S班への指令
シャワー室から出て着替えを済ませ、二人して廊下に出る。
「たいちょー!」
まさにその瞬間だった。永藤めがけて一人の少女が突撃してきた。
訓練した直後なのか、正直汗臭い。シャワーを浴びたのが台無しになるぐらいだ。
「佳苗、さっさと離れなさい」
「心配したんですよー!」
両手で引き離そうとするが、水を得た蛸かと思うほど吸着してくる。佳苗もまたMS細胞によって筋力が増強されている。そこへ個人の欲望が加わったのだ。よって、
「刹那、頼むから助けてくれ」
永藤の膂力を以てしても助力を乞うしかなかった。
「面白いからそのままにしていい?」
「後でハンバーガーをおごろう」
「あんた、なんで私の好物知ってるのよ」
「割と有名だぞ。購買でハンバーガーが売り切れになってるのは買い占めてるやつがいるからって」
「まあ、本当におごってくれるなら助けてあげなくはないかな」
ニタニタしながらも刹那は佳苗に触れようとする。
しかし、背後からがっしりとホールドされた。まさかと思い、首を真横に動かす。
「やっほ、せっちゃん。いい匂いがするけど、お風呂上り?」
「先輩! シャワー浴びるなら声かけてくださいよ。みんなで入りたかったッスから」
刹那にとってやかましい奴らが集結していた。ついでに言うと、詩亜も赤べこのように首肯して付き従っていた。
せっかく汗を洗い流したのに、またベトベトになってしまう。引き離そうにも、六花もまたMS細胞で強化された身だ。じゃれているとはいえ、半端な力ではびくともしない。まして、マシュは規格外の力を持つ魔法少女である。二人がかりで密着されたらもうお手上げだった。
互いに汗臭い少女に抱き着かれるという災難に見舞われている刹那と永藤。先に口を開いたのは永藤だった。
「刹那。あんた、いつの間にハーレムラブコメの主人公になったんだ」
「そう見えるなら、あんたの目は腐ってるわよ」
結局、もみくちゃになって汗まみれになったので、再度シャワーを浴びる羽目になった。収穫としてはマシュが予想以上にでかかったことだ。どこがとは言わない。
永藤が部隊に復帰した熱が冷めやらぬ中、刹那たちS班は西代長官より招集命令を受けていた。今更になってターボババアと戦った時のお咎めだろうか。それについては一度車をお釈迦にしたことでお叱りがあったし、再度蒸し返すのはむしろ不自然だ。
「マシュ、あんた心当たりない」
「どうして当たり前のように私に聞くかな。ないよ、ないない」
「本当に何の用スかね」
マシュのせいでないのならあんたのせいでは。頭の後ろで手を組んで口笛を吹く六花に刹那はそんな皮肉をぶつけたかった。こういう時は蚊帳の外になる詩亜だったが、長官からの呼び出しに緊張しているのかいつも以上に言葉少なめだった。彼女の反応が正常ではあるのだが、S班に回される連中にそんなことを期待してはいけない。
指令室に入室し整列して待機していると、しばらくして西代隊長が姿を現す。彼と連れ添っていた人物を目の当たりにし、六花が「あ」と口を開く。
「聖沢宗清じゃないッスか。協力者になったってのは本当だったンスね」
丸縁の眼鏡をかけた白髪交じりの初老の男。刹那が彼と邂逅するのは二度目だった。
「君たちがS班の面々か。初めてお目にかかる」
「改めて紹介しよう。MS細胞の権威聖沢宗清博士だ。主に神崎隊員の件で協力してもらっている」
その先は長官からわざわざ説明してもらうまでもないだろう。刹那が魔法少女化したのを機に原因調査のために力を貸しているのだ。
散々身体検査で顔を合わせた刹那はムスッとしていた。検査とはいえ、おっさんに肉体を観察されていい気分ではない。
同様にいい顔をしていなかったのはマシュだ。接点はないはずだが、口を真一文字に結んでいる。そんな彼女を気にかけたか、聖沢は歩み寄ってくる。
「君がマシュ君だね。魔法少女でありながら人間と交友関係を持とうとしている。いやはや、実に興味深い」
「ども」
普段なら冗談の一つでも飛ばしそうだが、返答は素っ気なかった。そんなマシュの態度に刹那は眉根を寄せるのだった。
そして、詩亜は緊張しているのか、端に整列したまま直立不動していた。聖沢は彼女を一瞥するや長官の元へ戻っていった。
「聖沢博士のことについては色々と聞きたいことはあるだろうが、まずは君たちS班への指令を伝えよう」
西代長官が本題を切り出したことで緊張感が戻る。本来の要件はそれなのだ。沈黙が流れる中、長官は咳払いして口を開く。
「端的に言おう。S班にとある魔法少女の討伐依頼が来ている」
「随分と単純な依頼ですね」
わざわざS班に頼むのだから、とんだ厄介な事案かと思われたのだが、拍子抜けしたぐらいだ。
だが、西代長官は険しい顔で腕組をしている。魔法少女と一言で言ってもピンからキリまでいる。詳細も聞かないで判断するのは早計もいいところだ。
「その魔法少女が出現したのは九重島。いわば離島であるな」
「九重島といえば有数のリゾート地じゃないッスか」
六花が目を輝かせる。特に夏場は行楽地として多くの観光客が訪れるという。まさにこれからが稼ぎ時。なのに、魔法少女が出現したとあれば客足も遠のいてしまう。由々しき事態であることは間違いない。
「九重島だとうちの管轄外じゃない。あっちにもMSBの隊員がいるはずなのに、どうしてまた」
「島塚支部が管轄しているな。本来ならあちらが対処すべきだが、どうにも手に負えない相手らしいのだ」
長官が渋い顔をしている。戦闘力でいうなら央間支部が突出しているのは間違いない。だが、他の支部にも負けず劣らずの英傑が存在する。それなのに白旗を上げるとは相当な相手であることは間違いない。
それに、島塚支部は九重島を含むいくつかの離島をまとめて管理している特殊支部だ。拠点は九重島とは別にあり、この島の事件にかかりきりになるわけにもいかないのだろう。
「他支部の案件であるから、無暗にA班を動かすわけにはいかない。かといって、B班では実力不足。そこで白羽の矢が立ったのが君たちというわけだ」
「ああ、こういう厄介ごとにも駆り出されるわけね」
少なからず存在する、部隊をまたいだ厄介ごと。適度に実力があり、存外に扱っても問題がない存在としてS班は適任というわけだ。
部隊命令とはいえ、単純に行ってこいと言われて従うわけはないのは自明。なので、長官も秘策を用意していた。
「もちろん、ただ任務に出向くだけではないぞ。君たちも日々の任務で東奔西走しているからな。ここらで休暇をとってもいいだろう」
「ってことはリゾートで遊び放題ッスか」
「やったね、せっちゃん」
「あくまで任務優先ではあるがな」
釘を刺したものの、彼女たちへの撒き餌だ。強くは言い寄らなかった。むしろ、長官の意図を察しただけに、刹那はあまり乗り気ではなかった。
頭お花畑の二人はさておき、刹那は顎に手を添える。
「それで、問題の魔法少女について分かっていることはあるわけ? まさか、事前情報もなしに送り込むつもりじゃないでしょうね」
「その点については抜かりない。相手は二人組。糸の魔法少女と針の魔法少女だ」
「コンビで来るなんて仲がいいンスかね」
六花の呑気な考察はさておき、二体同時となると討伐難易度は跳ね上がる。魔法少女は単体でも小隊を壊滅しうる実力を持っていてもおかしくない。それが二体だ。おまけに、知性を有し連携を仕掛けてくるとしたら。
「糸の魔法少女については情報不足で通達できることは少ない。その名の通り糸で攻撃してくるということぐらいか。
だが、針の魔法少女については強敵なのは間違いない。我が央間支部に交戦した記録が残っているのだが、撤退を余儀なくされたとある」
「私が加入する前の話かしら。そんな相手ならさすがに覚えているはずですもの」
「せっちゃん、戦った魔法少女のこと覚えてるんだ。私、今までに食べたパンの枚数すら覚えてないよ」
「それは誰も覚えてないッスよ」
マシュと六花は無視するとして、交戦した魔法少女のことを覚えているというのはあながち間違いではない。まして、敗戦したとあれば嫌でも忘れないはずだ。
おそらく、央間支部が発足して間もない頃に戦った相手だろう。その当時であれば訓練が間に合っておらず、今ならば負けないような相手に後れを取ったとしてもおかしくはない。
「当時と今ではこちらの戦闘力も大きく異なるから、断じることはできない。ただ、意思疎通可能だったとの記録も残っている。油断できぬ相手というのは分かるな」
ここ最近、似たような相手と戦ってきたのだ。言わずもがなの話である。
浮かれている場合ではないと、刹那は拳を握りしめる。長官は咳払いすると手元のファイルを机に置いた。
「諸君への通達は以上だ。島への移動方法など詳細は追って連絡する」
それで本日は解散となった。「ちゃんと準備しなくちゃね」とマシュはやる気だったが、どっちの方面にやる気なのかは言及するまでもあるまい。六花もまた然りだった。
解散を言い渡されたので退出しても問題ないのだが、刹那はおもむろに挙手した。
「長官、というより聖沢、さんに話があります」
「私に直々にかい。大方、魔法少女についてだと思うが。ここではなんだから場所を移そうか」
聖沢に促され、刹那は連れ立って指令室を後にする。
ちょうど聖沢が詩亜の隣を通り抜けようとした時だった。
「調子はどうだね」
誰に向けるでもなく、聖沢はそうつぶやく。途端、緊張しいだった詩亜が更に硬直した。マネキンとして飾られていても違和感がないくらいの直立ぶりであった。刹那はいぶかしむが、聖沢に促されて歩みを進めるのだった。




