第六章
私がこの事件の取材を始めたのは、事件からちょうど二年後のことであった。出版社とこの事件について話をしていて、幸さんのご家族や、槇原さん、つまり友梨菜の実家ともコンタクトを取るようになり、これをノンフィクション小説にする企画が立ち上がったのである。
紗耶さんは七歳の時、つまり友梨菜さんの亡くなった年に、竹宮さんという福祉施設の園長をしている人の養女になった。竹宮さんは幸さんのご一家と縁戚関係にあった。紗耶さんは現在十歳、写真で見るとやはり母親によく似ている。
紗耶さんは学校で人気があり、明るく活発な子であるという。けれど、母の記憶をいつまでも大切にする子だった。彼女、給食のプリンに弱いのである。給食にプリンが出るとスイッチが入ったみたいに泣き出すという。それでついたあだ名が「プリンちゃん」である。
竹宮さんを訪ねてお話を伺った。寝ても覚めても、紗耶さんが肌身離さず持っている写真があるという。女子高生時代の母親のポートレイトである。友梨菜さんが高校を辞める時、記念に撮影したものだ。そこには彼女の決意の表情が見てとれた。友梨菜さんは清楚な美少女であった。
幸さんにも逢ってお話を伺った。それによると、友梨菜さんは生真面目で、一旦こうと決めると、てこでも動かないところがあったという。それに周りに余り相談しないで、自分ですべて決断してしまう。今度の失踪事件にしてもそうだったと言う。つてを頼って友梨菜さんを見つけた時、幸さんは彼女の激変に驚いた。全身傷だらけ、しかも激やせして瞳も落ちくぼみ、生気が感じられなかった。幸さんは泣いて友梨菜さんを叱った。こんなになるまでどうして相談してくれなかったの? 私たちってそんなに頼りない?
そうじゃないの。ごめんね。
友梨菜さんは涙をこらえながら、幸さんに一通の手紙を渡した。
「これ、紗耶が高校を卒業したら、あの子に見せて」
中身については何も言わなかった。ただ中は決して見ないでとだけ、言った。
幸さんは、妙なことを言うなあと怪訝に思ったそうだが、きょうはこれで帰るね。何かある前に連絡するんだよ。そう言って帰ったそうだけれど、数日してそのアパートを訪ねると、部屋はもぬけの殻になっていた。
いま思えば、友梨菜がどれだけ上野を怖れていたか、私たちもうすうす気づいていたのに、彼女に何一つしてやれなかったことが、残念でなりませんと、幸さんは涙ながらに告白してくれた。そして、友梨菜さんの最後の手紙は彼女の言葉に従って、封を開けず、幸さんが大切に保管していると言う。友梨菜さんが何を紗耶さんにしたためたのかはまだ明らかになってはいない。
竹宮さんは、施設で「大黒さま」と呼ばれていると言う。人当たりのやわらかで温和な性格の方であった。奥さまも慈母観音のような人で、紗耶さんにもよく懐かれていると言う。このご夫婦、友梨菜さんのことをよく知っていて、彼女の話になると、涙声になるのである。けれど、紗耶の前ではこんな顔は見せられない、と、きっぱり彼は呟くのだ。
ただ、紗耶さんは最近こんなことを竹宮さんに訊くという。
「お母さん、まだとおいところではたらいているの? わたしのお手紙よんでくれてるかな。それともわたしのこときらいになっちゃったからお手紙くれないのかな」
この問いにはどう答えたらいいのであろう。面会に来なくなってしまった友梨菜さん。お手紙もぱったり来なくなってしまった。この世でたった一人の肉親である母親に、嫌われたのではないことを、伝えるためについた嘘であったけれど、紗耶のまっすぐな瞳のひかりを見つめていると、答えに窮してしまうのです、と竹宮さんは私に心情を打ち明けてくれた。
紗耶さんにも逢ったが、お母さんに逢えなくて淋しくないかと訊くと、
「ううん、幸おねえちゃんがよく遊びに来てくれるし、お友だちもいるし」と言い、しばらくしてこう言った。
「わたし、お母さんにきらわれちゃったのかもしれないの」。
そんなことないと思うよ。と言ってあげたが、紗耶さんはそう言って、唇を噛みしめている。プリンの時は特別だが、幸さんによれば、余程のことがない限り泣かない子だと言う。私は気丈に振る舞っている印象を紗耶さんから感じずにはいられなかった。
紗耶さんはまだ友梨菜さんの死を知らされず、母に再会できる日を心待ちにしているという。
BGMに使ってほしい音楽が2曲あります。
一篇のドラマとして考えて、
オープニングに、
I Don't Want to Hear Anymore/Eagles
エンディングに、
Love Will Keep Us Alive/Eagles
この2曲がはまりすぎるくらいぴったりなので、ぜひ聴いてみてください。




