灯火scene7
世に言う完璧人間と揶揄されるところの應仙学園高等部生徒会会長・三木獅恵良。彼女にも、実はそれなりに悪名がある。悪い噂が絶えない、とか、嫉妬によるものだろうとか、色々あるが、何よりもまず彼女は、男性不信気味なきらいが強い。むしろ女の子を好き過ぎると言った方がわかりやすいか、なんにせよ、異性には冷たい女性である。それは教員に対しても無分別に、男性である場合には常に強気である。元来彼女の気迫と言うものは凄まじいので、その剣幕に押されてしまう教員も決して少なくない。これが悪名をとどろかせる一因なのである。そう、専ら教員の間で、のことである。全く持って、権力を握った人間と言うのは、それを振りかざしたくなるのだろうか。そう言う風に教師は愚痴を吐くことがあるが、生徒会にそんな権限があるのだろうか、と不思議に思う人もいるんじゃないだろうか。
もちろん、僕だってそう思った。ただ、生徒会長と言う役職は、いわば民主主義によって選ばれた生徒たちの代表である。それは模範的学生であることが望まれるがゆえに、人の上に立つと言う事に快感を覚えるような人種が跳梁跋扈する政治世界にも似た暗黒空間でもあると言う事だ。
それが意味するところは、大きい。應仙学園の生徒会がもつ、組織としての権力は、実際にかなり大きなものである。昔、生徒会の権力が膨れ上がったおかげで一般生徒との確執が生まれ、生徒会が一時的に、ごく短い間ではあったが消滅し、ボランティア的な臨時の委員会によって生徒会活動に似た営みが行われた時期があるほどだ。いわゆる革命とでも言ったらいいのか、実際に生徒たちの手で、生徒会が潰されたという前代未聞の事態が、過去に起こっているのである。当時を知る者はそれほど多くないらしいが、この学園の長い歴史においてもそれは、間違いなく最大級の事件であると言える。
実際に入ってみて初めてわかる、と言う事が世の中には往々にしてあるものだが、それはここ應仙学園も同じである。僕はそんな生徒会の四方山話を高等部に入ってから初めて聞かされたのである。
確かに中等部三年生当時の僕にとっては、高等部の事情は知る由もない事だったが、僕の幼馴染である生徒会書記、中條鶫の動向は、いつだって気になるものであった。
彼女は確実に、生徒会長の影響を受けている、と僕は思った。いったい何があったのか、知りたいところではあったけれど、どうしようもない。ただ、ツグミ姉さん――中條さんは、確実に男性が嫌いになっている。そう思った。
中條さんの喋り方は昔から、男っぽいところがあった。あまり子供らしくないとでも言えばわかり良いだろうか、そうね、と言う所を、だろうね、と返す子供である。ずいぶん大人びていると感じるだろう。
そういう彼女の喋り方が、変わっているのである。何と言うか、女性らしくなった、そんな感じだ。敬語を使っている時でも、男性的な口調なのが感じられたが、今はそうではないのだ。きっと、三木会長の側近としてふさわしい女――いや、こういう考え方でいいのかは解らないけれど、とにかく、そういう、憧れているものに対して、並び立つ人間になりたい、と思ったであろう気持ちが、僕には誰よりも理解できるからだ。
僕にとっての中條さんが、おそらく中條さんにとっての三木会長なのである。
憧れ。
憬れ。
それらを重ねて、憧憬。これも憧憬と読むこともある。
これは、自分にとっての上昇志向的な土台でもある。彼女のそばにいられる人間であるように、自分はふさわしい人物にならなければいけない。
これはそういう、一種の強迫観念である。
言ってしまえば、そう言う事だ。
そのままの君でいてくれればいい、というのは、いつか誰かに気付かされるものである。僕は今まで無理してきたのだろうか。
――そして、高等部に入った僕は、二期目の三木体制生徒会へ、書記としてもぐりこむことに成功するのである。
中條鶫は副会長だ。やはりそうなったか、と思うほかはない。こうして見てみると、やはり彼女は変わってしまったのだな、と思うが、僕は、つまりまだ彼女の事を何も理解していないんだと、そう言う事を知る機会なのだと、今のこの時間を無駄にはしないと、静かに誓いを立てた。
――生徒会メンバーの自己紹介の際、僕は最初に、会長に気になっていた事を聞いた。周りの人間は、彼女にそう言う事を今まで聞く人間は誰もいなかったものだからと、僕を驚愕のまなざしで見つめてきた。もしかしたら、怒られるんじゃないか、失敗したかもしれない、とても生きた心地がしなかった数秒の沈黙の後、会長は笑顔で答えてくれた。
《獅恵良》という摩訶不思議な名前の由来は、《千一夜物語》の語り手である《シェヘラザード》から取ったものであるらしい。父がくれた名前であるから、自分ではとても気に入っていると聞かせてくれた彼女の誇らしげな笑顔は、確かに、中條さんがあくがれるのも道理であるほど、奇麗で優しい、そして気高いものだった。




