予算潤沢な戦争
黄金週間が終わり俺達は東京へ戻った。
河川敷を走り回ったラッシュはOCIRの床でいつものように寝転んでいるが、
若干スマートになっている。
「やられましたよ、先輩」
小林が持ってきたのは地元・久良瀬市のタウン誌だ。
俺が坂本のオヤジと話しているところを写真に撮られて、
「久良瀬の未来について熱い議論を交わす小野氏と坂本氏」
みたいなキャプションが添えられている。
誰がお前なんかと熱い議論を交わすか、ボケ。
ご丁寧に俺と小林がサンタガータに乗っている写真まで。
これのせいで小林のところには地元からひっきりなしに
電話がかかってきているそうだ。
……中学生か?それとも80年代のパパラッチか?
ちょっと価値観が違いすぎて理解できん。
もうね、相手が嫌がりさえすればそれで勝ち、みたいな。
それでいて、財団から抗議されたくないからか、
Webにはこの記事載ってないときた。
小賢しい。イライラする。
「あれ、今日は財団側で仕事ですか?」
「うん。ラッシュの体型を見に来ただけ」
そそくさとOCIRのオフィスを出て財団オフィスの個室に入る。
坂本一族との戦いはあくまで俺の個人都合。
小林を巻き込まないためにもこっそり戦わないと。
「さて、と」
壁のモニターに坂本一族の調査資料を表示する。結構な分量だ。
しばらく資料を読みながらエリザと話していると個室の扉が開いた。
「あーあー。日本語ちゃんと出てるかしら?」
「うわ、誰?」
「あ、こんにちは。オリビア・デ・フリースです。リアルではお初ですね。
本日東京に到着しました。なんか、私に御用がおありとのことで」
「ああオリビアさんでしたか。小野士郎です。初めまして」
翻訳会話用のスマートグラスに腰を越す銀髪、胸元を大きく開けた黒いドレス。
オンライン会議の声から想像していた会計責任者とはだいぶ違う。
なんというか……わがままボディ?
声や表現がAIマルグリットの話す日本語と似ている気がするのは
同じパッケージを使っているからか。
「そちらからの日本語は良好です。こちらの日本語はうまく翻訳されてる?」
「大丈夫みたいです。ええと、会話はフランクに行きたいわ。OK?」
「OKだ。よろしく頼む」
挨拶もそこそこに、坂本一族の地域支配について話を始める。
オリビアはエリザが作った資料を読み込み、しばらくしてふぅと息をついた。
「で、小野はこの一族を買いたいの?叩き潰したいの?」
「買わない。町ごと面倒を見る羽目になるのも嫌だ。
叩き潰す……のが一番心情的には近い」
「よほど気に障ったのね。そんなに怒るってことは家族か女性関係?
寝取られるか殺されるかしたの?」
「あ、いや、そこまでは。ははは……。
後輩の実家がその一族に酷いハラスメントを受けてるんだよ
なので、ちょっとキツめの意趣返しをしようかなって」
俺のやろうとしてることも言ってみりゃハラスメントだしな。
「温度感は分かったわ。
殺さない程度に没落させる感じでOK?」
「お、OK。
あと、できれば俺からの攻撃だってのはバレたくないな」
「地方創生がどうのってプロパガンダに利用されたんでしょ?
だったらそれに乗ったって居直ればいいじゃない」
それもそうか。
「あと、時間はかかるわよ?
敵が80年近くかけて築いた経済基盤をひっくり返すんだから」
敵、か……オリビアの中ではすでに戦争が開始されているようだ。
俺もちゃんと、覚悟を決めないとな。
資料を見てはブツブツ呟き、ホワイトボードに何かを書き殴るオリビア。
ホワイトボードに書く隙間がなくなった頃、彼女はまたふぅ、と息をついた。
「一言で言うと、簡単だけど面倒ね」
「どういうこと?やっぱり無理?」
「簡単だって言ったでしょ。ただ、手間がかかるのよ」
オリビアは笑っていた。楽しそうなのが怖いけど頼もしい。
「大きな収入は事業用物件からの賃貸収入と公共事業、
あとはガスステーションにCATVね。
チャッチャと行くわよ」
エリザが壁のモニターへ周辺地図を表示した。
久良瀬市の境界線が赤く強調されている。
「地図に境界線が書かれていても、実際そこにフェンスはないわ
人もお金も普通に越えられるのよ。こんな線」
オリビアの指が赤い線を越えた。
「周辺の市の会社に金と機械を出す。
代わりに久良瀬にまで商売を広げてもらうわ」
画面に高所作業車や大型特殊車両が映し出される。
「街道沿いには大きめの貸し店舗をいくつも建てて、
坂本の物件から客を奪いましょう」
次々に打ち立てられる施策。
金があることが前提だが、あるとこんな風に喧嘩ができるのか。
「オーノ、この喧嘩で大事なことは?」
「えーと、相手を破滅させない?」
「ノン!最終的に投資した金額を回収することよ。
私が来た以上、赤字は絶対に許しません!」
「アッ、ハイ」
「56億7000万円も使って一銭も稼がないようなふざけた浪費は……ッ!」
あ、やばい。何か思い出して怒ってる。
「で、全部同時にやるのか?」
「順番に攻めたら相手も順番に手を打つでしょう?」
建設土木と不動産だけではない。
県内の広告会社と印刷会社にも久良瀬進出を打診する。
小林の実家を含む県内の印刷会社には
坂本一族を気にしない大手チェーンの仕事を回す予定。
CATVには家電量販店と組んで乗り換え策をぶつける。
アンテナや光テレビへの移行費用や解約金は財団持ち。
地域ニュースや地元求人情報はネットの情報番組へ移せば
客がCATVに残る理由は減っていく。
次は都内のビルだ。
「こっちが屋台骨ね。一部屋借りて火事でも起こしてしまえば
店子はみんな出ていくんじゃない?」
「犯罪です。それに、何件やるつもりですか」
横で話を聞いていたエリザは、流石に死人が出そうな企みを許さなかった。
「冗談に決まってるでしょ。
そうね、近くへ新しいビルを建てましょう。
最新の設備と耐震基準を織り込んだ綺麗なビル。
地上階と地下にはおしゃれなレストランを誘致してさ。
坂本ビルの借主には契約更新を待たずに移ってもらいましょう」
「完成まで何年かかるんだ」
「土地を探すのは今日から出来る。設計も入居交渉も今日からよ
エリザ、腕の良い地上げ屋知らない?」
「知りません」
時間がかかるとは聞いていたが、こういうことか。
「引き抜いた後のビルにはダミー客を何度も送りましょう。
内見して条件を詰めさせて、最後に他のところへ決めたと返事をさせる。
次の家賃が入るまで少しずつ遅くなるわ」
「最初から借りる意思のない客を送り込むつもりですか?」
「法律には反してないわよ?」
エリザは苦虫を噛み潰したような顔をした。さもありなん。
俺は二人のやり取りを聞きながら、読めないホワイトボードを眺めていた。
建設会社が設備を揃えるにも、貸しテナントを作るにも時間がかかる。
ビルに至っては影も形もない。
「これ、一週間や二週間じゃ何も変わらないよな」
「当たり前でしょう。歴史と因習で固まった糞溜めが
二週間で綺麗になったらつまらないじゃない。
オーノ、私しばらくこの国を拠点にするわ。OK?」
小田原に私室を用意しようとしたら断られた。
都内でブイブイ言わせたいらしい。
「全部終わるのはずっと先よ。でも打てる手は今日から全部打つ。
戦争なんだから」




