仕事
「……ごめん。キリッと『妖精族です』って言われてもピンと来ないのが本音だよ」
「やめてくれません? 改めて言われるとすっごく恥ずかしいんですよ」
絶滅したはずのって枕詞からかなり珍しいことは推察出来るけど……でも絶滅した生き物が発見されると、新聞に載ったり、ちょっとしたニュースにはなるよね。
それはシャルルが新聞にデカデカと掲載される可能性を示唆している。つまり私達も発見者としてTV番組に出演が決定!?
何はともあれ、シャルルに対して悪魔の代償が発動しないのなら一安心である。
だけど、シャルルはこれからどうするのだろうか。
頑なに約束を守ってきた彼女だが、これからもこの場所で暮らしていくのだろうか。
「……」
シャルルは瞬きすらせずにフリーズしたままだ。
おでこを押したらそのまま倒れてしまうだろう。
「それはそうと凛さん。わたし達もそろそろ仕事に本腰を入れなくてはなりません」
「ああ、いきなり現実が……」
世知辛い。あまりにも世知辛くないか?
こっちに来てからまだ日も浅いと言うのに、壮大な世界を堪能するどころかトラブルに追われる日々。
せめて衣食住に困らない程度のアドバンテージくらい貰えったってバチは当たらないでしょうに。
「そこで提案なのですが」
アイラはシャルルの方に向くと転がるように頭下げた。
「お願いします。シャルルも手伝ってくれませんか?」
「いや、見ての通りシャルル固まったままだけど」
「とはいえ言葉は届いているはずですよ」
「……」
……と、届いてるのかな?
◇
「ご、ごめんなさい。少し休ませてもらいますね」
一時間後、正気を取り戻したシャルルは、一言謝ると奥の部屋に引っ込んでしまった。
当然の反応かもしれない。
シャルルの為についたであろう嘘とはいえ、百年間もの間お師匠様の言葉を信じていたのだ。
そのショックは計り知れないだろう。
だけど、お師匠様はシャルルを騙す為に嘘をついたわけではないことは分かる。
理由は分からないが、きっと彼女を守る為の嘘だったはず。シャルルもそれが分からないような子ではないだろう。
「うーん、お返事は貰えませんでしたか」
「仕方ないね。そっとしておいてあげよう」
「ではわたし達だけで仕事に取り掛かりましょうか」
アイラはテーブルをコロコロと転がると、勢いのまま地面に落下した。いくら人形とはいえ、首だけ落ちるのは、見ていてあまり気分がよくないものである。
「仕事もいいけどさ、その格好どうにかならない? 不気味だし、薄汚れてるし、おまけにちょっと臭いよ」
「そんなこと言われても……。大蛇に飲み込まれた時は強制的に依代から出れましたが、今は無理ですよ」
だとしても、このままは嫌だなぁ。
……そうだ!
「ねえ、アイラ。体作ってあげるよ」
「誰がですか?」
「私以外に誰がいるんだよ」
「裁縫するってことですよね? 凛さんがですよね?」それはまるで信じられないと言った口ぶりだった。相変わらず失礼な奴だなとしみじみ思った。
「ヌイグルミ作ればいいんでしょ? 材料さえあれば作れるよ」
「それは助かりますね」
「何その言い方。まだ信じられないの?」
「いや、信じてますけど」
アイラは全く信じていないような様子で、じわりと後退りをした。
「もしかして痛覚ある? それだと縫うのはキツイか」
「痛覚は無いですよ。ただ不安なだけです」
「結局信じてないじゃん」
「分かりました。こうしましょう。私は一度街に戻り、材料を調達してきます。その間、凛さんは獲物を一匹捕らえて下さい」
……なんで直してあげるって言ってるのに、こいつが条件を出すのだろうか。それに、いきなり一人で狩りをするのはいささかハードルが高くないか?
「凛さんは自己評価が低すぎです。もっと自信を持って貰いたいのです」
「自己評価じゃなくて、実際今までも周りからの評価は低くかったんだよ」
嫌なことを思い出させおって、まったく。
だって狩りをするってことはある程度の運動能力は必須でしょ?
悪いけど本当にそこだけは自信がないんだよ。
今でも忘れない。
あれは無理やり参加させられたクラス行事のソフトボールだった。
バットを握る手は上下逆、振り逃げしろと言われたら二塁に向かって走り(もちろんマウンド付近で転んだ)、飛んできたフライは三球中三球ともボールを額にぶつけたほどの鈍臭さだ。
ハムスターの方が強いかもしれないのに一人で狩りなんてスパルタすぎる。
過去のトラウマと向き合いながら少し悩んでいると、奥の部屋の扉が静かに開いた。そして「ボク手伝いますよ」とシャルルが手を上げた。
それは予想だにしない申し出だった。
「シャルル!?」
「……? どうしました?」
「そ、そりゃあ手伝ってくれたら嬉しいんだけど……大丈夫なの?」
シャルルはコクリと頷いた。
「お師匠様のことです。何かお考えがあったのでしょう」
「……そっか。ならいいんだ」
「それに、ちょっと吹っ切れたんです。理由があったとはいえ百年って長いですよね? ここに滞在した分、ボクも少しだけ冒険してみたくなりました」
「冒険?」
「はい、冒険です。お師匠様に文句を言う為に、ここを出てみたくなったのです」
そう話すシャルルの笑顔は、とても可愛らしく、とても明るいものだった。
「アイラさんもありがとうございました」シャルルは深々とは頭を下げた。アイラが告げた真実は、彼女にとって大きな分岐点となったのだろう。
「お節介とも思いましたが……真実を知ることはシャルルさんの権利ですし、何より、きっと貴女には自由な世界が似合ってると思いますよ」
「じゃあ後ほど!」とアイラは転がりながら部屋を出て行った。最後に「凛さんをお願いしますね」と付け加えるのも忘れずに。
「さて、と。うるさいのもいなくなったことだし、私達も行こうか」
「はい!」
◇
今までの振り返れば、張り切って先陣をきり、森の中を歩いていたのが恥ずかしか思えてくる。
「……すごいよ、シャルル」
「改めて言われるとなんだか照れちゃいます」仕留めた熊の上に乗りながらシャルルは照れくさそうに笑った。
シャルルの戦闘能力はかなりのものであり、突如出現した全長三メートル程の赤毛の熊を簡単に仕留めてみせた。
もちろん熊も私が知る個体とは大きくかけ離れているものだった。前脚には太く鋭い鉤爪が備わっており、空振りの際に直撃した木の幹を、まるで豆腐を抉るように削り取っていた。
移動速度、反射速度は重鈍な見た目からは想像も及ばないものだったし、やはりそこは異世界仕様なのだなと実感した。
それでも私の安全を確保しつつ、いとも簡単に熊を仕留めてしまうのだから、シャルルの実力は計り知れないものがある。
もちろん狩りや動植物に対する知識や見解も十分過ぎるほどで、これまでの道中では関心しきりだった。これほど頼り甲斐のあるパートナーは中々いないだろうと強く感じさせられた。
一方で私の方は散々なもので、熊が現れた時は腰が抜けて立てなくなり、その直前に草むらから飛び出してきたハムスターボムなる奴にはタックル一撃で吹っ飛ばされた。
「それに比べて私ときたら……絶対こういうの向いてないと思うんだよね」なんて落ち込んでいると、シャルルが慌ててフォローを入れてくれた。
「そ、そんなことはありません! 最初は誰だって初心者です。多少の向き不向きはあるとはいえ、凛さんも立派な才能をお持ちではないですか」
才能?
私の才能って……なんだろう。
「ハムスターボムはその名前の可愛らしさからは想像できないほど攻撃力が高いんです。常人ならば肋骨が折れてもおかしくない威力ですし、過去には内臓が破裂したなんて事例もあるんですよ」
「……当たりどころが良かったかな」
「ご謙遜なさらず。しっかり急所に直撃してましたよ」
シャルルは両の拳を胸の前で握ると「天性のタフネスです!」と目を輝かせた。
これは褒めてくれてるのかな……。
嫌味を言うタイプではないし、褒めてくれているんだろうけど、素直に喜べない。
しかし、あのタックルにそんな威力があったようには思えなかったのは本当だ。これもツノウサギと一つ目芋を食べた恩恵なのかもしれない。
ん、待てよ。
そうだよ、私にはロブギフトがあるじゃないか。
前世に運動神経を忘れてきた私でさえ、十メートル近くまで飛び上がれる能力を得ることが出来たんだ。
シャルルみたいな害獣駆除の専門家がいる内に、なんかもの凄い能力を手に入れれば良いのでは?
よし! そうと決まれば即実行!
ししし、強くなった私を見たら、アイラのやつきっと驚くぞ。
「ど、どうしました? なんか表情が……ボク、何か気に触ること言ってしまいました?」
「ううん、違うの。なんかやる気出てきたからさ」
そして何より、これは私にとって初めてのレベルアップイベントだ。
頼りになる相棒もいることだし、ここは気合の入れ所。
張り切って行ってみましょうか!




