腹の探り合い
連れられたのはいつも検査で使っている一室だった。薬品棚やベッド、身体測定用の器具も揃っており、さながら学校の保健室のような装いだ。実際、普段は負傷した隊員の応急処置のために使われている。
検査名目で良からぬことをされぬとも限らないのだが、MSB隊員に不埒なことをしようなどよほどの命知らずだろう。まして、相手は初老。体力の衰えの兆しがある彼が刹那にちょっかいを出したところで、抵抗されれば敵うはずがないのは自明だ。
それに、MS細胞の検査の時は女性スタッフが補助として付き従っている。その補助さえ外したのは、あの件をぶつけるために他ならない。
「さて、私と話がしたいということは、魔法少女について分かったことでもあるのかな」
単にかまをかけただけかもしれない。それにしては、あまりにも核心を突く一言だった。
ここで変に話をこじらせても益は無い。素直に首肯し、刹那は腕組をする。
「魔法少女とは何者か。あなたなら答えを掴んでいるのではないかしら」
聖沢の表情は変わらない。肯定か否定か。どう取ることもできぬ完璧なポーカーフェイスだった。
「質問に質問で返すとはやんちゃなことをする。それに、魔法少女については前にも言ったはずだ。分からないことが分かったと」
「相変わらず何も分からないという解釈でいいのかしら」
互いに腹の探り合いで平行線をたどる。もっと直接的な疑問をぶつけないと埒が明かないようだ。刹那はいきなりであるが切り札をぶつけることにした。
「そうね、例えばこんな説はどうかしら。魔法少女は死人である」
聖沢の眉根が動いた。よく観察していないと見逃してしまいそうだった。逆に、動向を注視していたからこそ付け入れたともいえる。
「あながち間違ってもいないみたいね」
「さて、どうかな。面白い説ではあるが、なぜそう思うのかね」
「魔法少女ターボババア。最近倒した魔法少女ではあるけれど、彼女の面影が既に死亡した少女と酷似していたのよ。それも、他人の空似レベルではなく、当人かと思われるほどにね」
「ほう」と聖沢は興味深そうにため息をつく。マネキンかと思われるほどに動きは無い。効果のほどが分からないのであれば攻めるしかない。
「それに、ターボババアは自分を交通事故で死亡させた相手に恨みを抱いて襲っていた。事故に遭った当人であればそんな行動をとっても不思議ではない」
「なるほど。筋は通っているな」
聖沢はしたり顔をする。これは会心の一撃を叩きこんだか。刹那はほくそ笑む。
「だが、それがすべての魔法少女に当てはまる。そんな根拠はあるのかね」
攻めていたと思ったら、たった一撃でひっくり返された。スポーツの試合の逆転劇をくらった心地だった。
「でも、ここまで決定的な証拠が揃ってるのに」
「決定的と断じること自体が早計なのだよ。ごく一部の事例を用いて全体を定義づけることはできない。君が決定的だと思っているその事例、それが特殊だったという場合もある」
要するに、ターボババアの件がたまたま魔法少女が死人であると証明するに足りたということだろう。そうであると断定するには事例が足りないということだ。
「とはいえ、魔法少女が既に死んだ人物である。なかなか面白い説だ。実際、死人を蘇らせる研究は無くはないからね」
「机上の空論ではないってことね」
完全否定されなかっただけ一歩前進といったところだろう。ただ、刹那としては否定してもらいたかった気持ちもある。その説が正しいとするなら、これまで倒してきた魔法少女は。
不穏な考えをいつまでも展開していても仕方ない。今は目の前の問題に取り組むべきだ。新たな脅威となる針と糸の魔法少女。奴らの情報を集めることの方が益があるだろう。
「話はそれだけかね。今日は検査をするつもりもないし、私としても忙しいのでね」
「ええ、手間をかけさせて悪かったわね」
暇を告げると、刹那はゆっくりと退出する。
一人残された聖沢は机の上に肘をついて頬杖をつく。
「神崎刹那。思ったよりも聡い子のようだな。まあ、計画に支障はない。遅かれ早かれ明らかになることだからな」
その顔は世間一般で通用している聖沢宗清のものとは乖離していた。だが、それを知る者は未だいない。
聖沢宗清との会合から戻った刹那を待ち受けていたのは意外にも永藤だった。しかも、なぜだか鬼気迫る表情をしている。その隣ではマシュが困惑しているのが丸わかりの右往左往を披露していた。
マシュが余計なことをやらかしたのは明白だ。聖沢との論戦に負けた直後に厄介ごとを持ち込まないでくれ。そう思いつつも無視することはできない。
「マシュ、あんた一体何をやったのよ」
「別におかしなことはやってないよ。ただ、あの指令のことを言ったらその子の様子がおかしくなって」
マシュと永藤は偶然鉢合わせしたらしい。永藤としては、魔法少女であるマシュと前から会話してみたかったようで、しばらくは他愛のない話題が続いていたようだ。
そのうちに話はS班のことに移る。活動の経過報告としゃれこみ、ターボババアの事件と先ほど西代長官から下された指令について話したそうだ。永藤の様子が豹変したのは先ほどの指令のことだという。
「魔法少女を討伐するために離島に飛ばされるというだけじゃない。それがあんたにどんな関係があるのよ」
訝し気に腕を組む刹那。すると、永藤はがしりと肩をつかんできた。思ったよりも力が込められている。気圧されてたたらを踏んだぐらいだ。
「出現したのは針の魔法少女。それは間違いないな」
「え、ええ。それと糸の魔法少女ね。そいつがどうかしたの? まさか、どんな奴か知ってるとか」
「お願いだ、刹那」
刹那の疑問には答えず、強引に懇願する。その内容というのが眉唾ものだった。
「私も九重島での討伐戦に参加させてくれ」




