詩亜を正気に戻せ
「しゃべってないで助けてよ。この子、どうすればいいのさ」
戦闘に全神経を集中させていたため、これまでの会話が耳に入っていなかったのだろう。マシュをそうさせるほどの相手だ。刹那も腹をくくらなければなるまい。
西代長官との通話を一方的に切ると、刹那は倶利伽羅丸を構えた。
「マシュ、その子に死なない程度の一撃を与えるわよ。あんたはそのまま防御に徹して」
「まさか、囮にされてる!?」
「六花、援護をお願い」
「了解ッス」
「ねえ、本当に囮なの!?」
マシュの悲鳴を無視したのは、本当に囮にするからだ。作戦は至極単純。マシュがデコイとなってくれている間に、背後から倶利伽羅丸でぶっ叩く。鞘に収まった倶利伽羅丸はそれなりの重量がある。MS細胞で強化された刹那の膂力であれば、人間を気絶させるぐらいの威力は出せるはずだ。
「オラオラ! どうした! もう終わりか!」
刹那たちの企みなどどこ吹く風で、詩亜は殴打を繰り返す。そろそろ疲れが現れてもいい頃だが、勢いが衰える気配はない。むしろ、最小限の防御に徹しているマシュの方が険しい顔をしているぐらいだ。幸いにして詩亜の攻撃パターンは単調。このまま体力勝負に持ち込むことは容易い。
「早くどうにかしてくれないかな、せっちゃん」
ちらりと窺うことができるのは、詩亜の背後からじわりと接近してきている刹那。彼女の思惑を尊重し、聞こえないようにそっと呟くのであった。
刹那と六花は息を殺しながら詩亜へと歩みを進めていた。下手に刺激して攻撃目標を変更させないためにも、一撃で事を済ませたい。
そして、手を伸ばせば体に触れられる距離まで詰めることができた。刹那は倶利伽羅丸を両手で握って振り上げる。
途端、詩亜が振り返った。まさか、感づかれたというのか。でも、躊躇していてはせっかくのチャンスが無駄になってしまう。一か八かで倶利伽羅丸で殴り掛かる。
鈍い音がして詩亜がたたらを踏む。なんとか命中したらしい。だが、
「いてぇな! なにしてくれてんだ!」
詩亜は刹那を睨みつける。自然と手加減してしまったのだろうか。気絶させるには至らなかったようだ。
実のところ、常人であれば卒倒するレベルの威力は出ていた。なんとか意識を保てているのは、彼女もまたMS細胞の恩恵を受けているからに他ならない。そして、刹那が想定した最悪の事態に向かおうとしていた。
ふらつきながらも詩亜はライフル銃を片手に刹那ににじり寄ってくる。錯乱状態だろうが、人間相手に本気で戦うのは目覚めが悪い。とはいえ、敵味方見境なしに襲撃してくる相手に躊躇するのは愚策中の愚策だ。
意を決し、刹那は倶利伽羅丸を握りなおす。その時だった。
「ごめんッス! 詩亜!」
刹那の脇から六花が飛び出してきて、そのまま詩亜を殴りつけたのだ。意識を刹那に集中させていたというのもある。だが、昭和のテレビを直すみたいに、本当に拳で叩くなど予想だにしなかっただろう。
六花もまたMS細胞の恩恵を受けている身。単純に殴るだけでもプロボクサーのストレートぐらいの威力を出すことができる。そして、倶利伽羅丸の一撃で朦朧としているところにそんなものをくらったらどうなるか。
詩亜は酩酊したように千鳥足になる。そして、転倒するや、そのまま倒れ伏したのだった。
「だ、大丈夫なんスかね」
六花が指でほっぺを突く。反応はないが、まかり間違っても生命活動は停止していないようだ。医学的に言うなら見事なまでの「気絶」である。
「びっくりしたな、もう。せっちゃん、しあちゃんはどうしたわけ? いきなり襲ってくるなんて聞いてないよ」
「それについてはこっちが聞きたいわ。魔法少女は勝手に始末してくれたわけだし、当人から事情を聴けるまで気長に待つしかないようね」
念のため六花が検死に協力しているが、詳しく調べるまでもなく「死亡」確定であった。もはやこの場に用はないのだが、今後のためにも詩亜から彼女自身のことを聞き出しておきたい。
MSB専用車の車内。缶コーヒーでティーブレイクしていたところ、ようやく詩亜が薄目を開けた。戦闘開始の時にさんさんと輝いていた太陽もすっかりと落ち目になっている。待っている間、純子に詩亜について調べてもらったのだが、これといった情報は得られなかった。MSBの内部事情などネットに転がっているわけがなく、隊員のものと思しきSNSを探った結果「訳も分からず暴走したことがある」と分かったぐらいだ。
「二重人格かどうかなんて、当人が吐露してくれないと分からないからね。本部の個々人の隊員に関する所感を覗ければ手っ取り早かったけど、そこは厳重に管理されているみたいだ」
純子からはお手上げと言わんばかりに言い訳された。むしろ、個人の所感という刹那や六花のプライベートに関わる部分を看破されなくて安堵したぐらいだ。
「あれ、私、どうしたんですか」
「ようやく目覚めたみたいね」
覚醒した途端、困惑したように周囲を窺う詩亜。そして、片目を閉じて頭をさする。眠っている間に確認したのだが、見事なコブができていた。彼女には悪いことをしたが、致し方なかったと納得してもらうしかなかろう。
混乱している状態でまともに受け答えできるか疑問があるが、刹那の我慢の限界はとうに迎えていた。
「さっそく聞かせてもらうけど、さっきの魔法少女との戦いのことはきちんと覚えてる?」
「そういえば、アークハンディーでしたっけ。もう倒したんですか」
「自分が倒したくせにとぼけてるね」
「ええ! わ、わたしが、倒したん、ですか」
彼女にしては仰々しい反応を示したのち、消え入るように己の首を指した。本気で驚いているかもしれないが、演技をしている可能性も残されている。
それを察したのか、六花はマシュを矢面に立たせる。
「さっきは真っ先にマシュを攻撃したッスけど、本当に覚えてないッスか」
「マシュさんを? あの、攻撃する必要性がないと、思いますが」
「てめぇ! 魔法少女が! とか言ってたッスよ」
「わ、わたしが、ですか」
口調を真似してもなお、詩亜は釈然としていないようだ。
「散々殴り合った私が断言したげるけど、今のしあちゃんは、あの時のしあちゃんとは違うよ。いきなり襲ってきたときはめちゃくちゃ怖かったもん」
マシュが胸を張って断言する。わざとらしく振舞っているとしたら振り幅が極端すぎる。
当人が状況を把握できていないようなので、刹那はライフル銃を投げ渡した以降の出来事を説明した。果たしてその反応は、
「私が、そんな汚い言葉を? え、え、そんな」
赤面して顔を隠していた。あざとさが残るが、わざとさは感じられなかった。ただ、思い出したことがあるように手を叩いた。
「そういえば、前にも、似たようなことがあります。戦いのあと、いきなり暴走したなんて、言われて。前にいた部隊も、それが原因で解雇されたって」
「あなたがうちの支部に左遷されてきたのは、間違いなくそれでしょうね」」
刹那は腕を組んで納得する。とりあえず確定したことは、武器を持たせると性格が変わり、敵味方関係なく攻撃する暴走野郎になる。そして、その間の記憶は失われるということだ。
「なんか、似たような事例を聞いたことがあるッス」
「せっちゃんのことじゃないの」
「私と詩亜のどこが似てるのよ」
「そっくりじゃないッスか」
六花とマシュの視線が刹那に集中する。自我の制御ができずに暴走し、その間の記憶がない。概要だけであれば詩亜とそっくりだ。
「言っとくけど、私は二重人格じゃないからね」
「でも、二重人格は基本自覚がないじゃないッスか」
逆に、「自分は二重人格だ」と堂々と宣言しながら闊歩している方が怖い。話の風向きがよからぬ方向へ動き出したところで、刹那は大きくドアを叩く。
「詩亜の件は長官から聞きただしましょう。あえて黙っていた節があるから、何か知っているかもしれないわ」
そう結論づけたことで、詩亜については一旦保留とすることとした。魔法少女の事後処理もとっくの昔に終わっているので、一同は本部へ帰還することとなった。




