1-8 いいえ、棄権です。
「ご主人様、決勝は棄権して下さい」
「えっ、なんで?」
「そんな血まみれで戦えるわけないでしょ!!」
たしかに、ウィング先輩との試合で俺は血まみれだ。
でも、HPはまだ七割以上。MPに至っては、ほぼ手つかず。
この世界では、血が出てもHPが残っていれば問題ない。
そう――これが、モン〇ン理論。
「いや、まだまだ戦えるって」
俺は肩をぐるぐる回して健康アピール。確かにちょっと痛いが、パフォーマンスに影響はない。
ボク、げんきいっぱい!
「おとなしくしてて下さい!!!!」
「……ッス」
とんでもない気迫で怒られた。モン〇ン理論は、どうやら通用しなかったらしい。
騎士養成学校に行ったあの子だけだったな、これを真顔で信じてくれたのは。
「今日は無理しないって言ってたじゃないですか……」
ぎゅっと、逃がさないように抱きしめられる。
「いやー、あの……」
実際無理はしていない。全て予想通りの展開だったし。
ただ、それを理解してもらえるかはまた別の話。
「いっつも人のために頑張って、傷だらけで帰ってきて……自分のことは後回しなんですから」
涙混じりの声に、ちょっと胸が痛む。
(いや、別に人のためってわけじゃ……)
俺はただ、「勇者の荷物持ちになりたいだけ」なんだけどな。
どうも、俺のモブ道と、彼女の中の俺のイメージは大きくズレてるらしい。
「でもほんとに大丈夫」
と言った瞬間――
ぐいっ!
「いったっ!」
お腹を思い切りつねられた。
「ほら、大ケガじゃないですか!」
「いや、それ今のは人為的な攻撃だよね?」
「もう、今日は許しません! ずーっと安静にしてもらいますからね!」
元気に歩けるのに、なぜか車いすを用意されていた。
指をさされ、無言の「乗れ」の圧力。俺は忠犬だ。ワンワーン。
「骨でも掘ってきましょうか?」
と冗談を言ったら、
「ふざけないでください」
低音で冷ややかに。
背筋が凍った。笑ってもらえるかと思ったのに(空気が読めない)
ベルトで体を固定され、俺は車いすで寮へと産地直送された。
ドライバーはもちろん、メイド様。安全運転でやらせてもらっています。
気になるのは、ヒカリに力を認めてもらえるかどうか。
彼女は「決勝まで進んだら認める」と言っていた。
俺は準決勝で勝ったが、決勝には出場していない。
これはOKになるのか? ヒカリの中で、認められるラインなのか?
いや、実は彼女と戦っても、すぐに降参するつもりだったんだけど。
おっと、勘違いしないでほしい。
これはモブ道に反するかもしれないけど、必要なことなんだ!
やめて、イマジナリーカマセ先輩! そんな目で見ないで!!
俺は長年の旅の経験から、ヒカリが勇者であると見抜いていた。
けれど、世間的にはまだ誰も信じていない。
もし、俺と彼女が本気でぶつかって――
彼女がうっかり勇者の固有スキルなんて使ったら、即バレだ。
これはもう、速やかに負ける場面。
モブが勇者と互角に戦うなんて、おこがましい妄想かもしれない。
でも、もし彼女のレベルがまだ低いままだったら、拮抗した勝負に見えてしまう可能性だってある。
それはもう、天文学レベルの奇跡。
だが、プロモブに余念はない。天文学を侮らないのだ。
実際、最近また動き出した厄災教というきな臭い連中もいる。
ヒカリが勇者だとバレたら、狙われるかもしれない。
以前に壊滅させた連中も、あの系譜だったはずだ。
「学園に、一週間の休学を申し込んでおきました。安静にしてくださいね?」
「いや長いって!元気元気!」
ぐにゅ。
「いってぇ!」
そんなにぎやかなやりとりを、ただ静かに――
勇者ヒカリは見つめていた。