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最後のわがまま

「書けたわ!」


 しばらく頭を悩ませ、エリノアはようやくオズワルドへの手紙を書き終えた。たった数行、ひと言ふた言を書くにもペン先を迷わせ、言い回しが気に入らなければ速攻丸められ、そうして積み上がった便箋だったものの山。傍目から見ればただのゴミに過ぎないが、恋する乙女が真剣に書いて積み上がったものたちだ。相手を想うが故、何度も書き直した可愛い残骸。エリノアが幾度と書き直している間もエイダは黙って側で彼女を見守っていた。対するエリノアはあまりにも夢中だったため、途中からエイダの存在が頭から抜け落ちてしまっていたが。


「エリノアったらそんなに真剣になって……オズワルド様にも今の光景を見てほしいものですわ」

「エイダ……!申し訳ございません、ずっと放置してました」


 そういえばお茶をしている最中だった……!と招いた客人を放置してしまっていたことに気づき頭から血の気が引いた。しかしエイダは全く気に留めている様子がなく柔らかく微笑む。


「気にしなくってよろしくてよ。客人を忘れてしまうくらい、エリノアが真剣に悩んで書いたお手紙ですもの。そのお手紙はどんなお手紙よりも気持ちを込められていてよ。それはとても素敵なことですわ」


 嘘偽りない彼女のまっすぐな言葉に、自然とエリノアにも自信が湧いてきた。そのままの勢いで手紙を封し、侍女に渡して送付の手配を済ませた。スイレン家には今日のうちに届くだろう。今夜オズワルドが手紙を読めば、早くて数日で返事が来るはずだ。デートを早く切り上げる男だが、手紙の返事はきちんと返してくれる律儀さは持っている。ーーーでももし、この手紙の返事が良いものでなければ、私からこの関係を断とうと思う。彼の足枷になるならば、彼の幸せを願って私が身を引くべきだ。




 それから数日、毎日のようにエリノアは彼女の専属侍女であるルナに返事が来ていないかを訊ねた。しかしルナから返ってくる言葉は「スイレン家からの手紙は来ておりません」のひとつだった。次の日も次の日も、そのまた次の日も来ない返事に、二週間が経とうとするころにはもう期待すら抱かなくなった。手紙だけは送ってくれていたのに、長期で不在にする時も事前に連絡があったのに。どうして、どうして今回は来なかったのだろう。ルナから手紙がないことを告げられるたびに虚しさが積もっていく。涙さえ流れない自分の両目が、「どうせ最初から期待なんてしてないんでしょ?」と言っているようだった。少なくとも返事だけは来ると思っていた。けれどその返事すら来なかった。今まで律儀に返してきた手紙でさえ面倒に感じているのだろうか。「返事が良いものでなければ」なんて考えは甘かった。そもそも返事すらないのだ。

 少しだけ、ニーナを恨めしく思った。彼女が持っている連絡用魔法具なら、待つ必要もなく彼と話ができるのに。どうしてーーーどうして幼馴染のニーナが連絡用魔法具を持っていて、婚約者である私は持っていないのだろう。けれど私が持っていたところで、彼の方から一方的に遮断されるのがオチだろうか。

 エリノアは持っていた便箋ーーーオズワルドに使おうと購入した少し可愛らしい便箋を暖炉の中に全て入れた。それから大切に保管していたオズワルドから届いた手紙も一緒に暖炉の中へ次々と放り込む。マッチで火を付け灰になっていく紙をぼうっと眺めた。季節は大して寒くない。部屋の中はあっという間に室温が上がっていき額に汗が滲んできた。エリノアは全く気に留めず次はクローゼットの扉を開く。オズワルドとのデートのために買ったおしゃれな普段着に、夜会用のドレス。それらをベッドの上に放り投げていき、あっという間にクローゼットの中がすっきりと片付いた。残ったのは地味で控えめな普段着と昼用のドレス。夜会用のドレスは一着も残っていない。

 その後、エリノアはルナを呼んだ。ルナは部屋に入るなり異様に暑い室内に眉を顰めた。しかし季節外れの暖炉に火がついていること、ベッドの上にエリノアの所有する洋服がほどんど出されていたことを見て、普通の状況では無いと察しあえて口には出さなかった。


「お呼びでしょうか」

「ええ、お洋服を少し整理したの。捨てるにはまだ新しいものもあって忍びないし、もしよければあなたが引き取ってくれないかしら?その後は売るなり他の人にあげるなり好きにしていいわ」

「こ、この洋服全てですか?お嬢様それだと外出や夜会の時はどうされるのですか?」


 最初は戸惑っていたルナだが、「私にはもう必要が無いから」と言えば察したのかそれ以上何も言わずに受け取った。幼い頃からエリノアに侍女として仕えているルナは、もちろんオズワルドのことを知っていた。彼が主人であるエリノアに対しどのような態度で接し、どのような扱いをしているかも。ここ最近、手紙の返事が来ていないことを告げるたび、エリノアの表情は色を失っていくのを、ルナは気付いていた。そのたびにルナの胸も締め付けられ、彼女もつられて悲しくなった。それと同時に自分の仕える主を悲しませるオズワルドという男をどうしても許せなかった。なぜ婚約した女をこうも蔑ろにできるのか、と。

 クローゼットから投げ出された大量の洋服と共に「必要ない」と吐き出されたその声色は、温度のない酷く冷たいモノだった。長くエリノアのそばで彼女を見守ってきたが、いつも優しく接してくれる温かい人柄のエリノアから発せられた声だと到底思えないほどに。「必要ない」の短いセリフの中にはエリノア自身も含まれているような気がしてたまらなく不安になった。投げ出された洋服を整理してエリノアの部屋から運び出す。こざっぱりした部屋の真ん中にぽつんと佇むエリノアの背中がひどく寂しく、それでいて触れれば簡単に崩れてしまいそうだった。





 エリノアから手紙が届く少し前。オズワルド率いる騎士団の詰所には未だかつてないほどの緊迫した空気で張り詰められていた。王都ではここ最近、幼い子供を中心に子供から年頃の女性まで行方不明になる事件が急激に多発しているのだ。中には貴族の令嬢も行方が分からなくなっており、事件と関連性が高いとして調査が進められている。だが進捗はいまひとつで、人身売買が目的であろうことしか分かっておらず、その手口が判明していない状況だった。


「これで6人目か……」


 誰のものか分からないため息が、重たい沈黙の間に吹いた。つい先ほど、新たな行方不明者が出たとの情報が彼らの元に舞い込んだばかりだった。少しでも手がかりが残っていれば良いが、それも一切無い。増えるのは手がかりでなく謎ばかりのこの状況に、騎士団員たちは辟易していた。


「今度は子爵家のご令嬢だぞうですよ。それも連れていた侍女も一緒にいなくなったそうです」

「その侍女もまだ若いそうですよ。おそらく若い娘を狙った人身売買でしょう」

「若い娘だったら身分問わず……ってことか」


 オズワルドは深いため息を吐いた。もうこれで何度目だろうか。


「これ以上被害が出ないよう、今晩から24時間見回りを強化する。早急に犯人を捕縛するぞ。すぐにローテーションを組め!」

「はい!」


 団員たちに支持を出し、彼らは今後の見回り体制のローテーションを組み始めた。家族や恋人に申し訳ないなと小さなぼやきが聞こえてきたが、国民の安全のためなら仕方ない。「当分会えないかも」と、恋人に連絡を入れている団員もいた。

 オズワルドもそれに倣い、通信用魔法具を取り出した。通信先はニーナだった。


『オズワルドから連絡してくれるなんてめずらしいわね』

「……しばらく連絡があってもそっちには行けないことを伝えないとと思ってな」

『何かあったの?』

「ああ。王都で誘拐事件が多発してる。無いとは思うが……もしニーナも外を出歩く時は気をつけろよ」

『わざわざ心配してくれてるのね。ありがとう』

「それだけだ。じゃあな」


 簡潔に用件だけを伝えて通信を切る。これで緊急時以外には呼び出されないだろう。


「エリノアには……」


 エリノアにも当分忙しくなると通信を入れようとしたが、彼女の通信先を把握していないことに気付いた。普段は手紙でやり取りをしていたから通信先を把握する必要が無かったのだ。むしろエリノアが通信用魔法具を持っているかどうか分からない。


「エリノアなら心配要らないか……」


 物分かりの良い彼女のことだ。少しくらい音沙汰がなくとも騎士団の方が忙しいと察してくれるだろう。わざわざこちらから何かを言う必要はない。そう判断した。

 しかしタイミングが非常に悪く、エリノアから最後の手紙が届いていたなど、オズワルドには知る術がなかった。有事の際にスイレン家に届いたオズワルド宛の手紙は、執事長がまとめて保管している。その中でも緊急性のある手紙は届いた際にそう告げられ、その日のうちに騎士団の詰め所に届けられるが、そうでないものは後日まとめて渡される。今回の巡回もそれに当てはまった。

 つまり、エリノアが送った手紙は当面の間オズワルドに読まれることがなく、また騎士団が緊急体制を取っているなど知らないエリノアにとって、彼が手紙の返事を拒否したと捉えるには充分だった。




ーーーーーー


 オズワルド様へ


 先日は舞台へお誘いいただきありがとうございました。とても感動的なお話で、恥ずかしながら少し涙を浮かべてしまいました。次はぜひ一緒に最後まで観劇しましょう。きっとオズワルド様も気に入ってくださると思います。


 そしてあの日わがままをを言ってしまい大変申し訳ございませんでした。あなたがニーナ様に取られてしまうのではと、どうしても不安になったのです。ニーナ様は体が弱いですから、私が我慢をしなければならないのにお見苦しいところを見せてしまいました。重ねてお詫び申し上げます。


 ニーナ様のお身体はいかがでしたか?デビュタントの日は顔色も良く見えましたが、あまりご無理なさらないようお伝えください。


 話は変わりますがひとつ、私のわがままを聞いてほしいのです。もし、あなたが私のことをほんの少しでも想ってくれているのなら、来週あなたの非番の日を1日私にください。その日はどうか私だけを見てください。私だけを想って、私だけを見つめてほしいのです。通信用魔法具も忘れてお出かけしましょう。普通の婚約者同士が育む素敵な時間を、一度で良いので私も味わってみたいのです。


 それを最後の思い出とさせてください。以降、私はあなたが何をしようと文句を一切言わないとお約束します。


 私の最後のわがままを受け入れてくださるのであれば、あなたからのお返事をお待ちしております。


 エリノア・リリー


ーーーーーー



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オズワルドぉーーー!!何やってんだコラ!!
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