原田巧の本性
「そこまでよ、ターボババア」
「見つけた。邪魔するな」
「悪いけど、そうはいかないの。あなたには色々聞きたいことがあるし」
遅れて、六花とマシュも車から降りて、ターボババアを取り囲む。ターボババアはガードレールを背にしているため、まさに袋小路だ。
「この車の中にいる男、原田巧に見覚えはある?」
「見つけた。見つけた」
「質問に答えなさい!」
「見つけた、見つけた」
「ダメッスよ。このままじゃ堂々巡りするッス」
六花がさじを投げたため、刹那は目標を変える。詩亜に窓を開けてもらい、大声で呼び掛けた。
「原田巧。あんたに確認しときたいけど、この魔法少女に見覚えはある」
「あるわけないだろ。魔法少女自体初めて見た」
その言葉は嘘ではないようだ。声が震えており、遠方からでも腰を抜かしているのが分かる。
本来ならば、即刻発砲して制圧したいところだ。けれども、刹那たちは沈黙を守っている。一方でターボババアも車の扉をこじ開けようとするのに手一杯だ。
「なあ、あんたら魔法少女を倒すのが仕事なんだろ。だったら、早くこの化け物を退治してくれよ」
原田が悲鳴をあげる。刹那は深くため息をついた。倶利伽羅丸の切っ先はターボババアに向けたままだが、同時にライフル銃を差し向ける。その相手は原田だ。
突如凶器を向けられ、原田は絶句する。額からは冷や汗が流れていた。
「おいおい、冗談きついぜ。俺が何をしたっていうんだ。お前らの敵は俺じゃないだろ」
「そう。別にあなたは敵ではないわ。でも、あなたには、はっきりさせておきたいことがあるの」
「おいおい、何をはっきりさせるんだよ」
「あなた、嘘をついているわよね」
恐慌しつつもヘラヘラした態度を崩さなかった原田が瞳孔を開いた。これは刹那の独断ではない。予め疑念を聞かされていた六花とマシュも原田を注視する。
「う、嘘って何のことだ。お前らに嘘なんかついてもしょうがないだろ」
「実際に嘘をついている奴が言っても説得力がないわよ。まあ、すっとぼけてるかもしれないから、ずばり聞いておくわ。あなた、運転免許を持っていないと言っていたけど、それは嘘でしょ」
「はぁ? いやいや、嘘じゃねえし。本当に持ってねぇんだって」
「そう、持ってないわね」
嘘だと指摘した矢先に、急に意見を変えたことで原田のこめかみがひくつく。おちょくられていると捉えられても仕方ない言動だった。
「いや、こういう方が正しいかしら。かつては持っていた。でも、今は持っていない。そうでしょ」
原田の反論を封じこめるように、刹那は会心の一撃を叩きこむ。それについては言い返すことができなかった。なぜなら、核心を突いていたからである。
「ターボババアは車に乗っている時に現れる。そして、『違う』と誰かを探しているような口ぶりである。これらのことから、車に因縁がある人物を標的としているのは確か。そして、人間同士で車を通して因果ができるとしたら、真っ先に思いつくのが交通事故」
「だから何だってんだよ。もったいぶってんじゃねえぞ」
「まだとぼけるつもりかしら。なら、ずばりと言ってあげるわ。原田巧。あなたは過去に交通事故を起こしている。そして、それが原因で免許をはく奪された。そうでしょ」
それこそが原田がとぼけていた理由。そして、刹那たちがターボババア討伐に慎重になっていた理由でもあるのだ。
そもそも、純子が原田巧にたどり着いた要因。それはとある交通事故を報じるニュース記事だった。佐竹町にて大学生が運転する車が車道を横断していた女子高生を跳ね飛ばし、そのまま逃走。その後の警察の調査により、一人の男が自動車運転過失致傷で逮捕された。その人物の名が原田巧だったのである。
原田の過去の交通過失点数は定かではない。それでも、対人の交通事故を起こしたとなれば、免許停止に追い込まれても不思議ではない。
そして、車輪の魔法少女ターボババアが被害に遭った少女と何らかの関係があったとすれば、執拗に原田を追っていたとしても不思議ではない。むしろ、露骨に個人をつけ狙う理由としては符号が付くのだ。
刹那の指摘がハッタリではないことは、原田の動揺が示していた。目を泳がせ、刹那とターボババアの双方に首を動かしている。窓ガラスの亀裂は網の目状になっており、彼と魔法少女を隔てている障壁は崩落寸前だった。
「ああ、そうだよ!」
原田が声を張り上げた。怒号ともとれる声音に、傍にいた詩亜が「ヒッ」と肩を抱き寄せる。
「確かに、俺は交通事故を起こした。免許を持っていないのも違反点数に達したから免停になったためだ。でも、それが関係あるのかよ。2年ぐらい前のことだし、この魔法少女と関係あるかはっきりしねぇんだろ。それとも、あの時の少女が化けて出てきたとか言うのか」
開き直ってまくしたてる。だが、その声は突如として悲鳴に変わる。ターボババアがひときわ大きく窓ガラスを叩いたからだ。
「おいおい。まさか、俺が犯罪者だから魔法少女から助けないって言うんじゃないよな」
原田の剣幕に気おされつつある刹那だったが、核心的な一言を放たれ反論の言葉を詰まらせる。
「お前らの仕事は人類の敵である魔法少女を倒すことだろ。なのに、俺が悪者だから放置するってか。なんだかんだ言ってもやっぱりガキだな」
原田としても必死であった。ターボババアが突撃してくるのも時間の問題だからである。
一方の刹那は倶利伽羅丸を強く握りしめるばかりだった。まさに目の前で魔法少女によって一人の命が危機に晒されているのである。ならば、取るべき行動は一つである。なのに、どうしても躊躇してしまうのだ。
これは彼女としてはありえない所作だった。迷う要素などないはずなのに、どうしても体が動いてくれないのだ。まるで、本能が警鐘を鳴らしているかのようである。
そして、マシュもまた触手を引っ込めたり伸ばしたりしていた。本来、マシュは魔法少女と積極的に戦いたいわけではない。まして、相手となるターボババアは何やら訳ありなのだ。それに、いつもの直感が告げている。原田巧。彼とは友達になれそうにない。
戦況はターボババアの独壇場だった。そして、ついに臨界点が訪れる。派手な音とともに窓ガラスが全壊したのだ。
「見つけた、見つけた」
ターボババアは喜々として半身を乗り込ませてくる。原田はともかく、暴走を忌避して丸腰の詩亜もまた対応できそうにない。
ターボババアの両腕が原田の肩にかかる。そして、じわりと首へと迫っていく。彼女の意図は推察するまでもない。さすがに露骨に敵意を剥き出しにされては反応せざるを得なかった。刹那は倶利伽羅丸を振り上げ、地面を蹴る。マシュもまた、触手を伸ばさんとしていた。
だが、両者の動きは一発の銃声によって遮られることとなった。ターボババアの車輪から鈍い音が響く。車の車輪と同じ素材ならパンクしていてもおかしくないが、それとは別であるのか。ともあれ、重要なのはターボババアの注意が削がれたこと。そして、誰が銃撃したか。
後者の答えはすぐに判明した。六花が呼吸を荒げながらライフル銃を構えていたのだ。銃口はターボババアの首筋を捉えている。先ほどの一撃は威嚇射撃ということだろう。教科書をなぞったかのような無駄のない狙撃姿勢。次は無いと語るに十分だった。




