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龍女皇陛下のお婿様  作者: 俄雨
ビグ村編
20/343

価値と神7



 とんでもないものに睨まれたものだ。


 対策の立てようの無い、敵か味方かも不明な相手など、厄介極まる。わざわざ目の前で『閲覧魔法術式』を唱えたのは、確実な牽制であるし、またこちらの発言がどの程度信用出来るものなのか、確かめる為だろう。


 手練れだ。

 さて、どうしたものか、としてその場に座り込む。


 彼女が呼び水となって、扶桑国から――何者かが派遣されて来るような事態になれば、逃げの一手だろう。


 しかし、ここは他国。そして一子爵の領土である。

 外交的な観点からも、無茶な真似はしないだろうが――。


「今考えても仕方がない……しかし、樽? 何故樽?」


 幼児の身長ほどある樽を見据え、眺め、傾け、首を捻る。神の気と言っていたが、ヨージでは判断しかねる。魔術的要素ならば手段次第で看破可能だが、神の気となると手に負えない。魔力という意味では同等なのだが、神の扱うものは高次だ。


「よーちゃん」

「よ、ヨージさん。何か、あったみたいですけど、だいじょぶでした?」


 一人と一柱が戻る。相当狼狽した顔をしていたのだろう。リーアがとてとてと近づき、急にヨージを抱き締めた。本来ならば適当な文言を語ってこれを引きはがすが、そういう気分にもなれない。


 神が愛してくださるのだ、辛い時ぐらい受け入れよう、と納得する。


「痛い事されたの? 辛い思いをさせられたの?」

「違いますよ。ただ、共通の知人について、語っただけです」

「そのぐらいで、そんな顔しない。疲れてる時よりずっと酷い顔してる。何されたの。辛いなら言って。許せない」


 リーアが憤りを示した。初めての事だ。思わず目を見開いてしまう。エオも驚いたように口に手を当てていた。


「我が神。ヨージは大丈夫です。少し、昔の話をしたのですよ――そうですね、いつまでも、全てを語らないままでいる訳にも、行きませんか」


 リーアを抱き上げてベッドに座らせ、エオもその隣に座るようにと指示する。


 己の隠す事実を二人に告げる為だ。ただ、どうしても、全ては話せない。そのような前置きをしたが、二人は素直に頷いてくれた。


 自分が扶桑国軍大尉であった事。

 やむにやまれぬ状況から軍を退役し、扶桑国を逃げ出した事。

 不特定多数。あらゆる組織から狙われている事を、だ。


「あの、ヨージさん。これだけ聞いても良いですか?」

「ええ、なんでしょう」

「結局、どうして追われて逃げて、死にかけたんです? あ! い、いやなら別に!」


「お恥ずかしい話ですが、その。扱いとしては、恐らく詐欺師としてですね。心当たりが有り過ぎて、確証は有りませんが」


「あー……ハッ」


 エオが間抜けな声を出す。その『あー』は『ヨージならそうかあ』の『あー』だ。全くもって反論出来ないのが心苦しい限りである。


「よーちゃん、今もやってる?」


「いえ。この村で心証を悪くしてもメリットがありませんから、していません。そも、する理由が無くなってしまったのです。その教団共有財産は、不詳ヨージ・衣笠が汗水流して稼いだものですから、何のヨゴレもありません。安心してお使いください。あ、帳簿はつけてくださいね」


「前は、そんなにお金が欲しかったの? メリットがあれば、またするの?」


 何もかもを見通す、水色の神の眼。汚濁にまみれた男だというのに、一切の屈折をせず、その視線はヨージの裏側まで通り抜けて行く。


 彼女に嘘を吐きたくない。本当ならば、何もかも、全て話して楽になってしまいたい。きっとシュプリーアは許してくれるだろうから。


 ……だが。それは、自分が許さない。そんな簡単に心の枷を外して良い程、健全なニンゲンではないのだ。


「……――私……いえ、僕は、当時、僕に出来る事の全てを、やったのです。お金が必要だった。妹の健康を維持する為には、薬が、そして継続的な魔法処置が求められたのです。軍で働いているだけでは足りなかった。ですから、様々な方法で、資金を調達しました。合法なモノから、非合法のものまで」


 三割。自身の事情の三割。これが限界だ。これ以上話して良い事はない。

 ただこの三割は事実だ。


 ヨージ・衣笠(偽名だが)というニンゲンは、将来有望とされながらもその地位を手放し、金儲けに走った。妹、マユリの病状を少しでも回復させる為にと――騙り、脅し、催眠商法……あらゆる手段を用いたのである。


 ヨージ・衣笠は頭を使いすぎた結果、一番効率の悪い手段をとってしまった、本物の馬鹿者だ。


 マユリの病状が悪化した為、高利貸しに借りたのが運の尽きだった。もしかすれば、あの時、同僚に借りていれば。友に借りていれば。親戚に頭を下げていれば、こうはならなかったのかもしれない。


 ――……そもそも、そんな考えが間違いだったか。


 だが、プライドがあったのだ。『立派な兄』である自分は、身内に恥など晒したくなかった。今こうして、捨ててしまっている程度の誇りの為に、台無しになってしまった。


「……妹さんは、無事なんですか?」


「――…………治療の甲斐あって、悪化は止められましたよ。ただ、気が付いた時には、僕は四面楚歌だった。だからもう、あの国には帰れない。本当ならば、こうしてヒト様の前に立つ事すら許されない立場なのです。そしてあの時死ぬニンゲンであった。けれど、恩義を。この、くたばる筈だった馬鹿者の命を救ってくださった貴女様に、せめて恩義を返さねばなりません」


 そして、教団が軌道に乗ったのならば、僕は去りますと。そのように言おうとして、口を噤む。

 リーアは絶対に否定する。この神は優しいから、きっと居場所を提供してくれる。

 だが駄目だ。様々なヒトを不幸にして来た者が、どうして幸せを得て良いだろうか。


 大きく咳払いする。


「さて、話はこのぐらいで。我が神、確認して頂きたい事が」

「なに?」


 長く続けて良い話題でもないので、さっさと切り替える。リーアは少し不満そうだったが、それでも意図をくみ取って頷いてくれた。


「実はこの樽、神の呪を受けているそうなのですが、解りますか? 神気を解析するとなると、ニンゲンの場合専用の術式が必要でして」


 ヨージも可能ではある。だが神の力というのは多少特殊である為、準備に金がかかり過ぎる。


「うん」

「解る、と」

「凄く弱いけど。呪われてる。飲むと、すっごく、お腹痛くなるかも」

「性質が悪い呪いですねえ。その神の呪、誰がかけたのか判別出来ますか」

「ううん。弱すぎて、全然。ただ」

「ただ?」

「弱くても、恨みだけは、深そう。呪った神の力だけとも、限らないかも」


 さて、兎に角酒の問題だ。やはり証拠は簡単に処分しないに限る。

 何某神によって呪われたこの酒は、一体どのような意図で用意されたものなのか。


 現在この村に居る神は三柱だ。


 消去法で一柱に絞られてしまうが、グリジアヌがそんなツマラナイ事をする訳がない、というのがヨージの考えである。では神に類似するものの仕業と考えた方が無難だ。


「お二方、妖精や精霊をこの辺りで視ましたか?」

「ううん。この土地、あんまり、いないよね?」

「エオも視てませんね。やっぱりビグ村は神の着き難い土地なんでしょーか」


 神の類似品、といってはなんだが、森の残滓以外にも神に近しいものは居る。大体が自然の中に発生した、神にならない『気』のようなものであり、霊地や森の奥、大樹の下などで発生する現象に近い人型の何かだ。


 場合によっては受肉する事もある。


 神ほどの力は無く、残滓ほど危険性は無いが、人里にやってきてイタズラをするという事件は幾らでも存在している。小さくて『食器が勝手に割れる』大きくて『財布の中身が無くなる』程度だ。


 しかしそうすると、呪い酒は『大きすぎる』イタズラである。これは確実に人体を害する。


「神は三柱しかいません。そもそも呪われていると聞いたのは豊御霊尊からですので、まあ除外して良いでしょう。我が神を疑う意味などありませんし、では最終的に残るのは神グリジアヌです」


「グリちゃんがそんなことしないよ」


「その通り。村人を苦しめて笑うようなヒトではありませんし、利点が無い。そもそも神の気などばら撒いていたら、自分が犯人であるという事実を拡散している事と大差ありませんからね」


「じゃあやっぱり妖精のイタズラですかね?」


「妖精にしてはイタズラが大きすぎる。ヒトに被害が出るモノとなれば、それはもう退治されるべき存在ですし、そもそも、ビグ村周辺に妖精を視ない」


「じゃあ、なんだろ。よーちゃん」

「一柱だけ、心当たりがあります」


 三柱ではない。妖精ではない。では誰か。


 村に迷惑がかかるような行いをして利益があり、またそんな呪いをばら撒く事で自分にアシが付くのではという事実を客観的に見られそうにない年齢の神だ。


「これを」


 ヨージは懐のメモ帖に挟まれた紙を二人に提示する。


「……前の村神ですか? もうお隠れになったのではー?」


 それは『雨秤神教』の宣伝広告である。


「……娘が居るのですよ。幼い。ヒトと、神の間の子だそうです」


 リーアが居た堪れない、という表情で俯く。エオは悲しそうに目を伏せた。


 止める必要があるだろう。今は酒の一樽で済んでいるが、これが、水源となったらどれだけ多大な影響があるか、分かったモノではないからだ。


「――む。誰か来ますね。大慌てだ。三人かな」


 そのような空気の中、仮シュラインの外が慌ただしくなる。ここは民家から少し離れている為、用事のある者しか近づかない。


『こ、ここか。衣笠殿! 衣笠殿!』


 リーアが肩をビクリと揺らす。

 来客の少ない場所であるし、男が慌ててやって来たら驚きもするだろう。二人を下げ、ヨージが応対する。


「はい。いらっしゃいませ。治癒神友の会仮シュラインにようこそおいでくださいました。如何なさいましたか?」


「あ、ああ良かった居たのか! ひでえ所だなここ!!」

「お陰様で。それで、どうされましたか」


 髭面の男――ガンゼイは、ヨージに仕事を紹介してくれている、商会のメッセンジャーだ。この前は川の護岸工事手伝いを任されたと記憶しているが、まさかこんなに大慌てで仕事を斡旋には来ないだろう。


「それが、む、娘、娘なんだがよ! うちの娘が、腹がいてえいてえって、そしたらウチのかあちゃんまで!」

「……あの、まさかとは思いますが、水、飲みましたか、井戸水です」

「あ! 飲んだ! 井戸の前でぶっ倒れてたんだよ!」


「――ヤバい。取り敢えず、娘さんと奥さんを中へ。男性陣は商会の連絡網を通じて、今すぐ井戸水の使用を禁止してください。豊御霊尊と神グリジアヌにも、連絡を取れるならばとってください。彼女達なら使用して良い水と悪い水が解る筈です」


「あ、ああ、わ、分かった! む、娘とかあちゃんは、だ、大丈夫なのか!?」

「我が神。お願い奉ります」

「んっ」


 娘と母親は男達に担がれてシュラインの筵に寝かされる。男達はすぐさま踵を返して村へと走って行った。


「ガンゼイ氏。あっちを向いていてください。我が神は、ヒトの視線があると、力を使えないので」

「わ、わかった」

「エオ第一神官長」

「は、はい!」


「衝立と暗幕を用意して貰うので、お二人の治療を終えたら我が神と一緒に、被害が出ている井戸の近くまで行ってください。あと、祝福済の水を在庫全部出してください、治癒効果が期待出来る」


「解りました!」

「我が神、どうですか」

「ん。問題ないよ。この通り」

「お、おお……い、今の一瞬で治ったのか? 衣笠殿、これがアンタさんの神様のちからで?」

「ええ……」


 今まで苦悶の表情を浮かべていた母と子は、すっかりと落ち着きを取り戻し、寝息を立てている。

 しかし――少し心配だ。傷を幾ら癒してもケロッとしていた筈のリーアの顔に、脂汗が浮いているような気がする。悟られまいと表情こそ変えていないが、もしかすれば……。


「我が神」

「大丈夫。他の神様の気を除けるの、いつもと勝手が違って、やり難いだけ」

「……エオ嬢。我が神が無理をしているようなら、止めてくださいね。僕は少し、探す人が居ます」

「ええ!! 今この時にですかあ!?」

「今が一番でしょう――ガンゼイ氏、現場に案内してください」

「ガッテン!」


 バカな真似は止めさせなければいけない。


 彼女はどうみても、十代前半だった。文字は書けても、まともな教育を受けたとは限らない。

 雨秤教徒は山の深くに隠れるように消えたという。その小さなコミュニティで育まれた呪いを、その娘が一身に受けていたとしたら、想像するだに恐ろしい事態に成り得る。


「――ちくしょう、雨か……!」


 悪態を吐き、外套を羽負う。

 薄暗く不気味な空の下、雨を受けながら村へと急いだ。



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