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龍女皇陛下のお婿様  作者: 俄雨
ビグ村編
19/317

価値と神6



 後日。

 仮シュライン(納屋)に招かれた豊御霊は、誰に断るでなくベッドの上に座り寛いでいる。いつもの場所を取られたリーアは、先日届けられたエール樽の上にちょこんと腰かけ、不満げもなくボンヤリしていた。


 ヨージとエオは筵の上だ。

 日を改めさせた事については謝罪もするが、幾ら何でも偉そうだ。


「酷いとは聞いていましたけれど、ココまでされて良く、こんな村の村神になろうだなんて思いましたわね」


 豊御霊が憂鬱そうに言う。確かに、ヨージは一度無理やりグリジアヌのシュラインにお邪魔させられたので、良く分かる。少なくともグリジアヌに与えられたネグラは、立派なものであった。


 ガタつかないドア。隙間風の吹き込まない窓。

 手の込んだ織物のカーテン。押せば別の段が開いてしまう程気密性のあるタンス。

 小洒落た調度ランプ。染み一つないシーツの敷かれたベッド。

 なかなかに値段のしそうなマット。そして何より、臭くない。


 あれこそは我等が神シュプリーアに与えられるべきである、と憤慨したのも仕方が無い。いや、贅沢は言わぬ、もう少しヒトの暮らせる環境にはならなかったのか、と。


 グリジアヌでアレなのだ。村から期待されている村神第一候補様の部屋はさぞ御立派であろう。


「それで、豊御霊尊。立ち話でなく、日まで改めてわざわざ我が教団のシュラインにお越しくださったのは、どういったご用件でしょうか」


 ふむ、と、何かこちらを値踏みするような目線を感じる。何度か立ち話した程度だ、ジロジロ見られる程の仲ではない。


 それにしても改まって見てみると、やはり風格がある。扶桑国の伝統衣装である長い丈の着物を纏い、その上に巫女が羽負う千早のようなものを纏っている。髪飾りは金製か。でっかく開いた胸元に飾られた勾玉も見事なものだ。神器だろう。


 最低で三百年。最大で五百年、といった所か。かなりの年季入った神だ。


「此方の教団の窓口は、貴方で良いのかしら」

「ええ、まあ」

「お一人と一柱は、少し席を外して頂けるかしら」


 人様の家で随分な態度である。文句の一つでも言ってやろうと思ったのだが、リーアがスクッと立ち上がり、エオを連れて外へ出かけてしまった。


「あら。グリジアヌさんと違って、物解りの良い神なのですわね」

「不躾な神様ですねえ。我が神は生まれて間もない。貴女のような神格の高そうな神が近くにいれば、気分が悪いのも当然でしょう」

「貴方こそ、随分と物怖じしませんのね。まあ、東国エルフですものね、神なんて有象無象」

「右も左も神様だらけですからね、あの国は」


 西真夜地区出身者であるヨージだが、本土の軍事大学校に通い始めた時は度肝を抜かれた。

 世に神は沢山居るとはいえ、本土は多すぎる。

 それこそアチコチにシュラインが立ち並び、一般人に混じって働いているような神も居た。


 神は別段と食べずとも生きられるので、生きるだけなら小銭を稼ぐ必要も無いのだが、暇つぶしに、社会体験にと、何かと理由をつけて社会に溶け込んでいる。


 それを考えると、この豊御霊という神は不思議だ。これだけの神格ならば、寝転がっているだけで崇められるだろう。まして豊穣神など、扶桑国では引く手数多だ。内地も外地も植民地も、彼女のような神が邪魔になる事は無い。


「幾つか、お聞きしたいの」

「ええ、答えられる範囲ならば」

「――貴方、何者?」


 ……瑠璃色の瞳がヨージを貫く。横に据えていた手を胸元に抱き、脚を組み替え、何かオカシナモノを視るかのような目で、ジッとこちらを観察している。


(さて、どうしたものかな)


 東国の神だ、もしかすれば、自分に関係する神である可能性も、否定は出来なかった。少なくともヨージに面識は無い。豊御霊もまたヨージが『何者であるか』は知らない様子だが、感じるものはあるのだろう。


 何せあの国の神なのだから。


「もう少し具体的に頂けませんと、答えようがありませんね」

「あら失礼。東国のエルフですわよね」

「そうです。西真夜地区出身ですがね。雑エルフですよ」

「まさか。見ていましたわ、私」

「何を」

「残滓退治を」

「従軍経験があります。武器付与魔法なんていうのは、初歩です」


「いいえ。侮って貰っては困りますわ。アレはただの魔法ではない。貴方が魔法を使った時、周囲の外在魔力マナに乱れは無かった。内在魔力オドね?」


外在魔力魔法マナマギクス、苦手なのですよ」

「――残滓を吹き飛ばすだけの内在魔力魔法オドマギクスを打てる人類なんて、存在するのかしら?」

「……あー……――」


 惚ける。嘯く。紛らわせる。どうするか。

 ヨージは、あまり細かく説明したくなかった。


 もう少し加減すれば良かっただろうか。いや、あの時は急いでいたし、見ている者といえばグリジアヌぐらいであったし、たまたまヨージを目撃したエオとリーアには、魔法の深い知識など無い様子であるから、問題無いと踏んでいた、のが不味かったか。


 グリジアヌは多少気づいていただろうが、追及は無かった。そんな者も居るだろう、という程度か。だが豊御霊は違う様子である。


 名前の通りマナはマナ。世界に空気の如く漂う魔力要素だ。

 オドもオド。体内に持つ魔力要素だ。


 基本的には、生物が生を営む間に勝手にマナが吸収され、体内に混じってオドとなる。

 マナマギクスとオドマギクスの性質の違いは明確だ。


 マナは当然多く存在するので、それを用いれば魔法も強大なモノになる。

 オドは体内にあるモノだけを消費するので、限度がある。


 ただ、オドの場合は取り込んだ生物の個性とも言うべき要素が付与されるので、マナそのものよりも変質する場合が多い。


 豊御霊が言いたいのは、『内在魔力魔法オドマギクスだけで残滓は倒せない』という事だ。


「攻撃魔法得意、なのですよ」


外在魔力マナを使ったならば残滓ぐらい、訓練した兵隊五、六人でヤレるでしょう。でも内在魔力オドでは無理。五行王階位や四元師でもあるまいに。貴方『紫』でも上の方? だとしたら、こんな外には、出して貰えないでしょうけど」


 参ったな、と頭を掻く。これは説明に骨が折れる。いや、説明しない方が良いか。

『いくらこのヒトが長生きでも、理解出来るどうか怪しい』ものだ。


 豊御霊の言う紫、というのは扶桑における魔法冠位だ。権威的な意味の方が強い為、大してアテにはならないが、少なくとも紫でも上の方となると、大魔法を個人でぶっ放すような化け物が居る事は確かである。


「僕は白天上位です。紫なんて畏れ多い……それで、豊御霊尊」

「トヨミタマノミコト、は長すぎますわ。もう少し短く。お豊で構いませんわよ」


「ではお豊さん。私にはそれにお答えする義務がありませんし、お答えしてもこちらに利益がありません。私情を貴女に漏らす理由が一つも見当たらない」


「全くその通りすぎて、呆れてしまいますわね。では、どのような利益があれば、わたくしに喋っていただけますかしら?」


 キツネとタヌキが睨み合っているようなものかもしれない。要求したいものは沢山あるが、こちらの情報を安易に渡すなど出来ない。ヨージの抱える問題は『面倒すぎる』のだ。


 適当な事は言えないな、とヨージは眉を顰める。


「まあ、全部語る訳でないのならば、ですが。なので要求も小さめです」

「真偽はわたくしが判断しますわ」


「そうですか。何せ口先だけで生きて来たもので。私の魔力に関してですが――私は女皇陛下の近衛兵だった時期が有ります。魔法の素養を見出された、所謂エリートに分類されます。戦場にも何度か赴いているので、実戦経験があります。退役時の階級は大尉でした」


 嘘は一つも言っていない。

 当然、前提とするべき一番大事な事は、省いてあるが。


「戦地実戦経験のある魔道狙撃手?」


「重撃手(遠距離衝撃魔法手)です。指揮する方が多かったですけれど。でもまあ、巨人族ティタン蜂起平定などは、活躍しましたよ」


「あら――そう……"閲覧魔法術式システムミリオンワード"」


「な――――ッッッ!!」


 ――豊御霊がそのように唱えるのが、早いか、遅いか。

 ヨージは飛び退き、瞬時にその手刀を豊御霊に向かって突き出す。

 全力で注がれたオドが手先に集まり、豊御霊の首を弾き飛ばさんと、狙いを定めた。


「――……詠唱を止めろ」

「あら、怖い。ヨージ・衣笠さん。随分なお顔ですわよ? 確かに、それだけ殺気溢れるならば、巨人如き一捻りですわね」

「喋るな。胴体と頭を切り離されたいのか」


 鼓動が早まる。魔力が研ぎ澄まされる。

 相手がどのような手段に打って出ても対処出来るだけの魔法防壁リフレクタを張る。


「うふ、ふふふ。なあるほどねえ……」


 閲覧魔法術式システムは、いわば機密資料閲覧法だ。


 国にもよるが、基本的には『各国に派遣された要人や工作員が情報共有する為の魔法』である。コイツが覗こうとしているのは、大扶桑女皇国の情報集積魔晶に記録されている、機密情報だ。


 ここに保存されている情報は、三つのセキュリティが設けられている。


 時期が来れば臣民に開示され、一般公職が閲覧出来る『人』

 臣民には絶対開示されないが、国家の要職についた場合閲覧出来る『地』

 一部王族と、皇族。軍隊ならば中将以上にしか開示されない『天』


 閲覧魔法術式・地となると――ヨージの情報が載っている可能性が、とても高い。


「――安心なさい。貴方の情報、ほとんど、黒塗り――故に重要であると解ってしまうのだけれど。容姿からの検索じゃダメかしら。あ、でも本名は分かりますわね」


「ぐっ……どこから来た。何をしに来た。僕を殺しに来たのか? 今更になって。奴はそんなに僕を殺したいのか、答えろ、豊御霊」


 豊御霊は、少しだけ悲しそうな顔をする。一体どんな思惑があるのか、こちらには皆目見当もつかない。少なくとも、閲覧魔法術式を使えるモノというのは、特権階級だ。


 王族という可能性もあるが、王族がこんな辺鄙な場所を一人でほっつき歩き、村の神様に収まろうなど考えている筈も無い。


「信じて貰えるとは思っていませんけれど、別段と、わたくしが貴方に害を成す為に、ココに居る訳ではありませんの。わたくしにはわたくしがするべき事がある。その邪魔になって貰っては困る、というだけ――その手を下してちょうだい。ニンゲンに神は殺せませんわよ?」


 彼女が余裕である理由は、ソレだ。


 人類種では、神に傷一つつけられない。一般的な攻撃魔法では、大海に塩を撒く事と同じである。あくまで、一般的な、だが。


「何故、そのような恣意的な行いを? 情報閲覧なら、僕達が居ない場所で出来る。わざわざそれを示したのだから、理由があるだろう」


「ですから、詳細は解らないまでも、わたくしが何者であるかという事を示しての牽制。邪魔だけはしないでくださいまし、という願い」


「どこから、どこまでが邪魔なのか。生憎、こちらは我が神を村神に押し上げる事を、止めるつもりはない」

「それは……ええ。問題ありませんわ。お好きに布教なすってくださいな……では、不可侵条約でも結びましょうか?」

「どのように」

「書面で」

「――精査しましょう」


 ヨージが手を下す。オドは発散されず、光の粒となってヨージの体を巡り、元へと戻って行った。それを確認した豊御霊が、どこからともなく用紙を取り出す。


 ……最初からこれが目的か。それにしては、強硬手段すぎるし、自分が『アヤシイ人物である』という事実を晒した事にもなる。


「もっと穏便にはならなかったのですか、お豊さん」


「貴方の力が極めて強力だったのですもの、疑いもしますでしょう? でもこれで解りましたわ。貴方は純粋に、神シュプリーアを村神にしたいだけ。裏はあれども、ただの流れ者エルフ」


「ええ、そうです。他意は有りません。私は、逃げたニンゲンでしかないのだから」

「わたくしが読み取れた情報は殆どない。貴方、履歴が真っ黒。ただ分かったのは――」

「……」

「貴方は、女皇陛下のお気に入りかしら?」

「な、に?」


 ゾワリとする。

 背中を見られているような気配を感じる。

 大扶桑女皇国女皇陛下――


 天禊国禊アメミソギクニミソギ八百柱大御神ヤオハシラオオミカミ


 頭痛がする。


「――……ッ」


 建物一つ、宮殿を丸ごと覆う長く黒い髪。

 一糸纏わぬ白蛇の如き肌。艶めかしく、紅く濡れた瞳。


(寒い)


 水のような所作で物事を采配し、岩のように何事にも動じず、雷鳴の如く裁可を下す。


 それは良く出来た母であり、頼もしい父であり、含蓄ある祖父であり、優しき祖母であり、時折見せる無邪気さは童女であり、その恋をする目は年頃の娘であり――その愛は欲深く不満を溜め込む人妻そのものだ。


 アレは。

 アレは全てだ。


 アレは国家そのものであり、国土であり、また国民国家であり、法である。

 別名、十全皇じゅうぜんこう。ソレはヒトではない。神ですらない。

 既に世界から殆ど姿を眩ませた筈の、古の龍だ。


「――思い出したのかしら。というか、お目通りした事、ありますのねえ、陛下に」

「何故。何故解るのですか。私が、あのお方に……」


「だってそうでしょう? 退役して一般人になったヒトの軍事機密以外の情報が、閲覧出来ないだなんて事、ほとんどないのですもの。恐らく『天』権限無しでは、貴方の詳細を知れない。情報開示の判断をするのは……女皇陛下ですものねえ」


 痛恨だ。ヨージが苦虫を噛み潰す。

 こんな田舎に来て、こんな面倒な神に出会うとは、想像だにしなかった。

 果てしなく不味い。途方に暮れてしまう。


 どこの所属か。特権軍警察。国家機密局、極右組織……他にもいくつかあるだろう。

 何をしに来た。何の目的がある。


「……どうか、私の所在は内密に」

「貴方をどうにかしろ、という命令でも下らない限りは、わたくしは何もしませんわ」

「……具体的な契約内容は」

「今から村神が決まるまでの三か月、互いに対するあらゆる妨害の禁止。破った場合は魔法の使用制限。フェアでしょう?」

「わかり……ました」


 頷く他、無い。これが木っ端役人ならば、幾らでも『ご退場』願う方法は考えられる。だが相手はどこの所属とも知れない神であり、目的も不明だ。こちらに手出しをしないと宣言されたからには、どうする事も出来ない。


 残滓の如き不穏の神の視線を受けながら、震えて眠る日々が始まるのである。

 不本意であるが、ここは一度契約を結んで退散願う他無い。


「ええ、宜しくてよ。ではこの契約書を燃やして完了とします。龍に誓い立てるものですから、もし破れば、契約の龍神の沙汰は必ずやって来る。対魔力では防げませんわよ?」


「参ったなあ」

「では、貴方の詳細を少しばかりお聞きしたお礼に、少しばかりお教えしましょう」

「……なんでしょうか……ウッ」


 豊御霊が立ち上がり、契約書を宙に投げる。それは勝手に燃え上がり、豊御霊とヨージの首筋に紅く細長い何か――長い、大陸の伝説で伝えられる龍のような文様が浮かび上がる。


「そう。お礼。その樽ですけれども」

「……ああ、これは、ある若い醸造家から買い上げたもので。理由あって、飲めたものではありませんよ」

「その樽。神気を帯びていますわ。讃えるものではなく、呪うものですけれど――では、お暇しますわね」

「なに――あ、ちょっと」


 ヨージの呼びかけには応じず、豊御霊はさっさと納屋を出て行ってしまう。



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