六花の正義とテミスの介入
「六花、あんた一体」
刹那自身も攻撃の判断を下したぐらいだ。彼女の行動自体に不思議な点は無い。刹那が不可解に思ったのは自分よりも先んじて後輩が手を加えたことだった。
「先輩が先に攻撃しようとしてたならごめんッス。でも、居ても立っても居られなかったッス」
言いながらも標準をずらすことはしない。ここまで明確な殺意を向けられては、ターボババアも無視できない。車から離れ、六花へとじりじりと近寄ってくる。
そして、一気に加速して体当たりをしかける。六花は地面に転がりながらもそれを回避する。体勢を立て直そうとするが、ターボババアの第二撃が迫る。乗用車と並走できる相手の体当たりだ。単純に考えて、命中すれば交通事故以上のダメージを受ける。
なので、六花は回避に専念せざるを得ない。一般道を走行する車を躱し続けているようなものだ。未だ無傷でいられる時点で六花の非凡さが窺える。
「お、俺を助けてくれた、のか」
腰を抜かしているのか、原田の口がうまくかみ合っていない。交戦しながらなので自然と大声になるが六花は応じる。
「あんたのことは完全に信用したわけじゃないッス。でも、私の憧れのヒーローならこうしたと思うッス。人助けに貴賎もないって」
「たまには言いこと言うじゃない」
刹那が感心した矢先だった。
「魔法少女ふたりでマジガルの三十六話を知ってるッスか」
あまりに脈絡のない問いかけに刹那のみならずマシュも唖然とした。なぜ、この局面でアニメが出てくるのだろうか。
「エリカに悪口を言って傷つけたクラスメイトがワルイナーに襲われる話ッス。カレンはあんな奴助けることはないって言うんスが、エリカは構わず変身してワルイナーを倒すンス。その時に言ってたッス。『困っている人に良いも悪いもないじゃない』って」
六花はライフル銃を発砲する。車輪に弾かれるが、ターボババアの動きが鈍る。その隙に大きく飛び退り、呼吸を整える。
「マジガルの中でも好きなエピソードッス。私もマジガルみたいなみんなを守れるヒーローになりたい。ずっと、そう思っていたッス。そうして現れたのが先輩だったッス。マジガルみたいに果敢に魔法少女に立ち向かう先輩を見て、私も一緒に戦いたいと思ったッス」
「六花」
刹那の胸の内に温かいものがこみあげてくる。別に刹那は正義の味方気どりで魔法少女を討伐しているわけではない。とはいえ、後輩に感銘を与えていたとしたら。強く頬を叩き、倶利伽羅丸を握りなおす。
「なかなか面白い正義論ではあるな」
だが、どこからともなく響く声に勢いを削がれる。刹那たちはその声の主を探し、首を動かす。
すると、突如六花が吹っ飛ばされた。何者かが突然として飛び降りてきて蹴りを放った。かろうじてそこまでは分かったのだが、防御する暇さえ与えてもらえなかった。胸をおさえてうずくまる六花。そして、謎の存在が介入した途端、突進を繰り返していたターボババアがピタリと動きを止めた。
「とはいえ、陳腐な正義論でもある」
錫杖を鳴らす音が響く。ターボババアを庇うように一人の人物が屹立していた。一見しただけでは男だか女だか分からない。相当鍛えられていることが分かるガッチリとした体格。短く切りそろえられた頭髪にキリリとした端正な顔立ち。最低限の局部を覆い隠す、古代のオリンポスの戦士を彷彿とさせる身なりをしていた。
コスプレをしている不審者ではないことは即座に理解した。高速移動していたターボババアの間に割って入り、MSB隊員である六花をいともたやすく退けたのだ。刹那の知り合いにこんな奴がいない以上、可能性としては一つしかない。
「新たな魔法少女」
「いかにも。挨拶が遅れてはベル様から無礼と叱られるからな。先んじて名乗っておこう。我が名は粛清の魔法少女テミス。そなたらを見定める者なり」
テミスと名乗った魔法少女は錫杖を鳴らす。刹那はごくりと生唾を飲み込んだ。
明確に意思疎通ができている時点で並みの魔法少女ではない。それ以前に対峙した際の雰囲気で強者だと思い知らされる。よりによって援軍が現れるとは想定の範囲外だった。
「突然、何するッスか」
蹴り飛ばされた六花が胸を押さえながら訴えかける。テミスは一瞥するとターボババアへと手を差し伸ばした。
「こやつの本望を達成させてやろうと思ってな。そのための露払いをしただけだ」
「私たちはお邪魔虫とでも言いたいわけ」
「自覚しているなら手を引いたらどうだ。無益に血を流す必要もあるまい」
一方的な物言いに黙っている刹那ではない。今にも飛び掛からんという姿勢を示し、腰に愛刀を据える。
「おいおい、マジでどうなってるんだ。魔法少女が二人もいるなんて」
原田が困惑したように声をあげる。すると、テミスは錫杖を車に突き刺した。その一撃でドアがへこむ。
「黙れ、下郎が。貴様はこうなって当然の行いをしたのだ。今こそ、その報いを受けるべきであろう」
すくみあがる原田。その物言いに刹那は引っ掛かりを覚えた。
「報い、ですって。あなた、原田とターボババアの関係性について知っていることでもあるの」
「詳しくは知らぬ。だが、この少女からは原田なる男へ並々ならぬ憎悪が感じられる。ならば、その執念を叶えようというだけだ」
「何よそれ。事情も知らないで肩入れしようというわけ」
「事情を知らないのはそちらも同じではないか。魔法少女というだけで討伐しようとしている。ならば、我らも同じことをするまでだ」
「うーん、なんか釈然としないんだよな」
両者の間に割って入ったのはマシュだった。腕組をして触手を宙に泳がせている。
「貴様はマシュと言ったか。魔法少女のくせに人間の味方をする。釈然としないとはどういうことだ」
「だって、原田ってお兄ちゃんが悪いかどうかが重要なんでしょ。なのに、人間だ、魔法少女だって争ってどうするのさ」
正鵠を射ていただけに、一同は二の句を告げなかった。ターボババア事件の真相がつまびらかにされていないのだ。その意味でいくと、現時点で原田を殺されては真相が闇に葬られてしまう。だから、ターボババアの蛮行を許すわけにはいかない。
そんな理屈を立てられはするのだが、感情論が先行しているだけにマシュの主張は空論と帰してしまうのだった。
「マシュ、あなたの言いたいことは分かる。でも、ゆっくりと議論している余地はないの。差し迫って命の危機が迫っている者がいる以上、私はその人を救うために戦う」
「私も先輩と同じッス。それが正義だと思うッスから」
「だからそれが安っぽいと言っておるのだ」
「なんだかんだ言って、あんたは魔法少女の味方をしたいだけでしょ。なら、お話にならないわね」
「減らず口を。マシュよ。貴様も我らが同胞なら協力したらどうだ。人間ごときと仲良しごっこをする必要などあるまい」
共闘を申し出るようにテミスは片手を差し出す。問題提起をしたものの沈黙を貫いていたマシュ。だが、ゆっくりと頭を振った。
「正直、ターボババアとはあまり戦いたくない。それに、せっちゃんもテミスもどっちが正しいかなんて分かんない」
「あくまで中立を貫くか。それはそれで一興」
鼻で笑うと、テミスは刹那へと向き直る。話せば分かる。そんな雰囲気がなくはないのだが、そんな悠長な展開を許容しない存在が暴挙に躍り出た。




