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闇の中の高次 1

 吉野よしの高次たかつぐはその晩、悔しくて眠れなかった。

 何度も寝返りを打ち、考えれば考えるほど目がさえていった。次々と湧いてくる怒りと憎しみを、どうしていいかわからずにいた。持て余した感情だった。

 それは姉の理子が、綾からの書状を受け取った夜のことだった。



 初めは感謝していたのだ。

 桐野家の対応とあの若様と呼ばれていた正重に、心の底から感謝していた。あのように温厚で人間の大きい御仁は珍しかった。まだ年は十八だというのに、威厳があった。包容力もあった。家臣からも一目置かれていることがわかった。


 高次の姉、理子は、近江水口藩主加藤明隆の正室だった。その姉の輿入れと共に江戸屋敷へやってきた。そして、理子は近江水口藩の跡取りを生もうとしていた。そこまでは喜ばしい限りだ。しかし、その喜びも、姉の腹がかなりせり出した頃、不安に変わった。その姉が産むのは、当時、武家では忌み嫌われている双子だった。

「お腹にはお二人いるご様子」 

 藩医がそう言ったとき、呪われている・・・・・そう思った。何やら、不吉な予感がした。


 しかし、高次はそんな心を理子の前で態度の現すわけもなく、平静を装った。

「先にわかってよかった。すぐに養子として迎えてくれる武家を極秘で探します」

と言って姉を安心させた。


 それからの高次は、ひそかにあちこちの武家を訪ね歩いた。双子とは言わないが、皆どこの武家も高次の態度でわかっている様子だった。

 養子にというと男ならばという。しかし、まだ生まれていないから、そこは是非にと強く言えない弱みがあった。どこもはっきりとしたいい返事がもらえずにいた。


 しかし、桐野は違った。

 江戸家老との面談へ、桐野の嫡男が同席してきた。いつもは中屋敷にいる人物が、たまたま上屋敷に来ていて、養子の話に興味を示した。

 その御仁は、高次より若い。

 他家と同じように双子とは言わないが、これから生まれてくる赤子を養子にと切り出すと、この御仁が即答した。

おのこならわしの弟として、姫ならば、それなりの大名家へ輿入れするまできちんと躾け、育てよう」


 この返答に高次はどれだけ安堵し、救われたかわからない。

 生まれたら、その日の夜中に桐野の中屋敷へ連れていくという約束を交わした。感謝した。

 それきり、高次はこの桐野の嫡男のことを忘れていた。もう高次が直接、顔を合わせることもないだろうと思っていた。


 この吉報を理子に持ち帰ると、姉も安堵していた。これでいつ、双子が生まれても大丈夫だった。



 しかし、高次の平和な気持ちも長くは続かなかった。

 側室も懐妊したという知らせを受けた。

 正室の理子が男の子を産めば何の問題もないが、こちらが姫で、側室が男だと理子はかなり苦しくなる。


 通常は正室の産んだ男児が跡取りになる。そうするには何がなんでも理子が、男児を産まなければならないのだ。あの、のほほんとした理子がその心の負担に耐えきれるだろうかと思うと、もういらない心配をしている高次であった。


 側室のことを考えていた。

 理子が双子を懐妊してすぐ、明隆は側室を設けたいと言ってきた。

 どきりとした。

 なにしろ、高次は理子の弟なのだ。時々、理子の機嫌を損ねるようなことをするときは、かならず高次に相談していた。 しかし、今回はそれ以上に言いづらそうにしていた。

 カンの鋭い高次はすぐにわかった。

 明隆は理子の侍女の一人、綾を側室に選びたかったのだ。


 綾は、理子のお気に入りで、始終、側においている。自然といつも明隆の目にも触れていた。そして、高次とも幼馴染だということも知っていた。

 その綾を側室にするということは、どういう波紋を呼ぶかわからない明隆ではないはずだ。

 もし、綾が側室になったら、理子はどう思うだろうか。それどころか、綾も自分の立場に苦しむだろう。そして、高次自身もだ。そうさせてはいけないと思った。


 高次は、明隆が何か言う前に言っていた。

「申し訳ございませんが、侍女の綾だけはご勘弁ください」


 明隆が一瞬、きつい目をした。

 もともと気の弱い殿だが、自分の意見が通らないと時々こういう表情をした。しかし、高次は怯まない。


「綾は我が許嫁でございます」

「なに?」

 明隆が珍しく声を荒げた。

「たわけたことを申すな。許嫁だと? そんなことは初耳ぞっ」


 高次は、明隆の狼狽を見て、自分のカンが正しかったと確信していた。

「ご報告が遅れましたことをお詫び申し上げます。しかし、我らはもう既に、その・・・・・契りを結んでおります故、奥方様の身辺が落ち着きましたら祝言をと考えております」


 明隆がむっとしていた。

 綾と契りを結んだ、つまり、もう関係を持ってしまったというのは嘘だった。

 それでもいいから綾を側室に差し出せと言われたら、もう成す術すべがない。


 しかし、明隆は仕方なく、他の侍女の名前を出した。高次は殿の気が変わらないうちにと、ことを進め、その侍女がすぐに側室となった。

 側室選びのこうなったいきさつは、理子も綾も知らないことだった。


 綾にはこの後すぐに許嫁になってほしいと告げた。辻褄を合わせなければならないからだ。綾は少し不思議そうな表情をしたが、やがて承諾してくれた。

「でも、どうか理子様のことが落ち着くまで、祝言はお待ちください」

「わかっておる。拙者もそのつもりでおった」 

 そういうと綾は、はにかむように笑った。その心はかなり戸惑っていたと思う。


 高次と綾は、理子を中心にしていつも一緒だった。

 子供の頃からずっと、学ぶ時も遊ぶ時も。

 理子の輿入れにも、綾がついていくから高次も行くことに決めた。名目は理子のためだったが。

 加藤家での役職は何でもよかったが、明隆が気を使ってくれて、側近の一人にしてくれた。


 綾は高次のことを、一つ年上の兄のように見ていると知っていた。しかし、高次は年頃になり、日に日に美しくなる綾を一人の女性として見ていた。そしていつかは綾を嫁にしたいと考えていた。それがこんな形ですんなりと決まるとは思ってもみなかった。



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