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車は武器か?

 公にターボババアについて調査するわけにはいかない。なので、「プライベートでドライブしていたところ、偶然魔法少女らしき生物と遭遇したので、正当防衛のために戦闘した」と言い訳できる作戦を決行することにした。

 作戦名でほぼ概要を語ってしまっているが、具体策はこうである。レンタカーで夜の高速道路を通行し、あえてターボババアをおびき出す。発見次第、機動力の要と思われる車輪を攻撃して走行不能にする。魔法少女ならそのまま始末し、そうでないなら、対応はその時に考える。夜の高速を選んだのはターボババアの出現条件を満たせる上に、交通量が少ないために他の車両に迷惑がかからないからだ。


「後で怒られる気がしてならないッス」

 六花がゲンナリとしているのも当然だ。能動的にターボババアに遭いに行っている以上、偶然を装うのは無理がある。そもそも、プライベートで夜の高速を全力でかっ飛ばす言い訳が思いつかない。

「怒られるとしても、私たちS班だけだから安心しなさい。こんな珍妙な部隊を作ったことを後悔させてやるわ」

「おお、よく分からないけどせっちゃんが燃えている。よし、私も頑張っちゃうかんね」

「マシュ、悪乗りしちゃダメッスよ」

 もはや、刹那を止められる者は誰もいないだろう。善は急げというか、既にレンタカーを予約してしまっている。


 かくして、数日後。作戦決行の日を迎え、S班一同はこっそりベッドから抜け出す。守衛に見つかった時の言い訳は「部屋のトイレが壊れたのでお花を摘みに行っていたにしときなさい」と刹那から言いくるめられていた。尤も、魔法少女と交戦している彼女たちが守衛に見つかるという間抜けを犯すとは考えにくいのだが。


 どうにか全員宿舎を抜け出し、あとはどうやって本部から外に出るかである。所々に設置されているライトにより、夜の繁華街ぐらいの明るさはある。ゲートは防犯カメラが作動していて、守衛も見張りが立っている。昼間なら外出許可証を見せればいいが、夜中はそうはいかないだろう。

 だが、対策は既に施してあった。

「純子、例の作戦をお願い」

「合点さ」

 小声で通話を終えると、刹那は茂みから首を伸ばす。守衛があくびをしながら立っているが、そのうちそうもいかなくなるだろう。


「あれ、おかしいな」

 守衛のうちの一人が声をあげる。訝しみ、別の守衛が歩み寄った。

「なんだ、トラブルか」

「防犯カメラの調子が悪いんだよ。さっきから全然映らない」

「故障か。さっさと直さないとお上がうるさいぞ」

 どうやら機材トラブルが発生したらしく、モニター室にかかりきりになる。「どうしたッスかね」と不思議がる六花に対し、刹那はほくそ笑んでいた。


 実は、これこそ純子の作戦である。MSBの防犯カメラのサーバーに不正アクセスしてカメラのシステムをダウンさせる。その隙に、刹那たちが脱出するのだ。

「不正アクセスって、犯罪ですよ」

「大丈夫。バレなきゃ犯罪じゃないのよ」

「時々、せっちゃんがそんじょそこらの犯罪者より恐ろしく思えるよ」

 魔法少女であるマシュに身震いさせたこと自体は流石と言っていい。やっていることは流石とは言えないが。


 サムズアップをかましていた刹那だったが、有頂天になっていた気分を振り払うかのように首を振る。そして、手首で合図を出しつつ、速やかにゲートを通り抜ける。カメラの機能が回復したのは刹那たちが脱出した後のことだった。


 MSBを脱出してしまえば、あとは刹那たちの独壇場である。予め駐車場に停めてあった軽自動車に集合する。車内はちょうど四人乗りで自由に動き回れるようなスペースは無さそうだ。

 運転席は詩亜で、その後部座席に刹那が座る。運転席側にターボババアが現れても単独で対処できるという自信の表れだ。


 残りは助手席と刹那の隣であるが、

「先輩と一緒に座るのは私ッスよ」

「いくらりっちゃんでも、ここは譲れないな」

 なぜか六花とマシュが火花を飛ばしていた。

「あんたら、時間無いんだから、さっさと決めなさいな」

「じゃあ、先輩が選んでくださいよ」

「そうだ、そうだ」

「どっちでもいいじゃない! じゃんけんで決めなさい」

 その返答に一瞬マシュは意外な顔をしたが、すぐさま六花との勝負に挑む。


 不毛な戦闘は数秒で片が付いた。満足そうにマシュが刹那の隣に腰かけているのである。六花は恨めしそうに「あそこでパーを出していれば」と助手席で悔しがっていた。よくよく考えてみれば、この配置がベストではあった。仮に詩亜が暴走した場合、隣に魔法少女であるマシュが座っていては悲惨なことになる。


 最後に詩亜が運転席に座る。おっかなびっくりシートベルトを締め、エンジンをかける。いよいよ作戦決行の時。底知れぬ緊張感が走るが、それは不吉な笑い声でかき消された。

 ハンドルを握った途端、詩亜が豪快に笑っているのだ。

「ど、どうしたッスか、詩亜っちは」

「分かんないわよ」

 困惑する刹那たちをよそに、一気にアクセルが踏み込まれ、車は急速発進する。

「フフフ、さあ、飛ばすわよ!」

 普段の詩亜からは考えられないテンションの高さだ。警察に見つかったら一発アウトの速度で一般道を爆走していく。高速に入らなくてもターボババアと出くわすのではというぐらいの勢いだった。


「せっちゃん、どうなってるの」

「私に聞かないで。もしかして、ドライバーズハイっやつ?」

 ハンドルを握ると性格が豹変するという人はいるにはいる。けれども、ここまで露骨に変わる事例は聞いたことがない。

 こうなった要因に思い当たる節があった。

「もしかして、車も武器に含まれるわけ」

 無謀運転の車は凶器になると、交通安全標語ではしばしば囁かれている。なので、武器の範疇に含まれてもおかしくはない。


 とはいえ、車は武器かと問われて、迷わず「はい」と答える者は少数派だろう。武器のようで武器でない存在。そんな曖昧な物のハンドルを握ったために、中途半端に暴走してしまったのである。


 ジェットコースターもかくやの勢いで一般道を駆け抜けていき、あっという間に高速道の央間料金所にたどり着く。速度以外はきちんと交通ルールを順守していた辺り、かろうじて詩亜の良心が残っているのだろう。

 MS細胞の恩恵で常人よりも三半規管は強いはずである。なのに、高速道路に到達するまでに車酔いに似た症状に襲われることになってしまった。

「先輩、気持ち悪いッス」

「我慢しなさい。と、言いたいところだけど、私もヤバイわね」

「せっちゃんにりっちゃん、大丈夫?」

 唯一無事だったのはマシュだ。空を飛べるだけあり、殊更に三半規管が強いのだろう。


 窓を開けて新鮮な空気を堪能している刹那と六花。そんな彼女らをお構いなしに、レンタカーは百キロを超える速度で爆走していく。ここまでターボババアが現れる気配はない。このままでは、ただのドライブになってしまう。

「ターボババア、いないッスね」

「今、現れてもろくに戦えないから、むしろ引っ込んでいてほしいわよ」

 愚痴をこぼしつつも、刹那はライフル銃を磨く。倶利伽羅丸も帯刀しているが、車に乗ったままなら射撃が中心となるだろう。


 詩亜の爆走にも体が慣れ、酔いからも回復してきた。そんな頃には県境を越えようとしていた。このままでは別部隊の担当区域に踏み込んでしまう。案外、お上は縄張り争いにうるさいので、できれば央間の区域内で仕留めておきたい。

「お金がもったいないけど、一度Uターンするわよ」

「そのまま逆走すればいいんじゃないの」

「免許返納しなくちゃいけない老人じゃないんだから、そんな馬鹿な真似はできないわよ」

 そんな物騒な発想をしでかすあたり、マシュにハンドルを握らせないでよかったと思う刹那である。詩亜は「面倒だな」とぼやきつつも、素直に料金場を経由して逆車線へと舞い戻る。


 こんなことを繰り返していては、通行料金だけで小遣いが底を尽く。あわよくば、この車線で勝負を決めたい。そんな願いが通じたのだろうか。最初に入った央間料金場まで残り2キロの地点で明らかな異変が訪れたのである。

「あれ、何スかね」

 六花が窓から身を乗り出す。高速道路でその行為はご法度ではあるが、咎めている暇はなかった。

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