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龍女皇陛下のお婿様  作者: 俄雨
ビグ村編
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不穏1

前話までのあらすじ


走る大根を追いかけ、我が神の新しい力を自覚し、村人を集めて説教会などを開き、ままならぬながらも金稼ぎと信仰集めを開始する治癒神友の会。

そんな中、ライバルである豊御霊が接触してくる。

ヨージの正体を怪しむ彼女をなんとか誤魔化すが、今後の障害となり得るだろうと警戒する。

何か言い知れぬ薄暗いものが近づいて来ている。そんな予感は直ぐに的中した。

急患が運び込まれたのだ。原因はどうやら井戸水である様子だが――




 不穏



 普段活気ある商店通りは異様な様相であった。

 腹を抱えて苦しむヒト、嘔吐が止まらず這いつくばるヒト、介抱の為に雨の中を駆けずり回るヒト、どうすれば良いか分からず立ち尽くすヒトなど、様々だ。ざっと通りを見ただけで数十人居る。

 どうやら呪いをかけたのは、一つの井戸ではないと見える。商店通りの裏手にある住宅地は特に被害が酷く、十数人がぐったりと、家の軒先や木陰に身体を横たえている。


「ガンゼイ氏。このお水を飲める水で薄めて、皆さんに与えてください」

「ど、どの水なら飲める? 雨か?」

「雨――は止めた方が良い。確認が取れるまでは。一先ず防火用水で良いでしょう。飲用水は何時井戸から汲んだか解りませんから、新しめの防火用水を煮沸してください」


 まさか飲用水以外に呪いはかけまい。幸いこの村は防火意識が非常に高い為、ありとあらゆる場所に防火用水の樽が置いてある。だが雨水は警戒するべきだ。


「解った」


 被害状況を確かめるべく患者に近づく。そこでは白衣を着た老人が、こめかみをヒクヒクさせながら、ずぶ濡れで処置にあたっていた。村の医者だ。


「お医者様ですか」

「いま忙しいんじゃ解るじゃろがぁい!!」

「私、治癒神友の会第二神官長のヨージ・衣笠と言います」

「ああ! あの宗教屋か! お前さんの神様はどこじゃい! もーこんなものワシ一人で対処出来るわきゃなかろーにぃぃ……ッ」


 齢六〇の半ばも過ぎたといった様子の人間族であるから、体力的に全員を診て回るのは不可能であるし、そもそも医者がどうにか出来るものでもない。商売敵と成り得る神様を毛嫌いしているのでは、と考えていたが、こんな状態では藁にも縋りたいだろう。


「我が神はすぐ参られます。して、どのような状況に」

「昼飯の支度に入ろうって時間じゃろ、商店はな。自宅に水を汲んでいた家は問題ないんじゃが、朝以降に水を汲んだ家庭と、飲食店はダメじゃ。あと、遊び疲れて井戸水で一杯、なんてやろうとしたガキどももじゃな……」


 すると呪いをかけて周ったのは、樽事件以降か。

 ヨージはあの酒を飲んだ。飲んだが、今もこうして問題なく動いている事を考えると、やはりリーアの水が効力を持つと実証出来ているだろう。種族の違いによる影響は不明だが。

 ただし、試飲したあの商人は腹を抱えて悶えているだろうから、後ほどフォローせねばなるまい。


「ぐっ……うグぐ……」

「少年、これを一匙」


 医者の薬箱から匙を借り、手持ちの祝福水(あまりものの粗品)を患者の少年に与える。酷い苦さに咳きこんだ様子だが、たちどころに落ち着きを取り戻した。


(我が神にも、直接的な治癒ではなく、祝福水の量産をお願いした方がよさそうだ。他の神の力に干渉するのは、治癒とは異なるだろうし)

「おお! なんじゃいそりゃあ!」

「我が神の有り難いお水です」


 ガンゼイが慌てて用意した水の水割という、いささか怪しげなものが行き渡り始めたのか、症状の緩和が見られる患者が増えて来る。大々的に宣伝したい所ではあるが、問題がある。

 例えば心無いものに『宣伝の為にお前等がやったんじゃないのか』などと疑われれば面倒だ。


「お医者様。こちらの水、在庫分置いておくので、ガンゼイ氏と一緒に水で薄めて分け与えるようにしてください。私は離れます」

「原液じゃあいかんのか、これ……うわにっが! 苦ッぶぇぇぇ!!」

「(元気な医者だなあ……)この通りですし、量が足りませんから」

「わ、分かった。あ、アンタはどこに行くんじゃ」

「所用があります。すぐ戻りますから」


 カバンを医者に預け、弓と矢筒を背負いなおし、踵を返す。

 もし、あの少女がこの状況を望んで行ったのならば、村の惨状を確認する為にどこかに潜んでいる可能性がある。そしてもし、この惨状を笑っているようならば、傷をつけてでも捕まえて、駐屯兵に突き出さねばなるまい。

 ……雨秤教団の気持ちも、分からなくはない。

 今まで恩恵を与え続けた神を一切敬わず、教団を山の奥へと追いやった村人達に対して、恨み言の一つや二つはあるだろう。

 だがこれはいけない。神とヒトは相互に利益を得るからこそ尊重し合うのであり、神が何も齎せなくなってしまったならば、淘汰されるのも仕方がない事だからだ。

 どんな大義名分も通らない。

 ここが扶桑国ならば、例え神とて打ち首だ。

 しかし、呪いをかけた少女がこれほどまでの被害を望んでいたかどうか。これが解らない。だからこそ、誰よりも早く捕まえて、真実を明かす必要があるのだ。


(我が神が村神になった後にまで邪魔されたらたまったモノじゃない。芽は早く摘まねば)


 外套を翻し、雨の村をその俊足で駆け抜ける。他の者達も皆雨合羽などを羽織っているので、あの少女を判別するのは難しい。


(村が一望できる場所……)


 火の見櫓は、目立ちすぎる。三階以上の建物は金持ちの家か、役所だけだ。丘は少し遠い。

 降りしきる雨。跳ね上がる泥。そうだ。


(……堤防か)


 一つ思い出す。ついこの前自分も手伝った、護岸工事の事だ。雨秤が去ってからというもの、川の水が畑を侵食する被害が増えている。故に堤防を高く盛ろうという工事で、今も行われていた筈だ。村に近く、かつ高い為、建物が低いこの村の状況を確認するにはもってこいの場所だろう。

 商店街を抜けて去り、街道沿いから堤防に上がる。眼下に広がる川はだいぶ水嵩が上がって来ていた。しかしこの堤防を越える事は無いだろう。ただし、そこに神の力が加わったならばその限りではない。

 目を凝らして辺りを見回す。今まさに、川から上がって来たニンゲンが三人。

 大人が二人、子供が一人。

 ――あたりだ。


「動くな!」

「!!」


 即座に弓を構える。大人が二人反応し、躊躇わず刀を抜いた。

 あの反りの入った刀は扶桑刀だ。雨秤も扶桑国からこの地にたどり着いた神であるから、そこに疑問はない。が、その反応はまるで武人だ。

 おおよそ素人の決断力ではない。刀を抜く、という事は自身の殺意を示す事に他ならず、また自らも殺される覚悟を示すものでもある。


「何者だ、貴様」

「答える義務はない。雨秤教団だな。刀を下せ。下さねば怪我をする」

「――何故解る」

「神様の居る村で、神様が呪いなどかければ、直ぐアシが付くに決まっているだろう。豊御霊尊も、神グリジアヌも、神シュプリーアもあり得ない。雨秤が居ないならば、残る神などその子供の一柱だけだ」

「……」

「しかし疑問だ。大人がついていながら、こんなに頭の悪い事をするなんて。僕は『考えの及ばない少女』の単独犯だと思ったのだがね。知恵がないのか、君達は」


 視線を動かす。大人二人に動きはない。

 少女は、怯えているのか、震えているが……誰にも縋りついていないのだ。

 どちらかに縋ったり、隠れたりしても可笑しくない状況であるにも関わらず、少女一人が震えている。

 答えは出た。


「お覚悟――」


 引き絞った弓から矢が放たれた瞬間、大人は少女を蹴飛ばし、こちらに突き出すと走って逃げだす。

 ヨージは男の手を狙ったのだ。しかし不意の行動に反応が追い付かなかった。


(ぐっ――ぬッ)


「あっ」


 放たれた矢はそのまま少女に突き刺さる。悪い事に、それは腹だ。

 何たる間抜け。

 状況から鑑みるに、あの大人達が少女をなんとも思っていない事は明白であった。

 では盾にして逃げるという選択肢も考えられたではないか。


「しまっ――ッ……くっそぉ……ッ」


 走り去る大人達を尻目に、少女へと駆け寄る。

 矢は抜いてはダメだ。血が噴き出る。直ぐ神を呼びたいが、そろそろ商店街についている頃だ、民衆に集られた中を突っ切ってたどり着けるとは思えない。

 ではこのまま運ぶ形になるが、矢が刺さったまま長距離を移動するなど、他の臓器を傷つける恐れがある。

 どうする、何をすれば助かる。自分に出来る事はなんだ。

 この神は――そうだ。


「――お兄さん。これは、矢?」

「そ、そうだった――は、はああ……」


 半人とはいえ、半神でもある。ニンゲン一人を止める為に放った程度の矢では、傷一つつかないのだろう。

 矢は外套を貫いただけで、彼女の肌で止まっている。


「未熟でした。お怪我は」

「ないわ」

「雨秤神の御子ですね」

「……ミュアニス」

「お名前ですか」

「ミュアニス・雨秤」

「ヨージ・衣笠。治癒神友の会の神官です。ここは冷えます。しかし村には戻れないので、まずあの橋の下へ」

「ええ」


 少女――ミュアニス・雨秤が被っていた外套が外れる。

 肩ほどまでに伸びた桃色の髪に幼い顔立ち。以前広告チラシを貰った折には、顔を確認する暇もなかったが――なるほど、そのガラスような瞳も、纏う雰囲気も、間違いなく神のものであった。


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