運転免許
詩亜が目を覚ますまで手持無沙汰になった刹那は訓練場の床に腰を下ろし休息をとる。「パンツ見えるよ」とマシュに指摘されるがお構いなしだ。貞操を気にする余裕もないくらいに疲労させられたと言うべきかもしれない。
ふと、刹那のスマホに着信があったことに気が付いた。相手は純子だ。おそらく、ターボババアの件で進展があったのだろう。折り返し電話をかけるとすぐに繋がった。
「やあ、刹那。訓練の調子はどうだい」
「ズタボロよ。詩亜のやつ、別人格になった途端に強くなるんだから」
「君を圧倒するなんて、制御できたら鬼に金棒じゃないか」
「馬に人参じゃないッスか」
漏れ出た通話内容に茶々を入れた六花に刹那はげんこつをくらわせる。刹那が「MSBの暴れ馬」と称されていることへの皮肉だろう。マシュが「馬の耳に念仏じゃないの」と便乗してくるが、意味が全く違ってくるので無視しておく。
「それで、ターボババアについて分かったことでもあったの」
「やはり、都市伝説の妖怪だという域を超えないかな。ただ、ここ最近になって目撃事例が相次いでいるんだ。刹那が言っていた通り、『違う』と呟きながら車の横を高速ですれ違っていく。そんな特徴も合致しているし」
「それでいて実害が出ていないのよね。『違う』なんて呟いているということは誰かを探しているのかしら」
「その可能性は高いだろうね。ただ、違うと呟いているだけではヒントに乏しすぎる。例えば、個人名でも聞き出せたら一気に捜査が進むのだが、魔法少女にそんなことは期待できそうもないね」
「無理やり聞き出すのなら、生け捕りにするしかないか。そのためにも、わざとおびき出す」
「君ならそういう思考に至るだろうね。ターボババアを呼び寄せる条件としては、交通量の少ない道路を車で高速で走らせることだ。目撃例を拾っていったところ、その条件が一番現れやすいみたいだね」
「分かったわ。引き続き調査をお願い」
「また差し入れを持ってきてくれよ。そうだな、推しの孫とコラボした重曹とか」
「そんなもの何に使うのよ」
「君もオタクになれば分かるさ」
理解不能の注文を承諾し、刹那は通話を切った。あの部屋の汚さは油汚れとは別種と思われるため、本当に何に使うのか分からない。
「ターボババアをおびき寄せるッスよね」
会話が筒抜けになっていたため、六花が胸を躍らせる。マシュもまたそわそわとステップを踏んでいた。あいつは舞浜のネズミではないと思いつつも、刹那は腰に手を添える。
「そうだけど、差し当たって一つ問題があるわ」
「なになに?」
「ターボババアは高速で車を運転している時に現れる。で、その車を誰が運転するか、よ」
「長官、とか」
「あのハゲのおっさんが都市伝説妖怪かもしれない相手のために協力してくれると思う」
その線でいくと、いつも専用車を運転している後方部隊も期待できそうになかった。ターボババアの正体が確認できない現状、刹那たち四人で動くしかない。
「せっちゃんが運転すればいいんじゃない」
「一応運転できるけど、私は攻撃部隊に回りたいし」
「え? せっちゃんって車を運転できるの」
「訓練の一環で免許を取ったとか言ってたッスよね。いいな、私も早く運転したいッス」
「あんたは二年早い」
専用車は基本的に後方部隊が運転しているのだが、万が一の事態に備え、十八歳以上の隊員には免許の取得が推奨されている。なので、刹那も運転自体はできる。
なのに、運転手を渋ったのは攻撃に回りたいという本音のほかに、実際に公道を走らせたことがないペーパードライバーであるという建前もある。ターボババアと並走し続けるためにはそれなりの運転技術が必要だ。ターボババアを討伐する前に単独事故でお陀仏になったとあっては面目丸つぶれである。
「っていうか、せっちゃんは十八歳だったんだ」
「私の年齢はどうでもいいでしょ。それを言うならあんたは何歳よ」
「秘密」
唇に手を添えてウィンクをする。刹那が「うざ」と吐き捨てていると、六花が顎に手を添える。
「純子先輩はどうッスかね。機械関係強そうだと思うんスけど」
「純子か。足の怪我がなければそつなく運転しそうではあるけど、いずれにせよ実戦には投入させたくないわね」
車いす生活を余儀なくされているのだ。彼女には申し訳ないが、実戦で活躍できるとは思えない。
マシュがうきうきしながら自分を指差していたが、彼女も論外だろう。どう考えても免許を持っているとは思えない。予想外の項目で作戦がとん挫する羽目になるのか。そう落胆した時、気絶していた詩亜がゆっくりと上半身を起こした。
「あれ、私、どうしたん、ですか」
「おはよッス、詩亜っち」
寝ぼけ眼の詩亜に六花が気さくに声をかける。立ち上がろうと手首に力を入れた途端、ズキリと痛みが走った。手の甲が赤くはれている。さすっていると、六花がのぞき込んだ。
「随分と痛そうッスね。大丈夫ッスか」
「それ、あんたのせいだと思うけど」
「先輩も本気でやりあってたじゃないッスか」
手首に限るなら間違いなく六花の仕業だ。とはいえ、実害としては刹那の影響が大きいだろう。
とりあえず、訓練のためにあえて別人格を出現させていたという記憶はあるようだ。もちろん、純子からターボババアについて連絡があったことは把握していないので、そのことについて説明する。
「車を運転できれば、いいのですよね。なら、私、できるかもしれません」
「詩亜っちも免許持ってたッスか!? え、じゃあ、年上」
六花は本気で驚愕していた。実のところ、刹那も同い年だったと判明して意外だと思ったぐらいだ。
もちろん、年齢からして条件は刹那と同じだ。とはいえ、実戦に参加できない以上、運転手は詩亜に担当してもらうしか方法は無さそうだ。だが、一抹の不安を感じている者がいた。
「任せちゃって大丈夫かな」
マシュが一歩離れてぼやく。それはいわゆる野生の勘というやつだったのかもしれない。ただ、ターボババアのことに夢中で感づく者は皆無であった。




