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ホームサイドガール  作者: 狐塚仰麗(引退)
八月の鳴嶺女学院にて
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「なんだ、甚平で夏を過ごすのが風流なんじゃないのか」と、堅城は言うが、やっぱり考えなきゃいけない事があるのだ。それはできん。

「だってよ、いくら夏休みだからって、それでうろつくのか、この学院の敷地を。寮の周囲ぐらいまでならまだいいが、本校舎まで近づくとなると目を付けられるだろうが」ああいう薄着でうろつくのは、少し気が引ける。それはできん。

「いつまでもそんなことばっかり言ってないで、ちょっと行動してみなさい、部室棟はこの寮寄りだからいいじゃないか。あ、ちゃんと下駄は買ったのかな」

「駄目じゃないかーせんせー。あ、私たちはね、浴衣があるから下駄もあるよ。後で着替えて見せてあげようか、にしし」そう言って俺の左腕に絡んでくる出水。こういうのも平気でしてくるようになった。まったくしょうがないやつである。嫌とは言わないが、どうなんだろう。

「頑張るよ」それを横目で見ながら、何やら不機嫌そうな饗庭。

「いや、何を頑張るんだ饗庭。――しかし、堅城よ、俺が甚平着たら似合わないとか、そうだ、また似合わないとか言ってたじゃないか」

 ――着たいから着る、でいいじゃないっすかー。そう言えば、広津と話してた時に、そう決めたんじゃなかったか、俺は。

 今更、似合うの似合わないのなんて、二の次じゃないか。お洒落なんてのはそんなもんだ。

「いや、似合うと思うよ。秋聞君のその髪型だと、何か昔の文豪さんぽく見えるよね」

「いーじゃん、着替えてきなよー」

「それは、お前らもだ」

「はあい、解ってまーす」

「あと、浴衣に着替えてくるんじゃないぞ」

「もちろん、ちゃんと制服に着替えてくるから。戻ろうか、いっちゃん」

「うん」

「――じゃあ、先生、紅茶御馳走様でした」そう言って立ち上がると、奇麗にお辞儀をして、出水と饗庭は戻って行った。

「何か、ほんとバタバタしてんなあ」

「可愛い娘たちだよね」そう言って、自分のカップに紅茶を注ぐ堅城。そのカップ、コーヒーが底の方に残ってないのかな、とか余計な心配をしてしまうが、そう言うの気にならない奴だ、こいつは。

「ああ、俺は生徒には恵まれてるよ。いつも感謝してるんだ。ああいう奴らがいてくれると助かる。テスト問題回収してくれたり、プリント配る時は手伝ってくれるし」

「出水だね、そういう細かい事は良くして呉れるよな。出水はいい嫁さんになるね」

「そうだな、それこそ猫かぶりだしたら強いだろうな、ああいうのは」

「……はあ、何でそう言う事言うんだろうね、秋聞君て」

「いや、違うって。ただその、将来的に、そう言う事もあるんだろうかと思っただけだよ。ああやって素でいられるのは、今の内だけなのかなって考えたら、この先は相手に合わせて態度を変えなきゃいけなかったりするんだろうか、って。それでもあいつなら大丈夫だろうけどさ」

「そうか。……君は担任じゃないのに、そこまで生徒の事を考えられるんだな、いい事だよ。あー、そう言えば、話は変わるんだけど紅島先生がさ」

「何だ、急に。彼がどうかしたのか」――紅島先生は、出水たちのクラスの担任の先生である。三十歳になったばかりで、あいつらがいるあのクラス、二年F組をまとめることが出来る手腕の持ち主だ。怒ると怖いと良く聞いている。基本的にはフランクで優しい先生だが、とにかく内には熱いものを秘めている男だと言う事だ。担当は現代文らしい。俺もいろいろ話を聞いてみたいなと、前から思っている人物であるが、なにぶん忙しいらしく、残念ながらあまり直接話す機会がないのである。

「彼、子供好きじゃない、そこまで知ってるんだっけ」

「まあ、本当は幼稚園の先生したかったけど、ピアノとか全然無理だから駄目だったとか、そんな話はちょくちょく聞いてはいるが」

「うん、何か、夏休み終わったら、育児休暇取りたい……ってこの前、私に相談してきたんだ。私子供いないって言うか、結婚すらしてないのにな。なんでそれ私に相談したんだと思う」紅茶が冷めているので、眼鏡が曇らない。真剣なまなざしなのがわかる。

「いや、それを俺に聞かれても。紅島先生って子供もいるのか、そら大変だろうな」

「一歳になる男の子と、春先に女の子が生まれたって言ってた。やっぱり、子供との時間が欲しいんだろうなぁ」

「なるほどな。一番可愛い時期ってやつか。俺は良く解らんが」

「そうだね、秋聞君は、あんまり小さい子供とか好きじゃなさそうだ」

「だって、何考えてるかわかんねーし、でもやっぱり悪戯とかしたい盛りなんだろうなぁとか考えると、どうもあんまり叱る気にもなれないって言うか、相手しにくいって言うか……何で俺がこんな話しなきゃならんのだ」

「秋聞君、ちゃんとダメな時はダメって教えなきゃだろう。あんまり真面目に聞いてなかったのかな、教育心理学とか」説教されてしまった。

「いや、先人の仰ることは解るしなるほど偉大だなとは思うが、そんな事教わったからって俺みたいなのが子どもと簡単に付き合えたら、世の親たちは育児に悩んだりしないさ」

「まったく。相っ変わらずだ、ひねくれてるな。何で教師になったのかな、あははは」

「笑うなよ、もう。そんなの。この歳の学生相手ならいいじゃないか、感覚が近いまでとはいかなくとも子供とは違う。ってかそもそも、そう言う動機とかじゃないんだよな、俺の場合はさ」

「そうだな。それで、紅島先生の話に戻るんだけども」

「俺の話はさらっと流すのか」

「だって、あの子らが着替えて戻ってくるだろう、あんまり長々と話を聞いててもしょうがないかなって。君も早く着替えてきたらどうだ」

「良いよ俺は。そこまで汗かいてないんだ。で、紅島先生の育児休暇が何だって」

「だから、担任代わってくれる人いないかなって話になるじゃないか、そういう話だったんだよ、私への相談ってのは」

「へえ、そりゃ確かに、先生が休暇取ったらあいつらの担任はどうなるのかって事になるな。確かに必要だ」

「そう。もしそうなったら後から探すんじゃ大変だろう、だから代わってくれる人は前々から決めておかないと」

「おい、ちょっと待て、そのために副担任とかいるだろう、最初からそう言う事を想定して臨時の担任が置いてあるもんだろ」と言ったところで、紅島先生が堅城に相談をした理由が何となくわかった。もしかしたら。

「副担任の堀越先生は、産休でお休みだ」そうか、こっちが先に休暇を取っているから、紅島先生は言い出しにくかったのである。だから、人選の理由は良く解らんが堅城に相談したのだ。

「……冗談だろう、なんでそんな事になってるんだ、あいつらの担任に限って」冗談を言っている顔ではないのは解っている。だが、そう言わずにはいられない。

「だから、育休の相談を紅島先生がしてきたんじゃない。確かに私に育児の相談をしてもしょうがないけど、後のことを相談するんだったら、まあしょうがないかなって事だよ」さもありなん。

「で、やっぱりそれを俺に話すって事は――そう言う事か。待ってくれよ、俺だっていろいろあるんだからさ」

「うん、それは解ってるよ。でも君なら適任かなって。私それ一応、紅島先生に答えといたから、そのうち彼からも直接声がかかると思うよ。勝手に答えて悪かったと思う、でも君が適任だと思ったのは本当だ。それだけ教えといたほうがいいだろ。應仙の夏期講習の話があるから、難しいと思うけど、考えておいてくれると助かるかな」

「はあ、全く、やっぱりそう言う展開になるのか……」

 俺は前に、あいつらの担任になってやるのも悪くはないとか考えたことがあった。もしかしたら、そう言う事もあるのかもしれない、とか思ってたら、今この話が出てきてしまった。そうなる、って事なのかな。どういう因果なんだろうか。

「何か言ったか」

「いや、何でもない。しかしそうか、男性の育児休暇も最近は多くなったって聞くしな。紅島先生から声がかかってきてから、ちゃんと考えるよ。今はそれどころじゃないんでな」

「わかった。……さて、話はすんだし、君も着替えてきたらどうだ」

「俺は良いって言っただろ。お前、似合うかもしれないよとかおだてておいて、いざ俺が着たのを見たら、やっぱり似合わないとか言って、笑うつもりだったんだろう」と、冗談のつもりで俺は言ったのだが、それに堅城は、

「え、何でわかったの」と答えた。

 やっぱり、冗談ってホントになるんだろうか。今度から気をつけようと思う。それにしてもひどい事を考える女である、こいつは。

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