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ターボババア出現

 すっかりと日が落ち、車の流れも少なくなってきている。ろくに対向車とすれ違わない中、専用バンは国道を快調に飛ばしていく。

 車内では刹那と詩亜が会話少なめに車窓を眺める一方、六花とマシュは与太話に興じていた。

「この前に行ったスイーツバイキングのお店、結局辞めちゃったんスよね。マシュがいたなら顔パスで入れそうだったのに残念ス」

「余計な詮索をされるといけないって、私があの店で働いていたことは秘密にされてるんだよ。店長さんは宣伝になるかもしれないのにって悔しがってたな」

 とはいえ、発達したネット社会である現代では、そのうち「魔法少女が働いていた店」として特定されそうではある。その後も、「この時期はケーキが売れる」だの社外秘すれすれの情報を暴露していく。魔法少女にリテラシーを説くのは酷だろうか。


 だんまりを決め込んでいる詩亜だったが、刹那はどう言葉をかけるべきが苦難していた。こういう時、気軽にバカ話ができる六花やマシュがうらやましい。

「あれ、何でしょう」

 ふと、詩亜が車体の後方に顔を向けた。一斉に左の窓へと体を寄せる。どうやら、後方から高速で迫ってくるものがあるようだ。


 無理やり追い抜こうとしているバイクだろうか。既に法定速度を超過しているこの車体を抜かすのであれば、警察に速度違反で捕まればいい。などと軽口を叩こうとしたのだが、どうにも様子がおかしい。接近してくるのはバイクでも乗用車でもないのである。

 そして、視認できる位置まで接触した途端、一同は声を上げる羽目になる。

「人だ」

 年端のいかない少女。それが国道を高速走行している乗用車と並走しているのだ。既に十分異様な光景ではあるが、少女の姿が異常さに拍車をかけた。


 豪奢なドレス姿に、下半身は車いすと一体化している。ぼさぼさになった髪をたなびかせ、じっと刹那たちを睨んでいた。

「魔法少女、ですって」

 刹那がそう結論づけたのも納得だった。もはや、そいつを形容するなら「魔法少女」としか適切な言葉はない。


「どういうこと。魔法少女が二体いるなんて聞いてないわよ」

「私もそんな報告は受けていません」

 ハンドルを握る本部隊員は悲鳴をあげる。アークハンディーとは別に動いていた個体に偶然遭遇してしまったということか。困惑が広がる中、六花は別の感想を抱いていた。

「ターボババアッス」

「は?」

 予想の斜め上の発言に、刹那は眉を寄せる。


「だから、ターボババアッスよ」

「なんなの、そのふざけた名前の婆さんは」

「知らないッスか。車を飛ばしていると隣を高速で走ってくるババアの妖怪ッス」

「妖怪のババアじゃないの?」

「そこはどうでもいいッス」

「私も、聞いたことが、あります」

「妖怪って、魔法少女と関係ないじゃない」

 いくら刹那でも、妖怪と喧嘩しようとするほど喧嘩早くはない。当のターボババアは並走したまま、じっとこちらの様子を窺っている。


 どう見ても魔法少女の一種にしか思えないのだが、念には念を入れるべきだ。

「マシュ、あんたの知り合いにあんなやつはいない」

「前にも言ったけど、私がすべての魔法少女の存在を把握しているなんて期待しないでよ。もちろんだけど、あんなのは知らないよ」

「うーむ、マシュペディアは役に立たないッスね」

「よく分からないけどバカにされた気がする」

 六花とマシュで乳繰り合っているのはこの際どうでもいい。刹那はライフル銃に弾丸を込めた。車窓から攻撃するなら狙撃一択だ。


「違う」

 謎の少女はそうつぶやくと、更に速度をあげる。専用車が追い抜かれようとしているあたり、時速八十キロを超えているのは確かだ。

「運転手さん、もっとスピードを出して。あいつに逃げられるわ」

「無茶言わないでください。攻撃命令も出ていないのに、法定速度を大幅にオーバーできませんから」

 速度違反者を追跡する警察でもない限り、そんなことをしたら違反点数まっしぐらだ。MSB隊員がそれで捕まったらお話にならない。


 少女は「違う」「違う」という言葉を残しつつ、遂には専用車を置き去りにしていった。最終的な速度は百キロを超えていただろうか。結局手が出せないまま、深々と椅子に背を預けるしかなかった。

「結局、何者だったッスかね、さっきのターボババアは」

「長官に問いただすことが増えたわね」

 そう言って刹那はドアノブを指で叩く。闖入者のせいか、六花やマシュでさえ、本部に到着するまでろくに口を開かなかった。


 日付が変わるまで数時間という頃合いだったが、刹那たちは真っ先に指令室へなだれ込んだ。事のいきさつは既に連絡が入っていたのだろう。西代長官がソファに深々と腰かけ、足を組んで待ち構えていた。

「長官、どういうことですか」

「しあちゃんが変身したの」

「ターボババアッスよ、ターボババア」

「まあ、落ち着け。順に話をしようではないか」

 興奮する少女たちをなだめる様に長官は手のひらを広げる。詩亜ですら鼻息荒く首を動かしていた。


「まずは宍戸隊員についてだな。話した通り、彼女は二重人格者だ。どういういきさつがあったかは聞き及んでいないが、ライフル銃のような武器を持つと性格が豹変する。だから、後方支援に徹しろと忠告したのだ」

「電話で聞いたこと以上の情報は無い。そういう認識でいいのよね」

 迫る刹那に、西代長官は泰然と応じる。詩亜当人からも「暴走している間のことはよく覚えていない」ぐらいのことしか聞き出せていない。


 制御困難な実力で暴れるから「武器を持たせるな」という結論に至ったのだろう。事なかれ主義のお上の考えそうなことだ。だが、刹那は別の道を企てていた。うまくいけば、魔法少女討伐の切り札になるやもしれない。


「とはいえ、マシュを真っ先に襲ったことについては一つの仮説がある」

 青天のへきれきに、一同は身を乗り出す。西代長官は詩亜と目配せをした。彼女が首肯したのを確認すると、コホンと咳払いする。

「実は、宍戸隊員は過去に魔法少女に襲われたことがあるのだ」

「そうなんスか、詩亜っち」

「はい。あの時のことは、よく覚えています。かなり凶悪な相手、でした。それこそ、デッドリーパーみたいに」

 その名を出され、刹那がまじまじと見つめる。よもや、自分と同じ境遇だったというのか。


 その時のことを聞き出せば、二重人格について分かるかもしれない。だが、詩亜は両腕で自分の体を強く抱きしめて震えていた。顔面は青白く、こちらが気の毒になりそうな有様だ。

「宍戸隊員にとって、あの時の出来事はひどいトラウマになっているようだ。精神科医から、当人の前でなるべくその話はするなと言われている」

「なら、無理はないわね」

 刹那が大人しく引き下がったのは、その気持ちが分かるからである。デッドリーパーへの憎悪が勝っているからこそ平然を保てているかもしれない。彼女もまた、詩亜と同じような症状に悩まされていた可能性もあるのだ。


 とりあえず、詩亜については引き続き「武器を持たせるな」というスタンスを貫くことで落ち着いた。そうなると、残る問題は一つだ。

「ここへ帰る途中、未知の魔法少女と遭遇したんだけど、本部では把握してないわよね」

「ターボババアッスよ、ターボババア」

「ターボババアか。都市伝説としてそのような妖怪がいると通達は来ている。だが、魔法少女との関連は不明だ」

「あの容姿はどう見ても魔法少女だったけど」

「うん、私も魔法少女じゃないかと思うよ。私らにとって、妖怪が出たという方が非現実的だもん」

 マシュからもお墨付きをもらい、西代長官は顔を渋る。禿頭を指先で掻いていた。


「出撃命令を下そうにも、お上が魔法少女と認めんとどうにもならんからな。今のところ、高速で車とすれ違ったぐらいしか実害が報告されておらんし」

 単に車とすれ違っているだけの愉快犯に国家組織は動かせないということだろう。かといって、被害者が出るまで待つというのも本末転倒だ。


 これは純子の方が有益な情報をもたらしてくれるのではないだろうか。刹那があごをさすっていると、

「間違っても倒そうとするなよ。MSB装備の私的利用は禁則事項だからな」

 西代長官が釘を刺した。「分かってます」と手を振って応えたが、長官の疑念が払拭されるわけはなかった。

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