表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
龍女皇陛下のお婿様  作者: 俄雨
扶桑事変
316/339

日鎮める国3


 貴人門をくぐり、蕃邸立ち並ぶ貴人街を抜けた先にあるのが、十全皇の根城、日没宮だ。


 およそ七十に及ぶ行政関連庁舎を周囲に配し、内に広大な堀を構え、その中央部にこそ本来の日没宮は存在するのだが、世間一般ではそれら全てをひっくるめて日没宮と呼称されている。


 東門をくぐり巨大な木造橋を渡った先は森林区画となっており、自然の森と見紛うばかりの緑が生い茂っている。時期的には広葉樹などまだ芽吹いたばかりであろうが、ここは季節など関係ない。


 そしてその背後には、桜の花を満開とする雅悦の巨木が扶桑を見下ろしている。


『扶桑という名なのに、桑の木ではないのか』とはよく言われるものだが、そもそも樹木という存在に姿が似ているだけで、これを樹だとするのは憚られる、というのがリュウの認識である。


 名前は、大昔のこの土地の別称から取った。

 見た目は、可愛らしかったからそうした。

 ただそれだけの話なのだ。


「もう雁道の兵が入り込んでいるものとばかり思ってましたけど、だぁれもいませんねぇ。というか宮仕えのヒトすら見当たりませんけど、大丈夫ですか、ゼロツーさん?」


「大半は避難させましたので。とはいえ、常駐の近衛すら見当たらないのも、不気味ですわね」


 遊歩道のような参道を進む。大都会の真中とは思えない空気に包まれているこの場所だが、本来は龍の塒である。


 日々の仕事に気を張り詰めた役人達が汗水垂らしながら小走りで己の使命を全うする為に行き交い、気まぐれで抜け出した十全皇の支配体がほっつき歩いてなどいないかと、目を張って監視する近衛がおり、無理難題を押し付けられた蕃主が途方に暮れながらベンチで空を見上げている、そんな場所である筈なのだが、誰も見当たらない。


 しばらく行くと、視界が開け、中央に過去の英雄……赤城七三郎実数あかぎななさぶろうさねかずの銅像を配する噴水広場に辿り着く。ここから各所へと道が繋がっている為、役人達が複数で散って行動する場合、待ち合わせ場所となっている。


「……」

「いやな予感が致しますわ」


 人っ子一人、タヌキの一匹も居ない。雁道兵の一人も見ない。本当に佐京が全て処理してしまったのだろうか。まさか、雁道が馬鹿正直に貴人門から兵を全て突撃させた訳でもあるまいに。


(……私は、何か勘違いをしている……?)


 雁道は、多かれ少なかれハティの影響を受けているだろう。彼自身も賢い男であるから、そんな阿呆な真似はあり得ないと踏んでいたが……まさか、本当に真正面から佐京に突っ込んだのか。


(思えば、おかしいところだらけですわね)


 しかしその場合、彼自身の戦力はどうしているのだろうか。ハティの力の一端でも使えるならば、確かに、自分達を相手にして不足はないかもしれないが、予備の戦力を侍らせておかないなどあるのだろうか。


 そもそも、そもそもだ。鍵はどうした。一番鍵と四番鍵だけでは炉心には辿り着けない。必ず鍵を得る為に、自分達と衝突する筈である。


 それを回避する手段を持っているのだろうか。だとするならば、雁道は既に、日没宮殿内に入り込んでいる事となる。


 猶予は少ないが、二人で動いて良い事もないだろう。


「皆、無事ですかしら」


「我が神達が遅れを取るとは思いませんし、ヨージがやるって言ってやれなかった事なんて、ギリギリないですから、無事じゃないですかねえ」


 エオを見る。気負っている節はなさそうだ。思った事を口にしたまでだろう。ある種の主体性の無さは見て取れるが、元来のスペックの高さ故、何でもやろうと思えば出来てしまう彼女である、周囲に対する信頼と、自身の才能への肯定感が彼女を落ち着けているのだろう。


 エオの出自を知った時、十全皇も驚いた事実がある。


 あの淫売……ユーヴィルに子供がいる事自体に驚きはないのだが、まさか現役の皇帝に手を出していたというのが非常識であるし、結果産まれたのがこの天賦の塊である。狙って作ったのは確かだろう。


 ユーヴィルは竜精という枠にはない。ファブニール三姉妹の次女、カルフィニスと同様、竜精をはみ出し、その上に手が届くようになった者だ。実際、仮に帝国の竜王三柱と争いになった場合、ユーヴィルが一方的に劣勢へ傾く姿は想像出来ない。それほどに、彼女は強いのだ。


 ミドガルズオルムは、ユーヴィルにかなりの力を分け与えている。下手をすれば、既に本人を越えている可能性すらある。それの、娘がコレだ。


 どうあろうと、竜とニンゲンが交われば劣化は避けられない。だがエオの秘めている力には、大きな違和感がある。間違いなく、ただの子供ではなく……意図があるだろう。


 だが、彼女が惟鷹と出会った、この事実だけは偶然だ。力は力を引き合わせ、因果は因果へと収束する。そういう意味では、必然なのかもしれない。


 エオは"まだ"ニンゲンだ。自分も彼女がニンゲンで終生を迎えて欲しいと思っている。しかし竜王等の意図は避け様がなく、今後更に世が乱れ……何より惟鷹の身になにかあれば、彼女はその血を自覚せざるを得なくなるだろう。


「エオさんは、何か夢がありますかしら」

「あ、ヨージの子供が欲しいです」


「凄く真っ当ですわね。他に望みなどは?」

「平和に暮らしたいですねぇ」


「でも、惟鷹様のお傍にいて、それは叶えられますかしら」

「流れなりに何とかします!! エオの愛は無敵なのでっ」


 皆がこれほど素直で真っ直ぐならば、本当に誰も困らないだろうに、そうもいかないのが世の常だ。子供については以前も訊いたが、支配体も異議を唱えていない事を考えると、十全皇総意での許容だろう。エオという存在を気に入っているのだ。


 帝位継承の問題が発生すると厄介であるが……それも、きっと彼女は乗り越えるつもりでいる。


 あれだけ酷い目に遭いながら、世の悪を目の当たりにしながら、それでも、彼女は世界を信じている。どうにか、彼女の願い通りの世界にしてやりたい、というのも、ゼロツーの本音だ。


「お待たせいたしました。雁道の兵は……いらっしゃらないのですわね」

「まあ、面倒はない方が良い事だと認めます」


 エオとアアデモナイコウデモナイと語っていると、やがてフィアレス、フレイアの両名が現れる。怪我や傷などもなく、敵が容易かった事が窺える。


「はあ……何事も無さそうでよかった」


 そして惟鷹も、無事に成し遂げたのであろう。傷はあるが無事であるようだ。


 ……古鷹佐京のアレを受けて、この程度で済ませてしまうのか。


「ご苦労様ですわ。して、シュプリーアさんは」

「そうです、我が神はどちらにー?」


「ええと、どうやらその、このタイミングで、ヘル女王陛下から引き継ぎが来たそうで」

「あの女ァ……」


「わ、ゼロツーさん、すっごい苦虫苦かったです?」


 言われ、口がひん曲がる。あの女、きっとわざとだ。現状を覗き見て笑っているに違いなかった。シュプリーアの視界を通して認識しているのだろう。


 これから先、シュプリーア程の戦力が居ないとなれば、状況によってかなりの苦戦を強いられる可能性がある。そうしてヒトが苦しむ姿を見て楽しむのが、あの女だ。


 ただし、絶対無理、これは不可能、といった状況にだけはしないのが、良い趣味である。アレの本質は過去の神に類似し、苦難と試練、死ぬギリギリのラインを狙う事が多い。


「致し方ありませんわね。エオさん、惟鷹様。シュプリーアさんはもはや神の領域にございません。竜種、著しくは竜そのものと判じた方が真っ当かとぞんじます。現状、この不安定な扶桑の、まして中央部に、竜を招き入れるような真似は、出来かねますわね」


「わたくしも、それにエオも、判別としては竜が入りますけれど」

「"桁"と"格"のお話ですわ」


 フィアレスがむすっとする。エオははえー、といった顔で実感は無さそうだ。


「あの、その場合小大樹などと呼称される事もある、愚妹などは平気なのでしょうか」

「全盛期の百万分の一程度の力では、なんとも判別されませんでしょう」


「愚妹、そんなに抑え込まれているのですね……」


「大帝国から課せられている貴女の任務が全て終わり次第、報酬としてそれを抑え込んでいるルーンを除去いたしますわよ?」


「愚妹、頑張ります。話が分かる。もっとも賢い龍。流石最初の女、よっ、世界一」

「小五月蠅いヒトですわねえ……」


 フレイヤが調子よく笑っている。彼女が封印される前にも面識はあるが、だいぶ落ち着いて見えるのは、力を抑えられているからだろうか。


 封印前の彼女は、人格というものの煮凝りのような存在であった。怒り、嫉妬し、荒振り、誘惑し、微笑み、甘え、裏切り、堕落し、しかし崇高であり、かつ尊大であり、だが情にも篤い。


 正直野放しには出来ないが、折角現世へと立ち返ったのであるからには、多少暴れたところで、現代としては小競り合いで済むだろう。彼女はまだ認識していないだろうが、彼女の持つ強烈な『対十全皇型アズダハ機蟲』は過去の遺物であり、既に対策済みであるからだ。


 時代遅れなのである。彼女がどれだけ気張ろうと、現代のリュウ相手に対応出来ない。


「それにしても、やけに静かですね。雁道兵……は佐京が殺してしまったので居ないのも当然ですが、近衛も見当たらないのはどういった了見でしょう」


「雁道兵は、それが全てでしたかしら?」

「ええ。馬鹿正直に真正面から貴人門を通ろうとして、全員殺されましたよ」


 裏手にも回して居ない。控えの戦力もない。ではやはり、雁道は単体もしくは一人二人の護衛だけで、自分達に対処するつもりでいるようだ。


 ……この場において、そんな馬鹿な話が存在するのだろうか? 例え戦力にならないとしても、攪乱やブラフ、とにかく仲間の数が居れば出来る戦術は増える筈である。


「ともかく、雁道は既に日没宮内に居るものと思われます」

「炉心への道は、日没宮の中にあるのですか?」


「ええ。魔王の玉座の裏には、隠し通路を用意するというのが、古来からの習わしですの」

「どこの古来かは知りませんが、なるほど。それを雁道は知っているのでしょうか」


「常識で考えれば想像もつかないものと存じますけれど……鼻は利くかも、知れませんわね」

「お犬様ですしね」


 十全皇という存在の中心。究極的な情報集積体、罪業炉心。十全皇のコアとして、そして扶桑雅悦の指令としての役割があるコレを掌握された場合、扶桑は終わりだ。


 終わりだが……世界最大のリュウの核を、簡単にどうにか出来るものでもない。

 それを簡単にどうにか出来る、これが自分達の最大のアドバンテージと言える。


「歩きながらにしましょう……それにしても、奴は鍵をどうするつもりなのでしょうか」

「鍵に代わるものを用意しているのでは、というのが推測ですわね」


「でなければ、まず僕等を何とかしなければなりませんしねぇ……あの、ひとつ良いですか」

「はい」


「例えば奴が鍵を一つ使って扉を突破します。して、僕等がこっそりそれに追従するなどは?」

「認証がございますから、難しいかと」


「致死性のトラップがあるというお話でしたが、奴らに全部踏ませた後我々が踏み込むのは?」


「再装填まで五法秒となっております。種類にもよりますが、一つのトラップを抜けるのに最低でも半法刻掛かるものもございますわね」


「穴はないですねぇ」


 炉心への道に敷かれたトラップというのは、つまるところ原初の魔法である。許可のないものを絶対に通さない願いによって発動している為、まず死を免れない。即死耐性は関係無く、例え他の竜であろうとも、致命傷は確定だ。


 また迷宮区画も存在する為、正しい道順を辿らなければ二度と出る事も出来ない。


「一度に入れる人数は」

「炉心手前までなら人数制限はございません。炉心区画には四名が限度ですわね」


「雁道がその事について把握している可能性は」


「ハティの並々ならぬ嗅覚をもってすればゼロ……とは申しませんけれど、だからといって本当に自分と従者二人だけで炉心まで赴くような男でしたかしら?」


「度々違和感はあったのですが、雁道は無茶が多いです。キレ者という噂もありましたが、我が神との見合いの場に供回りだけで現れる迂闊さ、思いつきのような上洛、そして妙に準備の少ない日没宮突入……当然、こちらがヒヤヒヤするような場面は幾つかありましたし、本当に嫌なタイミングで戦力を宛がって来るのは、かなり抜けた洞察力でしたし、北東蕃という大きな組織を丸ごと動かせるその手腕は、間違いない……のですが」


 雁道に対する違和感はやはり正しい。どうにも感情で動いている節が多々見受けられる。


 勿論、相当の無茶をしなければ、この場に辿り着く事もなく死んでいるのは間違いない話ではあるのだが、杜撰さは覆い隠せていない。


「統春による洗脳は、無かった可能性がございますわね」


「ほぼ独力なのでしょう。統春は何かしら儀式の為に呼ばれたのではないかと睨んでいます。末っ子の冬乱の骨を回収したのも、統春でしょうし。ともすると、統春ではなく、覚醒したハティが主導したのでしょうか」


 雁道と統春の力関係は未だ不明だ。最初は統春が雁道を唆したものだとばかり考えていたが、統春が主導して今回の事件を起こしたならば、もっと搦め手が多かったであろう。


「以前、私がハティの覚醒を否定した事を覚えていらっしゃいますか」


「はい。純礎水晶プロトクォーツの扱いを、竜ならばしっかりと把握している筈であるから、実験的な運用……犬原厳斎のような男を生み出してしまったのは不可思議だ、というお話でしたね」


「しかし純礎水晶プロトクォーツの取り扱いの精度が上がった事で、私もハティが人格を取り戻し始めたのではないか、という仮定の下、行動を取るようになりました。けれどそれならば、こんな杜撰な状態で日没宮に乗り込むような真似は、あり得ないのでは、というのが今の疑問です」


「ハティは炉心のみで、既に心は失われていた、というお話でしたね」


「はい。あれからもう長い時間が経ちましたから、炉心の保守機能と修復機能が働いて、人格を再形成するに至ったのでは……と。が、この通りですわね」


 月からなんとか炉心のみでも帰還を果たしたハティであったが、既に人格機能は破綻、対十全皇型アズダハに汚染された状態であった。このままでは忍びないとして、まだ純粋に残っていたハティの因子を抽出し、希望した狼獣人の一族に与えたのが、雁道の始まりである。


 かすかながら自己再生の気配を察知したからこそ、封印して安置したのが、数百万年前である。


 結果長い年月をかけて、対十全皇型アズダハは数パーセントにまで減少していた。もしかすれば、復活するかもしれない。あの、犬みたいに人懐っこく、幼く、可愛らしかった彼に、また出会えるかもしれない、と。


 ……見逃し続けてきた結果がコレかと思うと、やるせない気持ちだった。


「つきましたわ」


 長い参道を抜けた先。ヒトが五人手を繋いでようやく囲える程太い朱標柱しゅひょうちゅうが二本、道を挟んで佇んでいる。精巧な細工を施された欄干を備える黒塗りの橋の先が、扶桑の中心、日没宮殿である。


 冗談のように巨大な瓦屋根、金細工をあしらわれた柱、総ヒノキ造りの建屋であり、魔術的な処理を施されている為劣化は少なく、既に築千二百年を数える。


 今は薄まっているが、水爆が直撃したところでモノともしない頑丈な結界の下にあり、終末兵器を除くあらゆる魔法攻撃を反射する。


 今は薄まっている、というのはかなり問題だ。実際統春には侵入を許している。


 今はただの、超大型木造建築でしかない。


「えーーーーすごーーーーでっっっかぁぁいですねぇッ」

「大きさで言えばツィーリナ大宮殿の半分ですわよ」


「でも木造ですよね? うわーーッ」

「おほほ、エオさんは反応が良くて案内し甲斐がございますわねえ」


「ご存じの通り僕はあまり良い印象がないので……特に議題所は」


「それは困りますわ。これからは執政侍王として、ご老人方に睨みを利かせて頂かなければなりませんもの」


「アイツ等に偉い顔出来るのは、いいですね、ええ」


 何かと古鷹及び青葉惟鷹に対してやっかみ申し上げていた議題所の歴々であるから、惟鷹の印象が悪いのは当然だろう。最近は随分と反抗的な蕃主も増えている上に、雁道などという怪物が産まれてしまった事を考えても、一度締め付けをきっちりしておかねばなるまい。


「……人影」


 惟鷹の目が鋭く遠方を突き刺すように動く。丁度日没宮殿を迂回する経路の方角だ。


白引官礼軍服しらびきかんれいぐんぷく。近衛ですね……ふらふら歩いている。近衛が? 日没宮を、ふらふらと? あり得ません、上官にぶん殴られる」


「日没宮を大回りした先には、雅悦しかございませんけど」

「気になっていたのですが、扶桑雅悦に、意識や人格はあるのですか」


「ええ。ただ自発的に何かを出来るようにはなっておりませんの。受けた事を返すだけ」


 大樹の種類にもよるが、大半の大樹には自我に近いものがある。ただし、その大半がリュウに対する補助としての機能である。九頭樹グルジュは本当に特殊である為、あれに類似する大樹は存在していない。ことになっている。


「神フレイヤ。見て来てくれますか。行き先が判明次第知らせて戻ってきてください」

「はい、了解した事を認めます。鉄火場に入り込むよりも楽で助かります」


 頷き、フレイヤが近衛の後を追い始める。判断としては妥当だろう。


「ではいざ……皆さん、中では何が起こるか分かりませんから、気を引き締めてくださいね」


 総員が頷く。雁道が愚かであり、本当に思いつきで、何の策もなかった事を祈るばかりだが……そんな都合の良い話は、十全皇の過去を全部掘り起こしたとて、あり得ないものだろう。





 何度と訪れた日没宮殿であるが、この日ほど静まり返っている日は初めてであった。


 十全皇の母屋であるという性質上、多数の巫官ふかんと役人が出入りする場所であり、寝静まる時間すらない。静かなのは十全皇の寝室とその周囲のみで、あとは年中無休の労働監獄だ。


「血の匂いがしますね」


 日没宮警備室。中では三人の死体が転がっていた。四本の爪痕が胸を切り裂き、ニンゲンの中身がまろび出ている。


「警戒」

「『罠探知トラップディテクト』……物理、魔法罠無しですわ」


「これは、狼の爪痕ですね」

「雁道……というより、ハティですかしら。やはり戦力は単身」


「統春も居るでしょう。さきほど、佐京と争っている際に視線を感じていました。僕達の出方を伺っていると考えた方が妥当です」


 東回廊。巫官ふかんと役人の死体が転がっている。皆武装している事から、これが手あたり次第の殺戮ではなく、戦意のあるものを狙って殺している事が解る。


「我が神を連れて来なくて良かった」

「都度足が止まって大変でしたわね」


「玉座は、謁見の間の玉座ですか」

「いいえ。十全皇の私室の隣、特別謁見室の玉座です」


 目的地へと赴く中、その死体を確認しながら進む。大半が爪、一部魔法による裂傷での失血死だ。

 

 単純に、かかって来たから殺しただけ、という様相で、余計な損壊はない。奴に目立った残虐性は無いように見える。


「エオ。気配などは探れますか」


「向こうもおバカじゃないでしょうから、それなりに消して動いてはいますねー。ただ、明確に三人であるのは解りますよっ」


「フィア殿、何か感じるところはありますか」

「殺し慣れておりませんわね」


「といいますと」


「力が強い所為で、ニンゲン相手では間違いなく一撃必殺なのでしょうけれど、ツメの入りが浅く見えますの。こちらの死体は傷が深すぎる。明らかに探りながら殺している。殺しは素人ですわね」


「雁道は蕃主であって、自分が殺す必要はないですからね。しかしそれは雁道の場合だ。ゼロツー殿、ハティはどのような人物でしたか」


「子供です。無邪気で、明るくて、賢くて、ちょっと顔の良い」


「強さとしては」


「勿論、月のひと区画を丸ごと吹き飛ばすだけの力がございましたから、弱い筈もございませんわ。ただ、先ほども申しました通り、無邪気で好奇心旺盛で、多少残虐な面があった事は否めません」


「ふぅむ」


 奴らの顔を拝むまで答えは出ないが、現状では雁道が一人で道を開いて、他が追従している形なんだろう。統春ならばもっとスマートに済ませてしまいそうだが……果たしてどうなったものか。


 北回廊を回り、宮殿の一番奥へと足を進める。やがてこの場所の最重要区画である皇御業乃間すめらぎみわざのまに通じる大扉が目に映った。門の足元には、女性が倒れている。


「むっ、潮裏しおり殿ッ」

「潮裏っ」


「……――」


 黒髪の、最上位祭祀服の女性。侍従長の潮裏だ。相当抵抗したのだろう、周囲には魔法と斬撃の痕跡があり、血液が大量に飛び散っている。出血は多く意識もないが、まだ生きている。


 回復剤をひっ被せてやると、苦しそうに眼を開けた。


「潮裏殿。解りますか」

「……あ、顔良い……」


「あのですねぇ……」

「分かります。潮裏でございます、執政侍王閣下」


 潮裏は惟鷹の手から離れると懐紙で血を拭ってシャンと立つ。どのような状況に追い込まれても瀟洒であろうとする姿は、ニンゲン離れした理性である。


 見た目は人間族だが、少しだけ耳が長い事を考えると何代か前にエルフが入っているのだろう。惟鷹が気が付いた時には侍従長をしていたので、自分よりも年上であろう事は解る。


 彼女の戦闘面に関しての実力は知らなかったが、少なくとも雁道相手に数法分持つ程度には実力があるようだ。動きが立体的であり、これはレベルを上げただけの素人の出来る軌道ではない。


「雁道ですか」


「はい。賊は戦闘巫官を殺して回り、こちらへとやって参りました。陛下の御寝所であると断ったのですが聞き入れられず、致し方なく撃退を試みましたものの、あえなく」


「あと二人いた筈です。誰でしたか」

「家老の泉田、それと観た事のない、白子しらこです」


 惟鷹の目が厳しくなる。ゼロツーは小首を傾げていた。

 なんだそのメンツは。統春はどうした。


「統春は」

「統春……指名手配犯ですね。いいえ、見ておりません」


「ふむ……で、その白子……アルビノの子が、いたのですか」

「色も顔も生気のない子供でした。歩いていたのですから、生きているのでしょうが」


「ゼロツー殿、確か雁道家に、外国人が居候しているのではないか、という話がありましたね」

「はい。間違いなくソレでしょう。ともするとやはり、その子はバルバロスの策」


「その子が『鍵の代替品』でしょうか」


「『扶桑雅悦および主支配体に対して攻撃した主犯』ではありますでしょう。鍵はあり得ません。バルバロスが事前に鍵の存在に気が付いていた事になってしまいます。ハティ経由で知っていたとしても、素材が無ければ研究も出来ませんもの」


「ふぅむ」


「それに、如何な固有をもってしても、鍵を偽装するのは難儀です。せめてもう少し、素材も十全皇に近いものでなければ……」


 何か嫌な予感がしたのか、ハッと手を当てて口を抑える。

 それは惟鷹も同じであった。


「そうだ。固有。ハティの固有は何か、想像がつきますか?」


「だいたい、本来有した自己完結能力スキル、その類型が固有として発現いたしますから、元の能力でしょう。ハティの自己完結能力スキルは『順応きみとおなじだよ』ですわね。汎用性の高さの代償に、強力ではございませんでしたけど、それでも竜の固有です」


 現状、それはかなり厄介だ。


「鍵の、材質について伺っても」

「……純粋魔力と、十全皇の因子、それらをまとめあげる定格術式プログラムですわ」


「鍵の使用自体は順不同でしたね。つまり、一つの鍵を解析してコピー出来る素材さえあればいい。現状、それが揃っているのは……」


「私と……まゆりですわね」


 思わず舌打ちをしそうになった。すかさず耳に手を当てる。


「まゆり、今何をしていますか」

『兄様。はい。神シュプリーアと共に、質量爆撃の犠牲となった臣民の方々を蘇生しています』


「いいですか、一切偽らず答えてください。貴女の身体に、違和感はありませんか」

『……ッ!! あ、え、ええと』


 真百合が言い淀む。これは間違いなさそうだ。真百合に埋め込まれた純礎水晶プロトクォーツは出力用予備魔力塊としてだけでなく、鍵として成型されている可能性が大いにある。


 だがそれならば、真百合を手放したままでいるのはどういう了見か。


「ゼロツー殿、どうします」

「……――どうも、出来ないものかと」


「何かありませんか」

「竜の固有ですわよ?」


 それがどれほど理不尽なものであるか、その一言が全てを片付けてしまう。竜の固有を退ける手段など、通常は持ちえないものだ。つまり今外で離れている真百合から、鍵を取り出そうと思えばいつでも可能である、という頭に来る事実しかないのである。


 真百合をこちらにぶつけたのはオマケ。ヨージ達を抑えられれば儲けもの、死んだら鍵として利用するだけ。


 こうなって来ると、代替鍵を使われる前に、雁道を始末する他無い。


「潮裏殿。出来る限り遠くへ」

「ポータル……は、もう出して構いませんわね」

「ええ、介入出来る程のルルムゥはもういないでしょうから。潮裏殿、ポータルの中へ」


「陛下を放っておく侍従長などおりませんでしょう?」

「では命令ですわよ」


「畏まりました。どうぞご無事で」


 一つ頷き、潮裏はポータルへ素直に入っていった。陛下が仰るならばその通りである、というのが基本原理である彼女にとって、命令は絶対だ。下手に頑固でなくて良かった。


「まゆり。一つの疑惑があります。日没宮には近づかず、直ぐに我が神から治療を受けられる状態にいてください」


『あの』


「はい、なんでしょう」

『まゆりは、また兄様の足を引っ張りましたか』


 この言葉に、どう回答するべきが正しいか。気にしなくていいという言葉を真に受けるような子ではない。引っ張ったなど、考えすらしなかった事実を伝えたところで、彼女には意味がない。


 自分というニンゲンの価値を、彼女は見誤り続けている。


「まゆり」

『はい』


「もう既に、貴女の身はヒトではありません。僕の所為です」

『そんな……ッ』


「けれど、生きていてくれて、良かったと思います。貴女が貴女としてあれる未来の為に、兄は頑張りますから、そこで見守っていてください。足なんぞ幾ら引っ張ったって良いのです」


 言葉は聞こえなかった。ただ、少しだけすすり泣くような声が聞こえる。

 上ずったような声色で、真百合は『はい』と答えた。


「我が神、緊急事態です」

『ん』


「まゆりに埋め込まれている純礎水晶プロトクォーツは、代替の鍵として機能する可能性があります。ハティが固有を発動すれば、真百合の命も危ういものかと思います。何か手段はありませんか」


『一回殺して取り出した方が早い』


 シュプリーアからギリギリ出無さそうなセリフが吐き出され、惟鷹が横転する。


「え、えっ」


『後か先か、でしかないとは思う。でも、いきなり胸から石が飛び出したらびっくりしちゃうかもだから、事前に取り出せないかやってみるね』


「済みません、お願いします。我が神がそちらに居てよかった」

『ううん。がんばってね』


 悲しいが、どうしようもない事はある。なんとかなる手段であるシュプリーアが隣に居る以上、ヨージが駆けつけても意味がない。


 全員に目くばせし、アイテムと装備、スイッチ・ホルスターの登録スキルを確認、特別謁見室へと足を進める。濃密な血の匂いが戦場を思い起こさせ、血流が巡って行くのが分かった。


 豪奢ではないが、華美に装飾された扉の前に立つ。

 気配を殺し、中を検め、ゆっくりと扉を開く。


「もう降りたのでしょうね」


 玉座の裏を確かめる。敷物が捲られているが、その下には何も確認出来ない。ゼロツーが歩み出て指で小突くと、床に切れ目が走り、ゆっくりと持ち上がった。


 檜造りの建物の下は、無機質なコンクリートの地下階段が広がっている。


「ゼロツーさん、おひとつ宜しいかしら」

「何ですかしら、フィアレス竜精公」


「これ、最高機密ですわよね。わたくしが入り込んでも良いのかしら」

「全て終わり次第改築いたしますわ」


「場所の移動は出来ませんでしょう?」

「貴女の竜王が五度は死ぬようなトラップにするだけですわよ」


「まあ、物騒」


 ここは十全皇という世界を支配する竜の心臓部だ。本来ならば、決して誰にも明かされない場所であり、ましてそこに、仮想敵国である大帝国の竜精を招き入れるなど、あり得ない話だろう。


 ただゼロツーの語り口に、窘めるようなものはない。事実を口にしているのだ。

 正攻法で、この場所が侵された事など、一度もない、という意味である。


 竜王等にして落とす事の出来なかった難攻不落の炉心、これに近づいたのが、一応は身内の蕃主であるというのが、状況の深刻さを物語ってもいる。



「意外と明るくて助かります」


 ヒトが五人並んで歩ける程度の幅の、コンクリートの階段だ。いや、質感がコンクリートというだけで、素材は違うかもしれない。樹石結晶が練り込まれているらしく、何もせずとも壁が発光して足元を照らしてくれる。


 問題は長さである。ひたすらに単純で殺風景な階段が続いており、降り始めてから既に十法分は経つのだが、一向に扉へ辿り着かない。


「エオ、疲れませんか」

「平気ですッ!! あ、負ぶっていただけるならお願いします」


「平気そうですね。ああ、やっと一つ目」


 どれほど地下に下っただろうか。時間の感覚すら曖昧になっている。降り切った場所にあったのは、無骨な鉄扉、サイズとしては、ニンゲン二人分の高さと幅で、装飾もない。ただ新品のように綺麗で、ドアノブと鍵穴だけが存在する。


「では一つ目。エオさん」

「あいなー」


 ゼロツーがエオに指示すると、懐から一冊のメモ帳を取り出す。


『愛メモ』だ。


 ヨージとエオの愛のメモリアルである。言葉にするとゾワゾワするような代物であるが、その能力はもっと狂っている。エオが『それは自分達の愛の為に存在している』と定義出来る物体を、サイズ質量問わず仕舞いこめる、イカレた空間操作系自己完結能力(スキル)の産物である。


 エオの固有が解禁になった事で、扶桑での再使用可能となった為、安全の為にもその中に鍵を放り込んでいた。他のヒトから見ればただのメモ帳でしかない、というのが実に強い。


 定義が無茶苦茶に曖昧なので、あらゆる応用が可能だ。エオさえ思い込んでいれば良いので、便利すぎる空間倉庫とも言える。


「では惟鷹様が」

「はい」


 鍵を受け取り、鍵穴に差し込み、回す。カチャン、と音を立てて開いたのが分かった。

 同時に、空間に映像が投影されて、ヨージにして驚いて手を放してしまう。


「な、魔法?」

「オペレーションに従って入力してくださいまし」


 投影映像には、『ご開錠有難うございます。以下の項目を選択して決定ボタンを押してください』とある。開錠者の生年月日と名前、随伴者の名前、どこで鍵を手に入れたか、鍵を手にする難易度はどうだったか、最後に何かあればお書きください、というアンケートを乗り越え、漸く開錠が済む。


「なんだか個人情報を掠め取られたようで、凄く嫌でした」

「アンケート通り改善いたしますわね」


 扉が自動的に開く。そこに現れたのは、広大な地下空間であり、眼下には超大型……とても先すら見えない、迷路が広がっていた。


 階段を下りて迷路の入口までやって来る。手前にはなんだか浮かび上がっているクリスタルがあり、触れると体力が回復するのが分かった。


「広すぎません?」


「道順さえ間違わなければ、半法刻で出口へと辿り着きますわ。ちなみに鍵を用いらず、如何様な手段かで無理に突破して迷宮に突入した場合、迷う上に致死性のトラップが二歩歩く毎に侵入者を襲う造りとなっております。敵の平均レベルは70です」


「バグってません?」


「あ、迷宮の壁の上に登りますと、即座に死亡いたしますので、ご注意を」

「最悪すぎる……いや、拒む為にあるのですから、正解ですけど……」


 なるほど、正攻法以外で何とかなる場所でもないのは確かなようだ。鍵を偽装、なんて真似は本来絶対あり得ない話である。だが奴らは用意した。ヒトの従妹を使ってだ。


 このような事をする辺り、やはり用意周到であり、他人の嫌がる事を積極的に出来る人物であるという評価は覆らないのだが、なんとも引っかかる。




「あ、宝箱ですね」

「中身は……金貨100枚ですわね」


「そんな狂った大金が何故こんな場所に……というかいつの金貨ですそれ」

「旧世界のものですわねぇ。価値が付けられないと申しますか、外に出してはだめですわね」


「また宝箱ですね……」

「中身は……最上位エンチャント付きアクセサリー。一つでVITが100上がります」


「僕の防御と体力が五倍くらいになりますね。バランス調整しました?」

「ノリと勢いで、このダンジョンを作っていた頃の代物でしょうから……」


 そもそもこんな場所にヒトが入って来る事など想定されていなかったのだろう。道中に落ちている宝箱なる意味不明な箱には、想像を絶するバランスの壊れた逸品がゴロゴロ入っている。


「あ、ほら、あちらに」

「台座に刀が刺さってる……」


 あまり刀が岩などに刺さっているイメージは無いのだが、ここにやって来る想定される人物といえば、間違いなくヨージの類似存在なので、武器も刀になるのだろう。


 柄を握ると何かしらの認証を受けた。これは魔刀グラムは疑似人格が喋っていたが、こちらは自動だった。見た目の輝きからして神断竜滅金属オリハルコンが数%含まれている事が解る。


 特殊効果は『固有効果を除く全状態異常無効』である。馬鹿にされている気分だ。


「抜けましたね」

「そうでしょう、そうでしょう」


「今装備している刀がスクラップ同等になる位には性能差がありますね。調整しました?」

「最終装備ですもの」


「これを最初から用意して欲しかったですねぇ」

「苦労は、しませんと」


 戦う者は苦労しなければならない。英雄なら尚更だ。十全皇は勇者に限りない努力と品格を求めている節があるので、今更と言えばそうである。


 一先ず得た装備品を各人に振り分ける。金銀財宝などは全て置いて来たかったが、エオが『将来の愛に役立ちますっ』といって愛メモに詰め込んでいた。便利すぎる。


 強くなる事は歓迎される。ハティがどのような力、レベルであるか知れない上に、統春の気配がチラついている中であるから、確実に勝てる条件が揃う事自体は良い。


 ただ何か、過剰である気はするのだ。


「そういえば、鈴谷新スズヤアラタという人物ですが」

「え? ええ。彼がどうかされましたか」


「現ルールが十全皇等の生きた時代に近いものであるなら、彼の装備品などは無いのでしょうか。きっと僕とも親和性や互換性がありますよね」


「その刀とアクセサリーがソレですわね」

「あ、勇者装備なのですね、これ……」


 世界各国、どこにでもそういった伝説の武器や防具は存在する。クトゥルフ・ティタノマキアに分解されてしまった魔刀グラム、エレインが叩き折った竜剣バルムンクなどがそれにあたる。


 上記は全てホンモノといえば間違いないものだが、今手にしている刀とアクセサリーに関しては歴史にすらされなかった、本当に古代の、一線級の武器である。現ルール上でしか機能しない可能性はあるが、定義が定義である事を考えると、これ以上ないものだろう。


 また過去の男の武器、という点に目を瞑ればだが。


「ヨージ、スズヤアラタさんって誰です?」

「僕の魂の前の持ち主だそうです」


「え゛ぇ゛ッ!! そんな設定だったんですか?」

「設定って……まあ物語的といえばそうですが……現実性はリュウが保証するでしょう、ね?」


「エオさん。それについては、また後日ご説明いたしますわね」


「ええー、もしかして奥方様の元カレですか? え、じゃあその転生したカレが今こうして、十全皇の危機に現れたってことですか?」


「九割方そうですわ」


「う、羨ましいです。運命で繋がった白馬の王子様なんですねぇ……あ、ヨージは別に繋がっては居ませんけど白馬の王子様です。ちょっと搦め手が多いですけどっ」


 ヒトをどういう認識で居るのか知れないが、エオ的にはそのような扱いらしい。


 確かに、ヨージという人物を客観視した場合、悪を許さず正義の為に戦う男、とはならないだろう。そもそも勇者ではなくて軍人崩れである。正義を成すよりもなるべく死なない事、被害を出さないように立ち回る事に必死で、真正面からやり合うつもりはあまりない。


 物語とは違って、普通に死ぬ上に、主人公としての補正も怪しい為、絶望が絶望のまま扱われる事が多々ある。深い影は深いまま、背負ったものは重いまま……ではあったが、扶桑に戻り、だいぶ軽くはなった。


 それの大半を演出し続けた十全皇は、立場として複雑だ。今ヨージが在れるのは彼女のお陰であるし、苦労したのも、彼女の所為である。助けを待つお姫様でありながら、裏で糸を引いていそうなのも彼女であるし、手助けしてくれているのも彼女だ。


 何が彼女をそうさせているのか。

 鈴谷新は、何をやらかしたのか。

 十全皇が、どうしてそこまでして彼を求めるのか。


 これは、いつか訊かねばなるまい。


「ところで、走って進めないのでしょうか」

「正規手順入場とはいえ、速過ぎる移動は不要な刺激を招きますわ」


「はえー。まあエオ達、ここに来て十倍くらい強くなりましたし、良いですけれど」

「酷い茶番に付き合わされている気分ですわよ、ゼロツーさん」


「仕方ありませんでしょう、不安定なのですから。ほら、次の扉ですわ」


 迷宮は結局利益を齎しただけで滞りなく進んだ。この先も問題無く進んで欲しいのだが……ヨージはエオから鍵を受け取り、扉に差し込む。


 先ほどと同じような認証を経て、扉は開いた。


『もしもし、フレイヤですけれど』


 中を確認する前に、フレイヤから遠隔会話が届く。声は平静だ。皆にも共有する。


「ああ、神フレイヤ。いかがでしたか」

『先ほどの近衛は扶桑雅悦へ足を進めていました』


「ふむ。して、何かありましたか?」

『扶桑雅悦に近づき、大きな洞の中へと進んで行きました』


 扶桑雅悦の根の洞。外側の根の洞などは、観光地として開かれている場合も多いが、日没宮近辺の洞となると、国家が管理しており、出入りは厳禁である。


 近衛時代、日没宮殿の警備をしていた折も、入るべからずというルールが徹底されていた為、その近衛の行動は異常であると言える。


「ゼロツー殿」

「……統春ですかしらね」


 近衛の不明行動を考えるよりも、外部者の思惑を疑う方が正しいだろう。統春は元からヒトを操作する能力を持っている。『霊目』という自己完結能力は大規模洗脳が可能だ。何かしらを企み、ヒトを扶桑雅悦へと誘導しているのだろう。


 ああいった類のニンゲンがニンゲンを集める理由など、大抵生贄であるが……。


「わかりました。監視を続けて下さい。もし僕等に追従する場合は、そのままどうぞ。神フレイヤの名前も承認されていますから」


『了解した事を認めます。今更穴倉には戻りたくありませんから、丁度良いかと』


「神フレイヤ、ずっとユグドラーシルの養分だったそうですよ?」

「そりゃ、大樹の地下なんて入りたくないですね……」


「……」


 ゼロツーが顎に手を当てて何かを考えている。それがハティの策なのか、波貞の考えなのか、はたまた統春の独断であるのか、まず判断が付かない。本尊がこの地下にある限り、統春の行動は予備策であるだろう。


 放置も気持ちが悪いが、現状手も出せない。


「波貞を倒して、統春を捕まえて、それで終わりです。そうでしょう、ゼロツー殿」

「え、ええ。仰る通りです」


 ハティ、波貞等の出来る事は限られるし、知れては居る。大本の問題であるのだから、これを解決すれば良い。だが、統春に何が出来るのか、何を持っているのか、それが一切解らないのは、不安だ。


「先祖が妖狐なだけ……なのですけれど……うーん……」

「扉を開けますよ」


 扉を開き、中へと入る。そこにあったのは、巨大な城だ。


 天を衝く程の高い天井、蒼の樹石結晶が散りばめてあるのか、空と見紛うばかりだ。空気は新鮮であり、湿気はなく、何か陽光のような温かさを感じる。苔ではなく木々が生い茂り、その真中には白亜の城が聳え立っていた。


 一体何を考えたらこのような建築が扶桑の地下に存在し得るのだろうか。ゼロツーをみると、顔を逸らされてしまった。黒歴史だから触れるな、と言いたげである。


「まあまあ、西国趣味ですのねぇ、十全皇陛下ったら」

「過去の十全皇わたしは、どのような気分でこんなものを造ったのやら……」


「とはいえ、豪奢で威厳もあり、思いのほかご立派な建築物ですわね。ツィーリナ宮の三分の一程度かと思われますけど、ふむ、なかなかのお宝かと」


「良いじゃありませんか。エオはどうです?」


「滅茶苦茶好きです。老後はこういうお城を誰も来ない山奥に建てて、みんなに囲まれて愛されて死にたいですねぇ」


「叶えましょう叶えましょう。というかすごい人生終末プランですね」

「幸せに死にたいですしっ」


 歩みを進め、城の正門に辿り着く。ここも、非合法な手段で辿り着いたならば、決して生き延びる事が出来ない罠で埋め尽くされている場所なのだろう。


 扉を開く。中は……。


「……ええ?」

「まあ、ええ、はい。これは。ええ。私も思います」


 鼻をつく消毒液の匂い。それに混ざった配給食の香り。何かしらの素材で表面加工されたコンクリートの床、真っ白な壁。金属フレームで区切られた薄い衝立、電気コードのようなものが天井を這っている。


 外面は城だが、中身は……最新鋭の病院と、研究所を一緒くたにしたような空間だ。


「……どうしてこんな見た目に?」

「十全皇にとっての、城……住処……家……ですかしら」

「あ、流石にお城然としてる方がエオは良いですッ」


 どういう心境なのだろうか。どういった心理の反映なのだろうか。少なくとも、この光景が十全皇にとって落ち着く場所であるのは違い無さそうだ。


 先ほどの迷宮には何も居なかったが、こちらにはヒト……らしきものがいる。


 皆、顔はなく、清潔な白い着物を着た女性と、白衣を着た男性らしい姿を取っていた。患者のような者も見受けられる。


 意思はない様子で、設定されたルーチンを繰り返しているように見える。だが、妙にニンゲン臭く、映像魔法的な板を覗き込んでは頭を掻きむしる男、配給食をこぼして慌てる女性、壁に頭を叩きつける患者、それを止める人々など……謎のニンゲン模様が演出されていた。


「彼等は本来罠ですか?」


「はい。違法な手段でここに辿り着きますと、強制的に患者として扱われ、隔離室へ連れて行かれます。レベルも魔法も関係無く、隔離室は破れません。治療と称してあらゆる施しをされます。当然否定出来ません」


「怖すぎる」

「ホラーすぎませんか?」

「趣味が悪くて面白いですわね」


「罠ですので」


 隣を普通に行き交う人々を後目に、各所に存在するネームプレートを確認しながら歩く。


『一般総合受付窓口』『五智如意法ごちにょいほう教団関係者窓口』

『一般診療窓口』『研究棟連絡通路』『大伽藍方面』『休憩室』

『キッズルーム』『脳神経外科→総合内科↓精神科↑フォールン疾患専門科←』


 理解不能な単語は幾つかあるものの、大学病院的な場所である事は理解する。明らかに知らない文字だが、何故か読める。今更疑問はない。


 壁に張り出された建物案内板に従い、地下への階段へと足を進める。研究棟連絡通路を通り、別棟へ入ると、また少し雰囲気が変わる。病院よりも研究所の気配が強くなった。


 フォールン疾患専門科なるものもこちらであるようだ。聞いた事のない病である。


 そして気になるのが、ここが宗教色を怯えている事だ。あちらこちらに、マントラー僧長国が拝む神の像が設えられており、抹香の匂いが強くある。


 暫く進むと、鉄筋コンクリとは打って変わって木製の通路が現れ、その奥に足を組んだ神の像が見受けられた。線香が焚かれ、煌びやかな花々と供物が捧げられている。


「この神が重要視されている様子ですね」


「総称として神ではなく仏と呼びます。これは、弥勒菩薩半跏思惟像みろくぼさつはんかしいぞうですわね」


「……」


 統春が拝んでいるものだ。そしてそれはお前であるという話をされた記憶がある。

 弥勒菩薩。未来にやって来る救い主。救世主だ。


「ゼロツーさん」

「はい、なんですかしら、竜精公」


「これは、いつ頃を象った世界なのですかしら」

「いつも、なにも。竜が世界を支配する前の、十全皇がまだ、ただの女だった頃のものですわ」


「世界創世よりも、前……? どういう意味ですの、それ」

「今ご説明いたしますと、竜精公も混乱なさいますでしょうから、後程」


「勘弁してくださいまし……」

「ともかく、急ぎましょう」


 フィアレスも何か思うところがあるのだろう。その美しい顔を少し歪めて溜息を吐く。確かに、今ではないだろう。目的を達成しなければならない。だが、これについての言及は避けられない。


 実感が湧いて来る。


 今自分達が居るのは、十全皇という存在の中身に近いのだ。

 決して誰にも明かさる事の無かった、十全皇という女が何で出来ているのか、その外殻だ。


「……」


 地下を目指して研究棟を歩いていると、白衣の男が他の女性を引き攣れて歩いているのが解る。

 その男の雰囲気が……


「惟鷹様」

「はい、あれは」


「見ないでくださいまし」


 言われ、迷い、目を伏せた。隣を通り過ぎて行く足音だけを追う。彼が何なのか、エオも、フィアレスも、何となく察したであろう。顔が無い故ハッキリとは言えないが、その背格好、雰囲気が……惟鷹に似ていたからだ。


「……鍛え方が足りませんね。足取りも不安定です」

「……一般人ですもの。さ、地下へ」


 ただの似姿。今はそう考え、言われた通り地下へと進む。清潔感が支配している事に変わりはなかったが、次第に装飾などが減り、無機質さが異様に強調され始める。


 カツン、カツンという足音だけが響き、妙な不安に駆られるのだった。


『よーちゃん』

「はい」


『大丈夫。痛みが無いようにしたから。今は寝てる』

「――はい」


 ハティの固有が発動したのだろう。真百合から代替鍵が抜き取られたようだ。誰かに合図される訳でもなく、急いで階段を降り始める。


 誰の所為かと言われれば、その根底に自分はいるかもしれない。だがそもそも、そんな事をする奴が居るのが悪い、というのは当然だ。


 人様の命を何とも思っていない、ヒトに価値を見出して居ない、ヒトの群れに産まれた怪物。


「うわ、もう来た来た来た来た来たぞ、ハティッ」

「やっぱ現地併せじゃ時間かかるね、これは仕方ないよ、波貞」


「手を止めろッッ!!」


 扉のある空間に躍り出て構える。見目麗しい獣人男、雁道修理助波貞が、鍵を手にしたまま振り向いた。


 切れ長い目に白銀の体毛。北東王の名に相応しい着こなしをした男は、ニヤニヤと笑いながら惟鷹を見つめる。隣には一人の男……家老の泉田が倒れていた。


「やばいな。実にやばい。どうする、ハティ」

「どうもこうも、ここまで来たならもうやるしかないんじゃないかな」


「戦力さあ、ちゃんと控え持っておけばさぁ」

「彼等と渡り合える怪物なんて、そんな簡単に出来ないよ。手駒は足りないしさ」


「街に放った奴、もう一匹作れれば良くなかったか?」


「あれバグって会心の出来になっちゃった奴。狼竜王ハティの全盛期の七割くらいの奴。今頃首都は半壊くらいしてるんじゃないかな? アレ止められるヒト居ないでしょ」


「それ連れて歩けばよかったじゃないか」

「そんなヤバイの炉心に近づけられないし、言う事聞くか怪しいよ」


 全員が臨戦態勢を取る中、雁道が一人で喋っている。彼の中に居るハティと責任を押し付け合っているのだろう。


 しかし、竜の知識ありきとはいえ、本当に炉心の手前までやって来た男は、彼が初めてだろう。最悪の罪悪であるが、偉業といえば間違いも無い。


「ゼロツー殿」

「……――?」


「ゼロツー殿、何かありましたか」

「いえ……あの……ええと、ちょいと、波貞」


「はははっ、十全皇、ご機嫌麗しゅう。雁道修理助波貞にございます」

「やっほ。久しぶりだね、アソラ。元気だった?」


 畏まって喋る波貞。子供のようにはしゃいで手を振るハティ。同一人物が突如違う行動をする為、彼の様相は異様そのものだった。間違いなく不気味の類である。


 そんな姿を見て、ゼロツーが何かを思案していた。

 小首を傾げ、顎を擦り、そして言い放つ。


「……誰ですの?」

「え? 何言ってるんだ? 僕だよ僕。美公傑だよ」


「ええ、ですから、ハティの人格が再形成されておりません。流石の私でもこればっかりは気配で分かりますもの。で、貴方様は、どちら様?」


「……え?」

「うん……?」


 全員の空気が凍り付く。

 では、自分達が今まで追いかけていた不可視の存在は……なんだったのだ。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ