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龍女皇陛下のお婿様  作者: 俄雨
扶桑事変
315/318

日鎮める国2



「覚悟ォォォォッッ!!」


 雁道兵が決死の一撃を古鷹佐京へと見舞う。放たれた矢の如き駿足で接近し一刀を振るうが、次の瞬間には首だけ地面に落ちていた。


「ヒト一人殺すのに、なんだってそんなに大仰なものか。覚悟なんぞ産まれた瞬間にするものぞ。覚えたての言葉を健気に用いる幼児か貴様等」


 古鷹佐京が血振るいして納刀する。


「田舎で棒切れ振っておけばお侍様と持て囃して貰えたものを。呆れるわい」


 古鷹佐京を囲むようにして胴体と分離した生首が落ちているものの、壮絶さはない。規則的で、幾何学的で、騒がしいのは雁道兵の掛け声だけであり、紅い花の中にたたずむ男はむしろ風流であった。古鷹佐京は一歩も動いていない。


「喰らえッ」

「羽虫かぁ?」


 放たれた魔法を片手で叩き落とす。射かけられた弓は貫通する事もなく地面に落ちる。話にならずに溜息が出た。


「去れ去れ。全員殺すと言ったが飽いたぞ。もう首も要らんから帰って寝ろ」


 既に三十。前衛的な生け花と同じような扱いを受け、雁道兵は慄いていた。


「今しがた、強烈な気配を市中から感じたのだが。アレはこちらへは来ないものか。惟鷹等の仲間に宛がったか。足止めとしては十分であろうが、何にせよ一匹ではのぉ……ふぁぁっふ」


 欠伸を一つ。もはやこれ等に興味の欠片もない。数合わせの獣の兵隊など蟲以下である。

 飽きた。強すぎるのも難儀なものだ。引き締まらない。


 その人生において、古鷹佐京は苦戦などした事がなかった。扶桑では足らんとして世界を行脚した頃もあったが、強敵に巡り合う事もなかった。


 これ以上となると、竜種が相手になってしまう。古鷹佐京は信心深いニンゲンだ。竜種に手出しをするような罰当たりには出来ていない為、つまるところ彼がニンゲンの上限だった。


 この度のルール変更で少しは骨のある者も現れるかと思ったが、同じ。

 結局のところ……


「下がってください、下がってください、ほら、貴方も。勝てないでしょあんなクソバケモン。はいはいどいてどいて。手出したら殺されちゃいますからね、ほら、下がってほら」


「ようやっとかぁ」


 結局のところ、佐京が対峙すべき人類など、あの男しかいなかったのである。


「ゼロツー殿、エオ、先に行って身を潜めていてください。僕が来なくても待機で」

「はい。畏まりましたわ。では……ああ、佐京」


「はっ」

「失礼のないように。お約束ですからね」


「畏まってございます、主上」


 佐京が頭を垂れる。唯一正式に頭を下げるのは彼女のみだ。


 青葉惟鷹が帰国の際には、必ず一勝負設けて貰う、そのような取り決めをしていた。半端なものでも手加減するものでもなく、失礼のないように全力で殺し合うという意味である。


 ――古鷹家に燦然と輝くいと尊き希望の星、青葉惟鷹。


 彼の出現を、古鷹佐京は心から龍に感謝した。己が人類の上限であるという疑念を払しょくし、他竜の首にまで刃が届く男の出現は、佐京にとって得難い祝福であったからだ。


 ましてそれは、なんと十全皇の婿になるという。あまりの歓喜に精神に異常を来すかと心配になるほど、佐京は嬉しかったのだ。


 古鷹は大丈夫だ。安泰だ。なんなら古鷹は未来永劫無事である。当主として、ニンゲンとして、怪物として、青葉惟鷹の存在ほど眩しいものはなかった。


「こんな時にまで剣客ごっこですか、親父殿」


「こんな時だからこそだろうが。近衛で一番上なんぞやっとるとな、ヒトを斬る機会すら失われて、それはもぉぉぉぉ退屈でならんったらならん。雁道の兵は雑魚だがまあヒトの首は斬れて多少の慰めにはなったかもしれんのぉ」


「化物め。ヒトの命を何だと思っているのですか」


「化物に言われたくはないのぅ。なんだ惟鷹、お主はヒトを殺すのが楽しくないのか」

「楽しい訳ないでしょ」


「それだけの才を有しながら、心が追いついておらんとは……難儀だ」


「大体、殺せて当然のものを殺して何が楽しいのですか。僕達のような怪物が暴れたら、ヒトは死ぬに決まっているでしょう。僕達は災害なのです。だから親父殿は近衛に館詰めにされている」


「おお、言うようになったわい。というか傲慢すぎてチビるわい」

「事実でしょう」


「事実ほどつまらんもんはない」

「はあ……」


 なんだこの面倒臭いクソ爺は、という雰囲気を隠さないのは流石である。そんな態度をする奴は、この世にもう居ない。面倒臭がられれば臭がられるほど、なんだか構って貰っているようでとても喜ばしい。


 佐京は修業時代の惟鷹に対して、思いつく限りの嫌がらせを働いた。そもそも十全皇に目をかけて貰っているニンゲンが、貧弱軟弱では話にならないので、常人の百倍くらいは負荷をかけた訓練をして、生き残って貰わねば困る。


 まあ当然惟鷹は安心無事に育ったが、それが余程いやだったのだろう、佐京を蛇蝎の如く嫌うようになった。顔を合わせた頃から良好な仲であったとは、言わないが。


「さて。ただ殺し合っても詰まらんな。白雷剣のスキルツリーは取得しておるか」

「いやでしたけど、しましたよ。必須だったので」


「重畳重畳。では『しあわせ』願うか」

「……」


 惟鷹が構える。佐京もまた同じ構えとなる。『死併せ』は古鷹風神明道流における実戦訓練の中において一際重要視される稽古だ。掛け声と共に同じ技を披露しぶつけ合うものであり、弱ければ大けがをする。


 アワセと言っても相手に加減などしない。


『白雷招来』『白雷招来』


 白雷剣を使用する為の事前バフが両名にかかる。


 白雷剣ホワイトメイカー。古鷹風神明道流の基礎となった剣技だ。佐京が曾祖父から明道流の真実を聞き及んだ時、それに一体どんな意味があるのかと首を傾げたものだが、今やっとその理由が明確になった。


 全ては青葉惟鷹のような存在が現れた際に引き継がせる為に存在したのだ。名を伏せて変えたのは、その剣技の成り立ちや意味合いを隠す為だろう。名がそのままでは『強すぎる』のだ。


 これは本来現実のニンゲンが用いる技ではない。スケールダウンさせて、ニンゲンが扱えるよう、風神明道流などという流儀に落とし込んでいたのだ。


 古鷹の一族は特殊だ。時折怪物が産まれるのにも、理由がある。


『始の太刀』『始の太刀』


 常々刀などぶつけるものではない、というのが明道流の教えであるが、白雷剣は競り合う事を基本としている節がある。


 現実でそれをやれば刀が折れるわ欠けるわ碌な事がないというのが理由であるし、戦場剣術である以上刀を保護して長時間戦闘を可能にするスキルは必須、一撃で致命せよというのも理解に難しくないが、しかしなるほど『こんなルール』の世界ならば、鍔迫りはむしろ合理となる。


 ヒトを斬れば死ぬ前ルールと、ヒトを斬ってもHPがなくならない限り死なない現ルールでは、競り合いの重要度が異なるからだ。ましてスキルで武器の強度まで高くなるとなれば尚更だ。


 故に、技と技をぶつけ合うという、不合理と思われた稽古が何故か重要視されていたのだろう。


 互いの居合が衝突する。白い雷撃が緊張と共に突き抜けた。余波は周囲に波及し、一般人は近づいただけで灰になりかねない。周囲にいた雁道兵達に魔力の歪が波及し逃げまどっている。


「惟鷹、なんじゃいその得物は。秘澤守七房ひざわのかみななふさはどうした」

「イナンナーのお姫様にあげました。喜んでいましたよ」


「今のソレは」

「なんかダンジョンで拾いました。攻撃力が高いので」


「ええ……」

「物欲なんてありましたか、貴方」


 佐京の口が窄む。古鷹に伝わる大名刀、自身の持つ左八善ひだりはちぜんの兄弟刀であり、あまり物質に興味のない佐京にしてちょっと惜しいと思わせる程の名剣を、名前も知らない女にやるとは何事かと思う。


 ただやはり、使い手の才能が有り過ぎる故に、ヒトを斬り殺せれば何を使っても大して変わらない、というのは納得であった。この男が剣に拘っていた時期など一刻もない。


『華厳の堰』『華厳の堰』


 互いの太刀が振るわれると、雷を纏った風が幾重にもなり花の如く空間に舞い散る。双方同威力、差異もなく、暴風と共に対消滅した。


『無心言』『無心言』


 千の語り口より一つの穿ち。超威力の突きが魔力と共に放たれ弾ける。惟鷹の嫌いそうな技だ。

 どの技も、風神明道流に引き継がれた型と同じであり、違いは威力と効果ぐらいだ。


「まあこれくらいは出来んとなあ」

「うんざりします」


 こうして殴り合うのもいつぶりか。お互い立場が大きく、惟鷹は戦争へ行っていた事もある、まして強くなり過ぎた二人がぶつかった場合ただでは済まされない故、もはや暗黙の了解として立ち会う事などなくなった。


 それは……実に寂しい事だった。


 惟鷹が軍を辞めて西真夜に戻った事については、佐京も大して何も思わなかった。長い人生の中で、そのような迷いもあるだろう。まして戦争の最前線を戦い抜き生きて戻ったのだ。アスト・ダールという本物の化物を殺し、また一つニンゲンを越えて来たのである。


 だが、陛下との婚約破棄だけは許せなかった。


『……申し訳ございません。佐京、腹を切ってお詫び申し上げます』

『およしなさいな。貴方様の臓物など見たくございませんわ』


『では彼奴の首をここに』

『無用に』


『では古鷹の者として、責任だけは果たさせていただければ』

『それに関しましては、どうぞ。惟鷹様もどちらが強いか、はっきりなされたいでしょうし』


 陛下が惟鷹を殺すなどという判断をする筈がない事は解り切っていた。ただここは侍としての意地があり、古鷹の汚名を濯ぐ意味でも、惟鷹に制裁を加えるという態度だけは崩せない。


 ……多大に裏切られた気分だった。これは佐京が勝手に背負わせた期待であるが、十全皇という存在の前に、勝手は勝手とならず公然となる。


 貴様は何が不満なのだと。貴様は何を目指しているのだと。

 貴様に自由の道などある訳がないだろうと。貴様の描く未来とはなんなのかと。


 佐京は惟鷹を殺す名目で世界に刺客を放ち続け、全て返り討ちとなった。蒼鷹も大口を叩いただけで死に、とうとう、惟鷹に対する指名手配は全解除され、奴は帰国した。


「親父殿」

「なんじゃい」


「貴方の矜持とはいったい何なのです。ここまでして僕を殺さねばならない理由ってなんです?」

「ああ、それか」


 構える。気配の違いに惟鷹が身構えた。


「十全皇陛下を悲しませたろう」

「まあ酷い目に遭いましたし、逃げる事もあるでしょう。誤解は解けましたが」


「理解出来ん。あんなににも……お可愛らしいというのに……」

「………………………………は?」


「そりゃあたまに無茶苦茶なご注文もお付けになられるがのぉ、それがまた愛らしいんじゃろがいッ!!」


「え、あ、マジかよコイツ」


「まぁじもクソもあるかボケナス。儂等の陛下がナンバーワンじゃろが。宇宙一可愛いッ!! そのお可愛らしい陛下が御辛そうなお顔をされるのだぞ……傍で見ておる儂の怒りがお主にわかるかぁッ!?」


「うおー、やべー……こんなのが扶桑最強とか最悪だ……今日で降りてください、その位置」


「じゃあ殺してみせぇッ!! 『スイッチホルスター・オン』ッ!!」

「ああくそ、本当に嫌だ……『スイッチホルスター・オン』」


 婿になろうという男が随分すっとぼけである。実に許せない。剣技も魔法の才も功績も認められ、この世で最も栄誉ある勲章まで頂き、古鷹ここにありと知らしめ、まして十全皇から求婚までされるという、地上最も成功したであろう軍人が、今更何をほざくというのか。


 彼女こそが美、彼女こそが永遠だ。

 現世の全てを支配してなお足らない大輪の花とは彼女だ。


 寄りを戻そうと何だろうと、とにかく一発ぶちかましてやらねば気が済まない。


 大義も名分も不要。深い意味なぞこれっぽっちも存在しない。


 青葉惟鷹が陛下を悲しませたという事実ただそれだけがむかっ腹立つのである。






 何を言い出すかと思えば陛下が悲しんだからお前を殺すという。

 もっともらしい話は一つもない。つまりコイツの所為で親族が幾人も犠牲になった事になる。


 近衛も当主も辞めて来たというこの男の謎の覚悟はイカレているが、どうあろうと扶桑最強を名乗って恥ずかしくない剣士が本気で怒って刃を向けているのであるから、惟鷹も生半可な覚悟で挑む訳にはいかない。


 殺意でヒリつく。これに関してはアストを越えると言って過言はない。これだけの殺意を真正面から受けたのは、初めてだった。


 ニンゲンが怒りからこれほどまでの殺意を滲み出せる事に、改めて驚かされる。冗談も糞も無く激怒しているのだ。


 一瞬、横恋慕でもしたのかとも考えたが、そうでもなさそうだ……推していた女優の婚約発表を喜んでいたら相手が破棄したから許せん、という話と同列であろう。


 たとえ話でもなんでもない。そのままだ。最悪だ。

 厄介ファン極まる。被害が大きすぎる。しかも親族である。


 ともかく。


 ルールは違えど技術的に異なる部分は少ない。お互いの攻撃力を鑑みても、一撃当たればどちらかが確実に瀕死か死亡する事実がある。


力量看破サーチ


 レベル、攻撃力はほぼ同等。回避力に大きな差は無く、互いにHPとVITは低い。物理、魔法防御壁も同等、あとはもう、当たり所の差でしかないだろう。


 結局本気の古鷹佐京とやり合う機会はなかった。お互い避けていたとも言える。どちらかが死ぬまで終わらないからだ。


 名実ともに扶桑最強を名乗らざるを得なくなった惟鷹と、それまで頂に座り続けた男だ。例え果し合いが合意されたとしても、議題所が止めただろう。どちらが失われても損失が大きいからだ。


 それが今、掛け値なしの原価で刀を向けている。


 一撃。それを佐京も理解しているのだろう、さっさと仕掛けて来ない辺り警戒が強い。先の先を大事とした佐京にしては意外である。


 後の先を優先する惟鷹とは対極に位置する。気性と戦術と道徳観の違いでもある。


 距離にして10大バーム。既にお互い射程圏内にいる。死が全身を覆っている事に相違ない。いつの間にか雁道兵等も大人しくなり、固唾を飲んで見守っている。


「よいしょ」

「――はっ?」


 佐京が動く。何をするかと思えば、刀を地面に突き刺したのだ。どんな理屈がやって来るかと思ったが――奴の周りに転がっていた死体が衝撃波と共に飛んで来た。


(くそ、倫理観が終わってやがる)


 都合三体の死体が惟鷹目掛けて飛んで来る。速度こそないが物理的に視界が遮られた。


 自分ならどうするか。

 死体の陰を利用して攻撃をするか、死体と共に相手を斬り捌くかの二択。


 正面から待ち構えても攻撃を受けるだけになってしまう。

 下手に動き過ぎても奴の射程は届く。


 が、そんなものはアチラも想定済みだろう。

 結果として下手に動くよりも、真正面から受けるのが正しくなる実質の一択だ。


「正解正解」

「――ッ」


 死体の陰からぬるりと現れた佐京の一撃を刀身で受け止める。死体を回避する行動だけに留まる。それ以上動けば首が繋がっている保障がない。


 再度右から首を狙う軌道が視界の端に映る。刀で受けて鍔迫り、重心を後ろに移して小内刈を狙うも躱される。


 こちらの重心が崩れた(といっても佐京レベルの目線で)と見るや否や風の速さで二撃、三撃と刃が飛んで来る。鋼でそれを受けていると、違和感を覚えた。


(やべ)

「ほいさッ」


 異様なまでに打ち込んで来るな、とは思っていたが、予想が当たる。佐京の刀、左八善は別命『結界破り』だ。名刀にはそれ相応の魔力や魔法が込められているのが常であるが、この刀に関しては相手の防御魔法や結界を破壊する魔法が付与されている。


 だが……正直な話、そもそも左八善だけでは惟鷹の防御魔法を破るに至る力は元来ない。力を込めた初撃や、不意を突いた会心であるならばまだしも、相手に対応しながらの打ち合いではまず押し負ける事もなかったろう。


 まして今のルールでは、防御魔法も強力になっている事から、そこまで考慮していなかったという事もある。


 しかし甘い。使い手が古鷹佐京ともなれば、一つの力を自分の力量だけで何倍も有利に利用出来ると見える。


 全身を覆っている防御魔法であるが、強い部分、弱い部分がある。特に自分の身につけている物体、護る必要のない……自分から突出した部分……つまり刀などの周囲は弱まる傾向がある。その隙間に――佐京の突きが刺さる。


「温い」

「ぐっ」


 防御魔法を張り直す、その一瞬に剣圧による風魔法が差し込まれ、惟鷹の肉体を傷つける。大きな怪我はないが、出血のデバフは避けられない。倒すというより、嫌がらせの類だ。


 距離を取られ、また睨み合う。


 真正面からやり合い、真っ当な方法で青葉惟鷹を傷つける人物となると、もはやアストと佐京の二名しかいないだろう。暫くと忘れていた、この男との立ち合いの記憶が蘇る。


 ただ一本の刀で殴り合った場合の、その面倒臭さ、老獪さ、卓越した技量は、惟鷹にして舌を巻く男だ。


 だが逆に言えば。


 現状、佐京でもこれ以上の攻撃を惟鷹へ加える事が難しいのである。

 致命の一撃を入れるには佐京のような意表を突く必要が出て来る。


 妙高島でアストに食らわせた、例えば目潰しなどだ。


 皮肉なものだ。お互い極まってしまったが故に、長年身につけた形では決着が付き難く、結局達人達が一番嫌っている、奇をてらうような戦法になってしまうのだ。


 だがここにいる二人の達人に、形を外す躊躇いなどない。最終的に生き残っていれば良い戦場剣術家の、その極地がこの二人だ。そういった場合、本当に一切の躊躇いを棄てた方に軍配は上がる。そのような意味合いにおいて、倫理観の薄い佐京が一枚上手だ。


「命拾いしましたね、親父殿」

「むかつくのぉ」


 本来ならば距離を取る、などというスキを見つけたならば、短縮した攻撃魔法を放つのが惟鷹だ。このルールでは遠距離魔法を殆ど覚えていない為用いなかったに過ぎない。剣術において並んでいる二人ではあるが、なにゆえ惟鷹こそが最強と言わしめるのか、その理由がこれである。


 剣を回避したところで留まらず、常人では考えられない速度で詠唱された無属性魔法が飛んで来るからだ。相手を傷つけるだけならば詠唱すら破棄してくる最悪である。


 この点において、間違いなく惟鷹は佐京を凌いでいる。


 躱せばイカレた追撃がやって来る。

 逃げれば背中から半分にされる。

 建物に隠れれば建物ごと吹っ飛ばされる。


 大人数で嗾ければ丸ごと肉塊にされ、暗殺は事前に察知されて殺される。


 どうあがいても、青葉惟鷹は人類が相手をするべき存在ではない。


「まあ、とはいえだ。儂とて曲芸の一つや二つはあるのだぞ」

「ほう。知りませんでした。芸達者なのですねぇ、びっくりですぅ」


「ふはは、殺したろかコイツ」

「やってみせてくださいよ、上手く出来たらおひねりぐらい差し上げますから」


「駄賃はお主のクビじゃい」

「高給取りですね」


「その曲芸こそが、最終奥義でもある」


 苦し紛れの詭弁かと思いきや、佐京は本気だ。納刀し、なんと敵前で目を瞑り両の手を合わせて拝み始めたではないか。舐め腐りやがってと刀を握る手に力が籠るも、振る手を押し留める。


 佐京の周囲に魔力の大きな流れが見て取れた。左手を拝んだまま、右手を柄に添える。


 知らない型だ。そもそも敵前での行動ではない。

 それはどのような技か。型としては不明だが、カウンターであろうか。


「刮目しろ。我等古鷹一子相伝の、気の触れた、おおよそ馬鹿げた奥義を」


 気配が大きくなる。既に奴の放つ攻性魔力のみで、スリップダメージを受けている。明らかに一人を相手にするにはスケール感が違う。


『風神明道流奥義』

「皆、下がれ、下がれッ!! やばい、『物理防御壁、HP三割消費』」


 これは避けられないと感じた惟鷹は雁道兵に声をかけ、自らの身を守る事に徹する。HPを犠牲にしてまで防がねば、これは死ぬ、そういう予感が支配している。


真願しんがん白雷鏖刃はくらいおうじん


「あ、えっ」


 目を瞑ったまま、左手を拝んだまま、佐京は抜刀した。

 訪れた攻撃と思しきものを、なんと形容したものか、惟鷹は言葉に困った。


 例えるならば、空間そのものが刃となった……いいや、空気がすべて剃刀に置き換わったと言うべきか。佐京の周囲十数大バームに存在する物理的存在、それら全てが細切れになって行く。


 奴の背後に控えていた貴人街への入口である貴人門が砂塵のように崩れ去り、周囲に居た雁道兵が血煙となって霧散、地面は言わずもがな、周囲の建物が解体され、当然それは――惟鷹に襲い掛かる。


「防御じゃ駄目だ――『六元詞纏・八十式』」


 防御壁が貫通、衝撃が来る。一般人には、突如として目に見えない衝撃魔法が飛んできているだけのように思えるかもしれないが、惟鷹には知覚出来ていた。


 これはすべて斬撃だ。数千、数万に及ぶ究極的な斬撃の嵐である。原理は不明だ。しかしその一つ一つが、間違いなく佐京から放たれた一刀である事を、その身が知っていた。


(空間歪曲? 時間干渉か? 駄目だイカレてる――ッ)


 防御を貫通して襲い来る斬撃であるからには『剣戟』で対応する他無い。全神経、全精神を迎撃に特化させ、途方もない攻撃に対処する。


「ちぃぃぃッ!!」


 法秒数にして幾つか、人類では到達し得ないであろう光と見紛う速度で佐京の斬撃を叩き落とす。これは現ルールだからこそ可能な方法であり、元のルールであったならば、煙になって終わっていただろう。


 額に一つ、腕に七つ、脚に六つ、腹に二つ、攻撃が止んだ頃には、全身が血塗れであった。


「はぁ、はぁ……はぁっ、バケモンめ……」

「――惟鷹。剣とはなんぞや」


「ああ、はい、そういう問答ですか……ヒト殺しの武器および、技術です……」


「然り。ただ本質はもう少し先にある」


 生物皆死に絶え砂漠の如くとなった地平を、納刀した佐京が歩きながら言う。自動回復が遅い。回復剤の自動使用も併用されているが、それでも遅い。出血デバフが抑えられない。


「じゃあ、なんです」


「至極単純な話ぞ。剣は傷付ける為にある。剣とは、見世物でも、舞踊の道具でも、芸術品でもない。剣術とは、剣の振り方を学ぶものでなければ、剣を通じて精神を健やかにしようなどという頭のおかしい思想の類でも、ない」


「……剣が当たればいい。相手が死ねばそれで良い」


「左様。これはな、惟鷹。願いの産物だ」

「願い?」


「願うが故に身につける。願うが故に存在する。全ては敵を傷つけたいという願いだ」

「剣呑だなあ……」


「真理だ。そしてその極地がコレぞ。"オレという偉大な剣士が剣を振るったら相手は斬れる"という、真っ当かつ傲慢かつ、ただ一つの真実によって齎される」


「――……」


 剣を振るという行為は、相手を傷つける意図以上の意味はない。威嚇であれ、挑発であれ、最終的に怪我をするぞ、死ぬぞという結果ありきのものである。


 剣を学び、剣に生き、剣に生かされ、剣で殺す。

 戦い、生き延び、剣が概念として屹立せしめた有様。


 その事実そのものを(・・・・・・・・)現実に反映している(・・・・・・・・・)


 馬鹿げている。絶対必中ではないか。


「我々の武魔一体剣技とは、剣を杖と見立てる。刀に込められた願いと魔力でもってして、それは斬撃の魔法となって敵を圧倒せしむる。だがこの奥義は異なる。儂という生き様、儂という存在そのものの願いを、技術として、斬撃として放つ。故に全ては実体の攻撃であり、積み重ねた死体の数こそが全てとして、敵の前に立ちはだかるのだ」


 トンデモ魔法としか思えないこれを、技術と言い張るのか。

 しかし、頷かない訳にもいかない。


 原初、魔法が全てを叶えるものであったならば、きっと可能であるからだ。


 つまりこれは水鳥。


 優雅に湖面を行くその下では、必死に水をかいているのだ。

 相手が知覚出来ない瞬間に、猛烈な斬撃を発生させ、一挙に現実へと反映させている。


「……よし。説教も終わったな。当主としての役目も終わった」

「……――思うに、威力不足かと」


 確かに馬鹿げた威力である。多少レベルを上げたニンゲン如きでは対処しようがない事実はあるだろう。だが、惟鷹程の相手へ放つには、一発一発が一撃必殺でなければ話にならないではないか。現にこうして、惟鷹は生きている。


 それを聞いた佐京の右眉が上がる。


「ああ」

「……?」


「指向性を与えなかっただけだ。周囲を蹴散らしたまで。次はお主に全て向ける。ちなみに、飛んで逃げても無駄だぞ。指向した敵には敵の間合いに攻撃が出現する。斬るという願いは、放った瞬間に実現される」


「ははっ――……くそったれが」


 佐京が不敵に笑う。確実な勝利が目の前にあるからだ。

 だが、殺し合いの途中にそのような余裕を見せた奴を――惟鷹は全員殺している。


「笑うなら、殺してからにしてくださいよ」

「おうおう、大笑してやるからくたばれ」


 この技を攻略しなければ命はない。強大な技には強大な代償が付きまとうのが必然であるが、佐京が消耗している節は見当たらなかった。


 いわば剣を振っているだけといえば、そうなのだ。


 問題は、こちらが認識出来ない時間か空間を利用して先出で攻撃を完成させ、それをそのまま目の前にお出しされるという理不尽である。流石にこの部分に関して代償は存在するだろう。


 だが、それが分かったところで発動は止められない。HPやMPやSPならば消耗を誘って発動を食い止める事も出来ようが、佐京がそんなものに乗って来ないという事実は大きい。


 では他のもの……身体の一部や、もっと概念的な部分を消耗している場合はどうか。

 目に見えない形で捧げられているものに対処は出来ないだろう。


 佐京をよく観察する。陸軍軍装に外套、白髪交じりの短髪、鍛え抜かれた刀身の如き身体。

 産まれながらにして殺人に特化した精神性と、物怖じしない胆力。


 無尽蔵とも思える程の体力に、エルフとは思えない怪力。


 見れば見る程忌々しい男だった。


(ああ、そういう)


 そうして……昔から、不思議に思っていた事が一つ、思い出されるのだ。


「親父殿」

「なんじゃい。辞世の句なら却下だぞ」


「親父殿は、お幾つでしたっけ」

「ほぉん。三百四十五になるな」


「――老けていますよね。三百程度で、白髪交じりとは」

「はははっ……染めてくればよかったのぉ」


 エルフが三百程度で老化など見せない。勿論個人差、過去に別の血が混じり、寿命が著しく低い者も存在するが、古鷹は純エルフで繋げて来ている。病気もなく怪我もなく戦乱にも巻き込まれず生き永らえたならば、千年は優に二十歳前後の姿を保っている筈なのだ。


「寿命を代償にしてるのですか、その技」


「左様。生き様そのものを反映する技だぞ。持って行くのも人生そのものだ。放てばこの通り、一切合財をみじん切りだが、儂は知らん技をとっておきの時だけ使う、なぞという生半可が許せなんだ。故に、幾度も鍛錬の為に発動し、寿命を食い潰した」


「らしいっちゃらしいですね」


「ヒトを殺すのだ。有象無象とはいえ、誠意のある努力はせねばならん。ま、有象無象故、テキトウにも扱うがのう……で、惟鷹」


「ええ」


「これを止める手立ては出来たか?」

「発動を止める手段は、ないですねぇ」


「そうか……――ならば死ね。死して陛下へ詫びよ」


 絶体絶命という状態を、幾つも経験して来た。そしてその中で、幾たびも死に瀕し、死を経験して来たと言える。差し迫った危機は常にあったが……一つの技を真正面から避けられない、というのは、流石に初めてであった。


 死ぬと諦めるか。一度死ねば佐京の溜飲も下がるだろう。シュプリーアを待つのも、現状で言えば正解の一つと言える。


 だが、そんなものを求めて何になる。確かに彼女は頼って欲しいだろう。しかしこちらにも矜持というものがあるのだ。絶対に負けたくない相手に負けて、へへへ死にましたで済ませられる程、惟鷹は柔軟になど出来ていない。


 いま、この場で、この男を、完膚無きまでに、ぶち倒さねば、意味がないのだ。


 自分は誰だ。


「親父殿。古鷹佐京守在綱殿」

「おう」


「僕は――……この世で最も恐れられたニンゲンの、一人です」

「であろうなぁ」


「見た事はだいたい出来る。経験した事は三日で他人を上回る。人々から毛嫌いされる、最高に嫌味ったらしい、空前絶後の――大天才だ」


「ぬぅ――……ッ」


 空間に対して攻性魔力を指向、それに慌てた佐京も同様にする。


 技の意味を知り、技の原理を理解し、技の代償を覚悟とし――そこまで知って、青葉惟鷹に再現出来ない技巧など、この世には存在しない。


 自覚と共に、封をされていたスキルが解放された。白雷剣スキルツリーの末尾、固有技だ。


 解放条件が不明であったが、自ら喰らった上で原理を解明しなければならないという、面倒極まるものであったようだ。喰らって生き延びる事も、喰らった状態で理解するのも、現実離れした条件である。


 佐京は笑っている。一撃目を……死なない程度にしたのは、そういう事だろう。


 先の先を是とし、一撃目で滅殺する事を良しとした男が、加減して放ったのであるから……あの男にも、一応、師匠としての自覚はあるらしい。


 勿論、あれを堪えられねば死んでいる訳だが。


「優しいじゃないですか、親父殿」

「お主の知らん技だ、自慢したいだろうが。死んだら自慢出来んわい」


「では、安心して寝ていてください。肉体の一部くらいは残してあげますから」

「惟鷹は優しいのぉ。一片も残さんぞド阿呆が」


天命磨消てんめいましょう

『風神明道流奥義』


「しあわせ願いますか」

「応」


『『真願しんがん白雷鏖刃はくらいおうじん』』


 千万の刃が空間を駆け巡る。





 

 眼前に異様な空間が広がる。自分以外の全ての動きが止まっていた。呼吸こそ出来るが、世界に色はない。自身の発した魔力を空間に馴染ませ、その領域内だけを自身の思うようにする……竜が使いそうな技である。


 では時間が止まっている間、敵の首を斬れば良いではないかというと、そうはいかない。ここはつまるところ『溜め』の場所であり、それ以外を許可されていないのだ。


 それだけをする、という願いがこの超常現象を引き起こしている。


 もし、時間を止めて直接相手を殺す、などという技であった場合、代償は自分の命でも足らない程払う事になっただろう。今のルールならば、在りそうな話ではあるが。


 この技は矜持と罪業の成せる願いのカタチなのだ。


(そうだ。これは本来、魔力を用いない自己完結能力スキルだった)


 魔力と同化している存在――アズダハが成し得ているのだろう。この辺りの詳細については惟鷹も詳しくなかったが、アズダハは魔力と同化しているだけで魔力そのものではない、というのは大きく重要な問題と見える。


(アズダハは……願いを叶える、か)


 こちらとあちら、互いの空間がせめぎ合っているのが見える。奴と視線がカチあった。ここでするべき事は別段と、刀を振るような汗臭いものではない。


 自分が今まで、生きる為に振るって来た星の数程の一撃、そのイメージを空間に反映させるものだ。現実に戻れば、世界はシームレスに動き出すだろう。


 思っていたよりも、情緒的で、感傷的で、虚しい世界だ。


 初めて剣を持った日、初めて兄弟子を倒した日、初めて他流試合で勝った日、初めて女を守る為に振るった日、初めてヒトを殺した日、初めて大会で優勝した日、初めて戦争でヒトを殺した日、初めて女を斬り殺した日、初めて親族を殺した日――なるほど、影絵の如く、記憶の一刀が流れて消えて行く。


 自分はこんなにも悲しいのに、奴と来たら楽しそうだ。


 想いが弱い。そんなものではない筈だ。


 思い出せ。決死に振るい続けた剣を。その道に疑問しかなかった虚しい剣の数々を。反政府主義者を殺し、反乱軍を殺し、南方巨人を殺し、イナンナを殺し、バルバロスを殺し、火竜党を殺し、ならずものを殺し、時鷹を殺し、疑似竜を殺し、竜精を殺し、蒼鷹も殺し、竜も、大樹も、殺しに殺した、他人では一切真似の出来ない、経験そのものを、生き伸びた証を叩きつけるのだ。


 ――この手で、間違いなく、八千余の人命を奪った、覆しようのない事実を。


「佐京ぉぉぉォ――――ッッ!!」

「惟鷹ぁぁぁァ――――ッッ!!」


 互いの世界が解放されると同時に『死併せ』が始まる。そこに顕現するのはリュウも顔を顰めるような全力の暴力そのものだ。佐京の剣と惟鷹の剣が一度に数百単位でぶつかり合い、空間を揺るがし劈くような金属音を響かせている。


「くぅぅたぁぁばぁぁれぇぇぇぇぇぇぇぇ――ッッ!!」

「死んでたまるか朴念仁の阿呆弟子がぁぁぁッッ!!」


 刀を構えて歯を食いしばる。漏れて来た剣を撃墜する。とにかく鋭く、とにかく重い、当たり前の話であるが、この一撃だけでも凌げるニンゲンは、その日から人類で三番目の剣術家と言える。


 剣戟は続き、砂塵と化した空間を更に細切れにし、剣圧は空気を舞い上げ爆風となって衝突し、急激な気圧の局所的変化は暴風と雷となって更に周囲を巻き込む。


 風と雷に巻き上げられた剣の地獄は、まさしく白雷鏖刃という名に相応しかった。


「ッ!!」

「ハハッ」


 衝突は止まない、それは変わらないが、漏れて来る数が多い。


 この技には『ムラ』がある。今まで放って来た一撃が全て同等の威力であった事などないのだから差は出るだろう。『この技』として放たれている限りは、現ルールに則った威力こそ上乗せはされているが、当時の相手なりの攻撃であった事実がある。


 つまり、今受けているのは古鷹佐京が強烈な想いで放った一撃、その部分だろう。こちらの威力が追いついていない為に相殺せず漏れて来る。


 同技であるが、自身の経験がそのまま形として浮かび上がるコレに正しい拮抗はない。

 いわば剣士の人生密度の戦いだ。


 佐京は今に至るまで、おおよそ想像し得るあらゆる剣士、騎士、戦士、神を斬って来た事だろう。堆く積まれた死の業がそのまま力となる。それは実力とも言えるし、殺戮の咎でもある。


 否定しようのない死の大河を泳ぐ者に対する、報酬であり、罰だ。


「かぁぁぁぁぁぁッッ!!」

「おうおう、吠える吠える。お主が必死だと、儂の心もあったまるわい」


「やっかましい!! ここからだ、ここからッ!!」

「あー、時系列ごとかぁ……? なら次は儂が不味いのうッ!!」


「さばいてみせろ、古鷹佐京ッ!!」


 そうだ。どのタイミングで何を斬ったイメージを反映したか、それが問題だ。今は佐京が優勢であるが……惟鷹は、イメージを時系列ごとに反映させた。


 つまりこれから先は、ヒトならざる者に対する一刀が、佐京へと襲い掛かる。


「ぬぅ……ッ」

「相手にして来た敵が、違うんですよッ」


「殺し自慢か、堕ちたのぉッ!!」

「どの口が言うッ!!」


 どうあろうと――彼はただの軍人であり、一人の剣術家に過ぎない。


「ぬありゃぁぁぁぁっっっッ!! くっそぉぉぉがぁぁぁぁぁぁッッッ!!」


 惟鷹の攻撃の激しさが増して行く。


 ニンゲン相手から神、神相手から竜種――終いには竜そのものに至るまで、軍人が相手にするようなものではない敵を――切り刻んで来た、その追憶である。


 ……自分が死地に置かれていなければ、間違いなくここで死んでいただろう。幾多の苦難、幾重の死を経験しているからこそ、今の圧倒がある。


 十全皇は最初から見えていたのだ。

 惟鷹が只の剣士であったなら、最終的にこの男に殺されたであろう事実が。


「ちっっっっっっッくしょぉぉぉぉがぁぁぁぁぁ――――ッッッ!!」

「ッッ!!」


「『偽束ぎそく空断からだち』ッッ!!!!」

「『偽束ぎそく空断からだち』」


 奥義を放ちながら、更に準奥義である一撃を放つ。度を過ぎた剣の嵐の中を二筋の剣光が衝突し相殺した。既に奥義は放たれているのだから、迎撃する以外は開いた手を使おう、というのは理にかなった話である。


 当然予測済みだ。対応し『死併せ』する。


「小癪ッ!!」

「短絡ッ!!」


 攻撃力と命中力に優れ、破格の性能を有するコレは、妙高島でアストをも両断した。その代わり一日三発という制限がある。強敵相手に放たないという選択肢そのものがない。


「ぐぬぉぉぉぉぉぉぉぉぉッッッ!!」


 惟鷹の剣圧が増して行く。佐京が剣を振るうのに必死な姿を、惟鷹は初めて目撃した。彼も、まだニンゲンであったのだという、妙な安心感がある。


 ……何を考えているか解らない男であった。ただひたすらに強い事、ただそれだけが知れる相手であった。経験を積むにつれて、確かに総合的に惟鷹は佐京を上回っていただろう。だが、剣一本で相手をして、勝てるビジョンが見えた事は、一度たりともないのである。


 剣聖。その言葉は彼の為にある。自分は所詮自己流亜流の類だ。実戦剣術魔法格闘という、誰にも真似の出来ない立場にいる惟鷹にして、剣というものに対する真摯さにおいて、結局上回る事などなかった。


 また、人望についてもそうだ。生きている年数、立場が異なる故に単純比較は出来ないが、この男には異様にヒトを引き付ける才能があった。他人から畏れられながらも、門下生は数多、相談役としても他の権力者に頼られ……こんな思想を持っているにも関わらず、隠居した後は、剣術道場を開きたい、などと口にする男である。


 まったく――むかっ腹の立つ男である。

 恐らくこれは、嫉妬だ。


「ああくそ、くそくそッ!! 儂の、弟子は、強すぎるッ!! くそ、有難い、有難い話だ、クソが、クソクソクソクソッ!! 痛いッ!! 重いッ!! 速い鋭いッ!! あぁぁぁ惟鷹ぁぁッ!!」


「なんですかッ!!」

「陛下を、お幸せにしろッ!! かのお方は、本当に――ご苦労、なされたのであるからッ!!」


「じゃあ邪魔しないで下さいよッ」

「そーーーーもいかんのが、儂等の難儀な、ところじゃああいッ!!」


「親父殿ッ」

「ああッ」


「去らばッ!!」


 最期にイメージとして放たれた剣は――九頭樹グルジュを両断した一撃だ。


「ふン……」

「……――」


 当時そのままの威力は当然ないが、己の心に重なる罪悪の嫌悪は、苛烈にして痛恨の斬撃を再現し、暗黒を切り裂く流星の如く煌めき放たれ――左八善ごと、古鷹佐京守在綱の肉体を両断した。


 数多の死を築き上げた剣。その、最後の最後まで受け切るこの男の剣術には、憎らしい相手ながらに敬服する。


「――光、輝く男」

「……」


「我等、古鷹の、希望」

「……――」


「今日は……負けておいて、やる」


 暴風は止み、一挙に静寂が訪れる。佐京は、竹を割られたように半分となり、立ったまま絶命しているが……目はこちらへと向き、そして、刀を握りしめたままであった。


 腐ろうと、狂っていようと、剣士は剣士だ。それは蒼鷹も同じであった。

 

「お礼は言いません。お悔やみもしません。嫌いでしょうし」

「……」


「役目は終わったのでしょう。あとは、自由に生きたら良い……後釜には、暫く加古那善君でも座らせましょう」


「しばし、寝ていてください」


 ただ、礼儀として一礼する。師を斬り殺した事実には相違ない。


「あ、そうだ」

「えっ、まだ生きて……?」


「古鷹、の真実を、知りたいなら……くれてやるぞ?」


 そうして、頭頂部から下腹部まで、ズラリとズレて半分に別れ、いよいよ絶命する。

 半分に割れた顔は、笑っていた。


「貴方ってヒトは本当に……畜生ですねぇ」


 背を向け、耳に手を当てる。


「我が神」

『あ、よーちゃん……無事ぃ?』


「今、し終えました」

『生き返らせておくね』


「ええと……」

『今のルールの中だから。これは、イレギュラーな死。ね?』


「――はい」

『ん。あーとね、私なのだけれどー』


「はい」

『日没宮、近づけなくなっちゃった。貴人門前が限界だと思う』


「理由をお伺いしても?」

『うん。ヘルお母様の力、引継ぎ来ちゃって、私、竜扱いみたいで』


 蒼天を見上げる。状況は刻々と変わっているようだ。岩はとっくに降り終えているのに、リーアの姿が見当たらないと思っていたが、そのような事情か。


 とうとうシュプリーアが竜となった。

 竜精ならまだしも、他竜が日没宮に乗り込むのは、影響が大きすぎる。


 しかも今は波貞も居る。ハティが覚醒しているかは不明だが、要素としては竜だろう。

 目を瞑る。流れは――良いとも悪いとも言えない。


 だが、我が神が控えているならば――最悪は防げるかもしれないのだ。

 保険……としてはかなり不確定要素が多いものの、控えている者が強くて悪い事などない。


「了解です。では僕は日没宮に向かいます。何かあれば……後をお願いしますね」

『ん、まかされた。私は可愛い上に強くて便利なので、大丈夫』


 遠隔会話を閉じ、粉微塵になった貴人門を抜けて行く。


「――……誰かに視られてるなぁ。まあ……大体予想は付きますけど」


 視線を感じながら、惟鷹は先を急いだ。



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散々ヨージを殺そうとしてきた理由がただの厄介オタクだったとは(笑)
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