して天照が過去に所有していた根幹魔力帯パルスラインに対する無制限使用許可が下りる」


「ええ……」


「これは主支配体が貴女に対して情報伏せてたみたい。だから02は知らないんだ。じゃあ逆に、なんで統春が知ってるんだ、という話ね。07号のログを精査してみようかしら。改ざん跡が出て来るかもしれないわ」


「あの自殺志願者には、参りましたわね。たぶん」「わざとね」


 ゼロツーがワナワナと震えている。こんなに分かりやすく怒っている十全皇というのも、ある意味貴重だ。ともかく、虚無垢と統春をひっとらえねばならない。これ以上の混乱は御免だ。


「そんなに、主支配体は生きる事を諦めていたのでしょうか」


「いえ、炉心として言わせて貰うと、たぶん『これぐらいならば惟鷹様がパパッと解決してわたくしを助けてくださいますわ』だと思うわ。人造王子様計画でしょう。ただし、使われ方が想定内であったのならば、だけど」


「期待が重いな……ひとまず、エオとフィア殿は虚無垢確保へ。僕は統春を止めます。それとレイ殿、更新を止めた場合と続けた場合、どちらが防壁を強く保てますか」


「結局支配体無しでは強烈な命令権を発動出来ないの。私達はそういう構造。なので更新を進めた方が合理的」


「ではゼロツー殿はここで更新を続けて下さい」

「エオ、りょーかいですっ」

「了解しましたわ」


「私は構いませんが……ここはポータル禁止ですわよ」


 言われ、あまりに時間がない事に気が付き、思わず息を飲み込む。十全皇の炉心付近で、防犯上最悪なポータルなど使える訳がない。


「……――全員急ぎましょう……ッ!!」

「いってらっしゃい。頑張って私を守ってね、アラタ」

「努力します……ッ」


 場合によっては。


 雁道の行動すべてが、統春の用意したブラフであった可能性がある。奴は最初から炉心など目指すつもりはなく、あくまで扶桑雅悦への直接攻撃を目的としていたのならば、自分達はとんだ間抜けになってしまう。


 もうこれ以上の苦労も犠牲も遠慮願いたい。


(ヒトを集めている……殺してはいない……皆が手を合わせている……)


 統春の目的に、何となく察しがつく。自分達も散々、これを集める為に苦労し、これを集めて敵を撃退した事もあった筈だ。


「新興宗教の立ち上げ、ですかねぇ……ッ」


 統春は霊目りょうもくを用いて、強制的に信徒を作り、信仰を捧げさせているのだ。


 おそらくは――自分という、新たな神か、もしくはリュウの為に。


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― 新着の感想 ―
十全皇もなんだかんだ楽しかった頃が懐かしいんだろうなあと思うなど。 麻生麗が十全皇になったっぽいのは間違いかもしれませんが、そこに至るまでの過程とかわからないし断定はできませんな。でも十全皇という龍が…
あのMMO風世界だけ妙に浮いてると思ったらそういうことでしたか。なんとなくDOD/ニーア世界みたいなもんかな~とは思ってましたがちょっと見えてきましたね。
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